ラジオ「作家ってなんだろう」
第8回「壁で分かたれたまま、互いを思い合う―奈良監獄ミュージアム出展によせて」
今回は、2026年4月27日に開館した「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」についてお話ししています。 明治の五大監獄の一つであり、重要文化財でもある「旧奈良監獄」を保存・継承していくこのプロジェクトに、私が共同代表を務める「Prison Arts Connections(PAC)」も、C棟「監獄とアート」エリアの展示アーティストとして参画しました。
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ラジオ「作家ってなんだろう」
第8回「壁で分かたれたまま、互いを思い合う―奈良監獄ミュージアム出展によせて」
今回は、2026年4月27日に開館した「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」についてお話ししています。 明治の五大監獄の一つであり、重要文化財でもある「旧奈良監獄」を保存・継承していくこのプロジェクトに、私が共同代表を務める「Prison Arts Connections(PAC)」も、C棟「監獄とアート」エリアの展示アーティストとして参画しました。
Read more朝顔の種を蒔いた。
Read more友人宅の庭を耕しに行った。
Read more心に穴のあいたまま、それを埋めるかのように、埋まらないとしても、言葉を紡ぐ、字を書く、詩を詠む。
Read moreこの度、新婚時代から書き溜めた「夫と私のよもやま話」シリーズを、Kindle Direct Publishing(KDP)で電子書籍化いたしました!
Read more「文責(責任)」を引き受けるのは人間にしかできない
Read more芸事、芸術、表現に生きる、表現者、作家、アーティストとして生きる過程での、傷、痛みについて。 何かを追求する、突き詰める過程で、他の何かを捨てることになったり、誰かを傷つけてしまったり。それ自体は決して芸術家の必要条件でも十分条件でもないし、大成したからといって開き直ったり免責されたりするものでもないだろうが、しかし往々にして、なかば必然的に起こる。 良い悪いでもなく、選ぶ選ばないですらなく、そのように出会ってしまい、そのようにしか生きられない、やめるという選択肢ははなからない、そういう人間、そういう生というものがある。
Read more全容が見えないなかで「賭け」に乗ってくれる編集者がいてこそ作家は前に進める。
Read more帰りの道すがら、「俺はエリート信者になれないからまだ洗礼は受けられないよ、それに心の準備が出来上がってないし」と言った。エリート信者って何?そんなものはないよ、と笑って返すと、エリート信者はエリート信者だよ、なんかこう、階級とかあるでしょ?と訊かれるので、ないよ、と笑ってしまう。
Read more我ら夫婦には、独特なコミュニティ言語がある。コミュニティ言語とは、少数民族やとあるコミュニティ内で話される独自言語だ。我ら家族にはそれがある。
Read more色んな感情を心の引き出しに無理やり仕舞い込む。整理整頓は、時間がやってくれるはずだろう。きっと、そうであって欲しい。
Read more「冬季うつってあるじゃん、それの夏版みたいな状態だったんだな、俺は。夏季うつだ、夏季うつ」
と、リビングに寝転がりながらぼやいてみたら、
「それはね、ただのうつだよ」
とツマに返された。正しい。ツマの言うことはだいたいいつも正しい。
引っ越しの前日は雨だった。
借りていた市民農園を解約し、最後に畑へ行ったら、馬鹿でかく成長したお化けゴーヤが2本なっていた。畑に置いていた移植ごて等を入れるボックスを畑から撤収するとき、蓋を開けると見たことのない多さのアリの群れがいた。無数の黒い点が予想のつかない動きをしてひとときたりとも止まらない。理由もなくぞわぞわと怖気が込み上げる。つい目を背けた。美しいものか醜いものかと二極で問われると、答えることがむずかしい。わたしの感じ方としては、美醜を超えて、「生きているうちに見られてよかった」と思うほど凄まじいものだった。
結局、ポンプの水を流してアリを追い払い、ボックスをきれいにして撤収した。道具は一式、東京にも持ってきた。
東京の家は古い集合住宅の1階で、寝室の窓を開けると、土がある。ここを「庭」と呼ぶことにする。ここを耕すのか、はたまたプランター栽培なのか、まだわからないけれど、ここで小さな「畑」を営む予定だ。せっかく家にあるので、できれば毎日、庭仕事をする時間を取りたい。
書斎からはびわの木が見える。東京は自然が少ないなんて、一面的な見方に過ぎない。たしかに田舎ほど雄大な自然にアクセスするには少々移動が必要だけれど、案外まちの至るところに緑があって、大きな公園も整備されている。わたしの住む地域には、庭に植物を植えた家も多くある。何より、空はどこから見ても美しい。地元の市民農園の側にある農道から見た風景を胸に刻みながら、わたしはこれから東京で土に触れていく。
わたしが畑をはじめたことは、植物が種子を土に落とすことと同義だったのかもしれない。
Read more立岩先生は自分でもたくさん書く人だったが、歴史を遡って書くべきことを書き記していくには到底一人では間に合わないこともよく分かっていたからからこそ、後進の教育と、数多の資料のアーカイブ(それは仕事を引き継ぐ誰かが現れたときの結節点・参照点となる)に力を入れてきたのだろう。
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