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ヒマをつくろう宣言

January 5, 2018 Yuhei Suzuki
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年初出勤してたスタッフに向けて「今年はもっとみんなのヒマを作ることにコミットするぞー」って宣言した。

やはり年末は色々と案件が立て込み、その中でもみんなにはうまくチームワークで乗り切ってもらい、それはそれで良かったのだけど、個々人や組織がより質的な進化をしていくためには、もうちょっと大胆に時間の使い方を変えていった方がいいなというのが念頭にあっての発言なんだけど。

やはり、編集者はヒマであることが大事だ。心にヒマがないと発想も先細りするのだ。

目先の案件に「追われる」と手持ちのカードで勝負することになる。すでに知ってること、やったことのあること。

でもライターや編集者が瑞々しい感性を保ち育むためには、新鮮な一次情報に触れ続けることがとっても重要なのだ。色んなモノを見て、読んで、色んなヒトに会って、が芸の肥やしになる。

昔は飲みニュケーションとかって、アフター5に人と会って、遊び歩いて、そしてまたシャカリキ働いて…みたいな時代だったのかもしれないし、今もやりたい人は別にやったらいいと思うけど、子育て世代含めてそういう時間と身体の使い方できない人もいっぱいいるなか、昼間に良質なインプットを出来なかったらなかなか自分で遊んだり学んだりを続けることは難しい。

もっと昼間に、積極的にヒマになった方がいい。

そしてどんどん、まだ誰も気づいていないタネを拾いに、街へ出てゆけばいい。新たなイシュー、新たな仲間、新たな才能、新たな企画のヒントと出会うために。

こういうのは意識付けだけでは難しいので、そもそもの業務設計とスケジューリングから。

手始めに
当月中に「やる」「やるべき」と決める案件の総量は、当月工数の80%埋まるのが限度マックス、という考えでスケジューリングしよう、それ以上は入れない。ということにした。

(編集者やライター、理想は50%ぐらい勉強に当てられたらいいと思うんだけど僕も現状なかなかそうはいかないw)

入稿があるとすぐ着手して出したくなっちゃうし、面白いネタがあると企画にしたくなる、と前のめりに動いてくれるのもいいことなんだけど、それによって失われる機会というのにも目を向けられるように。

もちろん、組織として決めた達成目標は80%の稼働内できちっと超えていこうね、というのは変わらないんだけど、幸いにして、これまでみんながしっかり作ってきてくれたおかげで、ちょっとやそっとで崩れない流入基盤は出来たので、隙間時間全部アウトプットに費やさなきゃ回んないって状況ではなくなったので。

僕自身も子ども産まれたのもあって、今までのようには働けない部分が出てくるし、年の変わり目でもあっていいタイミングかな、と。

というわけで編集部一同、今年はもっとヒマをつくろう笑

In diary Tags diary

「大きな物語」を手放してー<あなた>であることの肯定と、軽やかさについて(試論)

January 5, 2018 Yuhei Suzuki
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聴き手・書き手として物語を紡ぐなかで、体感的に掴んできたことをうまく言語化していきたいと思っている。

最近では、「物語」という言葉が、マーケティングや政治キャンペーンの文脈でも多く見られるようになってきたんだけど、物語が「出口戦略」の道具に堕していくことにちょっと危うさを感じることもあり。

長い長い線としてその人固有の「小さな物語」を掬うこと、一方で、ピリオドを打たないこと。"軽やかさ"と"強度"について。

考えながらツイートしたのでちょっと生煮えだけど、近日整えるとして備忘録的に。

最近では、「物語」という言葉が、マーケティングや政治キャンペーンの文脈でも多く見られるようになってきた。「物語」には人を動かす力があるということを多くの人が認識してきたということだろうけれど、あまり疑問なくその力を行使しようとすると危ういだろうなと思う。

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

ポジティブな成功物語であっても、呪縛となって本人を苦しめることがある 「時代の寵児」「次世代のリーダー」「当事者のロールモデル」etc.いつしか物語が自分の身の丈を超え「自分はこうあるべき」の呪縛に。周囲も「私はああはなれない」「あんなのは特別だ」「本当の○○はそんなものじゃない」と

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

「物語」が本人や周囲にとって"呪い"として機能してしまうのはどんな場合であろうか。仮説が2つある。1つは当人たちの手に余る「大きすぎる物語」であること。もう1つは、単線的・相対的な物差しでしかその人の物語を描けていないこと。

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

学歴、出身、性別、年齢、職業、民族、障害etc.何かひとつのラベルだけでならして見てしまうと、自分と同じような人はいっぱいいるように思えてしまう。また、共通のラベルを持つ集団内でひとつの物差し(経済力など)だけで比べてしまうと、上だ下だ、勝ちだ負けだといった「結果」が前面に出てしまう。

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

また、社会のシステムー医療やテクノロジー、政治や経済はいつだって発展途上で、漸進的に改善していくものだから、どんな時代で切り取っても、進歩の恩恵に預かれない、システムのすき間に落ち込んでしまう人は出てしまう。いつだって「足りない」何かがある

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

もちろん、だからといって、社会のシステムを変えていく、インフラの質やカバー範囲を向上させていく様々な運動が無駄だとは言わない。明るい未来に向けて「課題を解決する」んだという意思は重要だろう。しかし…個々人のウェルビーイングに立ち戻ると、システム的アプローチだけではやはり限界がある

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

出来合いの「大きな物語」や、短期・単線的な成果に紐づく物差しを手放してみて、長い長い線として、そのひとりの「小さな物語」を辿ってみると、どうだろう。少し違った景色が見えやしないか。その人をその人たらしめる歴史と身体、固有性が見えてくるはずだ。

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

個人の「小さな物語」を辿ってみると、その人が「そうであるしかなかった」選択の積み重ねー歴史が見えてくる。それを明らかにすることは一見、先述した"呪縛"に繋がるのではと思われるかもしれないが、体感的には、むしろ逆である。それはなぜか…

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

ここからは私の聴き手・書き手としての実践体感からの仮説になるが…手触り感の良い「小さな物語」は、自分の人生の"肯定"、"赦し"となるのではないか。「こうであるしかなかった」それでも「これで良かったんだ」、という…

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

その人にしかない固有の「小さな物語」を見つめてみると、誰ひとり平々凡々な人生を送ってきた人はいないし、みんなそれぞれにここまで”ふんばってきた”ことがわかる。現在や未来から見ると不十分なリソース配分だったかもしれない。でも手持ちのカードで、どうにかこうにか、<あなた>は生きてきた!

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

手札はロクなもんじゃないし人生無理ゲーだ!と当時は思ったかもしれない。でもどうにか手持ちの札をやり繰りして今まで生きおおせてきた。そりゃ今も苦しい、困難は続いているかもしれない。でも過去を線として振り返ってみると、決して停滞はしていない。景色は変わっている。そしてこれからも変わる

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

その人にしかない、その人が今まで生きてきた軌跡を「小さな物語」として掬うことができれば、それ自体が、"呪縛"ではなく、"変化"の可能性を、ダイナミックに示してくれる。あなたにはすでに、「回復し続ける」レジリエンスが宿っている。

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018

そう、だから僕は、結論のない、ピリオドを打たない物語を、紡いで差し出していきたいの。「ああ、自分はここまで来れたんだな、無駄じゃなかったんだな」と自分の生を肯定できる"強度"と、「でも、もっと変わりたい、次はこうしたい」と思えって歩き出せる"軽やかさ"の両方を大事にしたいから。 https://t.co/kzlgpNWKhz

— 鈴木悠平 (@YuheiSUZUKI) January 4, 2018
In essay Tags narrative

大晦日with新人類、わたしパパ新人

December 31, 2017 Yuhei Suzuki
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大晦日、ツマの実家にお邪魔して生まれたばかりのわが子も一緒に過ごしている。

子どもが生まれる前は、「女の子生まれたら絶対溺愛するタイプだ」とさんざっぱら周囲の友人たちに言われていたもので、「いやいやそんなことないわ、すげー淡々と子育てするわ」って反論してたものだが、これがまた、ムスメ、かわいいw

一応、年内急ぎの仕事は納めるには納めたのだが、溜まっている書きものとか、来年の準備とか、色々やるべきことはあるなと思い、PCやら本やら持ち込んでツマ実家にお邪魔したのだが。

子どもを抱いていると、あらゆるその他業務のやる気がなくなっていくし、3時間おきに授乳をせねばならんし、沐浴やらおむつ替えやら色々あるし、甘かった。

いやでもかわいいんですよほんと、赤子という存在。おくるみにおくるまれているフォルムがなんかこうすごい可愛いんですってば。

それはさておき、赤子と向き合っていると自分の身体の固さというか、あらゆるフォームに生来の身体のぎこちなさ・不器用さがもろに出てくるので、やや凹むところではあるw

おむつ替えや授乳、抱っこはともかく、沐浴が鬼門。

退院初日は何もかも「はじめて」だったから沐浴デビューだのなんだのいってちょっと嬉しい気分になっておったが、そのクオリティは当然、かーちゃんやばあばに及ぶべくもなく、「もう少しがんばりましょう」のハンコをポンポン押されるような気分である。

両親学級で申し訳程度に人形でシミュレーションをやったわけだが、相手は生身の赤ん坊なので、ちんたらやっているとのぼせてしまう。

制限時間5分。 赤子を沈めないように片手で頭を支えながら、ガーゼで身体をくるみ、もう片方の手で、顔、頭、手、身体、足、背中…と手際よく洗ってやらねばならない。

赤子の身体というのは正直で、大人の側の緊張やこわばりがきっとそのまま伝わるのだろう。ツマが沐浴させる時はおとなしいのに、僕がやると泣き出す、みたいなことが起こる(手の位置とかyoutube動画で検索しておさらいしましたよ思わず涙)。

赤子は、自分ひとりでは生きていけない脆弱な存在ではあるが、しかしすでに人間としての基本的な骨と肉は備わっているわけで(首はすわってないけど)、乱暴に扱ってはならないがあまり恐る恐る関わるものでもないのかもしれない。

すでに自分で呼吸して生きているわけだ。マネキン人形とは違う。虫の居所が良いとか悪いとか、毎回違うコンディションなわけで、僕がシミュレーション通りにやるかどうか、できているかどうかは問題ではなく、この子にとって心地よいかということが重要なのである。当たり前のことだし、それは対赤子に限った話でもないけれど、ムスメの一挙一投足を見るにつけ、思い知らされる。

言葉は交わせないものの、すでにコミュニケーションは始まっているなぁ、と。

まぁ、まだ基礎フォームもなってない新米パパなので、つべこべ言わずに経験あるのみ、なんだけど。

身体の使い方が悪いのか、すでに肩こり気味である… 皆さま良いお年を。

In essay Tags male-hus-dad-parent-andme

君が物心つく前から、君は「社会」の網の目の中で生きている

December 30, 2017 Yuhei Suzuki
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ムスメが生まれてから1週間強が過ぎた。

とはいえ僕はというとそのうち半分程度の日数しか一緒に過ごしておらず、なおかつその大半は仕事や用事終わって夜にツマの家に着いて…というタイミングだから、朝から晩、そして翌朝まで一緒に過ごしたのはまだ退院日の1日だけしかない。

それ以外の時間はツマと、ツマのお母様お父様にお任せしているわけだが、ありがたいなという気持ちと少しの申し訳なさを抱えながらとにかく仕事納めに向かってしゃかりき働いたのが今週。

合間に、役所や会社に出す書類やらなんやらを僕の担当タスクとして粛々と進めている。

ムスメが社会の網の目の中にキチンと定位し、生きていくために必要な福祉的・医療的庇護を受けられるようにするための手続きである。

つまり出生届やら子ども手当やら健康保険やらなんやらの申請である。

こと「役所」という存在は、何かと非効率や硬直性の象徴としてやり玉に挙げらがちな存在で、たしかにそういう面もあるかもしれないが、今回僕が経験した出産後の手続きに関しては、特に煩雑でもなくたらい回しにされることもなく、スムーズに進んだ。
(とはいえ、必要書類や手続きの確認とか、色々洗い出すのは、難しくはないけど億劫な作業ではあるので、こういうことはちゃんとオットがキビキビ進めた方が良い)

いくつかの必要書類を用意して窓口に行くだけで、15分か20分ぐらいで完了したと思う。
ツマの母子手帳やまいなんばーを忘れたりしたのだが、それで申請が止まることもなく「後日郵送でOKとのこと」。

窓口の方は僕よりきっと若いであろうお兄ちゃんで「この度は誠におめでとうございます!」と2度3度さわやかにお祝いしてくれたのでいい気持ちになった笑

そんなこんなで恙無く出生届の手続きは完了。会社の方は仕事納めになってしまったので、ムスメを僕の扶養に入れて会社経由で保険証を出してもらったり、ツマの育休申請を出したり、会社が設けている祝金の申請をしたりは年明けになるが、とりあえず一安心。

と、思っていたら、届を出した2日後にはもうムスメの住民票コードの通知票が届いていた!

ムスメよ、君が物心つくまえから君はもう「社会」のなかに生きているのだ。

それを良いとも悪いとも言わない。

支えられることもあれば、誰かを支えることもあるし、すり抜けたりすき間に落っこちることもあるだろう。

これから君が大きくなっていく上で、君自身や、親であるとーちゃんとかーちゃんが受けられる色んなサポートがあるんだけど、それは君より少しだけ先に生まれた人たちがお金やら知恵やらを出し合って成り立っている。

君も働き出したら、その支え手の一員になるのだろう。でも、なにかの理由で働けなくたってそれはそれでいい。大人になって働くことができなくても、これまた生きていくための色んな支えがあるのだから。

君がその恩恵に預かる立場になるかはわからないけど、君か、君ではない誰かがそれを必要とした未来に、そういう仕組みがちゃんと活きている世の中を、とーちゃん守ったり耕したりしようと思っているよ。

In essay Tags male-hus-dad-parent-andme

巨人の肩に乗る

December 27, 2017 Yuhei Suzuki
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メディアにしたってサービスにしたって一朝一夕で大きくはなるはずはないのだけど、大きくするための知見は先達たちが過去連綿と遺していってくれているので、後はそれを明確な意思と戦略を持って愚直に積み上げていく…というのが過ごす時間の大半なのだけど、「今を生きる」私たちはきっとそれだけではいけなくって。

反復運動の中にある少しの変化…今までと同じように見えてちょっと違う、その変化の予兆を逃さず捉えるようにしなきゃいけないし、それを見逃さないための心の余白と感受性だけは殺さないようにしないといけないよ。

誰かが「これからは◯◯の時代だ!」と言った頃にはだいたいもう面白くなくって。

いつでも自分の中に大事な「問い」は持ちながら、「うーん、やっぱりまだわかんないなぁでもこっちかなぁこれやってみようかなぁ」と粘土をこねくり回している状態がいい。

In diary Tags diary

あたらしいくらし

December 26, 2017 Yuhei Suzuki
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授乳中のツマとムスメに別れを告げつつ会社に向かう。

高尾から中目黒はそれなりの距離があるのでまだ日が昇る前からツマの実家をお暇する。朝は、寒い。

6時高尾駅発の中央特快は、それでも座席が8割ぐらい埋まるほどには人がすでにいる。きっとこの人たちもこれから働きに出るのだろう。あるいは何か別の。

この時間に高尾の電車に乗ること自体は初めてではなく、ツマの産休中などもちょくちょく泊めてもらって会社に行く朝があった。

違いといえば今朝からはその家に新しい住人が現れたことだろう。言わずもがなムスメである。

昨日がツマとムスメの退院日で、ツマの実家に2人を迎え入れての初日だった。11時頃に産院を出て、それからツマの実家に着いて、寝床やら道具やらなんやらを整えたり片付けたり、ツマが乳をやったりして、お昼ご飯を挟んで寝起きに沐浴デビューしたりオムツ替えデビューしたりして、合間に来月のシフト登録をしたり原稿の最終チェックをしたり電話をしたりして、夕方にはミルトンやらなんやら足りないものを買いに行って、帰ってきたら、それまではずーっと眠り姫だったムスメが1時間ぐらいグズってるというのであやすツマの横で様子を見つつ、晩ごはん時が来たので下にいってミルクをつくってあげてみたらすごい勢いで飲んで、そのあとちょっとまどろんで、横に寝かせたらまたグズったので抱っこして、その時僕が抱っこしたら泣き出すのにツマやばぁば(ベテラン保健師)が抱っこしたら一瞬で泣き止むことにショックを受けたり、そのあと肘で頭を支えつつ手のひらでお尻を持つのだというコツを教えてもらったら見事に落ち着いてくれてレベルアップのファンファーレが鳴ったりして、寝てる隙にミルトンデビューしたりシャワー浴びたりなんだりしてるともう23時で、それから「ごめんちょっとだけ仕事するわ」とツマ・ムスメは先に寝かせて作業をし、1時台にムスメは目を覚ましてツマは乳をやり、入れ替わりで私はすまんお先にと眠りにつき、3時台5時台とまたムスメが目覚めてツマが乳をやりつつ、私は寝ぼけ眼をこすりながら(ほんとはもう2本早いバスに乗るつもりだったのを逃しつつ)、産院にもらった育児日記に授乳記録をつけて「じゃあまた明日」と言って出発し、寒空の下でバスを待って高尾駅に行き6時発の中央特快に乗っていまここまで書いたところで立川です。

あ、これはすごい。全く生活リズムが変わるのだなと自覚。

私はひとまず現時点で育休を取っていないので(検討はしている)ムスメと実際に一緒に過ごす時間はツマの1/5〜1/4(それ以下?)ぐらいになるのだろうけど、3時間置きぐらいに授乳が必要で、それは昼も夜も関係ないという赤子の生活リズムに私たち大人は合わせねばならぬ。ムスメの健やかな発達のためにはそれは有無を言わせぬことである。

まずもって母親すげーな大変だなというのを身をもって知らされた初日である(これ毎日続くんだぜ?)。とにかく自分が家にいる間とか、外出時の買い物とか、代替可能なことは出来うる限り、と思うけど、それでも限度があるわけで、ツマのことを思うといたたまれない(どこかでリフレッシュ休暇取れるように私も育休取ろう、春か夏か…いやでもそれまでの期間すげーな大変だなぁいや言ってもしゃあないんだけどさ…的心境)

あとあれ、在宅遠隔でもそこそこ仕事いけるやろと思ってたら甘かった。全然時間ない。1日家でツマとムスメと一緒に過ごす日は、正味作業時間とれて数時間だろう。

まぁなので基本的にはオフィスに出勤して、その間はツマに任せてオットは割り切って働く、というのを我が家は意思決定したわけだけど、それにしたって、距離も時間も今までより制約がかかるので、そんなに夜遅くまで働きっぱなしの毎日というわけにはいかない。

本当に必要なこととそうでないことの見極め、生産性の効率化に向けた工夫を今まで以上にやってかないと回らないねこれはと自覚したわけ。

これは自分自身のことだけじゃなくてチーム全体のことも含めて考えるべきで。僕の仕事を誰かにお願いしてみたいな足し算引き算では総量変わらないので誰かに迷惑かかっちゃうからね。ましてや自分が管理職なわけだから自分が思う以上に意識しないと周りが気を遣って仕事を引き受けてくれる(ほんとはすでに忙しいのに)みたいな歪みが生まれちゃうから…

その辺も含めて工夫のしどころですよね。いやはや。

あたらしいくらしが始まりました。

今までだってそうなんだけど、小さな生命を迎え入れたことで、それによる副次的影響も含めて、今まで以上に周りの人たちに助けてもらって生きている、自分ひとりの人生ではないということの自覚をね。はい。

がんばります。

In diary Tags diary

パパ未満がパパになった日のこと

December 26, 2017 Yuhei Suzuki
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予定日の2日前だった。

「うーん、今日はいつもよりけっこうお腹張ってるんだよなぁ。今晩あたりくるかも」

「おお、マジで?そしたらえーと、呼ばれたらすぐ行けるようにはしとくわ。アポ入ってるけど呼ばれたときは行けないからよろしくって同行者に伝えとく」

「まぁ昼間は大丈夫だと思うんだけどねぇ。とりあえず今日検診だから行ってくる。また連絡する」

そんな感じで12/20の朝は始まった。

この日は商談も2件入っていて、その他色々作業も立て込み気味だったのだけど、ツマからの上記の連絡を受けて、もしもに備えてのあれやこれやの手配を職場で行った。

「たぶん大丈夫だと思うけど、もし陣痛起こったらアポは任せることになるから、資料は僕じゃなくてあなたが持ってて。ほんでその時は『編集長子ども産まれるみたいで、すみません』ってトークのネタにしてください笑」

なんて冗談を言ったりしつつ、内心ちょっとそわそわしつつ、まぁでも仕事が手に付かないほどでもないし、みたいな感じで昼過ぎ。検診が終わったツマから「いったん大丈夫だろうと自宅待機になった」と連絡があり、「あぁ、やっぱり明日以降かな」などと安心して夕方の商談を終えたところ、再びのツマからのLINE。

「今から再度病院に行くことになりました」

そこからはもう、早かったような長かったような、そういう一晩でした。

結論から言うと、うちの場合、出産に当ってオットはほとんどやることがなかったです笑

産まれる直前に分娩台に呼ばれた…と思ったら「産まれたー!」ってなもんで。

その間僕は何してたかというと、ほぼツイッターやってましたね…

ツマからの上記LINEの後、ほどなくしてそのまま入院が決まった旨。とはいえオットはすぐには行く必要が無いのだと。必要になったら病院から電話があって呼ばれる流れらしい。

なので、結局オフィスで小1時間面談やら作業をして、ツマとツマのお父様から「まだ呼ばれないけど、遅くなる前に高尾に移動して、うちで待機しといたら?」と言われたので、中目でうどんを食ってから移動。

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「とりあえずなんか腹に入れてモバイルバッテリーと歯磨きを買って産婦人科に向かう」 / Twitter 


そのあと、ツマの実家でもまたしばらく待機して、ようやく呼ばれて産婦人科へ。

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「ツマ実家着。実は明日出す書きかけの原稿を持って来ている(呼び出される前に仕上げるw)」 / Twitter 


(原稿は結局仕上がらなかった。そわそわw)

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「産婦人科に呼ばれたので向かいます。お産の準備始めたそうな。ふわー」 / Twitter 


で、到着後は、よーしイメトレ通りにがんばってツマをサポートするぞぉとか勇んでたわけですけど、上に書いた通りそういうのなかったですw

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「お産時のオットの役割: 汗拭く・励ます・産まれたら写真と動画撮る・ツイートする(←」 / Twitter 

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「まだお産の準備中ってことで廊下待機」 / Twitter 


出番が全然来ない。

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「ソワのソワ助よ(言うてもまだやることないから真顔でツイートしてる」 / Twitter 

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「他のご家庭の、すでに産まれた赤子たちの泣き声が聞こえる。born to be lovedって感じだ」 / Twitter 


ちょっとまだなんかエモいこと言う余裕がある。

木田修作/とまり木・夫さんはTwitterを使っています 「@YuheiSUZUKI 妻は大変だろうから、見えるものや話したことや、聞こえたもの、できるだけメモしておきました。子どもが生まれた日は、どんな空でどんな気温だったか、とか。後から喜んでもらえました。ご参考までに。」 / Twitter 


かと思えばこんなアドバイスをいただいたり

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「グーグル先生によると現在の八王子は2℃。静かな夜です。赤子たちの泣き声と、自販機の控えめな駆動音だけが響く。 https://t.co/qLPtOyBddy」 / Twitter 


真に受けてグーグル先生に聞いたりしてたんですけど、一向にオットの出番が来ません。

日付が変わる少し前に先生が出てきた。

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「先生出てきて「もうちょっとかかりそうですねー」と。ツマ、おつかれ。」 / Twitter 


ちょっと陣痛のペースが遅くなってきているらしい。疲れも出ているとか。お産というのは本当に大変な仕事なのだなぁとしみじみ思ったものだ。

ということで、再び待機…

そして12:09

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「なんか、ご主人様、呼ばれた」 / Twitter 


いよいよか?いよいよ出番なのか!?俺の!

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「「産まれる時に入ってもらうんでこちらへ」と言われたけど「まだ入らないで」と言われたのでつまり廊下内を微妙に歩いた」 / Twitter 


と、思ったらまだだった。「あ、あ、はい」ってなったよわたし。そのまま廊下に棒立ち

…と思ったら、今度こそ呼ばれた!

イメトレバッチリ、「がんばれー!」ってツマの背中さすったりして応援するぞー!

って気合入れて入っていったらわずか5秒後ぐらいに「産まれたよ、もう産まれてるよ…」ってツマ

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「うまーれーたーー!!」 / Twitter 


1月21日0時29分、3600gの大きな元気な女の子が産まれました。

鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「ツマも赤子も頑張ったありがとうおめでとうおつかれさま。わたしあまり役に立ってないけど。立ち会いってこう何時間も一緒に寄り添い励ます的なあれを覚悟してたら産まれてから呼ばれる事後立ち会い的なスタイルの産科さんだったのでほんとにわたしツイートぐらいしかしてないけどツマも赤子もおつかれ」 / Twitter 


………わたし、ほんとにツイートしてただけですね。はい。

でもなんというか、断片的に実況している間にTwitterでもFacebookでもたくさんの応援や祝福の声をいただいて、ツマのお父さまもお母さまも夜遅くまでご一緒していただいて(翌日仕事なのに)、みなさんに感謝の念しかないし、産婦人科の先生や看護師さんたちは、こういう夜を年中何回も何回も経験されていると思うと、もう頭が下がる思いだし…

(1) 鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「しかしこれは奇跡のようなことですほんと。生命よ。生の命よ。viva la vida サンライトイエローオーバードライブ。人間産科、もとい賛歌。」 / Twitter 

(1) 鈴木悠平さんはTwitterを使っています 「みんな生きてる!」 / Twitter 


わたしはもうほんとエモくなってボキャブラリーが無になりましたよ。

…そんな感じで、パパ未満がパパになる日は、なんだかドラマチックなようなあっさりしたような、かっこつかないようないつも通りのような、そんな一日でした。

わたしらしいと言えばわたしらしいけれど、当初「産まれたとき、我が子をかわいいと思えるだろうか、そもそも感動とかするのか俺?」などと懸念していたよりは意外とすんなり素直に、産まれたことを喜べたし、赤子もかわいいなと思ったし、ツマには感謝とねぎらいの気持ちでいっぱいだし、意外とこう、大きなショックや戸惑いなしに、「そして父になる(現在完了形)」って感じでその瞬間を迎えました。

「子どもができるとね、もっともっと良い世界にしたいなって思うよ」とうちの社長が言っていたのをふと思い出した。

夜明け空に向かって宣言するほどの勇ましさも爽やかさもないけれど、でも「確かに、そうだな」って。この子、この子を含め今や未来を生きる小さな生命たちが、安心して生きられる世の中に少しでも近づけたいなという気持ちはじわじわ内側から生まれてきたし、何よりまず第一に、ツマとムスメにとって安心安全な半径5mの暮らしを作ろうという気持ちになった。

というわけで、オロオロこじらせてきた産前パタニティブルーのプレパパ1名は、思った以上に前向きな一歩をここに踏み出したのであります。

In essay Tags male-hus-dad-parent-andme

君がどんなふうに生まれてきたとしても

December 19, 2017 Yuhei Suzuki

仕事柄か、わが子について考えるときに、しばしば頭によぎることがある。それを"不安"に思うというよりは、「もしそうだったら、実際どうするか」とIFの"思考"を泳がせている、といった方が近いかもしれない。

生まれたあとのわが子に、先天性の疾患・障害があったら、という仮定について。

ツマと2人で話した結論は当初から変わらず、「生きられるなら産む、育てる」というものだ。

NIPT等々の出生前診断についても、「受けることに抵抗もないし、もし事前にわかったとしたら、産後の受け入れ環境を整える準備ができる」という考えだった。白状すると、ふたりともバタバタとしているうちに、気づいたら適応週数を過ぎてしまっていて、偉そうなこと言っておいて結局受けられなかったのだけど、仮に受けていてなんらかの先天疾患の可能性がわかったとしても、産むという方向に変わりなはなかった。正確に言うと、無脳症など、ほぼ生存できない疾患の場合はさすがに考えるけれど、現代の医療水準で、少なくとも生存が見込まれるのであれば、その後のケアや生活の困難さがどうであっても、私たちは産む、その子を迎え入れるという風に思っていた。

「産む」ことに関するそういう考えは今現時点でも変わらず、ほぼ100%そうだと言えるのだけれど、やはり「産む」ことと「育てる」ことは別ものである。障害が事前にわかった上で産んだとして、その後に苦労や不安や煩悶が起こらないかといったらまったくそうではないだろう。

まず、どうあっても子どもをケアし、育てる上での経済的・肉体的・心理的負担は通常よりも大きくなる。それはもう、この仕事をしていて、色んな保護者の方々、人生の先輩方のお話を聞きながらひしひしと感じている。とにかく見通しが立たない、情報が少ない、支援や仲間に繋がりにくい。進学・進級先の選択は難しいし、それどころか日常生活・身辺自立すらままならない…たぶん、いやきっと確実に「子育て難易度」のレベルはグンと上がるだろう。落ち込んだりくたびれたり世間に憤ったりということは、まぁ、あるだろうよ。

そしてそれは親である私やツマの生活やキャリアにも影響する。時間的・経済的制約が大きいなかで、それでもわが子含めて暮らしを継続していくために私とツマがどう動くか…前提条件が変わった上での生活とキャリアの再設計が求められる。なんだかんだと仕事を楽しんでいる節があるから、この点に関しては私の方が悩むかもしれないな。

…だけど、ここまで書いてまた考える。そうしたあれやこれやの悩みは結局、子ども本人のものではない。親の側の都合だったり、社会の価値観だったり、それらに影響されて親の側に生じる感情であり問題にすぎない。

もちろん、親には親の人生があるし、そうした「親として」の心配や悩みも、子どものことを思うからこそ生まれる部分もあるし、実際に悩み苦しんでいる先輩方と対面していて、そんなにスッパリ割り切れないよということは痛いほど伝わってくるし、無神経にジャッジしたりなんて絶対できないけれど。

けどやっぱりさ。「価値観」にまみれているのは「大人」であり「親」の側でさ。それは子どもの側の「問題」ではないということは、忘れないようにしたいと思うよ。

間もなく生まれそうなお腹の中のわが子に対して、「どうあったってきっとなんとかなるし、なんとかするから、安心してこの世界に出ておいで」と、ただただ今はそういう気持ちだ。

In essay Tags male-hus-dad-parent-andme

あなたがあなたを生きているとき、「美しいよ」と言える人であり続けたい

December 11, 2017 Yuhei Suzuki
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こないだ三十路になりました。

今年も色々ありました。

会社では管理職になったり新規事業にも関わったり、友人と一緒にやってるNPOも法人格を取得して昨日も大きなカンファレンスを無事終えてといい感じ、家の方ではツマが妊娠しましてもうすぐ、実にもうすぐ私はパパになるようです。

今年も色々ありました。

そして三十路になりました。

だからどうしたという話ですが、本当にここ2,3年でようやく「人間」になれてきたというか、幼少〜青年期の掴みどころのない生きづらさからスーッと抜けてきて、社会との接地面を見つけられたなという感覚がします。

二十代前半かそこらでは、ろくな希望も展望も持ててやしませんでしたが、「あれ?いつの間にか?おお、そうなのか」って感じで、気がついたら案外と人生が”進捗”していて、特に今年はその感触が強かったなと。

ときおり、「どうして自分はここにいるんだろう」と不思議な気持ちになることがあります。

冗談ではなく、私は「自分は何者でもない」という感覚をずっと抱いて生きてきたものですから、今、自分と一緒に働いてくれる人たちがいて、そのチームの中に自分が存在していること、共に生きることを選んでくれた伴侶がいること、その人とこれから新しい生命を迎え育てていくこと、どれもこれもがちょっとした奇跡体験アンビリーバボーな感じなのです。

インスタジェニックな写真をアップして、「#最高の仲間にマジ感謝」するほどのセンスも度胸も自己肯定感もありませんが(たぶん上のハッシュタグ例も微妙にセンスがズレてると思う)、しかしここまでどうにか生きおおせてきたのは、周りの人たちがくれた機会や期待に対してなんとか応えようとしてきたからかもしれませんし、能力や結果いかんに関わらず私を私として肯定してくれた人たちに恵まれてきたからかもしれませんし、いずれにしても他者の存在なしにはありえませんでした。


いま、会社のメンバーを誘ってアドベントカレンダーをやっているのですが、こないだまでライターインターンをしていた学生がとてもエモい記事を書いてくれて、嬉しいなぁ採用して一緒に働いて良かったなぁと年寄り目線でしみじみすると共に、「あぁ僕の原点もここにあったなぁ」と改めて自覚させてもらうなどということがあり。

どこにでもいる学生が、”まだどこにもない”記事を書くことに本気で情熱を注いでたんだってば。|あべあいり/駆け出しwebディレクター|note

そう、「何者でもない私」が他者とつながり、社会の中で生きる道を見つけようともがいていた頃から、「書くこと」だけが自分にとっての唯一の突破口だったのです。

取るに足らない小さな自分が、言い訳をせずちゃんと他者と向き合うためには、考えて、書いて、また考えて、手触りのある言葉を探して紡いで…と、それを繰り返すしかなかったように思います。

いま、一丁前にプレゼンをしたり営業提案をしたり部下と面談したりとなんだかビジネスパーソン然としたコミュニケーションを取れているように見えるのは結局この「書くこと」、言葉で考えることの応用延長編でしかなく、それ以外はまことにポンコツで凸凹の大きい人間なのです。


ここまで書いてきて、なんの話をしていたんだっけ、そうタイトルの話。

「何者でもない」自分がサバイブするためという極めて利己的な欲求からネットの片隅にブログを書き始めた私ですが、今では物を書くことや、メディアを運営することがお仕事としてもできるようになりました。

「仕事」となるとまぁ色々なことがあるのですけれど、一番嬉しいのはやっぱり、「書くこと」を通して、誰かの人生が動き出す、その人の物語が開かれる瞬間に立ち会えることです。

どんな人にも、その人をその人たらしめる歴史があり、身体があり、それを固有の、美しい物語として紡いでいくこと。それが「書くこと」の力だと思います。

善い物語は、スポットを当てられたインタビュイーだけでなく、その人と時間を共にしたインタビュアーや、その物語を読む読者にとっても善い変化をもたらします。

書くこと、その前段として「あなたの話を聴く」ことを通して、「何者でもない」僕の人生にはたくさんの彩りが加えられ、その度に世界の見え方が変わっていきました。いつしか生きていていいのだとも思えるようになりました。



それと並行して気づいたのは、世の中には逆に、「何者かである」ことに囚われ縛られ、そして苦しんでいる人もたくさんいるということです。

若者だとか年寄りだとか
障害者だとか健常者だとか
親だとか子だとか
上司だとか部下だとか
当事者だとか当事者じゃないとか

生きていると私たちに色んな「ラベル」が付着したり剥がれたりしますね。
そして、望むと望まざるとに関わらずその都度その都度の「ポジション」を取ります。

その状態を、その痛みを否定することはなく、しかしそのひとつひとつに耳を傾け、一緒にさわっていくなかで解きほぐしていくこと、そこから新しい物語を編み直していくことも、「書くこと」に備わっている力なのだと思います。

新しく紡ぎ出された物語は、やはり他ならぬその人自身のもので、私がゼロからつくり出したものではありません。

だけど、自分の物語を自分独りで見出していくことはとても難しいと思います。

何か明快な答えを出せるわけでもなく、「うんうん、そうかそうか」とお話を聞いたり、「それってこういうこと?」と私の理解・解釈を言葉にして返すことぐらいしかできませんが、傍らの壁打ち相手として、私が何かの役に立てるならとてもうれしい。

テーブルを挟んだとめどもない会話の中で、少しずつ少しずつ、あなたの輪郭が浮かび上がります。私はそれをなるべくそのままに掬い取れるよう、大事に大事に言葉を紡いでいきたいと思う。

出来上がったあなたの物語は、書いた私の自己満足だし、主観ですけれど、間違いなく美しいんです。

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臨月を迎えて

December 6, 2017 Yuhei Suzuki

12月。臨月を迎え、いよいよいつ産まれてもおかしくないという時期に入ってきた。

赤子の体重も3,000g近くなり、経過は順調のようで、検診に行って先生にこんなことを言われたとか、髪の毛がふさふさだとか、指をよく舐めてるとかそういった断片情報をツマからのLINEで受け取りながら仕事をする。

ツマのお腹は、この1,2週間は見た目で受け取る印象的にはあまり大きさが変わっていないように見えるが、よくお腹が張るとか、寝る時には腰のこの辺が痛くなるだとかいう話を聞くにつれ、僕が両親学級でヘラヘラと疑似体験したぐらいじゃわからないような、地味ーで持続的な負担がツマの身体にはかかっているんだろうなと思う。

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それはさておき、師走なのかなんなのか、仕事の方がめっぽう忙しくって。

予定日の週は極力何も予定を入れないようにして、予定入れる際も「空いてるから仮で入れるけど、陣痛起こったらリスケってことでよろしくね」と相手に伝えたり、忘年会の類は「欠席カウントにしておいて、当日何もなかったら行く」というような感じでバッファを持たせておいている。

その前の週までは、遠方出張とかイベント登壇とか、営業先との割りと大事な回とか、なかなかこう急に代打というわけにはいかない予定が目白押しなのだが、予定日の週に期待した通りに産まれるという保証はどこにもないわけで…夫婦揃ってお腹に向かって「君の誕生日は22日だよー」なんて語りかけたりしている笑

話は変わるが、先日、医師の先生と仕事のミーティングをしているときに、「実家出産の場合のオットの所在のなさ」について話題になった。その先生も実家出産で、僕よりも遠方ながら週に一回は顔を出していたということだが、たまに顔を出しても実は大してオットにはやることがないのだ。特に産休中は。

ましてやツマの実家なので、微妙に気を遣う(笑)夜遅くに到着して、ご飯やお風呂までお世話になって、でも別にやることもないし…と、なかなか恐縮してしまうのだ。

仕事でもなんでもそうだが、やはり一定の時間、ある程度の反復継続性のある作業を積み重ねてみないとなかなか一単位時間あたりの仕事の生産性というのは上がりにくいもので、どうしてもオットの戦力値というのは低く留まりがちだ。しかも、ツマの側には、ツマの母上という、「すでに経験した人」がいるわけで。

でも、やることが少ない、役に立たないからといって顔を出す頻度を下げればますます子育てへの関与度・戦力値は下がっていく一方だし、コミットメントしていないことへの負い目はより大きくなる…

こういう、オットの側の悩みというのは、なかなかメディアには出てこないし、基本的にはやり玉に上げられdisられる側だから、自分たちからも声を上げにくい…そんな話を先生とした。

ところで、他人との付き合いであれば、こういう問題はほとんど発生しない。

友人関係であっても、お互い付き合い続けるのが負担だなとか、かけた時間に見合わないなと思えば自然と付き合いは遠のいていくし、サークルとかボランティア活動とかだって、「まぁお互い無理のない範囲で楽しくやろうや」というゆるさでもって運営されることが多いから、他が忙しい、かつ優先順位が低いなと思った人は顔を出さなくなるし、残っている側も無理に追ったりはしない。

仕事の場合だとそうはいかない場合もあるが、それでもリソースには限りがあるし、費用対効果の概念もあるわけだから、アウトプットを出すのにあまりにも時間がかかりそうな相手とのプロジェクトは、そもそも立ち上がらなかったり、いつの間にか立ち消えになったりするのが常だろう。

だけど、子育てはそうはいかない。「しんどいから」「忙しいから」で投げ出してしまえば生きていけない存在がすぐそこにいるのだから。

結婚とか家族とか家庭とか、好き嫌いや損得だけで簡単にフェードアウトできない縛りを設けることは、実は思った以上に重要なのかもしれない。

絆-きずなは、'ほだし'とも読む。歓びや幸せは、面倒臭さの裏側にあるのだろう。

眠気まなこをこすり、早く切り上げようと思いつつ残ってしまった仕事を抱えながら、今週もツマの実家に顔を出している。

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#15「ツマと、夕食: オットの三十路祝いでケーキ」2017/12/3

December 3, 2017 Yuhei Suzuki

ツマは高尾のご実家で産休中。オットは週2ぐらいでお邪魔してご家族と一緒にご飯いただくという生活を始めて1ヶ月ぐらい経ちましたが、仕事終わりに夜遅くなりがちで、この夫婦お絵かき日記も更新途絶えておりました。

今日はオットの方が誕生日でして、三十路を迎えまして、ケーキでお祝いしてもらいました。ほんで久しぶりにお絵かきしましょうかと。

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ツマ「ケーキはどれぐらい食べる?」

オット「んー、このぐらい…」

ツマ「イチゴひとつ分の幅ね」

オット「ちょっと太ったから…サーティーをアラウンドするたびに人間の代謝は落ちていくのだな。毎日一駅歩いてるけど忘年会シーズンで飲んで食ってしてたら焼け石に水だわ」

ツマ「でも、ケーキはさておき、今日は鍋だったからあんまりカロリー摂ってないよ。ヘルシー」

オット「そう、それで思ったんだけど、俺も家で一人鍋を食事の主軸に据えようかなと。料理簡単だし野菜取れるし腹膨れるしカロリー少ないし」

ツマ「白菜、ネギ、豆腐、水菜、キノコあたりは安いし、切ってぶち込めばいいだけだから調理簡単だし、続くんじゃない?」

オット「ちょっとがんばってみる」

ツマ「私も体重増えすぎてお医者さんに怒られてるから気をつけるwこないだも『ちょっと〜、増えたねぇ…ギリギリ〜』って言われた」

オット「ドンマイだ。ところであれ、もう臨月じゃないですか」

ツマ「はい」

オット「陣痛、10分間隔で続いたら電話して入院、みたいな両親学級で教わったフローチャート的なのあったじゃん。でも今後、予定日以前も本陣痛ではないけどお腹いたーいみたいなの発生するよね」

ツマ「そう、ニセの陣痛ってやつが起こるんですよ。正式には前駆陣痛と言います」

オット「陣痛来て入院したら俺連絡受けて会社から高尾に向かうじゃん。ニセの陣痛の時はどうすんの?何したらいいの?戦力になる?」

ツマ「何したらって、いやぁ〜、『だ、大丈夫か?』って気遣うとか?」

オット「大丈夫か?って言う。でもさー、『おなかいたーい』ってニセの陣痛のときLINEもらった時に、なんか僕忘年会とか出てたらすごいいたたまれない気持ちになりそう」

ツマ「別にやることないし、いいんじゃないの?w」

#15 「ツマと、夕食: オットの三十路祝いでケーキ」2017/10/31

本日の夕げ

・鍋(かに、ふぐ、牡蠣、などなど)

・お刺身(車海老、関アジ、貝、などなど)

・バースデーケーキ

上がオット作

下がツマ作

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高尾から中目黒に移動しながら書いたやーつ

November 30, 2017 Yuhei Suzuki
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朝起きて定点観測的に写真を撮って会社行くまでの東急線に揉まれながらスマホでパパっと思いついたこと書くというこの試みは、慌ただしさにかまけてすっかり自分で書く機会が減った自分のリハビリというかいやそんな本格的ではないけどまぁ習慣付くといいなという期待で初めてみたが、どっこい11月は輪をかけて忙しくって、どうにも毎日とはいかない。

産休に入ったツマの実家、高尾に週2で顔を出す生活も1ヶ月が経ちまして、昨晩も仕事終わってから高尾に行って晩御飯をごちそうになって泊めていただくという、ツマにもご家族にも感謝感謝の夜だったのですが、今日は3件外回りが入っておりましてその資料ができてないものだから早朝始発バスに乗り込んでそしていま中央線でこれを現実逃避気味にカタカタ書いております。なので今日の写真はいつもの朝のベランダじゃなくて夜明け前の高尾のバス停なのだ。あ、新宿着いた。

山手線に乗り込みまして、スマホに持ち替えて続きを書いとるわけですが、この時間で山手線はもう、満員とは言いませんが十二分な人が乗り込んでおり、上京して10年経ちますが、やっぱり東京すごい、人類がいっぱいいるね。

昨日はお仕事で企画ご一緒する方と打ち合わせしてたのですが、僕のこのnoteとかTwitterとか記事とか読まれていると知り、うへぇこんなおっぱいとか眠いとかしか言ってないアカウント(しかも所属明記してる)ですみませんって感じですが、昼間のお仕事では最近もっぱら管理・企画・営業が中心の人なもので「お忙しいなかさらっと書いてるブログでもあれだけ書けるのは、やっぱり書く人なんだなって思いましたよ」と言っていただいたりなんかして、へっへっへ。嬉し恥ずかし、もっとちゃんと、書く時間取らんとなぁとか思ったりなんだり。

もう11月がおしまいとか驚愕なんだけど色々がんばる、今日も。

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オットは結局あまり戦力にならんのだからせめてポジティブでいようと思った話

November 23, 2017 Yuhei Suzuki

ツマは明日から臨月に入る。お腹の中の赤子もいよいよもって大きくなっております(体重、けっこうあるよ)。

「パパになるとか一体どういうことなんだ、わからん」っていう逡巡から始まって、これまで書いてきたのだけれど、最近は気持ちの面では変な不安はなくなってきた気がする。

別に大きく状況が変わったわけではない。

子どもが生まれてから自分や家族や暮らしがどうなっていくのか、相変わらずわからないことだらけであるし、そもそも母子ともに安全な状態で生まれてくる保証なんてどこにもない。

「わからない」ということ自体は何も変わっていないし、特に何か大きな発見や成長イベントがあったわけでもないのだけれど。

「まぁ、どうなったとしても、なんとかなるし、家族で助け合ってなんとかするんだきっと」 と、わからないことを前提に対処していくんだという意識になってきたのか、不思議と気持ちが落ち着いてきている。

相変わらず慌ただしく働きながら、うとうとしながら電車とバスを乗り継ぎ(たまに寝過ごす)、週に2回はツマのいる高尾に顔を出すという日々で、1週間があっという間に過ぎていく。実際の時間で測ったらツマやツマの家族と一緒に過ごして会話を交わす時間はほんのわずかでしかないのだけれど。

心はそこそこ穏やかで、なんだか不思議な、凪のような時間を過ごしている感じだ。

もしかするとこれは束の間の錯覚に過ぎなくて、12月に入れば怒涛のように日々が過ぎていき、振り返る間もなく「その日」を迎え、生まれたと思ったらまた右往左往のオロオロデイズが待ち受けているのかもしれない。

そうだとしても、今のこの鷹揚とした感覚は、なるべく忘れないようにしたい。

前回の記事でも書いたとおり、産休中のツマの方は、やはり不安やストレス、肉体的疲労等が伴ってのアップダウンがある。今後、予定日が近づくにつれてますます大きくなる可能性もあるだろう。

一方で、そういったツマのストレス源や負担を具体的に減らせるかという点では、オットは実戦力としてはほとんど役に立たない(ということがわかってきた)。

そうだとしたらなおさら、僕の役割はとにかく「前向きでいる」ということなのかもしれない。

もともとはどちらかというと僕の方がネガティブでアップダウンが激しい性格をしており、凹んではツマに慰められるというのが常だった。 今はツマが一番不安が大きいのだ。

こういう時には、「根拠のないポジティブさ」というのが大事なのだろうな。

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ちょろちょろぱっぱ

November 20, 2017 Yuhei Suzuki

自分は何が、どんな人が好きかというのは、ちょこちょこ小出しに発信していくと、「こんなのどう?」という機会をいただきやすくなるのでやっておくといい。

だけどこういうのは、あまりに大声で全方位共感を求めて叫ぶ必要はなくって、というかそういうテンションでやると「そんな都合のいい話はないよ」とか善意なのかしらんけどでも誰も得しないみたいなよくわからないアドバイスが飛んできたりして自分もぐぬぅってなると思うので、野望の表出はあくまで控えめに、限定された信頼できる相手に留めておいた方がいい。

ウェブで発信する場合もあまりお返事を気にせず、しかしひそかな確信だけは持って、虚空にひとりごとを放流するのが良い。と思うな。

関係ないけど、はじめちょろちょろなかぱっぱっていうフレーズのリズムと響きが好き。

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産休・育休時にオットがやるべきは「家事をがんばる」とかそういうことではなく

November 13, 2017 Yuhei Suzuki
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「産休・育休のひとつひとつのタスク自体はたぶん大したことなくって。それよりも、コミュニケーションの相手がものすごく限定されるのが大きいんだということを、わかっておいてほしい」

産休に入り、高尾の実家に帰ったツマとの「産休はなれ暮らし」が始まって2週間。

子どもが産まれてからは否が応でも慌ただしい生活が始まるのだから、今のうちにお互いが大事にしたいこと、お互いに求めることを整理して言葉にしておこうという提案をツマからもらい、①人としての生活の自立、②ツマ/オットとしての生活、③家族の一員としての生活、④ママ/パパとしての生活の4つの軸で、今出来ているから維持してほしいこと、これから出来るようになってほしいこと・気をつけてほしいことをお互いに書き出して交換した。

その時のやり取りの中でツマから言われたのが冒頭の言葉。

言われてみれば確かにそうだな、という話なのだけど、改めてそれを要望としてまっすぐに伝えられるまで、ことの重大さは自覚し切っていなかったと思う。

ツマの実家ぐらしが始まってから、週に2回はあちらに顔を出すということをしているのだけど、やはり仕事の関係もあり、夜遅くに着いてメシ食って泊まって早朝また出社…みたいな感じになってしまって、わたし自身がツマの「昼間の生活」と交わることはない。

時々、「ヒマー」とLINEが飛んでくるが、日中なかなかタイムリーにお返事をできることもないのが正直なところ。しかし、「ヒマだ」というツマの言葉は、けっこう馬鹿にならないシグナルだったのだ。

ツマが産休に入るとか実家に帰るとかいうのを、「出産に備えた休み」などと素朴に考えていると見落とすのが、これまで会社で働き、都内でさまざまな人と関わっていたツマの「人間関係のチャネルが急に限定される」ということ。

身体のなかの赤子のためにも健康に気をつけながら、犬の散歩をして、買い物やごはんの支度をして、その合間に母親と分担しながら祖母の介護をし…といった生活範囲の中では、基本的にツマの話し相手は家族しかいない。

時折やって来る友人やオット(わたし)は、ツマと外界を結ぶ数少ない"窓口"なのだ。

一方でわたしは、社内外で毎日色んな人と仕事をしたり出会ったりして、その上にプラスオンでツマやツマの実家ご家族との接点がある。前提が真逆なのだ。うっかりするとそれを忘れてしまう。

わたしたち男性は、ともすれば量的・物理的ソリューションというか、「産前産後や育児のあれやこれやのタスクを自分がどれだけ担えるか、それはツマに比して不十分ではないか」みたいな観点で頑張ろうとしたりするんだが、実タスクを何%担っているかなどといった”担当業務”の問題よりも、ツマとの他愛のないコミュニケーションの時間をどれだけ持てているのか?という方がよっぽど大事なのかもしれない。

ツマが産休に入る前は、「週3で顔出すよ!」などと豪語していたのだが、やはりそれなりに移動距離はあり、体力的にも、仕事の時間的にも、週2回で精一杯というのが実態である。でも、「疲れるから」といってこのラインを下回るようなことは絶対にするまい…とは決めている。

そんなに毎日ドラマチックなことばかり起こるわけではありませぬが、限られた時間だからこそ、わたしはツマに毎回いろんなおみやげ話を持って帰れるぐらいには一生懸命に昼間を過ごそうと思うのだ。

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