自分の痛みに名前をつける。浦河べてるの家の当事者研究に教わったこと

咳が出ない。曇天の下、ただひたすらに続く国道235号線を走る道中でふと気づいた。オフィスから物理的に離れるだけでこんなにわかりやすく収まるのかよと笑ってしまう。そしてようやく、ああ自分はやはり相当に無理をしていたのだなという事実を受け止める。

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意思決定の伴走人

私はとあるメディアでライターをしていたが、何となく不全感に陥っていた。

「書けない」。というより「書きたくない」。そういう思いが先行して、結婚して新居に移ってからほとんどライターとしての仕事ができなくなっていた。

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相手の土俵に乗らない、と、もう一度言う - 補遺と再掲:「生産性」の呪いに抗うために - 相模原殺傷事件から3年(Yahoo!ニュース個人, 2019年)

植松を何か「強大」な思想犯かのように扱い、相手をする必要はない。「生産性」の呪いなるものについて、私たちが個人レベルで色々な逡巡や葛藤をすることはあるだろうが、パブリックには、ただ植松の「思想」と行為にNOを突きつけ、「生産性」なるものとはまったく関係なく、私たちはただ、「生きていい」ということを確認し、言うだけで良い。

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夫と私のよもやま話vol.2

前回のよもやま話が中々に好評だったので、調子に乗ってまた第二弾を書く。実は、今の夫と私がどういう風に自分のできない・苦手なことをお互いに共有し、どううまくやっていくかの工夫について知りたいという有難いお声も頂いた。私と夫ネタはこれからもちょくちょく続いていくかもしれない。

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相手からの言葉を急がないということ

自分の考えを必死に連ねた長文のLINEを知人に一通送って、既読がついても返ってこなくて、もう一通追いLINEをしてしまう自分がいる。自分が送った文言が意図した形で届いているかという不安から追いLINEをしてしまうのだが、それによって「相手の会話のペースを崩してしまったかもしれない、なんなら私の言葉で相手の人生の一部を毀損してしまったかもしれない」と自己嫌悪に陥ることがある。

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