ムスメを保育園に送って作業をはじめるも、どうにもエネルギーが足りず、布団で2時間ほど横になった。午後、オンラインMTGを2件やって、そのあとまた作業に取り掛かったが、キーボードを打つ手が動かない。
こういう日は諦めて眠るしかない。
生きていて、存在しているだけで傷と罪が重なっていく。しかし生まれたからには責任を引き受けて生きねばならない。
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ムスメを保育園に送って作業をはじめるも、どうにもエネルギーが足りず、布団で2時間ほど横になった。午後、オンラインMTGを2件やって、そのあとまた作業に取り掛かったが、キーボードを打つ手が動かない。
こういう日は諦めて眠るしかない。
生きていて、存在しているだけで傷と罪が重なっていく。しかし生まれたからには責任を引き受けて生きねばならない。
以下の書籍・概要で読書会を開きます。昨年12月に実施した読書会の第2回となりますが、今回からの参加も大歓迎です。ご興味のある方はご連絡ください。
「差別はよくない」ということはよく言われるし、総論として合意する人も多いでしょう。ジェンダー、人種、障害etc.さまざまな特徴と関連して「それは差別だ」という問題提起、議論がなされたり、炎上したりといったことは、日々さまざまな場面で起きています。実際に、悪質である、問題であると思われる出来事ももちろんあります。
差別と思われる行為に対して「おかしいよ」「許せない」「信じられない」と怒りや憤りを感じること、その行為に関係した人物に抗議・非難・批判を行うこと。そうした一人ひとりの感情や行動自体を否定したいわけではありません。しかしそれが、どのような理由によって「悪質な差別」であると判断できるのかは、一つひとつ丁寧に吟味されているとは言い難いように思います。
差別とはなにか、それがなぜ、いつ、どのように、悪質であるのかについて、具体的に「考える」ということを目的に本書を取り上げます。
私たちは人々の間にある特徴──人種、性別、容姿、能力、年齢その他の特性──に基づいて区別を付けるが、この区別が「悪質な差別」になるのはなぜか。人を貶価する行為に悪質な差別の不当さがある。その悪質さの根拠を本書は問い、差別の一般理論を展開する。私たちは「差別」という言葉によって本当のところ何を理解しているのか、その行為の何を問題にして道徳的に評価しているのか、そしてその評価の根拠は何か。哲学的差別論の必読書。
前回は4・5・6章を扱いました。ヘルマン以外の論者がどのように差別を定義しているかに対する批判的検討を行った章であり、具体例も豊富で、こちらから始めた方が入りやすいだろうということで。
さて今回は、第1部の1章・2章(=ヘルマンの議論の本丸)を読みます。余裕がある方は3章もどうぞ。
読書会を一緒に企画している石田柊さんから、日本語で読めるよくまとまった論文を共有してもらいました。こっちだけ読んでも要点はつかめると思います。たぶん。とのことです。
http://rci.nanzan-u.ac.jp/ISE/ja/publication/se29/29-08hotta.pdf
日時:
1月31日(日) 17:00-18:30頃(盛り上がったら19:00まで延長)
申込方法:
オンラインビデオ通話ツールの「Zoom」を使って実施します。
参加希望の方は、以下のコンタクトフォームにご連絡ください。
参加・実施スタイル:
・本を読み終わっていても読み終わっていなくてもOK、まったく読んでいなくても参加可
・ただし、発言量の平等性を最優先に置きません。主催者の鈴木悠平が適宜話を振りつつ、銘々に言いたいことを言うスタイル。話が広がったり飛んだりしながら、まとめすぎず、という感じです。
・Zoomは顔出しでもビデオOFFでもどちらでもOK
・口頭発生でもチャット発言でも両方でもどちらでもOK
・聴いてるだけでもOK
読書会のグランドルール:
・何を語ってもいい。語らなくてもいい。
・ここでの発言・議論を、参加者個人に対する評価・人格と結び付けない
・自分以外の参加者が語ったことを、本人の同意なく外部に発信・紹介しない
・具体的なエピソードを例示する際に、他者のアウティング・プライバシー侵害・誹謗中傷を行わない
事前準備:
・本を読んで(読めなくても良い)なんとなく考えておく。
※今回は、1・2章を扱いますので、これらの章を優先して読んでください。
・事前に自分の考えや問いをまとめる意味合いでテキストを書いておくのも可(書かなくても良い)
・書いてくれたものの事前共有も大歓迎です。
アクセシビリティについて:
参加にあたって、上記以外でニーズやお困りごと・ご不安な点があれば問い合わせフォームにご記載ください。ご相談内容に応じて、可能な範囲の環境整備を試みます。
例: UDトークでの文字起こしなど
ムスメの保育園も再開。いつもの通園路を二人でてくてくと。
道中、ムスメが抱っこリクエストしてきたので、抱っこと見せかけて「たかいたかーい」をしたら「なんでぇやんですかぁーい」という新種のツッコミをいただいた。
この日まで保育園は年末年始の合同保育期間で、人数が少ないので学年混ざって一緒に過ごす。いつもと違う、道路を渡った反対側の園舎で過ごすということで、ムスメも、同じタイミングに着いたお友達数人も、ちょっと不安になって半泣き。0-1歳のときに自分たちも過ごしていた場所ではあるのだけど、そんな昔のこと覚えてないし、環境が急に変わるとびっくりするよね。明日からまたいつもの場所だよーということで、励まして応援して送り出した。
その足で、保育園近くにある区役所の障害福祉課へ。自立支援医療の管理票(利用記録つけるやつ)が最後のページになったのでその更新と、精神障害者保健福祉手帳の申請書類をもらいに。
福祉課の窓口で障害者手帳申請の説明を受けていると、隣の席のやり取りも耳に入ってきた。お子さんの療育手帳の更新のようだ。なぜだか祈るような気持ちになった。あのお母さんやお子さんの暮らしが少しでも安心できるものになりますように。かつて僕が教室で関わった子どもたち、保護者さんたちも、どうか少しでも穏やかな時間を過ごせていますように。僕はいま、同じ窓口で成人向けの福祉制度を受けようとしている。生きていくために福祉を使うのだ。
昨年末、三越の写真展でお会いした写真家の齋藤陽道さんが、宮沢賢治の詩を「写訳」したもの。
そこらは青くしんしんとして
今日も、同じ時間だけ書き物と読み物をして、合間にいくつかミーティングをして、そして3人でご飯を食べ、お風呂に入って眠った。
ブリュノ・ラトゥール著, 伊藤嘉高訳『社会的なものを組み直す アクターネットワーク理論入門』を少しずつ読み進めている。
つまり、ここで興味を引く問いは、誰がどのように行為しているかを決めることではなく、行為についての確定性から行為についての不確定性に移行することにある。
行為が非局所的であるならば、行為が何らかの特定の場に属することはない。行為は、分散され、まだら模様であり、複合的であって、定位されず、アクターにとっても分析者にとっても謎のままである。
一緒に読み進めている 福森伸(しょうぶ学園施設長)著『ありのままがあるところ』の記述とリンクする。健常者→障害者、分析者→アクターといった傲慢な上下関係の中で解釈しようとするのではなく、「わからない」ことに耐えながら、それぞれの視点から紡がれる世界を見ようとすること。
寝転んで水の表面をちゃぷちゃぷさせている彼女のその行為は池の水にアフォードされているということになる。そう思うと、池も常識的に理解している池としてのみ受け取らずともよくなる。彼女の快適さを引き出すものとして、彼女にとっての存在意義がある。環境が人と多大に影響し合っているということが学園という限られた空間の中であっても、とてつもなく存在している。
1月4日。会社務めのツマの方も仕事はじめ。年末年始の自宅保育協力願いに応えるかたちで、ムスメの保育園通園再開は翌日の1月5日からということにしていたので、この日は夫婦でシフトを組んで、お互い半日分ぐらい交代でゆるゆると稼働。
文を書いたり本を読んだりした。世の中がまた動き出すからなのか、ざわりと少し不安が出てきたので頓服を入れた。
北條民雄『いのちの初夜』を読む。
「十時が過ぎてもあなたの姿が見えないのでひょっとすると──と思いましたので出かけてみたのです。初めてこの病室へはいった人はたいていそういう気持になりますからね。もう幾人もそういう人にぶつかって来ましたが、まず大部分の人が失敗しますね。そのうちインテリ青年、と言いますか、そういう人は定まってやり損いますね。どういう訳かその説明は何とでもつきましょうが──。すると、林の中にあなたの姿が見えるのでしょう。もちろん大変暗くて良く見えませんでしたが。やっぱりそうかと思って見ていますと、垣を越え出しましたね。さては院外でやりたいのだなと思ったのですが、やはり止める気がしませんのでじっと見ていました。もっとも他人がとめなければ死んでしまうような人は結局死んだ方がいちばん良いし、それに再び起ち上がるものを内部に蓄えているような人は、定まって失敗しますね。蓄えているものに邪魔されて死にきれないらしいのですね。僕思うんですが、意志の大いさは絶望の大いさに正比する、とね。意志のないものに絶望などあろうはずがないじゃありませんか。生きる意志こそ絶望の源泉だと常に思っているのです。しかし下駄がひっくり返ったのですか、あの時はちょっとびっくりしましたよ。あなたはどんな気持がしたですか」
意志の大いさは絶望の大いさに正比する。生きる意志こそ絶望の源泉だ。ハンセン病療養所に入った主人公の尾田に、前から入所している先輩の佐柄木がそのように語る。
近所のタリーズでは朝早くから受験生が数学ⅠAの問題集とノートを広げて勉強している。そうか、1月はセンター試験だ。今年はどうなるのだろう。
アレクサに「明けましておめでとう」と挨拶をすると、彼女も挨拶を返してくれ、ついでにニューイヤーチャレンジについて教えてくれた。「アルプス一万尺」を1月2日から毎日1つずつ歌うそうだ。
https://awai.jp.net/blog/alexa-happynewyear
「アパートメント」今期当番ノート、たおさんの連載を読むと無性にカレーが食べたくなる。
私たちが対峙している相手はあまりにも大きくて深遠だ。インドの歴史や伝統の前で、自分はいかにちっぽけな存在であることか。|たお ‐ “カレーの乗り物”https://t.co/gWZ6S0UTPJ
— アパートメント (@apartment_home) December 30, 2020
脳がカレーに支配されてしまったので、お昼は近所のマイカリー食堂でマッサマンカレーを食べることにした。ツマとムスメにも付き合ってもらう。
「おせちもいいけどカレーもね」っていうCMが昔あった。昨日までおせちだったので、順路をたどっている。
友人のくらげさんが、書いたブログを送ってくれたので、読んだ。どんどん長寿になっていく人類、健康で快適な生活環境やテクノロジーにアクセスできるかできないかの格差、というのがどうなっていくか。
午後はムスメとトーマスのプラレールなどで遊んだ。そういえば小さい頃好きだったな、プラレール。
ムスメと、ツマと、そして家のぬいぐるみたちと一緒に「ごっこ遊び」をしながら、ふと考える。子どもの「ごっこ遊び」に参加する大人たちと違って、幼児にとって「人間」と「ぬいぐるみ」の違いは全く重要ではないのかもしれない。ぬいぐるみのセリフは自分たちでしゃべっているわけなので、人間(生物)とぬいぐるみ(無生物)のちがいは「わかって」はいるのだろうけど、別にそのことをわざわざ意識する必要はないというか、遊びを遂行する上で問題になっていないというか、そんな印象を受ける。演じるというのは、つまりそういうことなのかもしれない。
2021年1月3日のアレクサとの会話。
ニューイヤーチャレンジとして、「アルプス一万尺」を1月2日から毎日1つずつ歌うそうです。
「アルプス一万尺」は29番まであるので、1月30日に全て終わるとのこと。へー。
元旦に続き、ツマの実家でおせちを食べ、近所のスタバで書き物をし、またお昼におせちを食べ、少し昼寝をしてまたスタバに行き、晩ごはんもおせち+αをいただいてから、3人で電車に乗って帰った。
私は食に頓着がない、というか、なんでもうまいうまいと言って食べる舌を持っているので、おせちとかカレーとか、2,3日同じものを食べ続けても全然平気で、むしろ脳みそへの負担が少ないので楽なぐらいである。おせちは黒豆が好き。
午後にスタバに向かう道中で私を追い抜いていった自転車乗りは、「My Favorite Things」を軽やかに口ずさんでいた。
スタバに着いたら、このお店の地元常連客らしい人と店員さんが和やかに話しながらタンブラーにラテを注いでいた。「2021年初ラテですか?」「初です」「今年一番のものをつくりますよ」
昨年末に読んだ『三行で撃つ』の教えに従って、毎日、同じ時間に書く、ということを、最低2時間は本を読む、ということを時間確保の最優先事項とすることにした。
夜、高尾駅のホームの柱に、戦時中の空襲による銃痕を示すパネルが貼ってあることに気づいた。柱を見上げると確かに銃痕だ。
21時ごろに家について、荷物を片付け、みんなで寝間着に着替えて寝た。
ツマの実家(八王子)にて年越し。新年の挨拶をし、一緒におせちとお雑煮を食べ、10時〜11時の間に書き物をさせてもらって、近所の神社に行ってささやかな初詣をし、元旦からやっている近所のスタバに行き、書き物や読み物をし、帰ってまた一緒に晩ごはんを食べ、そして寝た。
静かな一日だった。
🎁NEWS🎁
— ヒグチアイ (@HiguchiAi) December 30, 2020
配信無/有観客にて開催した独演会[一対一]より🕊未発表として披露された最新曲を年末年始の期間限定公開🌎mmm=ハミングの意🌱
[期間限定] ヒグチアイ / mmm (Live at 2020.11.14 渋谷伝承ホール)https://t.co/0ZgsJcSIDb pic.twitter.com/mknNEEX9Vr
株式会社閒(代表取締役: 鈴木悠平)が行う事業報告や会社づくりのプロセス、閒に集う人たちの語り・営みをご紹介する、「閒の日々 師走号」をお届けします−−。
十二月の月例会は「変わらなかったこと、変えなかったこと」を出発点に、1年間を振り返る時間となりました。
メンバーからは、「痩せない」「瞑想」「働き方」「たばこ」「家族」「ルールのない日記」などなど、激動のなかで、変わらずたいせつにしてきたことや、やっぱり変えられないこともあったねという話をしました。
案外、変わったことや挑戦できたことは振り返るけれど、反対に変わらなかったことに目を向ける機会は案外少ないのではないでしょうか。
また、参加者一人ひとりが安心・安全に、またそれぞれの特性に合った方法でアクセスできるよう、以下のようなグランドルールを共有しています。
・何を語ってもいい。語らなくてもいい。
・ここでの発言・議論を、参加者個人に対する評価・人格と結び付けない
・自分以外の参加者が語ったことを、本人の同意なく外部に発信・紹介しない
・具体的なエピソードを例示する際に、他者のアウティング・プライバシー侵害・誹謗中傷を行わない
・Zoomは顔出しでもビデオOFFでもどちらでもOK
・口頭発生でもチャット発言でも両方でもどちらでもOK
・聴いてるだけでもOK
・途中入退出OK
+『差別はいつ悪質になるのか』デボラ・ヘルマン
「差別はよくない」ということはよく言われるし、総論として合意する人も多いでしょう。ジェンダー、人種、障害etc.さまざまな特徴と関連して「それは差別だ」という問題提起、議論がなされたり、炎上したりといったことは、日々さまざまな場面で起きています。実際に、悪質である、問題であると思われる出来事ももちろんあります。
差別と思われる行為に対して「おかしいよ」「許せない」「信じられない」と怒りや憤りを感じること、その行為に関係した人物に抗議・非難・批判を行うこと。そうした一人ひとりの感情や行動自体を否定したいわけではありません。しかしそれが、どのような理由によって「悪質な差別」であると判断できるのかは、一つひとつ丁寧に吟味されているとは言い難いように思います。
差別とはなにか、それがなぜ、いつ、どのように、悪質であるのかについて、具体的に「考える」ということを目的に本書を取り上げました。
※こちらは、来月も1月31日に開催予定です。また、読書会のレポートも近日公開予定です。
+『ゲンロン戦記』東浩紀
友人たちと『ゲンロン戦記』を読んで語る会をした。ほんとに涙なしには読めない本である。会社の本体は事務だと言い切る東さん。人はすぐ「アベンジャーズ」的なスーパースター集団をつくりたがるんだけど、アベンジャーズは棚つくったり領収書をファイリングしたりしないんだ…
— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) December 29, 2020
先月の月報でもお伝えしていた二人お茶会の企画、「出会いを遊ぶ」が開催されました。
記念すべき初回は、俳優の文目ゆかりさんと、シーシャ好きの私。
当日の様子はこちら(https://awai.jp.net/blog/shall-we-meet1)からご覧いただけます。示し合わせたわけではないのに、お互いの視点から書いた小説のようになっている点も楽しんで読んでいただけると幸いです。
閒では、Slackというコミュニケーションツールを使用して、コミュニティ活動を行っています。来年も、少しずつ様々な活動が醸成されていく予定です。気になる方は、コンタクトフォームからお問い合わせください。
2021/01/22 ふたりのふむふむ #2 押田一平×鈴木悠平 押田一平さんをゲストにZoom配信します。
2020/10/16-2021/03/07 「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」に、清水淳子さんとのユニットで参加作家として出展しています。
毎月一回、閒(あわい)の主宰者・鈴木悠平が、お話したいなーと思った人をお呼びして、ふむふむします。その様子をついでに配信するので、よかったらどうぞ、というゆるい会です。
第2回は、押田一平さんをお招きします。僕の前職と押田さんの前職が、色んな案件でお付き合いのある2社だったようですが、在職中に押田さんと出会うことはなく、ニアミスだったようです。直接出会ったのは、押田さんが「ステップパパの研究会」という当事者活動をはじめて間もない頃に、友人が主催するイベント会場での懇親会でのことだったかな。それから、僕が作家として参加した「トランスレーションズ展」の企画「モヤモヤルーム」のワークショップに参加していただいたり、COVID-19関連のサポート情報をまとめる「とどけるプロジェクト」の立ち上げに関わっていただいたり、なんだかんだと接点が増えていった感じ。
お互いオンラインでなんとなーくそれぞれの活動を見て、色々感じて考えているのだと思うけど、そういえば「ふたりで」じっくりふむふむしたことはないな、ということでお声がけしました。押田さんはデザインに関するお仕事をしているのだけど、本業?の話はほとんどしたことがなかったかもしれない。僕が屋号にしている、あわい(≒あいだ)は、押田さんにとってもキーワードのひとつだそうです。
デザインと編集、名付けとアイデンティティ、男性性と女性性、傷と記憶、哲学対話、などなど…共通の関心がいっぱいの押田さんとふむふむします。
①閒のSlackコミュニティに参加している人は、Slack内でURLシェアしますのでそこからどうぞ。
②鈴木悠平・押田一平の知人・友人は「聴きたい!」って本人にコンタクトすると、URL送ってもらえると思います。もしくは本人から「聴いて聴いてー!」ってお誘いが来るかもしれません。
③Peatixのチケット(500円)を購入、フォームに情報入力していただければ、そちら宛に配信URLお送りします。
録画アーカイブもあるので、リアルタイムで参加できない人も気軽に連絡orチケット購入してくださいませ。
決済したのにメールが届かないぞーって人は、迷惑メールフォルダとかも見ていただきつつ、Peatixのメッセージボックスか、閒のコンタクトフォームから主催者の鈴木悠平にご連絡ください。 ①②の方も、カンパしたくなったらチケット購入大歓迎です。
売上は手数料を引いて二人で折半。
■押田一平
デザイン会社で勤務後、現在は人材系企業でサービスデザインの仕事に取り組む。血のつながらない子供を育てる父親のコミュニティ「ステップパパの研究会」の他、デザイン読書会のコミュニティや、オンライン哲学対話のイベントを主宰。
■鈴木悠平
文筆家/インターミディエイター®
ひと・もの・ことの閒-あわい-に横たわるなにかを見つめて、掬って、かたちにしたり、しなかったり、誰かに贈ったり、分かち合ったりしています。
毎回、お声がけした人に「いま、このタイミングで直感的に、シェアしたい本とか映画とか、ものとか場所とか、あったら教えてー」と事前にお願いしてみることにしました。
押田一平さんのSomething Oneは、こちらの本。
押田さんからの紹介コメントは以下。
「design」というのは、ヒトやモノやコトの「あいだ」や、それらの「かかわり合い(インタラクション)」について考える営みだと思っていて、悠平さんがいつも使われている「閒(あわい)」という言葉と、非常に近い響きを感じています。須永先生のデザイン論は、アプリのインターフェースのような目に見えるデザインだけではなく、「対話」や、社会における「人々のつながり」のようなものまでデザイン対象として射程に含んでいるため、きっと悠平さんにも共感できるところや、新しい気づきがあるんじゃないかなと思い、薦めてみました。まぁ結構ハードコアな本なんですが。笑
僕もこれから読みます。当日の配信で、話題に出るかもしれないし、出ないかもしれない。
みなさんもよかったらどうぞ。
「シーシャ屋さんにいくためにワンピースを買うというエピソードを聞いて、一緒にシーシャに行きたいと思ってました」と表れたのは、小柄な身からこぼれそうな大きく黒い目が印象的な文目ゆかりさん。
経堂はクレイドル(https://cradle-shisha.studio.site) という私が推しに推しているシーシャ屋さんで、はじめましての二人会。
▼コミュニティ内企画『出会いを遊ぶ』とは?
出会う、話す、同じ時間を共にする。せっかくなら、「出会い」の前後も2人で企てて遊んでみる。そんな企画です。
・毎月1回、誰か2人、場所や日にち、活動などを相談して一緒に過ごしてお話してみる
・その様子を、一枚写真+感想メモぐらいの短いブログ記事にして閒にアップする
ルールはシンプルに、閒の中の人たちが思い思いにお互いの出会いを遊びます。
元々人と話すのが苦手で、他人に興味を持つという事を具体的にどうやったらいいのかずっと分からなかった。
今まできっと、人と時間を共有しても、自分の人生と交わっている目の前の時間にしか興味がなかったのだと思う。
その人がどういった経験をしてきて、それをどう考え、どう行動し、なぜ今目の前にいるのか、気になりだしたのはお恥ずかしながら本当にここ数年の最近の話だ。
SNS経由でご紹介頂いたあわいとどう繋がっていけるか迷っているところに、嬉しいことにしほさんの方からアプローチ頂き、お会いさせて頂いた。
しほさんはあわいのzoomミーティングの自己紹介での、シーシャに合わせたワンピースを着て行くという素敵な感性のお話が印象的で、ようやくあわい繋がりで何かできる事がとても嬉しい。
シーシャは知り合いの自宅で2回ほど体験はしていたが、お店に行くというのは初めて。そして、ちゃんとしほさんとお話しするのも初めて。仕事柄いろんな方とお会いする機会は多いが、あわいというコミュニティを介していたからか、今思えば友人に会いに行く感覚で現場に向かえた。お店は看板だけでは正直分かりづらくはあるが、入った瞬間に甘いかおりに包まれ、それだけで嬉しくなった。
聞くとしほさんは本当にたくさんのシーシャ屋さんをご存知で、週5通った時期もあったとか。都内でおすすめのお店も教えて頂いたが、今回ご紹介頂いたお店が数ある東京で一番美味しいとのこと。入り口も分からない私がいきなりディープなゾーンに踏み込めたのは、ご縁としか言いようがない。
好きなものを積極的に追求していく方は本当に魅力的。好きに理由はないんだと思う。好きは本能。しほさんは興味が広く、写真や文章もできちゃう。たぶん一回では開けきれない引き出しをお持ちの方だと思う。しほさんの話し方は無理がない心地よい明るさで、すぐに打ち解けテンポよく会話が進んだ。きっと人が好きなんだなと思った。
シーシャは素人の私でも美味しいことがよく分かった。時間が経つうちに味はより濃厚になっていき、シーシャのかおりと含まれる成分の効果ももちろん、普段気づくと浅く呼吸しているため、ずっと深呼吸している状態はまさにチルで、コーヒーでもお酒でも味わえないゾーンに入っていき、ゆっくりになっていく会話も心地良かった。誰かとお話しするときはシーシャのお店はぜひ活用していきたいし、とてもお勧めしたい。シーシャで打ち合わせとか、絶対最高。お世辞抜きにすっかり虜になってしまった。多分家に買う。その時はしほさんにお買い物手伝ってもらおう。
私は誰かと何かに夢中になることが好き。大人になった今、それが遊びでもあり仕事でもあって、それこそが共通言語となる。話せる言語の多さと語彙力が人生を豊かにする。今回あたらしい言語に触れて、またひとつ扉が開いた。生きているうちにどれだけの扉を見つけられるか。これからが楽しみで仕方ない。(文目ゆかり)
・・・
感想を言葉にして伝えるのが苦手だ。
「この映画観た?どうだった?」「何がおもしろかった?」「どこが好き?」
そう言われても、自分の中にあるもの、感じたものは、そんなに簡単に言葉にできるものでもないし、慌てて話すと純度がぐんと下がってしまうから、あまり、こういう類の質問をされることには慣れていないし、あまり好きになれない。
けれど、シーシャのある空間にいると、ゆったりと全てが受け入れられたような気がして、少しくらいうまく伝えられなくても、互いの話を、違う経験を、違う目で見たものを、少しずつ、シャボン玉が弾け合うように、時に混じり合ってしまうように、言葉や温度を交わしてしまう。
ここで時を共にした人とは、ゆっくりと時間をかけて、ずっと大切な人になるという勝手なジンクスがあるくらいだ。
まずは、ゆかりさんから、「シーシャって何時間くらいできるの?吸ってるときは何したらいいの?」と質問。
シーシャを吸っている時は、確かに何をすればよかったんだろう。生産と消費に追われる毎日の間に落ちた、ただ、呼吸をするだけの2時間。はじめましての人とただ呼吸をする会を催しているのは、かなり滑稽だと思う。
ゆかりさんは、初めてお会いしたのに、ネイティブな感覚を持って生きている、心地よい人だなと思いながら、ゆらりとシーシャを燻らせる。間がつながる感覚を得られるシーシャは、コーヒーやお酒を飲みにいくよりも、緊張感が和らぐ。本日のフレーバーは、ドバイ緑茶。店長のひささんオリジナルブレンドで、グリーンアップルっぽさのある、生の緑茶の甘さを生かした濃厚な風味。
お互いの自己紹介をするより前に、シーシャをきっかけに、お酒、古着、写真、香水、そんな話をしばらくしたあとに、「そういえば、なんで閒にいるんですか?」「お仕事は?」みたいな話をした。その頃には、もはや、表面的なプロフィールはどうでもよくなっていた。
ゆかりさんの出演する「泊まれる演劇」に招待してもらい、早速、後日講演を観にいくことが決まった。
あっという間に2時間が経って、名残惜しくも、「また会いたいです」と残り香を纏いながら、空中階にあるシーシャ屋さんをあとにした。(東詩歩)
|| プロフィール ||
毎月一回、閒(あわい)の主宰者・鈴木悠平が、お話したいなーと思った人をお呼びして、ふむふむします。その様子をついでに配信するので、よかったらどうぞ、というゆるい会です。
第一回は、言語聴覚士の井上いつかさんをお招きします。出会いは5年ほど前、僕の前職のLITALICOで、LITALICO研究所の立ち上げ・事務局長を担当していたときに、初期のイベントで来てくださったのがきっかけかな。そこから、業務委託だったり非常勤だったりで、主に子どもの発達をサポートする「LITALICOジュニア」の事業のスーパーバイズなどのお仕事をいつの間にか始めてくれていました。
僕は、「仕事」としてがっつりご一緒したっていうより、そういうイベントやら勉強会やらでちょくちょくお話する機会があって、なんか仲良くなった感じです。オフィスで偶然会うと、いつかさんは手を振ったりハイタッチをしたりしながら「おお、元気してるかー?生きてるかー?」って、なんか孫に久しぶりに会ったおばあちゃんみたいに僕が息災かどうかを気にしてくれます。
いつかさんのプロフェッションである、言語聴覚士(ST)は、言語や発声・発音、聴覚、認知などの機能が損なわれておこるコミュニケーション障害に対して支援を行う専門家です。また、食べたり飲み込んだりすることなどに困難がある摂食・嚥下障害(えんげしょうがい)に対しての支援も行います。
僕は僕で文筆業をほそぼそとやっており、二人とも「ことば」に関わる仕事をするわけですが、その一方で、というか、だからこそ、「ことば」にならない、言語外の情報も含めた、コミュニケーションのいろんなかたち、ありかた、人と人とのかかわりかたに興味を持ったり、モヤモヤしたり、試行錯誤したりしていて、その辺の波長が合うのかもしれません。
ことば、言語、身体、コミュニケーションの間やまわりをうろうろしながら1時間半ぐらいふむふむします。
①閒のSlackコミュニティに参加している人は、Slack内でURLシェアしますのでそこからどうぞ。
②鈴木悠平・井上いつかの知人・友人は「聴きたい!」って本人にコンタクトすると、URL送ってもらえると思います。もしくは本人から「聴いて聴いてー!」ってお誘いが来るかもしれません。
③Peatixのチケット(500円)を購入、フォームに情報入力していただければ、そちら宛に配信URLお送りします。
決済したのにメールが届かないぞーって人は、迷惑メールフォルダとかも見ていただきつつ、Peatixのメッセージボックスか、閒のコンタクトフォームから主催者の鈴木悠平にご連絡ください。 ①②の方も、カンパしたくなったらチケット購入大歓迎です。
売上は手数料を引いて二人で折半。
■井上いつか
言語聴覚士
医療・福祉機関で勤務後、現在フリーランス。発達に凸凹のあるお子さんやご家族、支援者のサポートを行う。
■鈴木悠平
文筆家/インターミディエイター®
ひと・もの・ことの閒-あわい-に横たわるなにかを見つめて、掬って、かたちにしたり、しなかったり、誰かに贈ったり、分かち合ったりしています。
毎回、お声がけした人に「いま、このタイミングで直感的に、シェアしたい本とか映画とか、ものとか場所とか、あったら教えてー」と事前にお願いしてみることにしました。
井上いつかさんのSomething Oneは、こちらの本。
大友良英・稲葉俊郎『見えないものに、耳をすますー音楽と医療の対話』
いつかさんからの紹介コメントは以下。
いま思いついたのが、稲葉俊郎さんと大友良英さん。
あまちゃんの音楽作ったミュージシャンの大友さんは昔から大好きなんだけど
(3.11以降の日記と対談と取り組みのまとめ「クロニクルFUKUSHIMA 文化に何ができるのか」も時間あったら読んでほしいなぁ)
NHKの“SWITCH”って番組で対談してたお二人が無茶苦茶良くて
https://www2.nhk.or.jp/archives/chronicle/pg/page010-01-01.cgi?hensCode=000020370414201002057
それをまとめた本『見えないものに、耳をすます-音楽と医療の対話-』かな!
稲葉先生の本どれも素敵やけど『いのちを呼びさますもの-ひとのこころとからだ-』も良い(先生こだわりの装丁がすごいのよ)
からだとあたまとこころについて論じてて、“すぐれた芸術は医療である”って
僕も読みました。当日の配信で、話題に出るかもしれないし、出ないかもしれない。
みなさんもよかったらどうぞ。
もう12月である。元気がない。寒さのせいもあるだろうが。冬眠したいな。
ここしばらくは、日に3-4時間ぐらいしかまともに稼働できない。ムスメを保育園に送って家に帰ってから、ちょっとだけ作業やミーティングをして、エンジンがかからず、横になってお昼過ぎまで寝る、みたいな日がちょくちょくある。毎日お薬もちゃんと飲んで、お酒は一滴も飲んでないのだけど、お腹の調子は悪いし、夜も2回ぐらい途中で目が覚める。
しかしまぁ、あまり動けないなりには、ひとつずつ仕事は進めていってて、年内は新しい予定や仕事を極力入れないようにしているので、溜まったタスクリストはちょっとずつ少なくなっているので、良しとする。えらい。
夜は、「生命論マーケティングⅡ」の第5回(今年の最終回)に参加。
生滅を繰り返す、差異のプロセスが生命だ。そう考えると、自分のこの躁鬱サイクルも、ひとつのリズムだなと捉えられてちょっと楽になる。たまに鬱になるぐらいがちょうど良いんじゃないか、と。
ムスメのクーピーを借りて日記絵
12月に入ったので、「アパートメント」の当番ノートも入れ替わり。
約1年前から、コンサータ(薬名:メチルフェニデート)を処方されて毎朝飲んでいる。発達障害の一つとされる、ADHD(注意欠如・多動性障害)の症状に対して処方される薬で、脳内の神経伝達物質の働きを良くして、集中しやすくするというもの。
日々、ただ生きているだけで色んなものに注意を持っていかれて、脳みそが常に忙しい。幸か不幸か、瞬発力と処理速度はあるので、来たものをどんどん打ち返していく形で、色んなプロジェクトを同時並行で進めることは出来るのだけど、それぞれで発生する重たい案件(主に原稿とか原稿とか原稿とか)は、いつも〆切ギリギリの過集中で乗り切って、終わったらドッと疲れる、みたいなことになる。いや、〆切ギリギリというのは半分ウソで、周囲のみなさんの本当に本当に寛大な便宜によって、それぞれに〆切を延ばしてもらったり待ってもらったりしながらどうにかこうにか、懺悔と謝罪を重ねて、生きている。
薬が効いてちょっとでも楽になるならそりゃあありがたい、ということで、適応障害がきっかけで診てもらっている主治医に相談して、途中からコンサータも処方してもらった。最初は18mgで、なかなか効果の実感がないので途中から36mgに増やした。飲むと、気持ちシャキンとするかな、という感じ。目立った副作用は今のところ出ていないので服薬を続けているけれど、とはいえ色んなものに追われる毎日なのは変わらない。難儀だ。
通院についても服薬についても、自身の特性の凸凹についても、特段隠してはいない。かといって自分からアピールすることもない。日常のコミュニケーションの中で話題になれば話しはする。自分にとってはその程度の要素でしかない。ただ、こんな風に聞かれたときは、言葉の座りの悪さに、もにょもにょしてしまう。
「お薬が出てるってことは、悠平さんも発達障害なんですか?」
「うーん、まぁ、そうねぇ、そういうことになるのかもねぇ」
なぜもにょもにょするのか。それはひとえに、「発達障害」という概念が示すもの、その言葉の用法、「診断」=名付けに込める期待、当事者性・当事者意識といったものが、あまりにも多様だからだ。そして、実際に自分の困り感が、「発達”障害”」とか「ADHD(注意欠如多動性”障害”」とか「ASD(自閉症スペクトラム”障害”)」といった、”障害”と表現することが妥当なのかというと、けっこう微妙なレベル感だからだ。なので、「われ発達障害当事者ぞ」と声高に言うのもなんかこうしっくりこないなぁというか、ちょっと遠慮しちゃうなぁ、という感じなのである。
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そもそも「発達障害」とは何か…という話を厳密に突き詰めていくと手に負えなくなるので、ひとまずの現時点で概ね社会的な合意の取りやすいラインでの記述に留めさせてほしい。
発達障害は、先天的な脳機能の発達のアンバランスさ・凸凹≒「特性」と、周囲の「環境」とのミスマッチによって、日常生活や社会生活に支障や困難が生まれる障害であると言われている。
日本では「発達障害」というカテゴリーは、その中に大きく「ADHD(注意欠如・多動性障害」、「ASD(自閉症スペクトラム障害)」、「LD(学習障害)」の3つのグループを含んだものという想定で用いられることが多い。ただこれは、海外ではあまり見られない日本特有の整理・用法であり、更には行政上の定義・分類と、医師が診断する際の定義・分類も完全には重ならず、なかなか扱いが難しいことも留意しておきたい。
ともあれひとまずは、先天的な凸凹と環境の相互作用によって生きづらさや障害を感じる人たちがいて、その人たちの特徴や困難さを捉え、名付け、医療や行政で支援するために、あるいは当事者・保護者たちが仲間とつながるために、「発達障害」というカテゴリーが、現在の日本社会で広く共有され、使用されているということは事実だと言っていいだろう(話すと長くなるので詳しく知りたい人はこちらの記事でも入り口にしていただいて各自どうぞ)
自分が、あるいは家族や身近な人が「発達障害かも?」と思ったときにはどうするか。書籍やインターネット上のコンテンツを参考に理解を深めたり、必要そうな対策をとってみて、それで楽になるということも勿論ある。しかし、困り感が強い場合は、自己診断で留めず、医療機関にかかって検査や診断を受けることが推奨される。医師をはじめとする専門家の目を通すことで、自分自身を適切に理解する助けになったり、他の病気や障害の可能性を見極めることができたりするからだ(必ずしも医師の目が100%ということではない)。
じゃあ医師は何を基準に私たちが発達障害かどうかを診るかというと、さまざまな研究をもとに作成される「診断基準」というものがあって、それを拠り所にして診る。発達障害に関しては、『DSM(精神障害の診断・統計マニュアル)』または『ICD(国際疾病分類)』というものが使われていて、それぞれ版を重ねるごとに診断カテゴリや診断基準も変わっていく。
たとえばADHD(注意欠如・多動性障害)の、『DSM-5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)』における診断基準は概ね以下の通りだ。
①不注意および/または多動性―衝動性の症状によって、生活に支障が出たり、発達が妨げられたりしている
②12歳までに、不注意または、多動性―衝動性の症状が見られた
③家庭や学校、職場などの2つ以上の環境で、不注意または、多動性―衝動性の症状が見られる
④症状が社会的、学業的、もしくは職業的機能を損ねている明らかな証拠がある
⑤統合失調症や他の精神障害の経過で生じたのではなく、それらで説明することもできない
https://h-navi.jp/column/article/126 より。
さらに詳しい記述はDSM-5そのものをあたってほしい
ここでポイントなのは、代表的な症状に当てはまることと、社会生活に支障をきたすほどの不適応・困難さがあること、その両方が必要だということ。
つまり、ADHDなりASDなり、その特徴として挙げられる典型的な症状やエピソードが見られるだけでは診断基準に満たず、それが「障害」といえるほどの困難さがあってはじめて、診断がくだされることになるのだ。
そもそもの特性の凸凹は誰しもあるのだが、その中でも凸凹の度合いが大きい人たちというのが、先天的に一定割合生まれてくる。僕もその一人だろう。ただ、それが即、障害ー困難や生きづらさに繋がるかというと、そうとは限らない。環境の影響もかなり大きいのだ。
同じような凸凹の強さ・傾向であっても、環境によってはそれが目立たなかったり、逆に強みになることもあったりして、障害を感じないケースは多くある。逆に、凸凹の度合いはそれほどではないとしても、環境とのミスマッチが大きければ不適応を起こすことも十分にある。また、先天的な凸凹が強かったとしても、後天的なスキル獲得や道具の活用によって、生きづらさを軽減することはできる。それゆえ、同じような特性がある人でも、それが発見され、診断や支援を受けられたかどうかや、どんな環境で過ごしたかによって、個々人の予後は大きく異なってくるのだ。
また、バイオマーカー(生理学的指標)がないため、上記の同じ診断基準を参照していても、医師ごとに判断の仕方はどうしても異なってくる。属人性を排除しにくいのも発達障害診断の特徴だ。
これらが、自分が「発達障害なの?」と問われたときに、迷いなくYESと答えることを難しくしている要因だろう。特性の凸凹や、それによる困り感は間違いなくあるんだけど、どうにかこうにか、自分が生きやすい環境や働き方を見出して、社会適応出来ていると言えば出来ている。「障害」の診断基準にハマるかというと、微妙なラインだ。自分の調子が悪いときに受診するか、比較的広めに判断する医師にかかったら、診断書が出ることもある、というぐらいの立ち位置だと思う。
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実際に、「発達障害の診断を取ろう」という目的を持って受診したことが、これまで2回ある。
1度目は、今から4年前のことだ。
子ども〜成人まで、発達障害特性のある色んな人たちと関わる仕事をする会社に入って数年。仕事を通して発達障害のことを知り、学び、理解を深めていくたびに、どんどん「これ、俺やん」という感覚が強まっていく。27,8年生きてきて、色んな失敗、つまづき、しくじりを重ねながらも、どうにかこうにか働いて暮らしているけど、どうにも世界とうまくフィットしていない感覚がある。なんだかずーっと、生きることが「ぎこちない」。自分のこの主観的な経験は、誰しも経験する程度問題なのか、それとも、発達障害というもので説明ができるものなのか。診断が出るかどうかはわからないけれど、少なくともその確認がしたい。自分のことを理解したい。そんな欲求が日増しに強くなった。
仲良くなった同僚の一人が診断を受けたという病院を紹介してもらって、そこに行くことにした。
職場から片道2時間弱。電車に揺られて鎌倉へ。ひょうひょうとしたおじいちゃん先生が院長の、小さなクリニックだった。
院長との診察が1回。訥々と、自分が感じていること、これまでのこと、現在のことを話す。後日、心理士によるWAIS(ウェクスラー式知能検査)を実施。2時間程度、色んな課題をやって帰る。また別の日に、WAISの検査結果と心理士の所見を受け取る。一番高い項目と一番低い項目の差が30ほど開いていた。所見に書かれた状態像、困難例、支援例は、いずれも、まぁそうだよな、という内容だった。終わってからまた院長先生との診察へ。また訥々と、近況を話す。
「どうかな、自分のことが少しわかってきたかな」
「そうですね、まぁだいたい」
そのまま診察は終わった。WAISの検査結果とは別に、この人はADHDですよとかASDですよとか、「診断書」が出るのかとおもったら、特に何も出されなかった。質問して、お願いすればなにか違った展開になったのかもしれないけど、凸凹はわかったし、なにか福祉制度を利用したいわけでもないし、まぁこんなものなのか、と思って通院を終了した。
通院を終えてから1,2ヶ月ぐらいの間、同僚や友人、監修の先生などに、雑談がてら、受診したことを話したりWAISの検査結果を見せたりした時期がある。日頃の僕の様子を知っている人たちなので、「まぁ、そうだろうねぇ笑」とか「言語性たっか!笑」とか「知覚統合が低めなのね。言語理解とこれだけ差があったらしんどいよね」とか、まぁそんな感じでライトに楽しみながらフィードバックをくれた。
「たとえるなら右腕の筋力だけめっちゃ発達してて、そのちからで色々乗り切ってきたんだけど、反動でずっと背中が痛い、みたいな感じだろうなと思って見てたよ」
友人の一人のこの表現がとてもしっくりきて、「ああ、そうそう、そんな感じ!」と、自分のしんどさを説明してもらえて気持ちが楽になったのを覚えている。
そこからしばらくは、「診断がほしい」という気持ちはなくなった。相変わらず色んな場面で困り感は発生するんだけど、色々経験を積んで自分で対処できるようになったり、チームで働くことで補完し合える環境になったり、結婚して日常生活の安心が得られたりと、人生全体が少しずつ進捗するにつれて「自分が発達障害かどうか」ということが重大トピックではなくなっていった、というのが適切だろうか。
傾向があるかないかと言われれば、明らかにあるし、親しい友人間でお互いの凸凹エピソードをネタに笑い合うことはあるけれど、わざわざその一面を強調するほどでもない。まぁまぁ社会適応できるようになった「発達凸凹さん」という認識でそこから数年を過ごした。
「やっぱり、発達障害の診断も取ろうかな」
そう思って再び専門医にかかったのは、今から1年半ほど前。
その少し前に、仕事での無理がたたり、心身の調子を崩して「適応障害」の診断を受けたのがきっかけで、再び「そのこと」を考えるようになった。
うつ病、適応障害、パニック障害etc.などの精神疾患になった成人が、受診・休養をきっかけに、基底にある先天的な発達障害特性に気づき、診断を受けたというパターンはけっこう多い。精神疾患がいわゆる「二次障害」として、自分にシグナルを与えてくれた、というプロセスだ。
身の回りの知人・友人にも、仕事を通して出会い、インタビューをした人にも、そのルートを辿った人は少なくなかった。自分が体調を崩した当時は「あ、これ自分も同じパターンだわ」と、苦笑いしたものである。
企業で働いて、管理職にもなって、色々工夫しながらどうにかこうにか適応できていたはずだったのだけど、やっぱりしんどさはなくならない。「診断」がどうしてもほしいってことじゃないけど、スッキリした方がなんとなく楽な気がする。診断が出たからといって、その結果に振り回されることもないだろうし、自分の中で疑問や不安があるわけではないけれど、答え合わせぐらいのつもりで発達障害の診断ももらっとくか。そんなふうに考えた。
適応障害がきっかけで受診し、今も毎月通っているクリニックの主治医に相談をした。
「先生のお知り合いで、発達障害の専門医がいる精神科、紹介してもらえませんか」
「うん、いいけど、悠平くんぐらい自己理解してて対処も出来ているレベルだったら、診てもらってもあまり変わらないと思うよ?」
「まぁ、そうですよねー、たぶんそうなんですけど、なんというか、色々あったし、もう一度受けてみたいなぁって」
「わかった。じゃあ連絡しとくから、〇〇クリニックの△△先生で予約して行ってみて」
予約をして、都内某所のクリニックへ。
適応障害になってからの通院歴、これまでの経緯、自覚症状や困りごとをバーっとWordに書き出して印刷し、数年前に受けたWAISの結果と一緒に持参。「うおー俺は今回こそ診断取るぞー!適応障害とADHDとASDのトリプルホルダーじゃーい!」みたいなテンションでツマにチャットを送り、電車に乗りこむ。いま振り返れば妙にやる気満々すぎる患者である。めんどくせえなこいつ。
以前、同僚に教えてもらって行った鎌倉のクリニックよりずっと大規模な場所だった。ロビーで少し待ち、名前を呼ばれて部屋に入る。
「今日はどうされました?」
ガタイも良く、眼光鋭い先生だった。先ほどの強気はどこへやら、ちょっと緊張しながら資料一式をお渡しし、自分が書いた文章に指差しながら、しどろもどろに説明した。
「まぁその…こうこうこういう仕事をしていて、以前も傾向あるかなと思ってWAISも受けた結果がこれなんですけど、最近適応障害になって治療中なんですが、やっぱりベースに発達障害もあるんじゃないかと思って、改めて診ていただきたいというか…いやあの、こうやって自分でエピソード書き出すとバイアスかかって診断基準に寄せちゃうってのはわかってるんですけどね、なので先生には割り引いて聞いていただきつつですけど、でもやっぱり…」あーだこーだあーだこーだ。
振り返るとやっぱり、我ながらめんどくさい患者である。書いていて変な汗が出てきた。
その先生は、主治医の申し送り書やWAISの結果も見ながら、僕の話を黙って聞いていたが、しばらくして口を開いた。
「なるほど、はい、はい、おっしゃることはわかりました。じゃあちょっと改めて質問しますね」
先生は診察用紙にやや大きな字で「ADHD」「ASD」と並べて書き、それぞれマルで囲んだ。
「あなたは自分で、ADHDとASDどっちが強いと思ってますか?」
「ADHDですね。どっちもあると思いますけど、強いのはADHDでしょう」
「そうですか…。僕の見立てはね、明らかにこっち(ASD)」
そう言いながら先生は ADHD < ASD と大きく不等号を書き足した。
「表出する困りごとの背景として、大きく衝動性と常同性どっちが効いてるかといったら、あなたの場合は圧倒的に常同性の方」
えー、マジすか。いや、混合型だろうなぁと思ってはいたけど、そっち(ASD)の方が強いとは思ってなかった…(という話を、帰ってきてツマや同僚、友人に話したら「え、そりゃ絶対そうでしょw」「ADHDもあると思うけどさ、ASD性もめっちゃあるw」「むしろASDの方が強いって自覚なかったのかw」と爆笑された。あ、はい)。
「それから、これもやってごらん」
続けて先生は、A3裏表1枚のチェックリストを差し出した。10セクターに分かれた質問が全部で80問ほどある。該当するものに○をつけていき、集計する。それは、パーソナリティ障害のスクリーニングを行うための簡易質問シートだった。
「どう?」
「はい、集計できました。うわぁ…」
ほとんどのセクターでは0個か1個しか○がつかなかったのだが、演技性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害に該当するセクターの質問だけたくさん○がついた。
「なにか生きていく上での不適応や生きづらさを感じるとき、そこにはストレス、身体特性、精神疾患、発達障害、と色んな要因があるんだけど、一番見落とされがちなのがパーソナリティ。最近はみなさん発達障害かも?って思って来られることが多いんですけどね。理想も高くて、色々周囲に気を遣って、でもギャップが感じてしんどいんでしょう」
演技性…自己愛性…うん、まぁ確かに言われてみれば、そう、そういう傾向は、ある…。パーソナリティ障害、かぁ…それは盲点だった。
自分でつけた○の数と集計結果を眺めながら、頭の中がぐるぐる回転していた。
「ただあなたはね、話していても好印象ですし、ここまで色々工夫して知性で補正されてこられたんでしょう。発達障害にせよパーソナリティ障害にせよ、その傾向はあっても、決して『障害』ってほどの状態ではないと思いますよ」
「はぁ…」
障害ってほどではない。うん、うん、まぁ、そうだろう。発達障害の診断基準は知っているし、今やったばかりのパーソナリティ障害チェックリストも、単なるスクリーニング用の簡易テストだ。「障害」と医学的に診断されるほどの不適応は来たしていないと言われれば、確かにまぁ、その程度なのかもしれない。
もともと「答え合わせ」ぐらいのつもりで来た。診断が出ようと出まいと、自分の傾向と対策は特に変わらない。それはわかっていたはずなんだけど、なんだか足場を踏み外したような感覚がする。ADHDとASDの強弱の見立てが外れていたからなのか、「パーソナリティ障害」カテゴリからの不意打ちを食らったからなのか、理由はよくわからない。
「ここに来るってことは、苦労はされてきたんでしょう。困ってるからここに来たんだと思いますよ。でもね、あなたはすでに自分の知性で十分に補正されてますから、『障害』って思わなくても良いんじゃないですかね」
「そうですかぁ。なるほど…。それでえっと、僕の診断名はどうなるんでしょうか。診断書に書かれる名前というか」
「診断書って、あなた、障害者手帳がほしいとか、休職したいとか、職場でこんな配慮がほしいとか、目的があればそれに応じて書きますけど、何に使います?」
「いや、なにか別に支援を受けたいとかそういうわけじゃないんですけど、発達障害ってグレーゾーンだの確定診断だの巷ではややこしいので、なんというか、自己紹介的に…」
「みなさんね、発達障害の確定診断がほしいって来られるんですけど、あなたもご存知の通りスペクトラムですから、確定診断なんてものはないんですよ。支援が必要なら書きますけど、必要あります?」
「いやー、そうですね、ないっすね…。たしかにスペクトラム、そうですよねぇ。いや、はい、大丈夫です。ええとまぁでも、パーソナリティの傾向とか、新しい発見があって面白かったです。ありがとうございました」
それこそ知性で補正しながら、ポジティブな収穫の確認と、感謝の意を言葉にして部屋を出た。
2回目の「発達障害診断チャレンジ」も、そんな感じで、わかりやすい「名付け」はもらえないまま終了した。
後日、いつものクリニックの通院日に、苦笑いしながら事の顛末を主治医の先生に報告した。
「うん、まぁ事前に言った通りの結果だったね(笑)」
「いやー、自分も仕事柄スペクトラムだっていつも言ってましたしね、そりゃそうだって感じなんですけど。自分のこととなると、名付けがほしいって思うことがあるんですよね。専門医の先生に言ってもらって諦めがついた感じがします。色んな凸凹があるけどどれもグレーゾーン、みたいな曖昧な立ち位置で自分はこれからも生きていくんだろうなって。まさかパーソナリティ傾向もあるとは思ってませんでしたよ(笑)」
「まぁまた自分の新しい一面が見えたのはよかったんじゃない。あと、僕もコンサータ出す資格は持ってるから、不注意・衝動性が自分で気になるなら、試しに少量から出すことできるけど?」
「え、先生も出せるんすか!」
…という感じで現在に至る。
自分の心身の不調や凸凹については、これまで別の記事でも色々と書いてきたが、改めて列挙してみるとこんな感じだ。
適応障害: 診断書が出たのち、療養・回復し、現在は診断域外、レクサプロ(SSRI)服薬継続
ADHD: 傾向あり、診断域外、コンサータ(メチルフェニデート)服薬継続
ASD: 傾向あり、診断域外
パーソナリティ障害: 演技性・自己愛性パーソナリティの傾向あり、診断域外
その他: 隠れ吃音(普段は目立たないが、たまに出る)
薬は飲んでいる。障害者手帳は持っていない。一般枠の雇用で就労していたが、現在は自営業で曖昧に食っている。
「障害」というほどではないにせよ、上記の凸凹もあって心身の波はやや大きく、「疲れやすい」身体と共に生きている。
「医療」のメガネでも「福祉」のメガネでも、どの障害にも当たらない。「診断基準」の少し外側、ふわふわした名前のない場所が僕の立ち位置になるのだろう。
「ここに来るってことは、苦労はされてきたんでしょう。困ってるからここに来たんだと思いますよ」
精神科の先生に言われた言葉をしばしば思い出す。
名付けがあろうとなかろうと、自分の凸凹自体は変わらない。取れる対策も大きくは変わらない。
じゃあどうして、2度も受診をしたのか。
それはやっぱり、「名前がない」ことの生きづらさがあったんだろう。
*
医師による診断が出るかどうか。障害者手帳(精神保健福祉手帳)を取得するどうか。障害者雇用枠での就職をするかどうか。
発達障害の「名付け」に付随する、医療・行政・労働市場におけるそれぞれの選択肢。もちろんこれらは必ずしも全て選ばなくても良い。また、診断と手帳に関しては望んだからといって取れるとは限らない。当然、発達障害の「当事者」一人ひとりがどんな「名前」を社会的に付与されているかはさまざまであるし、名付けに対する思い入れも人それぞれ違う。同じ人間でも、年月を重ねる中で距離感が変わっていく。
「大人になってから診断を受けて、ようやくバラバラのパーツがつながりはじめた。そんな感覚」
「やっぱり診断が、『名前』がほしい。スペクトラムだとかグレーゾーンだとか、そんなこと職場の人にはとても理解してもらえない」
「診断を受けてからしばらくは、なんでも特性に紐付けて自分を説明しようとしてたけど、今はもう、飽きちゃった。自分の一部でしかないなって」
「最初は障害者雇用枠で入ったんですけど、手帳の更新忘れちゃって(笑)そのまま一般枠になりましたが、職場はもうわかってくれてるんで」
「実はこないだ、手帳返納したんですよ。そのまま使ってても良いんだろうけど、なんとなく、自分の区切りとして」
身の回りの知人・友人たちの、「発達障害とわたし」にまつわる、色々なエピソードを聞かせてもらってきた。それぞれがそれぞれに苦労してきて、どうにかこうにか生き延びている。彼らと出会い、部分的に経験を共有し、ときに「あるあるネタ」で笑いながら、ときに愚痴を言いながら、同じ時代を生きていることを有り難く思う。と同時に、あいかわらず「名付け」が定まらない自分のふわふわした立ち位置をめんどくさく思う。
別にめちゃくちゃこだわってるわけでも、困ってるわけでもないんだけど、さ。
医師の診断も出て「当事者として」の語りを出来る友人がうらやましいという気持ちと
「自分はまぁ、診断なくて困ってるほどでもないからなぁ」と、周囲の理解が得られなくて悩んでいるグレーゾーン当事者への妙な遠慮と
(あまり好きな言葉ではないが)「支援者」側に片足突っ込んでいるゆえの、職業倫理的な自己抑制と
医師や行政の名付けがない中で「適当」に自己診断で名乗ることに抵抗する、自分のASD的特性と(これは皮肉)
そういういろんな立場や思考がないまぜになって、ずっと「足場がない」感じでふわふわと生きている。
…ここまで書いてきたが、特にスッキリする結論は出そうにない。ただ、この文章を書き始めるまでの4,5年で、またこの文章を逡巡しながらちょびちょびと書き進める中で、少しずつ、少しずつ、「まぁそんなもんだよな、仕方ないよな」という諦念が分厚くなってきていて、それはきっと悪いことではないのだろう。
そもそもがスペクトラムで、環境によって凸凹は強みとも弱みともなるのだから、結局、当事者も医師も、誰も「名乗る」ことへの許可・お墨付きを与えることなんてできないのが、「発達障害」というものだ。診断名や、典型例では説明できない多面的な自分の姿がたくさんあることに目を向けてからがむしろ本番で、「名付け」はスタート地点でしかない。
名前を見つけて、説明できる要素が増えていくこと。
説明しきれない部分が残るのを許容できるようになること。
原因がどうであれ、対策を取って楽になる場面が増えていくこと。
凸凹をならして平らにしようとするのではなく、凸凹のままでも生きていく方法や環境を見つけていくこと。
そういうことをこの4,5年の間に、いや、「発達障害」という概念に出合う前も含めたこの32年間の人生で、色々と身につけて頑張ってきたのが今の自分だ。どうにかこうにか生き延びてきた。そのことだけは、自分で肯定してやりたいと思う。
アラサーになって、これから段々と老いていく。それもまた、悪いことではない。
体力も落ちるから、無理せず過ごせる、自分に合った居場所だけが自ずと残っていくだろう。
「年取ったら定型発達も発達障害も一緒くたに、みんなポンコツになっていくから、発達凸凹なんか目立たなくなるよ!」と笑いながら励ましてくれた先輩もいた。
ここ数年は特にしんどかったが、振り返ってみればそもそも、「健康」であるという感覚を持てていた記憶がほとんどない。
しかし、歳を重ねるごとに、しんどいながらもしぶとく生き延びていくゾンビ的なレジリエンスは高まっているように思う。
きっとこれからも、名前のつかないマイルドな生きづらさはずっと抱えて生きていくのだろうけれど、これだけ予行演習を重ねたならば、さして恐れることでもないのかもしれない。
株式会社閒(代表取締役: 鈴木悠平)が行う事業報告や会社づくりのプロセス、閒に集う人たちの語り・営みをご紹介する、「閒の日々 神無月号」をお届けします−−。
十月の月例会は「いいコミュニティってなんだろう」というテーマで、開催されました。
コミュニティというキーワードを切り口に、「閒のみんなが居心地のいい場所ってどんな感じ?」「何を求めてる?」「どんなことがしてみたい?」そんなことを話し合いながら、それぞれの価値観を共有する時間になりました。
一部、メンバーの声を抜粋すると、「ねえねえって言ったときに返事が返ってくる」「尊重が前提にある」「そこにいること自体が個々にとって大事な目的になっている」などの声があがりました。
また、悠平さんの「カードの裏面も表面も受け入れるコミュニティ」という表現もとても閒らしいなあと思いました。
「コミュニティ限定ラジオやってみたいね」。そんなきっかけで、ひとまず挑戦してみることになった閒のラジオ。
毎月1回、誰か一人をゲストに悠平さんが聞き手となって、その人のこと(来歴、日々の暮らしや仕事、関心や問い、視点などなど)を聞いたり話したりするラジオです。
一人一人とゆっくり語ることで、こぼれ落ちる端々の言葉から、他の人たちを知るきっかけになればいいなと思っています。
新しいことが、もうひとつ。
・毎月1回、2人ずつ、場所や日にち、活動などを相談して一緒に過ごしてお話してみる
・その様子を、一枚写真+感想メモぐらいの短いブログ記事にして閒にアップ
という流れで、閒内の新しい出会いが生まれたらなと思い、お茶会をやってみます。
リレー形式で展開されていく2人会、どんな反応が起こるのか楽しみです。
閒では、Slackというコミュニケーションツールを使用して、コミュニティ活動を行っています。月例会以外にも、様々な活動がぽつぽつと芽を出し始めました。気になる方は、コンタクトフォームからお問い合わせください。
2020/10/16-2021/03/07 「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」に、清水淳子さんとのユニットで参加作家として出展しています。まだまだ会期は続いているので、ぜひ遊びにきてください。
2020/11/16 20:00 「とどけるラジオ#17 COVID-19とライブハウス業界 - 『音楽』と『居場所』の未来を考える」 渡邊大地さんをゲストにお話をお聞きします。毎週月曜夜20時に、ゲストをお招きして配信しています。アーカイブ視聴も可能です。
2020/12/13 17:00 デボラ・ヘルマン『差別はいつ悪質になるのか』読書会@Zoom 参加希望者はコンタクトフォームよりご連絡ください。