2020年12月13日に、デボラ・ヘルマン『差別はいつ悪質になるのか?』のオンライン読書会をした。この記事は、本書の背景および内容と、読書会での対話とを下敷きにしたエッセイである。
Read moreアレクサ、あけましておめでとう
2021年1月3日のアレクサとの会話。
ニューイヤーチャレンジとして、「アルプス一万尺」を1月2日から毎日1つずつ歌うそうです。
「アルプス一万尺」は29番まであるので、1月30日に全て終わるとのこと。へー。
閒の日々 師走号
株式会社閒(代表取締役: 鈴木悠平)が行う事業報告や会社づくりのプロセス、閒に集う人たちの語り・営みをご紹介する、「閒の日々 師走号」をお届けします−−。
▼2020年、変わらなかったことを振り返る。
十二月の月例会は「変わらなかったこと、変えなかったこと」を出発点に、1年間を振り返る時間となりました。
メンバーからは、「痩せない」「瞑想」「働き方」「たばこ」「家族」「ルールのない日記」などなど、激動のなかで、変わらずたいせつにしてきたことや、やっぱり変えられないこともあったねという話をしました。
案外、変わったことや挑戦できたことは振り返るけれど、反対に変わらなかったことに目を向ける機会は案外少ないのではないでしょうか。
▼読書会がぽつぽつと−−。
基本的に、閒の読書会は、本を読んだ人はもちろん、全く読んでいなくても参加OKです。
また、参加者一人ひとりが安心・安全に、またそれぞれの特性に合った方法でアクセスできるよう、以下のようなグランドルールを共有しています。
・何を語ってもいい。語らなくてもいい。
・ここでの発言・議論を、参加者個人に対する評価・人格と結び付けない
・自分以外の参加者が語ったことを、本人の同意なく外部に発信・紹介しない
・具体的なエピソードを例示する際に、他者のアウティング・プライバシー侵害・誹謗中傷を行わない
・Zoomは顔出しでもビデオOFFでもどちらでもOK
・口頭発生でもチャット発言でも両方でもどちらでもOK
・聴いてるだけでもOK
・途中入退出OK
+『差別はいつ悪質になるのか』デボラ・ヘルマン
「差別はよくない」ということはよく言われるし、総論として合意する人も多いでしょう。ジェンダー、人種、障害etc.さまざまな特徴と関連して「それは差別だ」という問題提起、議論がなされたり、炎上したりといったことは、日々さまざまな場面で起きています。実際に、悪質である、問題であると思われる出来事ももちろんあります。
差別と思われる行為に対して「おかしいよ」「許せない」「信じられない」と怒りや憤りを感じること、その行為に関係した人物に抗議・非難・批判を行うこと。そうした一人ひとりの感情や行動自体を否定したいわけではありません。しかしそれが、どのような理由によって「悪質な差別」であると判断できるのかは、一つひとつ丁寧に吟味されているとは言い難いように思います。
差別とはなにか、それがなぜ、いつ、どのように、悪質であるのかについて、具体的に「考える」ということを目的に本書を取り上げました。
※こちらは、来月も1月31日に開催予定です。また、読書会のレポートも近日公開予定です。
+『ゲンロン戦記』東浩紀
友人たちと『ゲンロン戦記』を読んで語る会をした。ほんとに涙なしには読めない本である。会社の本体は事務だと言い切る東さん。人はすぐ「アベンジャーズ」的なスーパースター集団をつくりたがるんだけど、アベンジャーズは棚つくったり領収書をファイリングしたりしないんだ…
— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) December 29, 2020
▼「出会いを遊ぶ」やってみました。
先月の月報でもお伝えしていた二人お茶会の企画、「出会いを遊ぶ」が開催されました。
記念すべき初回は、俳優の文目ゆかりさんと、シーシャ好きの私。
当日の様子はこちら(https://awai.jp.net/blog/shall-we-meet1)からご覧いただけます。示し合わせたわけではないのに、お互いの視点から書いた小説のようになっている点も楽しんで読んでいただけると幸いです。
閒では、Slackというコミュニケーションツールを使用して、コミュニティ活動を行っています。来年も、少しずつ様々な活動が醸成されていく予定です。気になる方は、コンタクトフォームからお問い合わせください。
▼お知らせ
2021/01/22 ふたりのふむふむ #2 押田一平×鈴木悠平 押田一平さんをゲストにZoom配信します。
2020/10/16-2021/03/07 「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」に、清水淳子さんとのユニットで参加作家として出展しています。
けむりと演劇- 出会いを遊ぶ #01
「シーシャ屋さんにいくためにワンピースを買うというエピソードを聞いて、一緒にシーシャに行きたいと思ってました」と表れたのは、小柄な身からこぼれそうな大きく黒い目が印象的な文目ゆかりさん。
経堂はクレイドル(https://cradle-shisha.studio.site) という私が推しに推しているシーシャ屋さんで、はじめましての二人会。
▼コミュニティ内企画『出会いを遊ぶ』とは?
出会う、話す、同じ時間を共にする。せっかくなら、「出会い」の前後も2人で企てて遊んでみる。そんな企画です。
・毎月1回、誰か2人、場所や日にち、活動などを相談して一緒に過ごしてお話してみる
・その様子を、一枚写真+感想メモぐらいの短いブログ記事にして閒にアップする
ルールはシンプルに、閒の中の人たちが思い思いにお互いの出会いを遊びます。
元々人と話すのが苦手で、他人に興味を持つという事を具体的にどうやったらいいのかずっと分からなかった。
今まできっと、人と時間を共有しても、自分の人生と交わっている目の前の時間にしか興味がなかったのだと思う。
その人がどういった経験をしてきて、それをどう考え、どう行動し、なぜ今目の前にいるのか、気になりだしたのはお恥ずかしながら本当にここ数年の最近の話だ。
SNS経由でご紹介頂いたあわいとどう繋がっていけるか迷っているところに、嬉しいことにしほさんの方からアプローチ頂き、お会いさせて頂いた。
しほさんはあわいのzoomミーティングの自己紹介での、シーシャに合わせたワンピースを着て行くという素敵な感性のお話が印象的で、ようやくあわい繋がりで何かできる事がとても嬉しい。
シーシャは知り合いの自宅で2回ほど体験はしていたが、お店に行くというのは初めて。そして、ちゃんとしほさんとお話しするのも初めて。仕事柄いろんな方とお会いする機会は多いが、あわいというコミュニティを介していたからか、今思えば友人に会いに行く感覚で現場に向かえた。お店は看板だけでは正直分かりづらくはあるが、入った瞬間に甘いかおりに包まれ、それだけで嬉しくなった。
聞くとしほさんは本当にたくさんのシーシャ屋さんをご存知で、週5通った時期もあったとか。都内でおすすめのお店も教えて頂いたが、今回ご紹介頂いたお店が数ある東京で一番美味しいとのこと。入り口も分からない私がいきなりディープなゾーンに踏み込めたのは、ご縁としか言いようがない。
好きなものを積極的に追求していく方は本当に魅力的。好きに理由はないんだと思う。好きは本能。しほさんは興味が広く、写真や文章もできちゃう。たぶん一回では開けきれない引き出しをお持ちの方だと思う。しほさんの話し方は無理がない心地よい明るさで、すぐに打ち解けテンポよく会話が進んだ。きっと人が好きなんだなと思った。
シーシャは素人の私でも美味しいことがよく分かった。時間が経つうちに味はより濃厚になっていき、シーシャのかおりと含まれる成分の効果ももちろん、普段気づくと浅く呼吸しているため、ずっと深呼吸している状態はまさにチルで、コーヒーでもお酒でも味わえないゾーンに入っていき、ゆっくりになっていく会話も心地良かった。誰かとお話しするときはシーシャのお店はぜひ活用していきたいし、とてもお勧めしたい。シーシャで打ち合わせとか、絶対最高。お世辞抜きにすっかり虜になってしまった。多分家に買う。その時はしほさんにお買い物手伝ってもらおう。
私は誰かと何かに夢中になることが好き。大人になった今、それが遊びでもあり仕事でもあって、それこそが共通言語となる。話せる言語の多さと語彙力が人生を豊かにする。今回あたらしい言語に触れて、またひとつ扉が開いた。生きているうちにどれだけの扉を見つけられるか。これからが楽しみで仕方ない。(文目ゆかり)
・・・
感想を言葉にして伝えるのが苦手だ。
「この映画観た?どうだった?」「何がおもしろかった?」「どこが好き?」
そう言われても、自分の中にあるもの、感じたものは、そんなに簡単に言葉にできるものでもないし、慌てて話すと純度がぐんと下がってしまうから、あまり、こういう類の質問をされることには慣れていないし、あまり好きになれない。
けれど、シーシャのある空間にいると、ゆったりと全てが受け入れられたような気がして、少しくらいうまく伝えられなくても、互いの話を、違う経験を、違う目で見たものを、少しずつ、シャボン玉が弾け合うように、時に混じり合ってしまうように、言葉や温度を交わしてしまう。
ここで時を共にした人とは、ゆっくりと時間をかけて、ずっと大切な人になるという勝手なジンクスがあるくらいだ。
まずは、ゆかりさんから、「シーシャって何時間くらいできるの?吸ってるときは何したらいいの?」と質問。
シーシャを吸っている時は、確かに何をすればよかったんだろう。生産と消費に追われる毎日の間に落ちた、ただ、呼吸をするだけの2時間。はじめましての人とただ呼吸をする会を催しているのは、かなり滑稽だと思う。
ゆかりさんは、初めてお会いしたのに、ネイティブな感覚を持って生きている、心地よい人だなと思いながら、ゆらりとシーシャを燻らせる。間がつながる感覚を得られるシーシャは、コーヒーやお酒を飲みにいくよりも、緊張感が和らぐ。本日のフレーバーは、ドバイ緑茶。店長のひささんオリジナルブレンドで、グリーンアップルっぽさのある、生の緑茶の甘さを生かした濃厚な風味。
お互いの自己紹介をするより前に、シーシャをきっかけに、お酒、古着、写真、香水、そんな話をしばらくしたあとに、「そういえば、なんで閒にいるんですか?」「お仕事は?」みたいな話をした。その頃には、もはや、表面的なプロフィールはどうでもよくなっていた。
ゆかりさんの出演する「泊まれる演劇」に招待してもらい、早速、後日講演を観にいくことが決まった。
あっという間に2時間が経って、名残惜しくも、「また会いたいです」と残り香を纏いながら、空中階にあるシーシャ屋さんをあとにした。(東詩歩)
|| プロフィール ||
わたしと発達障害 - 「名付け」のない診断域外をさまよいながら
約1年前から、コンサータ(薬名:メチルフェニデート)を処方されて毎朝飲んでいる。発達障害の一つとされる、ADHD(注意欠如・多動性障害)の症状に対して処方される薬で、脳内の神経伝達物質の働きを良くして、集中しやすくするというもの。
日々、ただ生きているだけで色んなものに注意を持っていかれて、脳みそが常に忙しい。幸か不幸か、瞬発力と処理速度はあるので、来たものをどんどん打ち返していく形で、色んなプロジェクトを同時並行で進めることは出来るのだけど、それぞれで発生する重たい案件(主に原稿とか原稿とか原稿とか)は、いつも〆切ギリギリの過集中で乗り切って、終わったらドッと疲れる、みたいなことになる。いや、〆切ギリギリというのは半分ウソで、周囲のみなさんの本当に本当に寛大な便宜によって、それぞれに〆切を延ばしてもらったり待ってもらったりしながらどうにかこうにか、懺悔と謝罪を重ねて、生きている。
薬が効いてちょっとでも楽になるならそりゃあありがたい、ということで、適応障害がきっかけで診てもらっている主治医に相談して、途中からコンサータも処方してもらった。最初は18mgで、なかなか効果の実感がないので途中から36mgに増やした。飲むと、気持ちシャキンとするかな、という感じ。目立った副作用は今のところ出ていないので服薬を続けているけれど、とはいえ色んなものに追われる毎日なのは変わらない。難儀だ。
通院についても服薬についても、自身の特性の凸凹についても、特段隠してはいない。かといって自分からアピールすることもない。日常のコミュニケーションの中で話題になれば話しはする。自分にとってはその程度の要素でしかない。ただ、こんな風に聞かれたときは、言葉の座りの悪さに、もにょもにょしてしまう。
「お薬が出てるってことは、悠平さんも発達障害なんですか?」
「うーん、まぁ、そうねぇ、そういうことになるのかもねぇ」
なぜもにょもにょするのか。それはひとえに、「発達障害」という概念が示すもの、その言葉の用法、「診断」=名付けに込める期待、当事者性・当事者意識といったものが、あまりにも多様だからだ。そして、実際に自分の困り感が、「発達”障害”」とか「ADHD(注意欠如多動性”障害”」とか「ASD(自閉症スペクトラム”障害”)」といった、”障害”と表現することが妥当なのかというと、けっこう微妙なレベル感だからだ。なので、「われ発達障害当事者ぞ」と声高に言うのもなんかこうしっくりこないなぁというか、ちょっと遠慮しちゃうなぁ、という感じなのである。
*
そもそも「発達障害」とは何か…という話を厳密に突き詰めていくと手に負えなくなるので、ひとまずの現時点で概ね社会的な合意の取りやすいラインでの記述に留めさせてほしい。
発達障害は、先天的な脳機能の発達のアンバランスさ・凸凹≒「特性」と、周囲の「環境」とのミスマッチによって、日常生活や社会生活に支障や困難が生まれる障害であると言われている。
日本では「発達障害」というカテゴリーは、その中に大きく「ADHD(注意欠如・多動性障害」、「ASD(自閉症スペクトラム障害)」、「LD(学習障害)」の3つのグループを含んだものという想定で用いられることが多い。ただこれは、海外ではあまり見られない日本特有の整理・用法であり、更には行政上の定義・分類と、医師が診断する際の定義・分類も完全には重ならず、なかなか扱いが難しいことも留意しておきたい。
ともあれひとまずは、先天的な凸凹と環境の相互作用によって生きづらさや障害を感じる人たちがいて、その人たちの特徴や困難さを捉え、名付け、医療や行政で支援するために、あるいは当事者・保護者たちが仲間とつながるために、「発達障害」というカテゴリーが、現在の日本社会で広く共有され、使用されているということは事実だと言っていいだろう(話すと長くなるので詳しく知りたい人はこちらの記事でも入り口にしていただいて各自どうぞ)
自分が、あるいは家族や身近な人が「発達障害かも?」と思ったときにはどうするか。書籍やインターネット上のコンテンツを参考に理解を深めたり、必要そうな対策をとってみて、それで楽になるということも勿論ある。しかし、困り感が強い場合は、自己診断で留めず、医療機関にかかって検査や診断を受けることが推奨される。医師をはじめとする専門家の目を通すことで、自分自身を適切に理解する助けになったり、他の病気や障害の可能性を見極めることができたりするからだ(必ずしも医師の目が100%ということではない)。
じゃあ医師は何を基準に私たちが発達障害かどうかを診るかというと、さまざまな研究をもとに作成される「診断基準」というものがあって、それを拠り所にして診る。発達障害に関しては、『DSM(精神障害の診断・統計マニュアル)』または『ICD(国際疾病分類)』というものが使われていて、それぞれ版を重ねるごとに診断カテゴリや診断基準も変わっていく。
たとえばADHD(注意欠如・多動性障害)の、『DSM-5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)』における診断基準は概ね以下の通りだ。
①不注意および/または多動性―衝動性の症状によって、生活に支障が出たり、発達が妨げられたりしている
②12歳までに、不注意または、多動性―衝動性の症状が見られた
③家庭や学校、職場などの2つ以上の環境で、不注意または、多動性―衝動性の症状が見られる
④症状が社会的、学業的、もしくは職業的機能を損ねている明らかな証拠がある
⑤統合失調症や他の精神障害の経過で生じたのではなく、それらで説明することもできない
https://h-navi.jp/column/article/126 より。
さらに詳しい記述はDSM-5そのものをあたってほしい
ここでポイントなのは、代表的な症状に当てはまることと、社会生活に支障をきたすほどの不適応・困難さがあること、その両方が必要だということ。
つまり、ADHDなりASDなり、その特徴として挙げられる典型的な症状やエピソードが見られるだけでは診断基準に満たず、それが「障害」といえるほどの困難さがあってはじめて、診断がくだされることになるのだ。
そもそもの特性の凸凹は誰しもあるのだが、その中でも凸凹の度合いが大きい人たちというのが、先天的に一定割合生まれてくる。僕もその一人だろう。ただ、それが即、障害ー困難や生きづらさに繋がるかというと、そうとは限らない。環境の影響もかなり大きいのだ。
同じような凸凹の強さ・傾向であっても、環境によってはそれが目立たなかったり、逆に強みになることもあったりして、障害を感じないケースは多くある。逆に、凸凹の度合いはそれほどではないとしても、環境とのミスマッチが大きければ不適応を起こすことも十分にある。また、先天的な凸凹が強かったとしても、後天的なスキル獲得や道具の活用によって、生きづらさを軽減することはできる。それゆえ、同じような特性がある人でも、それが発見され、診断や支援を受けられたかどうかや、どんな環境で過ごしたかによって、個々人の予後は大きく異なってくるのだ。
また、バイオマーカー(生理学的指標)がないため、上記の同じ診断基準を参照していても、医師ごとに判断の仕方はどうしても異なってくる。属人性を排除しにくいのも発達障害診断の特徴だ。
これらが、自分が「発達障害なの?」と問われたときに、迷いなくYESと答えることを難しくしている要因だろう。特性の凸凹や、それによる困り感は間違いなくあるんだけど、どうにかこうにか、自分が生きやすい環境や働き方を見出して、社会適応出来ていると言えば出来ている。「障害」の診断基準にハマるかというと、微妙なラインだ。自分の調子が悪いときに受診するか、比較的広めに判断する医師にかかったら、診断書が出ることもある、というぐらいの立ち位置だと思う。
*
実際に、「発達障害の診断を取ろう」という目的を持って受診したことが、これまで2回ある。
1度目は、今から4年前のことだ。
子ども〜成人まで、発達障害特性のある色んな人たちと関わる仕事をする会社に入って数年。仕事を通して発達障害のことを知り、学び、理解を深めていくたびに、どんどん「これ、俺やん」という感覚が強まっていく。27,8年生きてきて、色んな失敗、つまづき、しくじりを重ねながらも、どうにかこうにか働いて暮らしているけど、どうにも世界とうまくフィットしていない感覚がある。なんだかずーっと、生きることが「ぎこちない」。自分のこの主観的な経験は、誰しも経験する程度問題なのか、それとも、発達障害というもので説明ができるものなのか。診断が出るかどうかはわからないけれど、少なくともその確認がしたい。自分のことを理解したい。そんな欲求が日増しに強くなった。
仲良くなった同僚の一人が診断を受けたという病院を紹介してもらって、そこに行くことにした。
職場から片道2時間弱。電車に揺られて鎌倉へ。ひょうひょうとしたおじいちゃん先生が院長の、小さなクリニックだった。
院長との診察が1回。訥々と、自分が感じていること、これまでのこと、現在のことを話す。後日、心理士によるWAIS(ウェクスラー式知能検査)を実施。2時間程度、色んな課題をやって帰る。また別の日に、WAISの検査結果と心理士の所見を受け取る。一番高い項目と一番低い項目の差が30ほど開いていた。所見に書かれた状態像、困難例、支援例は、いずれも、まぁそうだよな、という内容だった。終わってからまた院長先生との診察へ。また訥々と、近況を話す。
「どうかな、自分のことが少しわかってきたかな」
「そうですね、まぁだいたい」
そのまま診察は終わった。WAISの検査結果とは別に、この人はADHDですよとかASDですよとか、「診断書」が出るのかとおもったら、特に何も出されなかった。質問して、お願いすればなにか違った展開になったのかもしれないけど、凸凹はわかったし、なにか福祉制度を利用したいわけでもないし、まぁこんなものなのか、と思って通院を終了した。
通院を終えてから1,2ヶ月ぐらいの間、同僚や友人、監修の先生などに、雑談がてら、受診したことを話したりWAISの検査結果を見せたりした時期がある。日頃の僕の様子を知っている人たちなので、「まぁ、そうだろうねぇ笑」とか「言語性たっか!笑」とか「知覚統合が低めなのね。言語理解とこれだけ差があったらしんどいよね」とか、まぁそんな感じでライトに楽しみながらフィードバックをくれた。
「たとえるなら右腕の筋力だけめっちゃ発達してて、そのちからで色々乗り切ってきたんだけど、反動でずっと背中が痛い、みたいな感じだろうなと思って見てたよ」
友人の一人のこの表現がとてもしっくりきて、「ああ、そうそう、そんな感じ!」と、自分のしんどさを説明してもらえて気持ちが楽になったのを覚えている。
そこからしばらくは、「診断がほしい」という気持ちはなくなった。相変わらず色んな場面で困り感は発生するんだけど、色々経験を積んで自分で対処できるようになったり、チームで働くことで補完し合える環境になったり、結婚して日常生活の安心が得られたりと、人生全体が少しずつ進捗するにつれて「自分が発達障害かどうか」ということが重大トピックではなくなっていった、というのが適切だろうか。
傾向があるかないかと言われれば、明らかにあるし、親しい友人間でお互いの凸凹エピソードをネタに笑い合うことはあるけれど、わざわざその一面を強調するほどでもない。まぁまぁ社会適応できるようになった「発達凸凹さん」という認識でそこから数年を過ごした。
「やっぱり、発達障害の診断も取ろうかな」
そう思って再び専門医にかかったのは、今から1年半ほど前。
その少し前に、仕事での無理がたたり、心身の調子を崩して「適応障害」の診断を受けたのがきっかけで、再び「そのこと」を考えるようになった。
うつ病、適応障害、パニック障害etc.などの精神疾患になった成人が、受診・休養をきっかけに、基底にある先天的な発達障害特性に気づき、診断を受けたというパターンはけっこう多い。精神疾患がいわゆる「二次障害」として、自分にシグナルを与えてくれた、というプロセスだ。
身の回りの知人・友人にも、仕事を通して出会い、インタビューをした人にも、そのルートを辿った人は少なくなかった。自分が体調を崩した当時は「あ、これ自分も同じパターンだわ」と、苦笑いしたものである。
企業で働いて、管理職にもなって、色々工夫しながらどうにかこうにか適応できていたはずだったのだけど、やっぱりしんどさはなくならない。「診断」がどうしてもほしいってことじゃないけど、スッキリした方がなんとなく楽な気がする。診断が出たからといって、その結果に振り回されることもないだろうし、自分の中で疑問や不安があるわけではないけれど、答え合わせぐらいのつもりで発達障害の診断ももらっとくか。そんなふうに考えた。
適応障害がきっかけで受診し、今も毎月通っているクリニックの主治医に相談をした。
「先生のお知り合いで、発達障害の専門医がいる精神科、紹介してもらえませんか」
「うん、いいけど、悠平くんぐらい自己理解してて対処も出来ているレベルだったら、診てもらってもあまり変わらないと思うよ?」
「まぁ、そうですよねー、たぶんそうなんですけど、なんというか、色々あったし、もう一度受けてみたいなぁって」
「わかった。じゃあ連絡しとくから、〇〇クリニックの△△先生で予約して行ってみて」
予約をして、都内某所のクリニックへ。
適応障害になってからの通院歴、これまでの経緯、自覚症状や困りごとをバーっとWordに書き出して印刷し、数年前に受けたWAISの結果と一緒に持参。「うおー俺は今回こそ診断取るぞー!適応障害とADHDとASDのトリプルホルダーじゃーい!」みたいなテンションでツマにチャットを送り、電車に乗りこむ。いま振り返れば妙にやる気満々すぎる患者である。めんどくせえなこいつ。
以前、同僚に教えてもらって行った鎌倉のクリニックよりずっと大規模な場所だった。ロビーで少し待ち、名前を呼ばれて部屋に入る。
「今日はどうされました?」
ガタイも良く、眼光鋭い先生だった。先ほどの強気はどこへやら、ちょっと緊張しながら資料一式をお渡しし、自分が書いた文章に指差しながら、しどろもどろに説明した。
「まぁその…こうこうこういう仕事をしていて、以前も傾向あるかなと思ってWAISも受けた結果がこれなんですけど、最近適応障害になって治療中なんですが、やっぱりベースに発達障害もあるんじゃないかと思って、改めて診ていただきたいというか…いやあの、こうやって自分でエピソード書き出すとバイアスかかって診断基準に寄せちゃうってのはわかってるんですけどね、なので先生には割り引いて聞いていただきつつですけど、でもやっぱり…」あーだこーだあーだこーだ。
振り返るとやっぱり、我ながらめんどくさい患者である。書いていて変な汗が出てきた。
その先生は、主治医の申し送り書やWAISの結果も見ながら、僕の話を黙って聞いていたが、しばらくして口を開いた。
「なるほど、はい、はい、おっしゃることはわかりました。じゃあちょっと改めて質問しますね」
先生は診察用紙にやや大きな字で「ADHD」「ASD」と並べて書き、それぞれマルで囲んだ。
「あなたは自分で、ADHDとASDどっちが強いと思ってますか?」
「ADHDですね。どっちもあると思いますけど、強いのはADHDでしょう」
「そうですか…。僕の見立てはね、明らかにこっち(ASD)」
そう言いながら先生は ADHD < ASD と大きく不等号を書き足した。
「表出する困りごとの背景として、大きく衝動性と常同性どっちが効いてるかといったら、あなたの場合は圧倒的に常同性の方」
えー、マジすか。いや、混合型だろうなぁと思ってはいたけど、そっち(ASD)の方が強いとは思ってなかった…(という話を、帰ってきてツマや同僚、友人に話したら「え、そりゃ絶対そうでしょw」「ADHDもあると思うけどさ、ASD性もめっちゃあるw」「むしろASDの方が強いって自覚なかったのかw」と爆笑された。あ、はい)。
「それから、これもやってごらん」
続けて先生は、A3裏表1枚のチェックリストを差し出した。10セクターに分かれた質問が全部で80問ほどある。該当するものに○をつけていき、集計する。それは、パーソナリティ障害のスクリーニングを行うための簡易質問シートだった。
「どう?」
「はい、集計できました。うわぁ…」
ほとんどのセクターでは0個か1個しか○がつかなかったのだが、演技性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害に該当するセクターの質問だけたくさん○がついた。
「なにか生きていく上での不適応や生きづらさを感じるとき、そこにはストレス、身体特性、精神疾患、発達障害、と色んな要因があるんだけど、一番見落とされがちなのがパーソナリティ。最近はみなさん発達障害かも?って思って来られることが多いんですけどね。理想も高くて、色々周囲に気を遣って、でもギャップが感じてしんどいんでしょう」
演技性…自己愛性…うん、まぁ確かに言われてみれば、そう、そういう傾向は、ある…。パーソナリティ障害、かぁ…それは盲点だった。
自分でつけた○の数と集計結果を眺めながら、頭の中がぐるぐる回転していた。
「ただあなたはね、話していても好印象ですし、ここまで色々工夫して知性で補正されてこられたんでしょう。発達障害にせよパーソナリティ障害にせよ、その傾向はあっても、決して『障害』ってほどの状態ではないと思いますよ」
「はぁ…」
障害ってほどではない。うん、うん、まぁ、そうだろう。発達障害の診断基準は知っているし、今やったばかりのパーソナリティ障害チェックリストも、単なるスクリーニング用の簡易テストだ。「障害」と医学的に診断されるほどの不適応は来たしていないと言われれば、確かにまぁ、その程度なのかもしれない。
もともと「答え合わせ」ぐらいのつもりで来た。診断が出ようと出まいと、自分の傾向と対策は特に変わらない。それはわかっていたはずなんだけど、なんだか足場を踏み外したような感覚がする。ADHDとASDの強弱の見立てが外れていたからなのか、「パーソナリティ障害」カテゴリからの不意打ちを食らったからなのか、理由はよくわからない。
「ここに来るってことは、苦労はされてきたんでしょう。困ってるからここに来たんだと思いますよ。でもね、あなたはすでに自分の知性で十分に補正されてますから、『障害』って思わなくても良いんじゃないですかね」
「そうですかぁ。なるほど…。それでえっと、僕の診断名はどうなるんでしょうか。診断書に書かれる名前というか」
「診断書って、あなた、障害者手帳がほしいとか、休職したいとか、職場でこんな配慮がほしいとか、目的があればそれに応じて書きますけど、何に使います?」
「いや、なにか別に支援を受けたいとかそういうわけじゃないんですけど、発達障害ってグレーゾーンだの確定診断だの巷ではややこしいので、なんというか、自己紹介的に…」
「みなさんね、発達障害の確定診断がほしいって来られるんですけど、あなたもご存知の通りスペクトラムですから、確定診断なんてものはないんですよ。支援が必要なら書きますけど、必要あります?」
「いやー、そうですね、ないっすね…。たしかにスペクトラム、そうですよねぇ。いや、はい、大丈夫です。ええとまぁでも、パーソナリティの傾向とか、新しい発見があって面白かったです。ありがとうございました」
それこそ知性で補正しながら、ポジティブな収穫の確認と、感謝の意を言葉にして部屋を出た。
2回目の「発達障害診断チャレンジ」も、そんな感じで、わかりやすい「名付け」はもらえないまま終了した。
後日、いつものクリニックの通院日に、苦笑いしながら事の顛末を主治医の先生に報告した。
「うん、まぁ事前に言った通りの結果だったね(笑)」
「いやー、自分も仕事柄スペクトラムだっていつも言ってましたしね、そりゃそうだって感じなんですけど。自分のこととなると、名付けがほしいって思うことがあるんですよね。専門医の先生に言ってもらって諦めがついた感じがします。色んな凸凹があるけどどれもグレーゾーン、みたいな曖昧な立ち位置で自分はこれからも生きていくんだろうなって。まさかパーソナリティ傾向もあるとは思ってませんでしたよ(笑)」
「まぁまた自分の新しい一面が見えたのはよかったんじゃない。あと、僕もコンサータ出す資格は持ってるから、不注意・衝動性が自分で気になるなら、試しに少量から出すことできるけど?」
「え、先生も出せるんすか!」
…という感じで現在に至る。
自分の心身の不調や凸凹については、これまで別の記事でも色々と書いてきたが、改めて列挙してみるとこんな感じだ。
適応障害: 診断書が出たのち、療養・回復し、現在は診断域外、レクサプロ(SSRI)服薬継続
ADHD: 傾向あり、診断域外、コンサータ(メチルフェニデート)服薬継続
ASD: 傾向あり、診断域外
パーソナリティ障害: 演技性・自己愛性パーソナリティの傾向あり、診断域外
その他: 隠れ吃音(普段は目立たないが、たまに出る)
薬は飲んでいる。障害者手帳は持っていない。一般枠の雇用で就労していたが、現在は自営業で曖昧に食っている。
「障害」というほどではないにせよ、上記の凸凹もあって心身の波はやや大きく、「疲れやすい」身体と共に生きている。
「医療」のメガネでも「福祉」のメガネでも、どの障害にも当たらない。「診断基準」の少し外側、ふわふわした名前のない場所が僕の立ち位置になるのだろう。
「ここに来るってことは、苦労はされてきたんでしょう。困ってるからここに来たんだと思いますよ」
精神科の先生に言われた言葉をしばしば思い出す。
名付けがあろうとなかろうと、自分の凸凹自体は変わらない。取れる対策も大きくは変わらない。
じゃあどうして、2度も受診をしたのか。
それはやっぱり、「名前がない」ことの生きづらさがあったんだろう。
*
医師による診断が出るかどうか。障害者手帳(精神保健福祉手帳)を取得するどうか。障害者雇用枠での就職をするかどうか。
発達障害の「名付け」に付随する、医療・行政・労働市場におけるそれぞれの選択肢。もちろんこれらは必ずしも全て選ばなくても良い。また、診断と手帳に関しては望んだからといって取れるとは限らない。当然、発達障害の「当事者」一人ひとりがどんな「名前」を社会的に付与されているかはさまざまであるし、名付けに対する思い入れも人それぞれ違う。同じ人間でも、年月を重ねる中で距離感が変わっていく。
「大人になってから診断を受けて、ようやくバラバラのパーツがつながりはじめた。そんな感覚」
「やっぱり診断が、『名前』がほしい。スペクトラムだとかグレーゾーンだとか、そんなこと職場の人にはとても理解してもらえない」
「診断を受けてからしばらくは、なんでも特性に紐付けて自分を説明しようとしてたけど、今はもう、飽きちゃった。自分の一部でしかないなって」
「最初は障害者雇用枠で入ったんですけど、手帳の更新忘れちゃって(笑)そのまま一般枠になりましたが、職場はもうわかってくれてるんで」
「実はこないだ、手帳返納したんですよ。そのまま使ってても良いんだろうけど、なんとなく、自分の区切りとして」
身の回りの知人・友人たちの、「発達障害とわたし」にまつわる、色々なエピソードを聞かせてもらってきた。それぞれがそれぞれに苦労してきて、どうにかこうにか生き延びている。彼らと出会い、部分的に経験を共有し、ときに「あるあるネタ」で笑いながら、ときに愚痴を言いながら、同じ時代を生きていることを有り難く思う。と同時に、あいかわらず「名付け」が定まらない自分のふわふわした立ち位置をめんどくさく思う。
別にめちゃくちゃこだわってるわけでも、困ってるわけでもないんだけど、さ。
医師の診断も出て「当事者として」の語りを出来る友人がうらやましいという気持ちと
「自分はまぁ、診断なくて困ってるほどでもないからなぁ」と、周囲の理解が得られなくて悩んでいるグレーゾーン当事者への妙な遠慮と
(あまり好きな言葉ではないが)「支援者」側に片足突っ込んでいるゆえの、職業倫理的な自己抑制と
医師や行政の名付けがない中で「適当」に自己診断で名乗ることに抵抗する、自分のASD的特性と(これは皮肉)
そういういろんな立場や思考がないまぜになって、ずっと「足場がない」感じでふわふわと生きている。
…ここまで書いてきたが、特にスッキリする結論は出そうにない。ただ、この文章を書き始めるまでの4,5年で、またこの文章を逡巡しながらちょびちょびと書き進める中で、少しずつ、少しずつ、「まぁそんなもんだよな、仕方ないよな」という諦念が分厚くなってきていて、それはきっと悪いことではないのだろう。
そもそもがスペクトラムで、環境によって凸凹は強みとも弱みともなるのだから、結局、当事者も医師も、誰も「名乗る」ことへの許可・お墨付きを与えることなんてできないのが、「発達障害」というものだ。診断名や、典型例では説明できない多面的な自分の姿がたくさんあることに目を向けてからがむしろ本番で、「名付け」はスタート地点でしかない。
名前を見つけて、説明できる要素が増えていくこと。
説明しきれない部分が残るのを許容できるようになること。
原因がどうであれ、対策を取って楽になる場面が増えていくこと。
凸凹をならして平らにしようとするのではなく、凸凹のままでも生きていく方法や環境を見つけていくこと。
そういうことをこの4,5年の間に、いや、「発達障害」という概念に出合う前も含めたこの32年間の人生で、色々と身につけて頑張ってきたのが今の自分だ。どうにかこうにか生き延びてきた。そのことだけは、自分で肯定してやりたいと思う。
アラサーになって、これから段々と老いていく。それもまた、悪いことではない。
体力も落ちるから、無理せず過ごせる、自分に合った居場所だけが自ずと残っていくだろう。
「年取ったら定型発達も発達障害も一緒くたに、みんなポンコツになっていくから、発達凸凹なんか目立たなくなるよ!」と笑いながら励ましてくれた先輩もいた。
ここ数年は特にしんどかったが、振り返ってみればそもそも、「健康」であるという感覚を持てていた記憶がほとんどない。
しかし、歳を重ねるごとに、しんどいながらもしぶとく生き延びていくゾンビ的なレジリエンスは高まっているように思う。
きっとこれからも、名前のつかないマイルドな生きづらさはずっと抱えて生きていくのだろうけれど、これだけ予行演習を重ねたならば、さして恐れることでもないのかもしれない。
閒の日々 神無月号
株式会社閒(代表取締役: 鈴木悠平)が行う事業報告や会社づくりのプロセス、閒に集う人たちの語り・営みをご紹介する、「閒の日々 神無月号」をお届けします−−。
▼いいコミュニティってなんだろう?
十月の月例会は「いいコミュニティってなんだろう」というテーマで、開催されました。
コミュニティというキーワードを切り口に、「閒のみんなが居心地のいい場所ってどんな感じ?」「何を求めてる?」「どんなことがしてみたい?」そんなことを話し合いながら、それぞれの価値観を共有する時間になりました。
一部、メンバーの声を抜粋すると、「ねえねえって言ったときに返事が返ってくる」「尊重が前提にある」「そこにいること自体が個々にとって大事な目的になっている」などの声があがりました。
また、悠平さんの「カードの裏面も表面も受け入れるコミュニティ」という表現もとても閒らしいなあと思いました。
▼ラジオ、はじめます。
「コミュニティ限定ラジオやってみたいね」。そんなきっかけで、ひとまず挑戦してみることになった閒のラジオ。
毎月1回、誰か一人をゲストに悠平さんが聞き手となって、その人のこと(来歴、日々の暮らしや仕事、関心や問い、視点などなど)を聞いたり話したりするラジオです。
一人一人とゆっくり語ることで、こぼれ落ちる端々の言葉から、他の人たちを知るきっかけになればいいなと思っています。
▼2人お茶会をやってみよう。
新しいことが、もうひとつ。
・毎月1回、2人ずつ、場所や日にち、活動などを相談して一緒に過ごしてお話してみる
・その様子を、一枚写真+感想メモぐらいの短いブログ記事にして閒にアップ
という流れで、閒内の新しい出会いが生まれたらなと思い、お茶会をやってみます。
リレー形式で展開されていく2人会、どんな反応が起こるのか楽しみです。
閒では、Slackというコミュニケーションツールを使用して、コミュニティ活動を行っています。月例会以外にも、様々な活動がぽつぽつと芽を出し始めました。気になる方は、コンタクトフォームからお問い合わせください。
▼お知らせ
2020/10/16-2021/03/07 「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」に、清水淳子さんとのユニットで参加作家として出展しています。まだまだ会期は続いているので、ぜひ遊びにきてください。
2020/11/16 20:00 「とどけるラジオ#17 COVID-19とライブハウス業界 - 『音楽』と『居場所』の未来を考える」 渡邊大地さんをゲストにお話をお聞きします。毎週月曜夜20時に、ゲストをお招きして配信しています。アーカイブ視聴も可能です。
2020/12/13 17:00 デボラ・ヘルマン『差別はいつ悪質になるのか』読書会@Zoom 参加希望者はコンタクトフォームよりご連絡ください。
#31「ツマと、KPT: 久しぶりすぎるので色々まとめて振り返るの回」2020/10/30
KPT(Keep, Problem, Try)形式で一ヶ月を振り返る、スズキとヨシダの家族会議…だったのだけど、前回やったのがかなり前っていうね。
10月30日は結婚式記念日で、2人とも休みをとったので、なんか今年の色々を全部まとめて振り返ろうということで、久しぶりの開催。
というわけで、こんな感じです。
オット「じゃあ久しぶりにやっていきましょうか。とはいえ、毎月一回ペースでやらなくなってからものすごい時間が経っているので、KPT(Keep, Problem, Try)フレームで振り返るのが適切ではない気がしますが。Keep(維持したいこと)っていうかもうあれだね、『良かったね』トピックを挙げていくみたいな感じになるね」
ツマ「そうですね笑」
オット「何か具体的なKeep事項っていうか、おおむねがんばってると思いますよ、わたし」
ツマ「印象的ながんばってるできごとは?」
オット「ほら、あれ、あれよ、展示作家デビュー」
ツマ「『在廊してます』って言えてよかったね」
オット「人生で一度は言ってみたいセリフのひとつでした。Problemはね、本の原稿…」
ツマ「ずっとプロブレムだね」
オット「ちょっとは進んでんだけどね。この年末こそは…みなさんに出来ました!告知ができるようにがんばる…」
ツマ「がんばれ。12月の誕生日プレゼントに湯河原の旅館の文豪缶詰パック予約してあげるから」
オット「あとはさ、まぁなんだかんだ、リモートワークとかコロナ対応しながらさ、送り迎えとかさ、がんばってるよね」
ツマ「わたしの仕事が乱世モード突入により、8月から送りも迎えも両方悠平担当ってゆうね」
オット「有里さん仕事長引いてるなー遅くなりそうだなーっていうの察知して晩ご飯ぱぱっと作っちゃったりしてね」
ツマ「いやーほんとありがとうございます。それはすごいスキルアップだよね、料理すると疲れちゃうって言ってたもんな」
オット「認知特性的にエネルギー消費激しいってだけで、元々、料理作ってなかったわけじゃないからね。楽しい時もあるよ、ゆりさん帰ってくるタイミングであったかい出来たてご飯が揃ってて、洗い物まで終わっちゃったぜ、いえい達成感、みたいな。ゆりさんの方は、Kはなんでしたか」
ツマ「博士になったよ」
オット「がんばったよね研究。仕事が乱世の中よくやったよね。4月5月6月とか、仕事がぁーってなってた中」
ツマ「あーコロナ対応か。そしてコロナがちょっと落ち着いたとおもったらまた色々な色々が…そして今に至る…」
オット「おれもさ、会社つくったりとどプロみんなでがんばったりなんか色々がんばった気がする」
ツマ「経営者になっちゃった」
オット「へいしゃー、おんしゃー。まぁなんか…よくがんばったね、ふたりして」
ツマ「がんばりました」
オット「Problemはね、えーと、あれだ!しばらく習慣化してた朝のラジオ体操がいつの間にか続かなくなっちゃった。明日からがんばろ…」
ツマ「私はね、最近なんか目が見えない。かすみ目」
オット「眼科さんいこ」
ツマ「でもこないだ健康診断さ、オールAだったよw あとさ、他にもProblemが。よくイヤリングがいなくなる…」
オット「いちかに奪われるからね、それは対策かんがえるべきだ。保育園の持ち物チェックリストみたいにさ、家帰ってきたらポケットの中身チェックするとか習慣形成したら。それかさ、アレクサに通知してもらう笑」
ツマ「それは大事だね、言ってくれればどうにかなるかなぁ…」
オット「ゆりさんが確実に家にいて、それを聞けるタイミングにセットできるのかって話だよね」
ツマ「ねえ。。」
オット「あとは、ムスメなかなか寝てくれないプロブレムあるね」
ツマ「ありますね」
オット「ゆりさんの帰り遅くて、俺が寝かしつけするときは案外すんなり寝てくれるんだけどね」
ツマ「じゃあもうゆうへいと寝たらいいんじゃない?」
オット「そうしたいんだけど、3人揃ってる夜は『ママと寝るのーお父さんはあっちいって!』ってなっちゃうからねぇ苦笑 ゆりさんがいると甘えんぼモードになるんだよ。ゆりさんに毎晩飲み歩いて帰ってきてもらうしか…笑」
ツマ「まあもうこれはしょうがないかぁ」
オット「あー俺あともう一個プロブレムあった」
ツマ「なんでしょう」
オット「博士課程の出願漏れww」
ツマ「あったねw」
オット「でももう、Googleカレンダー入れたから大丈夫。年末年始の出願期間は逃さないようにがんばる。春にはまた大学院生だぞー」
ツマ「出願時に必要な書類は?」
オット「研究計画と、金と、願書と...経歴書とか...たぶん。たぶん。」
ツマ「成績証明書とかいらないの?」
オット「たぶんいる。そういうの。前確認したけどでも手続きって難しい。。なんでかな。。」
ツマ「成績証明書とか取り寄せに時間がかかるからさ、出願開始の日に『よーしやるぞー』って調べて取り寄せたら『間に合わない…』ってなるよ?」
オット「たしかに。たしかに。あとは?いちかトピックなんかある?
ツマ「パンツマンになりました!(おむつもトレパンも卒業)」
オット「驚くほどトイトレがスムーズでほんとにびっくりした」
ツマ「こないだ連絡帳に書いちゃったもんね、『僕の小さい頃よりスムーズでびっくりです』ってね笑」
オット「いやもうほんとに思わず書いちゃったよね。保育園の先生になんで自分の幼少期の話してるんだっていうね笑 だって最近なんか自分でおしりふいちゃうよ。すごくない?」
ツマ「最近は東急ストアのトイレがお気に入りのようですね」
オット「あーあと、東急でおやつとか海苔とかフルーツとかめちゃめちゃ色々買わされる笑 家に同じのあるよって言っても『ないの!ないのー!』ってさ、泣くぞ泣くぞってなるからさ。瀬戸際外交ずるい」
ツマ「それでわたしたちも面倒くさくて買っちゃうからね、そうなるよね」
オット「これさ、企業向け研修とかでABCの行動分析フレームで話してるのとまったく同じやつだ。『泣くぞ』を盾に要求行動をして、それで結局僕らが買っちゃうから、その行動が弱化されないっていう」
ツマ「まだ2歳だし、私たちがそんなに問題視してないっていうか、のんきに構えてるところあるよね」
オット「まぁそうね、困り感がもっと強くなって、いざとなれば、行動変容プランを考えましょう笑 なんかあとあるかなあ…あー、髭剃り負けする問題
ツマ「髭剃り負けね。医療脱毛トライしちゃう?」
オット「めんどくさいな。。考えるだけでたくさんのハードルがある。だってさ、まずは調べて、自分なりの「脱毛とは?」理解を得る必要があるわけでしょ。医療脱毛とそうじゃない脱毛はどう違ってメリット・デメリットは何なのかみたいな。ほんで、方法を決めたとしても、色んなプロバイダーがいるわけでしょ、で調べて、比較して、どこが安いかなーとかどこか通いやすいかなーとか考えてさ、決めて、予約して、行くでしょ、でも1回で終わんないから複数回行くわけでしょ、となると、トータルいくらかかんのかなーキャッシュフロー大丈夫かなーって計算しなきゃいけないでしょ。ちょっとね…無理だわ、めんどくさい」
ツマ「このさ、いまの発話をさ、文字で見てごらん(スマホのメモを見せる)頭んなかめんどくさいね笑」
オット「そうなの、もう脳内が忙しいのよ。だからおれ旅行とかもなかなか行けないの。ただでさえ旅行には色んなステップがあるのに、それにGoToキャンペーンとかもう全体無理。GoToこわい。まんじゅうこわい」
ツマ「じんせい」
閒の日々 長月号
株式会社閒(代表取締役: 鈴木悠平)が行う事業報告や会社づくりのプロセス、閒に集う人たちの語り・営みをご紹介する、「閒の日々 長月号」をお届けします−−。
▼地域通貨とコミュニティの可能性をテーマに月例会を開催しました。
9月の月例会では「地域通貨とコミュニティ」と題して、①こういう時にコミュニティ通貨があると便利 ②コミュニティ通貨があったら閒でやってみたいこと をワークショップ形式で話し合いました。
思いのほか、各方面から多様な意見が交わされ、早速、閒の中でも少しずつ実装に向けて動き始められそうです。
いくつか出てきたアイデアをご紹介します。
■コミュニティ内メルカリ的に使う
見ず知らずの人に売るのは思い入れがあって悲しいけれど、知っている人や価値観が合いそうな人になら譲りたい。そんなモノがあるときに、コミュニティ通貨を介して受け渡しができると嬉しいな、というアイデアです。
■何か実験的な企画をする時のメンバー募集に使う
通貨を介すと、なんとなく頼みごとがしやすくなる。実際の貨幣にもそんな側面がありますが、リアルなお金を払う前提で予算を立てるには難しい…というような実験的な企画では、コミュニティ通貨の方が便利かもしれません。
■気持ちや関わりの可視化ツールとして使う
お金をもらうつもりではないし、むしろボランティアでいいんだけど、というようなお仕事をしたときにも、頼んだ側の感謝の気持ちを表す意味でコミュニティ通貨が渡されると、ちょっと嬉しい気持ちになるかも、という意見も出ました。
この他にも、たくさんの意見が出て、どれも実現できたら楽しそうだなというアイディアばかりでした。
まだまだ、実験段階ではありますが、閒のコミュニティの中で企画や交流をする際に、少しずつ導入していければと思っています。
▼閒のコミュニティ内でのイベントとして、すでにこんな企画が形になっています。
◉9月6日(日) よむ、きく、あじわう 絵本のせかい #1『ぐるんぱの幼稚園』
大人になってから絵本を読むって面白いよねという声かけのもと発足したプロジェクト。輪読会のような形でオンライン上で開催されました。皆さんの最初の一冊を共有して、会は始まりました。
大人になったからこそ気付く、絵のタッチの凄さ、ぐるんぱが二足歩行しているのはすごい、ぐるんぱの繊細な心情など、気づきがたくさんありました。
◉9月20日(日) 映画「プリズン・サークル」を語る会
日本の刑務所の中にカメラを入れて、受刑者たちによる自助グループ的な取り組みの様子を追ったドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」。
閒のコミュニティメンバーからも「観たよ!」「観に行く!」「語りたい!」という声がたくさん挙がったので、有志で集まって感想を語り合う会を開くことになりました。
参加者からの感想を一部共有します。
「自分の被害経験というか、辛い・しんどい過去を振り返って外に出すって、すごくつらい作業だなって、今更ながら思います。」
「違法薬物を使う人と使わない人の差は、逆境の数と孤立感の強さと言われています。それだけの差で、誰でもそうなり得るんですよね。」
「犯罪をする人とそうでない人はどう違うかと問われれば、きっと何も違わないと答える。」
毎月、このような形で小さくではありますが、閒ならではのプロジェクトが始まっています。参加してみたい、閒が気になるという方は、コンタクトフォームからお問い合わせください。
▼お知らせ
閒の主宰、鈴木悠平が企画・登壇・出展するイベントの予定です。ぜひお気軽に覗いてみてください。
◉2020/10/10 14:00-15:30 Zoom開催 「ヨシダ、ハカセになったってよ」https://www.facebook.com/events/419287259035090
◉2020/10/16-2021/03/07 「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」に、清水淳子さんとのユニットで参加作家として出展します。
http://www.2121designsight.jp/reservation.htmll
◉2020/10/24 Intermediator Forum 2020 13:00-
「 相互にエンパワーしあうデジタル・メディア環境 — ‘とどけるプロジェクト’を事例として — 」
https://www.worldmaking.jp/events/intermediator-forum-2020
◉毎週月曜20:00-20:45 「とどけるラジオ」 配信中
https://www.youtube.com/watch?v=mLLpjrn_MxA&feature=youtu.be
診断書は病の「はじまり」にしか出ない。では「終わり」とはいつなのか
僕が「適応障害」と診断されたのはもう2年以上前のことだ。職場に行けば咳が出て、ミーティング前には動悸が走る。「あ、これはダメだ」と気づいて受診した。先生に診断書を出してもらい、職場に報告と相談をし、その時点で出来る限りの業務調整・負荷軽減を試みて、どうにか残りの半年を乗り切った。診断を受けた直後、いわゆる急性期は1,2週間に1回の頻度で通院し、先生に細かく状況共有しながら回復の道筋を立てていたが、程なくして落ち着いてきた、というか、もっともしんどい時期は乗り切ることができたと判断したので、通院頻度を月に1度に落として、そこから現在に至るまで通院・服薬を続けている。
診断を受けた当時のようなわかりやすい症状はもう出ていないし、日々の仕事や生活にも大きな支障はない。異動をしたり、独立したり、この2年で働き方を徐々に変えていき、発症当時のようなストレスがかかる状況にはない。さて、そんな僕はまだ「適応障害」なのだろうか?僕は「病気」なのか、「健康」なのか、どちらなのだろうか?
1つ目の問いは簡単で、答えは「NO」だ。疾患には「診断基準」というものがあり、それに該当すると医師が判断すれば、あなたは○○障害ですね、と診断がくだされる。適応障害の場合は以下のような診断基準になるが、これに照らし合わせると僕はもう該当しないと言って良いだろう。
以下のA〜Eをすべて満たす必要がある。
A. はっきりと確認できるストレス因子に反応して、そのストレス因子の始まりから3ヶ月以内に情緒面または行動面の症状が出現
B. これらの症状や行動は臨床的に意味のあるもので、それは以下のうち1つまたは両方の証拠がある。
(1) そのストレス因子に暴露されたときに予想されるものをはるかに超えた苦痛
(2) 社会的または職業的(学業上の)機能の著しい障害
C. ストレス関連性障害は他の精神疾患の基準を満たしていないこと。すでに精神疾患を患っている場合には、それが悪化した状態ではない。
D. 症状は、死別反応を示すものではない
E. そのストレス因子(またはその結果)がひとたび終結すると、症状がその後さらに6ヶ月以上持続することはない
『精神疾患の診断・統計マニュア ル第 5 版(DSM-5)』より
疾患ごとに診断基準は異なるが、精神疾患においては、抑うつとか気力の減退といった具体的な症状のエピソードだけでなく、それがどの程度持続しているかという「時間」の観点、それが日常生活に著しい支障をきたしているかという、「障害」の観点が診断基準に含まれているのが特徴だ。乱暴に言ってしまえば、「別に仕事や社会生活には支障出てないですよー」という状態であれば、診断基準からは外れることになるのだ。
では、2つ目の問いはどうだろう?「適応障害」ではもうないとして、じゃあ僕は「病気」なのか「健康」なのか。これがなかなか難しい。診断を受けた直後の急性期からはとうに脱した。しかし「病前」に元通りかというと、決してそんなことはない。
まず、疲れやすくなった。無理のない範囲で運動をするようにはしているが、一度調子を崩して、ガクッと落ちた体力は、なかなかすぐに回復しない。
それから、ストレスがかかったときの身体反応が出やすくなったように思う。ちょっとヘビーな出来事に直面すると、すぐ汗や動悸が出てくるようになった。抑うつ状態というほどではないけれど、憂鬱な気分を抑えて、よしやるぞ、となるまでにけっこうな時間がかかる。「気合で乗り切る」という言葉があるが、乗り切るための気力の最大値がそもそも減ってしまったし、かつそれがチャージされるまでの時間がかかるようになったという感覚だ。
「仕事」に使える時間の総量はかなり少なくなった。一番頭がスッキリしていて生産性が高いのは午前中だが、朝型になったというより、夜にはもう仕事ができるエネルギーが残っていないのだ、という方が正しいだろう。晩ごはんを食べたらもう身体が完全に「寝る」モードになって、その後パソコンを開いて作業をしようと思ってもまったく機能しない。早朝の電車に乗ってオフィスに行き、夜遅くまで働いて終電近くで帰る、みたいな働き方はもう二度とできないと思う。そもそも、そんな働き方をする方が異常ではないかと今となっては思うし、本来、これぐらいの労働量で十分なんじゃないかとも感じる。元々そんなに身体が丈夫な方ではなかったし、診断を受けたことがちょうど良いブレーキになってくれたとも言えるだろう。ただ、スタートアップや新規事業などで、昼夜を問わずしゃかりき働いているような年若い後輩たちを見て、彼らと同じ土俵ではとても働けないなぁ、という寂しさに似た感情を抱くことが、時たまある。
そして、今も通院・服薬を続けている。これが診断後に新しく加わった、「日常」のルーチンだ。
僕に処方されているのは、レクサプロ(一般名:エスシタロプラム)という薬で、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ薬の一つだ。夕食後、寝る前に1錠、10mgを飲むことになっている。最初のうちはなかなか習慣化できず、週の半分ぐらいは飲み忘れてしまい、通院のたびに薬を余らせてしまった報告をして「コラッ」と先生に突っ込まれていたが、今となってはすっかり日常の一部となった(たまに夜飲み忘れて翌朝飲んでいるのはナイショだ。あと、やっぱりたまに、たまーにだけど完全に飲み忘れることもあるのもナイショだ)。
途中から「自立支援医療」にも申請をし、受給者証を取得した。通院による継続的な治療が必要な人が申請・利用できる制度で、通常3割負担の医療費が1割負担まで軽減されるものだ。精神疾患の治療は長期におよぶことも少なくないため、経済的な不安を軽くすることで、体調の安定や治療への専念をサポートしようという趣旨で作られた公的支援である。今も通院を続けているので、この制度の恩恵に預かっている。
ストレス因からは離れ、不適応状態ではなくなった。通院・服薬は継続し、公的支援も利用しているが、疲れやすかったり、たまに症状が現れたりする以外には、特段困ったことはなく、概ね安定して就労できている。というのが、「適応障害」の診断から2年強が経った僕のステータスだ(途中からADHD症状に対応する薬であるコンサータも処方されたが、その件については別の機会にまた詳しく書く)。
さて、今のこの「状態」をどう表現したら良いだろうか。適応”障害”ではないけれど、自分は「健康」です!と言うには憚られる。かといって何の「病気」かと言われると特定も難しい。治療、回復、寛解、完治…色んな言葉があるけれど、どれもしっくりこない。病気と健康のあいだにある、名付けようもない曖昧な状態を漂っている。そんな感覚だ。
「だいぶ調子が戻ってきた感じがするけど、この薬はいつまで飲むのが良いのだろうか」
「ゆうへいにとっては、やっぱりお薬はどこかで『やめるもの』って存在なんだね」
診断から1年ほど経った頃だろうか。家で薬を飲みながら何気なくつぶやいた一言に対する、ツマの返しが印象に残っている。
そうか、俺は断薬を希望しているのか。
いや、「希望」というほどはっきりした意思ではない。
でもやはり、「飲まなくてよくなる日」が来るといいなぁ、と無意識下では思っているのかもしれない。
つまり、僕の中にはまだ、今この状態が「異常」で、飲まない状態が「正常」というか、本来の自分なのだ、という感覚が残っている、ということなのだろうか。
精神疾患というものの性質上、自分の人生にそれまでなかったものが途中から(後天的に)出てきた感じがするから、「元に戻る」ことを無意識に指向してしまうのだろうか。
ツマにそう言われた時に、こんな風にいくつかの思考がほぼ同時に頭の中に浮かんできた。今も時おり、同じような逡巡をすることがある、
もちろん、薬をやめることが「ゴール」とは限らないことは十分にわかっている。診断を受けた直後、躊躇いもなくそのことを開示できたのも(家族や上司だけでなく部下や同僚、果てはブログに書いて全世界に公開した)、病気に対するネガティブな意識が比較的薄かったからだろう。それはここ数年、さまざまな疾患・障害と共に生きる人たちを訪ね、話を聞き、関係を結んできたことが影響している。
「回復とは、回復し続けること」
「病気を克服しようとするのではなく、隣人として共に生きていく」
「元に戻るというより、別の地点に向かって再発達する」
先輩たちから受け取ってきた色んな言葉が、今も僕を支えてくれているのは確かなのだ。
それでも時折、「薬をやめる」ことを将来のシナリオとして考えるのはなぜなのだろう。
どうしてたかだか寝る前10mgのお薬に、それもすっかり習慣化した存在に、未だ「異物感」「ヨソモノ感」を抱いているのだろうか。
疾患の種類や症状によっては、薬は始めたりやめたりするものでなく、「飲み続ける」ことが生きるのに不可欠だということも少なくない。薬以外にも、体の成長に合わせて義手・義足を変えるとか、視力の変化に応じてメガネやコンタクトレンズの度数を変えるとか(これは僕も経験している)、僕たち人間は、身体の色んな凸凹を、医学や工学によって補いながら生きている。
それに、何かを習慣的に取り入れるという点では、コーヒーやお酒、タバコといった嗜好品もたくさんある。さっき薬のことを「異物」と書いたが、飲むときになんの苦痛も苦労もないし、身体に入ったあとは、それが溶けてどう作用しているかを感じることもできない。その点ではアルコールのほうがよっぽど「異物感」あるだろう。
ただその分、掴みどころがない感じがなんとなく気持ち悪いというか、気持ち悪いっていうより気になるっていうか、どういうことなんだろうな、という感じがずっと残っている。診断名と身体感覚の不一致とでも言えばいいだろうか。
あぁつまり、問題は「薬」そのものではなくて、「薬を飲んでいる自分」に対するぴったりの”名前”がない、ということなのだな。
当初与えられた名前である「適応障害」の基準からは、とっくに脱している。しかし未だに通院と服薬は続けている、この状態には名前がないのである。
病気に対する治療やケアは、もちろん医師や薬だけがするものではない。心理療法は医師以外でも出来るし、食事・睡眠・運動といった日常的な生活習慣を整えるのは自分や家族といった家庭でやることだ。自助グループや当事者研究などで、似た経験を持つ仲間たちと対話することも、症状の理解、ひいては安定に大きく寄与してくれる。そう考えると、医師にしかできないことは実はそんなに多くなくて、要は「診断」と「薬の処方」だけである。しかし、だからこそそれが大きな存在感を持っている、とも言える。
「診断」を下す、目の前の患者の状態に「○○病」「△△障害」といった名前を与えるという行為は、その特徴や要因を特定し、適切な治療や支援に繋げるために行われる(健康ではない、というだけでなく、他の疾患の可能性を排除する、という意味もある)。診断前後の僕自身は連続した存在であるが、「名前」を与えられることによって、病人としてはじめて本格的な治療の入り口に立つという意味では、「生まれ変わる瞬間」でもあるのだ。そして多くの場合、「診断」と薬の「処方」はセットで行われる。
医師にしかできないこと、「診断」と「薬の処方」、この2つが入り口でセットになっていることが、僕の「病人」としての自覚を形成した。しかし診断は「点」であり、服薬生活は「線」である。
医師による名付けー診断書は、病気の「はじまり」にしか出ない。では「おわり」はいつなのか。そうか、これが僕のモヤモヤの正体だったのか。
たかが名付けひとつがなんだ、名前がなくなったことがなんだ、と、ここまで書きながら逡巡してきた自分がバカバカしくも思えてくるが、それほど「名前」というものは力を持っているということを改めて痛感する。「病気を自分のアイデンティティの全てにすると危ういよ」なんてことは、よく言われるアドバイスであるし、僕も同じようなことを直接・間接に他者に向けて言ったことがあるが、当事者からすると、そう簡単なことではないのである。嗚呼、じんせい。
さて、違和感の正体がわかったところでどうするか。自分の意識を縛っているバイアスを一度「自覚」すれば、そこから脱することは比較的たやすい。「診断」と「服薬」は近接しているが別物である。僕が疾患の診断域から外れていることと、服薬を続けていることは矛盾しない。あとは体調を踏まえて、服薬を続けるか止めるかは、医師と相談して決めれば良いだけの話である。
そこで、先月の通院日に少し「変化」を起こしてみた。
「…最近は、仕事もそんな感じでぼちぼちやってますわ」
「まぁ、順調な感じですね」
これまで書いてきたとおり、症状は安定しているので、月に一度の通院は、お薬を出してもらうついでに世間話をする、プチメンテナンス日ぐらいの感覚だ。そのまま終わっても良いのだけど、相談してみることにした。
「おかげさまで安定はしているわけですけど、お薬については、どう考えればいいんでしょう。このまま飲み続けるものと考えるのか、減薬・断薬を目標にセットするのか…」
「そうだね、難しいのだけれど、ここから先は本当に、自分の自信次第で判断するという領域になるね。もう明らかに”不適応”は起こしていないから、日々過ごす中で自分の身体の声を聞いて、もう大丈夫、いけるぞと思うなら、一度薬をストップして様子を見るのも良いと思う。ただ、向こう数ヶ月以内に仕事の山場があったり、けっこうストレスがかかることが予想できるなら、急に辞めない方が安全かな」
「なるほど…そうですねぇ、ちょっと最近忙しくて、少ししんどくなる日も出てきてるから、次の一ヶ月はまだお薬飲んでおこうと思います。来月来たときに、またその時の状態で判断する、という感じでいきたいと思います」
スパッと決めてくれるわけではなく、しかし判断基準は提示してくれる先生の返答を受けて、僕の答えは「服薬継続」だった。
うーんやっぱりまだかぁ。ちょっとだけ残念な気持ちを抱きつつも、その意思決定をした自分の判断力には安心感を覚えた。
「病前」とは程遠い、しかしそこそこ安定した「低空飛行」を続けてきたこの2年。かつてのように思いっきり走ったり跳んだりはできないが、自分を無理に追い込んで潰れることもない。自分の状態を見極める感受性と、無理をしすぎずにどうにかこうにか生きていく力は高まった。これも一つの「発達」と言っても良いだろうか。
いずれにせよ、ここから先はある程度「決め」の問題であるし、「決め」たあと(通院や服薬をストップした後)も日常は続く。
昔より心身の調子に気をつけて過ごしていくことが大事、ということは変わらない。歳もとったし。これからもっと老いていくし。
診断書は、病の「はじまり」にしか出ない。では「終わり」とはいつなのか。
”そりゃあやっぱり、「死ぬとき」じゃないかなぁ。”
僕のぼやきへの友人の返答がきっと真理だな、と思う。
これからも僕らは、衰えながら、痛みながら、弱りながら、それでもだましだまし、生きていくのだ。
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本記事は、鈴木悠平単著『弱いままでも生きてゆける(仮)』出版に向けた断片として書き記した。
適応障害からの回復のプロセス等については、こちらのマガジンにも収録している。
接遇の極意は「おもしろがる」こと⁇ - ちがいをおもしろがるケアのすすめ - 9月7日14:00-15:00 カプカプ所長・鈴木励滋さんに聞く
横浜市旭区で、喫茶やらお菓子作りやら、絵を描いたりちくちく縫ったりリサイクルしたり唄ったり踊ったりラジオやったり世話焼いたり焼かれたり…なんだか不思議で、とっても愉快なコミュニティ「カプカプ」の所長・鈴木励滋さんのお話を聞く会があります。
日時: 2020年9月7日(月)14:00-15:00
場所: Zoomウェビナーでのオンライン配信
タイトルは、「接遇の極意は「おもしろがる」こと⁇ - ちがいをおもしろがるケアのすすめ - 」
聞いてみたいなという方はぜひご連絡ください。
カプカプについては、カプカプのFacebookページやホームページ、それから励滋さんが書かれたnoteなどをどうぞ。
春先からお手伝いさせてもらっている、NPO法人ALS/MNDサポートセンター「さくら会」主催の、介護ヘルパー向け研修の一環で、今回、励滋さんにお話をいただくのですが、せっかくなので、オーディエンス枠で話を聞きたい人、質問したい人がいたらぜひご参加くださいと言っていただきまして、この閒のサイトを見てくださっている方に、ゆるやかに開いてみたいと思います。
さくら会は、ALSをはじめとする医療的ケアを必要とする障害・疾患のある方の日常生活をサポートするための、ヘルパー養成研修事業などを行っているNPO法人です。
さくら会の川口有美子さんには、昨年度のOPEN LABで講演をしていただきまして、そのご縁で色々とご一緒している今日この頃です。
医療的ケアを必要とする方への訪問介護を行う介護事業所・ヘルパー向けの「現任者研修」という枠組みがありまして、いくつかテーマを設けてヘルパー育成のための研修を行うのですが、その中の一つに「接遇」というテーマが指定されているんですね。接遇…普段あまり使わない言葉ですが、サービスと言い換えるとイメージが湧くかもしれません。人と関わってサービスを提供するという点では、介護も、飲食業などの「サービス業」との共通点もあり、介護ヘルパーも「接遇」について学んだ方が良いでしょう、と、そういう意図での制度設計なのだと思います。
とはいえ…じゃあ、介護は、福祉は、「サービス業」なのか?というと、重なる側面、サービス業から学ぶべき側面もあれば、やっぱりそれだけではない違いもある。じゃあ、どう考えたら良いんだろう?どんなふうに、介護の、福祉の、現場で、人と人がかかわり、コミュニケーションしていくのだろう?
そんなことをですね、励滋さんのお話を聞きながら、一緒に考えていきたいなという会です。
介護ヘルパー向けの研修なのに、なぜここで告知をしているのかというと、今回はその、「現任者研修」をCOVID-19の影響もあってオンライン化しよう、オンデマンド配信・受講可能な形にしよう、という試みでして、9月7日はその収録という位置づけなのです。
後日、ヘルパーの方々が録画した励滋さんの話を聞いて、現任者研修の「接遇」コマを受講する、という形になるのですが、せっかくのお話、録画時間中に僕が一人で聞くのももったいない!
ということで、オーディエンス枠で話を聞きたい人、質問したい人がいたらぜひご参加ください。
Zoomのウェビナー形式で、司会進行を僕が、レイジさんが1時間程度お話をする形になります。みなさんはチャットのみの参加になりますが、コメント・質問歓迎です。研修のための収録をしつつになりますが、可能な限りお話に取り入れます。
・介護を含め、福祉の仕事に関わっているor関心がある方
・接遇、サービスの仕事に関わっているor関心がある方
・「コミュニケーション」ってそもそもなんだろう?と気になっている方
・「障害」と「健常」ってなんだろう?と気になっている方
などなど…
少しでも何かひっかかった人、興味がある人は、ぜひぜひお気軽にご参加ください。
「なんだろうなんだろう?」って、一緒に考えましょう。
参加希望の方は、
・僕にSNS等でご連絡いただく
・閒のSlack内で手を挙げていただく
・問い合わせフォームから観覧希望のご連絡をいただく
などなど、なんらかご一報いただければと。
当日までにZoomウェビナーのURLを共有します。
閒の日々 葉月号
株式会社閒(代表取締役: 鈴木悠平)が行う事業報告や会社づくりのプロセス、閒に集う人たちの語り・営みをご紹介する、「閒の日々 葉月号」をお届けします−−。
▼ホワイトボードツールのmiroを使って、月例会をやってみました。
8月の月例会は「はじめましてと納涼会」というタイトルで、開催されました。
毎月違うツールを用いて、月例会を実験しているのですが、今回は、miroというツールを使って自己紹介をしたり、ワークショップをしてみたりと交流会形式にしてみました。思いの外、お互いのことを知れたり、新しいアイディアがたくさん出たりと、今までで一番充実した時間だったのではないかと感じています。
閒らしく、ユニークな自己紹介から始まり、それぞれに用意された質問を答えながら、意外な一面を知るなんていうことも。
ワークショップでは、閒でやってみたいことを出してもらい、 #積読を考える会 は終了後すぐにプロジェクトとして始動しました。
▼他にも、Slack上で、部活的なプロジェクトが生まれています。
・読書会(隔月〜毎月ペースでやっていく予定)
・絵本を読む会(第1回は「ぐるんぱのようちえん」を題材に9月6日に開催)
・映画「プリズン・サークル」を語る会
閒ならではの部活、研究、プロジェクトのような取り組みが小さく産声を上げています。
気になる方は、コンタクトフォームからお問い合わせください。
▼お知らせ
◉2020/10/16-2021/03/07 「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」に、清水淳子さんとのユニットで参加作家として出展します。
http://www.2121designsight.jp/program/translations/
「法人」をひとつ、この世界の片隅に産み落とすということ
5月11日に法人登記してから2ヶ月強。実はまだ、今月いっぱいまでは勤め先の会社に籍を置いていて、有給消化とか残っているいくつかのお仕事とか持株会の退会とか、あれやこれやをやりながらも、しかしゆるやかに法人としての閒の土台を整えていっており、またこれまで個人の副業・雑収入扱いでやっていた仕事も法人受けに切り替えてもらうように各位に連絡するなどしており、まぁなんというか、そんな感じの、「のりしろ」のような時間を過ごしています。
少し落ち着いてきたので、ここ数ヶ月を振り返りつつも、「会社」を取り巻くさまざなな要素と、それらに紐づく意味や選択について、書き記していこうと思う。
・法人とはなにか
・そもそもなぜ法人化することにしたのか
・法人形態の選択肢と、株式会社という選択
・会社の目的や存在理由を説明するための定款やステートメント
・それを実現するための具体的な(事業を含むさまざまな)活動
・経理や財務といった会計ルールや運用方法
・自分自身や一緒に仕事をする人たちへのお支払い、仕事の報酬をどう考えるか
・自分たちの考えや実践をどういう人たちと、どのように共有して、どのように関わってもらうのか
・人であれ事業であれ、会社を営む上での「善さ」のものさしをどのように持つのか
法人設立前後のさまざまな事務手続きを進めながら、たくさんの問いが浮かぶ。それら一つ一つをじっくり丁寧に考える時間はなかったけれど、かといってまったく考えなかったわけでなく、これまで見聞きし経験し、考えてきたこと、その上での価値観をもとに、「こっちだな」「これはやらない」などなど、今後の変容可能性を残しつつもしかしそれなりの意図を持って決めてはきた。
会社設立や運営に伴うさまざまな「事務」は、ただ進めるだけであれば驚くほど淡々と進む。クラウドサービスのガイダンスに従ってポチポチ入力していけば定款も作れてしまう。なのだけど、そういった手続きが制度化されたり慣習となっていることの背景には、やはりなんらかの歴史や理路があるわけで、なるべくなら一個一個理解しながら選んでいきたいものです。
会社は社会の「公器」です、なんて言葉も聞きますが、それは「コンプライアンス」だとか言ってなんとなく誰か(監査から、上司から、監督省庁から、クライアントから、世間からetc.)から言われたからちゃんとやりますってことではなくて、フィクションながらも「法人」という一つの人格を世に産み落として育てていくこと上で、わたしは、わたしたちは、自らに、関わる人たちに、社会に、歴史に対してこのようにコミットしていきます、という宣言であり実践なのだろう。
「会社」ってそもそもなんだっけ?という問いに対して、先人たちが一応教科書的な回答を整理してくれていたり、その上でそれぞれの会社・経営者が自分たちなりに考えたことを発信したり実践したりもしてくれている。
まったくのゼロから考える必要はないのだけれど、「そもそも」の基本を一個ずつおさらいしていきながら、自分たちにとってしっくりくる答えを探していきたいと思う。
閒の日々 文月号
株式会社閒(代表取締役: 鈴木悠平)が行う事業報告や会社づくりのプロセス、閒に集う人たちの語り・営みをご紹介する、「閒の日々 水無月号」をお届けします−−。
六月は、徐々にSlackチャンネル内でも各々の言葉が紡がれ始めた一ヶ月となりました。そんな閒の様子を少しお届けしたいと思います。
▼LITALICO社内報が完成しました
コロナの影響もあり、なかなか思うように進まないこともありましたが、取材・制作を経て無事完成しました!
▼単著『弱いままでも生きていける(仮) は8合目くらい
8月には、晶文社さんからリリース予定。届け方も工夫していきたいので、みなさんにご協力をお願いすることもあるかと思います。どうぞよろしくお願いします。
▼月例報告会では、Spatial Chatというツールを使ってみました
通称スペチャと呼ばれているSpatial Chat(https://spatial.chat/)を用いて月例報告会をやってみました。このツールは、近付くと音声が大きく聞こえ、離れると小さくなるといった、リアルな場での交流を再現したような体験をすることができます。ブラウザ上で密になりながら、報告会を実施。まだ、画面共有の画質や音声のラグなど、改善点はありそうですが、使い方次第で、オンライン交流会の可能性が高まりそうだなと感じました。
▼7月はこんなことをしていきます
-書籍の仕上げを猛烈にがんばる
-「とどプロ」も旗を立てる月!ファンディングもがんばるよ
-OPEN LABのアニュアルレポートを仕上げて一段落
-月末でLITALICO退社(有給消化中) はじめての証券口座
-アクセシビリティ研究を本格的に進めていきたい
-大学院出願は過ぎちゃったので4月入試に向けてじっくりと
▼今月の悠平文庫
田中靖浩『会計の世界史』
https://www.amazon.co.jp/dp/B07HY3TMQT/
内山力『「ビジネスの常識」が一冊でわかる本』
https://www.amazon.co.jp/dp/B00ICHRNYY/
東藤泰宏「ひとと企業のplaybook」
http://apartment-home.net/playbook/playbook00/
東藤泰宏「世界を変えさせないでおくれよ - 僕たちは誰のために働くのか」
概念としてのHSPの危うさと、それが「求められている」ということと
HSP(とHSC)、数年前ぐらいからじわじわ話題になり、目に見える範囲でもHSPを自認する個人の語りが増えてきたように思うが、話題になったり収まったりまた話題になったりの小さなサイクルの中で、その都度、医学の観点からの危うさを指摘する声も出ているし、色々とうーんという概念ではあるのだが、とはいえHSPが一定の人たちに「求められている」という現象も踏まえて整理が必要だなぁと思う。
HSPは、まだ医学的な疾患概念として十分に精査・吟味されておらず、その状態で雑に流布することが、他の疾患の見落としや、それによって適切な治療や支援に繋がらなくリスクも踏まえると、僕もどちらかというと「診断」や「普及」に対しては批判的に見ている方だ。
一方で、HSPの「名付け」がしっくり来る、安心するという個人の主観的体験と語りが増えていることにも重要な意味があるのだろうし、その実態をうまく解きほぐしたり、橋渡ししたりできればなぁとも思う。
他の疾患カテゴリとの類似点・相違点など、現時点で分かっていること・分からないこと整理しつつ、HSPと自認する多様な個人の感覚と、名付けの「その後」の物語を並べていくと見えてくるものがありそうだ。概念として粗さがあるものの、一人ひとりの生活単位で見れば、HSPという「名付け」を取っ掛かりに、結果として別の疾患カテゴリにちゃんと接続して収まる人もいるだろうし、医学的診断はどうあれ、HSP自認のもと、しんどくならないように色々と生活の工夫をしていく余地もあるだろう。
概念整理はちゃんと丁寧にせなあかんよと思う人なので、雑なブームになっていくことにモヤる一方で、医師が専門家クラスタに籠もって内輪で批判してる間に、一般レベルでどんどん広がっていくことが、将来的に当事者・医療どちらにとってもデメリットをもたらす可能性もあるわけで。チェックリスト的なのをやったら自分に当てはまって「しっくりきた」「安心した」という主観的な体験はよく聞かれるし、それ自体はその人本人の足場としては良いんだろうなと思うけど、「自分もHSPだ」と思う人がたくさん出てくるというのは、それだけ概念として「粗い」ということなのかもしれないし。
専門家の取材やレビューと、HSP自認の当事者の体験を行き来しながら、この少し危うさのある概念との適度な付き合い方を見出していくような企画を、えーと、あれです、いま書いてる本が一段落したら考えようかな。
色々あった上で血液型診断的なレベルに収まってほどよく冷めていくのか、それとも他の精神疾患と比較してちゃんと整理されてもう少し限定的な新規カテゴリとして確立されていくのか、どうなるんだろうね。
ささやかなパトロナイズ
応援している知人・友人が、自身の表現・研究テーマに心置きなくエネルギーを投下できる環境づくりをお手伝いしていきたいな、と思う。
会社をつくるときに定款には以下のように事業目的を記述した。
1.作家・研究者等のマネジメント及びプロモート事業
2.ウェブメディア及びコミュニティの企画・運営事業
3.企業経営におけるコンセプトワーク及びアドバイザリー事業
4.上記各号に附帯関連する一切の事業
上記の1.に該当する活動。
僕自身が今年単著を出す&大学院博士課程に入る予定なので、短期的には自分自身の執筆・研究活動のバックアップ体制をつくるという意味合いであるのだけど、ゆくゆくはいろんな人たちの表現・研究活動をサポートしていきたいなという気持ちがあり、「あなたを応援したい」という具体的な人は、すでに僕の頭の中には何人かいるのである。
その人の表現活動や研究活動の一端を見せてもらって、「いや、これはすごいわ、この人のやってること、人類にめっちゃ必要だわ」と思っても、その全てが市場経済の中で価値を見いだされやすかったり、金銭を生み出しやすかったりするわけではないわけで、もうちょっとこう、自分で出来る範囲で具体的にサポートできんかな、と。
別の仕事・方法で食い扶持を稼いで残りの時間で好きなことやる、という考え方もある。かの吉本隆明も町工場とかで肉体労働をやりながら著述・言論活動をやってたというし。ただ、人によっては「労働」で削られるエネルギーが大きいという場合もある。
僕自身も、ようやく自分と家族の日々の生活はまぁやっていけるなというぐらいで、まだ色々借金も残っているのだけど、ちょっとずつ工夫していきたい。
短期的には、自分が関わるプロジェクトや自分の文筆・研究活動でテーマや要件が合えば、アートワークやリサーチのお仕事をお願いするとか、「クライアントワークだけどまぁまぁ相性良い」みたいな領域をつくっていくのが現実的かな。
中期的には、利益の一部で月額いくら、みたいな活動支援金をお渡しするとか。それがもっと発展すると、昔の書生・食客みたいな感じで、その人が毎月暮らすのに十分なお金&資料代とかをこちらが持って、かわりに作品や研究を見せてもらったり、その人の知っていること・考えていることをみんなに教えてもらったりする、みたいなことできるといいなぁ、と思っている。
メディチ家みたいな大資本はないんだけどさ、ささやかなパトロナイズ的な。
市場経済での商品・サービス売買や受発注のように、1対1の等価交換である必要はない。ほとんど見返りも求めない。その人の活動を応援しながら、その人が見ている世界をちょっとだけ共有してもらえると嬉しいな、みたいな。
ここ数年でいくつかのNPOに寄付をするようになったのも、そういう感覚に近いのかもしれない。
