友人宅の庭を耕しに行った。
数年前にその家へ越してきた友人は、庭に自生しているドクダミの地下茎や紫大根(オオアラセイトウ)の花を食べる試みをしていた。ドクダミの地下茎はキンピラやオイスター炒めにし、紫大根の花はそのまま食べるという。そうこうしているうちに庭仕事をする気になったのか、一緒に土いじりする人を募っていて、それを知ったわたしは好奇心の赴くままに出かけた。
4月も下旬に差しかかかり、よく晴れて気温は20度を超えている。それでも吹き抜けていく風が心地よく、友人宅の窓に飾ってあるサンキャッチャーが風を受けてゆらめき、光を通して部屋の壁に影をつくるのを見ているだけで、心がなだらかになっていくのを感じた。
顔と身体に日焼け止めを塗り、帽子を被って首にタオルを巻く。長袖長ズボンに丈の短い雨靴まで履いて、日焼けと虫や汚れ対策はバッチリである。友人に至っては、ツナギを着て本格的な長靴を履いていて、すっかりそれっぽい人になっていた。
土を掘ると、さまざまなものが出てくる。石にレンガ、何だかわからない人工物まで。それらを「これはなんだろう」と話し合って選別しながら、ドクダミをはじめとした植物の根も抜いていく。何の植物かわからないが直径1センチ以上ある太い根もあり、そういうものがズズズと抜ける瞬間は、他のものに代えがたい快感がある。最近読んだ小説に、滝口悠生さんの「死んでいない者」という作品があり、作中で、地面に打ち込まれた杭を抜く感触を男性が性行するときに感じるそれに例える描写があったことを思い出した。
ドクダミの地下茎は白いからわかるのだ、と友人が教えてくれた。比較的長めに取れた綺麗なものは、友人の食事になるので別途、選り分ける。竹久夢二のドクダミの絵が素敵なんだよ、と話す。地元のギャラリーで夢二展が開かれたときに黒地に白いドクダミの絵が模されたポチ袋を今も大事に飾っている。
もちろん土の中にはミミズやダンゴムシ、ムカデなどさまざまな生き物もいる。しかしいずれも小さく、それと比べると、地元で借りていた市民農園にいたミミズのデカさと、それを見て真剣な目をして頬を紅潮させていた息子のことを思い出す。
作業は常に中腰なので、すぐに足にくる。特に太ももとふくらはぎ。最初は、クワで土を掘る作業と出てきたものを選り分ける作業を友人と交替でしようと考えていたのだが、体力のないわたしはすぐに音を上げ、結局ほとんど友人がクワ担当をしてくれた。そっちの方が疲れるのだ。2時間ほどの作業で、軽口をたくさん叩いて汗をかき、しっかり筋肉痛になって帰った。夕方の風呂がいつも以上に骨身に染みた。
自宅の敷地も友人の庭と同じ方式で少し耕してみた。ゴールデンウィークが終わる頃には、何か植えられるだろうか。無理せず過程を楽しんでいこう。友人の庭にもまた訪れたい。
