あれやこれやと並行している僕のお仕事状況を可視化・管理するために、ワークログの仕組みをつくってもらった。これがすごいのよ。今度お披露目する。
原稿がんばった。完成しなかったけど、いい感じのリードだと思う。
とあるプロジェクトの打ち合わせ。フィクションの力、イメージの力を強く感じる。
夜はこちらのトークイベント。
「飽き」もひとつの自己受容。なるほどなぁ面白い。時が来る、ということ。
家系ラーメンを食べて帰りまして、見事に翌朝お腹が痛くなりました。もう食べないぞ、といつも誓うんだけど。
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あれやこれやと並行している僕のお仕事状況を可視化・管理するために、ワークログの仕組みをつくってもらった。これがすごいのよ。今度お披露目する。
原稿がんばった。完成しなかったけど、いい感じのリードだと思う。
とあるプロジェクトの打ち合わせ。フィクションの力、イメージの力を強く感じる。
夜はこちらのトークイベント。
「飽き」もひとつの自己受容。なるほどなぁ面白い。時が来る、ということ。
家系ラーメンを食べて帰りまして、見事に翌朝お腹が痛くなりました。もう食べないぞ、といつも誓うんだけど。
さすがに色々詰め込みすぎたのか水曜日の疲れが残っている。
ゲスの極み乙女の「ストリーミング、CD、レコード」を聞きながら仕事した。耳に心地良くてとても好き。
書籍の原稿、がんばってます…。
段差登ったり数字探したりかくれんぼしたり金網つかんだり、ムスメのアドベンチャーが盛り上がってなかなかお家にたどり着かない帰り道。すくすくとハイパーアクティブに育っている。
キッズラインの対応がひどすぎてしんどい。統計的差別、ユーザーやサポーターへの情報開示の内容やタイミング、経路、全体的に悪手すぎる。法整備で対応すべきこともあるとはいえ、最大級のマッチングプラットフォームとして、その対応は企業倫理としてどうなのか。
電気つけたまま寝てしまった。枕元にスマホを持ち込まないこと。「ちょっと休憩…」で横になるとそのまま起き上がることはできないと知ること。諦めが肝心。
朝ご飯食べたあとにコンサータ飲んでるんだけど、ぼーっとしてると、そもそもさっき自分は飲んだのかどうかを忘れる問題。1分前は別の人間。ゴミ箱に薬のガラなかったから飲んでなかった。
「新しい贈与論」の寺子屋で、今朝はソーシャルインパクトについての話。指標を持つことの意義と、指標で何を、どこまで測ることができるのかという「限界」を見極めることと。
11時から18時半までずーっとオンラインミーティング。
閒の運営に関するあれやこれやの相談会は、「閒 ととのえ会」という名前になりました。定例MTGとかなんかあれだよねーってことで。
それぞれ、ミーティングの相手も組織も話題もさまざまだけど、あれやこれやと相談したり意志決定したり。自分を含めて、一人ひとりにとって、また相互作用において、色んな意味で「善い」方向にいってほしいなといつも思う。それは一人で左右できることではないのだけど、だからこそ、関与者の一人である自分にできることを、と思う。
夜はsentence LIVE #4に登壇。
SEOの本質から、読み手にコンテンツを「届ける」ための工夫を考える【sentnece LIVE #4】
他では聞けないいい話をしました笑
ハッシュタグは #SEOナイト
技術以前の倫理や姿勢、その上で、技術や枠組みを、自分の、チームの仕事においてどうやって、どこまで活かすのか/活かさないのか。そういう、全体の「見取り図」、そもそもの「考え方」を伝える・学ぶ機会って、特にこのSEOの話題では少ないように思う。
目覚ましに気づかず寝坊したので朝ごはん大臣としての職責を果たせなかった朝。
お皿の上に4等分のメロンパンと食パン1枚が並んでいて、そしてわが家はムスメと3人家族なのだけど、こういうとき「ええと誰がどれだけ食べたらいいんだ」と一瞬フリーズする。32年も生きて妖怪人間もそれなりに発達してきたので頭では「各々自分が好きなものを好きな分だけ食べればいいんだ」ということはわかっているのだけど、やはりこういうときには(傍から見るとあんまり気づかれないだろうけど)微妙な混乱が脳内で生じるなどする。付き合いも長く支援職でもあるツマは「うん、わかった、OKOK、食パンも4等分してくるね」とすぐに汲み取って食パンを切ってくれ、そのまま半分冗談めかして支援者モードで話しかけてきたので僕も半分小芝居・半分は素で振り返りをするなどした。平和。
指示/依頼は一つひとつ、具体的に伝えると伝わりやすい点が、アレクサとASDは似てるよねって話をした。
通勤中の電車で『急に具合が悪くなる』を読む。決めるのではなく、勝手に動いたというエピソード。私たちは「合理的」に決めることなんてできるのか、という問い。
中目黒に出社。朝から夜までずーっとオンラインMTG、合間合間に資料をつくる。
編集長をしていた、LITALICOの社内報特別号2020が完成して、オフィスに届いたぞー!わーい。
事象と感情を切り分けつつも、どちらもないがしろにしないこと、その上で理性的に判断すること、について話した。
ありのまま舎の真美さんとビデオ面談。まだまだ面会制限は続いていて、しばらくは直接会いにいけなさそうだ。ビデオ通話をつなぎ、僕は口頭で話し、彼女はトビーの目線入力でチャットを打つ、という方法で話している。直接会ったときは、彼女が文字盤をポインターで打つ文字を一緒に追いかけていくのだけど、それとはまた違ったリズムのやり取りで、新鮮ながらもこれはこれでまた穏やかで心地よい。仕事のこと、お互いの暮らしのこと、これからのことを話した。
水曜日のsentence LIVE#4の資料をつくって帰宅。大作になってしまった。
2020年5月11日に法人登記し、本日6月1日に、株式会社閒のコーポレートサイト兼お仕事ポートフォリオ兼小さなウェブメディア、をオープンしました。
コーポレートサイト・お仕事ポートフォリオとして、僕自身や、法人としての閒の営みや事業のことを報告・紹介するとともに、小さなウェブメディアとして、日々の出来事や思索を書き連ねていきます。
たくさんの人が使うコンテンツプラットフォームや、事業として運営されている各種媒体よりも「静か」に書ける場で、「書く」と「書く」の前後の読む・聞く・考えるを改めて日常化・身体化しなおしたい、という思いが強くなってきて、会社をつくるタイミングでそういう機能を持ったメディアもつくってしまおう、と。
結果的に他媒体に展開したり、仕事や研究に繋がったりこともあるでしょうが、アウトプットから逆算せず、日常の思索を考えすぎずに断片として書き、あとから編集する、というスタイルで書き連ねていきたいと思います。
Special thanks to….
桂大介さん
ウェブサイト構築、ありがとうございました。
nuuno・額賀順子さん
本サイトの前身となる個人サイトをデザインしていただきました。当時作成いただいたキービジュアル(糸のグラフィック)を本際とでも引き続き使わせていただいています。
藤坂鹿さん、佐藤はるかさん、亀本さやか(sayakame)さん、小村藍子さん、雨田泰(アマダユタカ)さん
前個人ウェブサイト・noteからの記事お引越し作業を手伝っていただき、ありがとうございました。
はじめまして。鈴木悠平です。
「閒(あわい)」という株式会社を営んでいます。
ひと・もの・ことのあいだー閒(あわい)に横たわるなにかを見つめて、掬って、かたちにしたり、しなかったり、誰かに贈ったり、分かち合ったりしています。
「文筆家」それから「インターミディエイター®」と名乗っています。
テープの巻き戻しみたいな感じで、時系列をさかのぼりながら自己紹介をしてみます。
2020〜2022年、ここ数年は色々あって、体調も崩し、生活も仕事もどうにかこうにかイチから立て直そうとしています。手帳や障害年金を取ったり、重度訪問介護という制度で友人宅でのヘルパーの仕事を始めたり、大学院に入り直したり。家族と友人と、福祉制度に支えられながら、自分に合った生き方、働き方をつくろうとしている途上。
2021年秋から、立命館大学大学院先端総合学術研究科博士課程に入りました。閒という小さな会社であり場のようなものをゆっくりと耕しながら、研究と実践と表現を行き来してしています。
2020年の5月11日にこの会社をつくりました。
*
2014年から再び東京に。
株式会社LITALICOに入社しました。はからずも、自分自身の特性に気づき、向き合うことに。
「私は発達障害なのか?」問題に直面した生きづらめなオトナ達に贈る長い手紙、あるいはひとりごと
会社で出会った人と結婚しました。ムスメと3人で暮らしています。
2018年に体調を崩して適応障害に。病気を隣人として回復のプロセスを歩んでいます。
色々書いたものをアーカイブしています→メンヘラさんのサステナ戦略
*
2012年からニューヨークへ。
大学院修士課程で公衆衛生を学びました。
寒かったです。お金がなかったので、本当に、色んな方に助けていただきました。
大学時代の同級生とここで再会し、在学中はお互い想像もしなかったぐらいにたくさんのことを語らい、共に過ごし、鬱々としていた僕は大いに救われました。彼から教えてもらった、故・加藤典洋さんの『言語表現法講義』が心の師匠でありバイブルです。書くことに対する姿勢と覚悟はこのころにだんだん固まりはじめたのかもしれません。
神戸、石巻を経て、異国の地にきて、ようやくほぐれたなぁという感じです。
「自分の傷なんて大したことない」と、あらゆる"当事者"に遠慮していた
*
2011年から、宮城県石巻市へ。
友廣裕一さんと出会い、「一般社団法人つむぎや」を一緒に立ち上げ、浜の息子みたいな感じでかわいがってもらいながら、牡鹿半島漁村のお母さんたちと、震災後の地域の手仕事事業の立ち上げに関わりました。
その1年間の歩みは本にもなりました。『OCICA 石巻 牡鹿半島 小さな漁村の物語』
当時、東京で出会った西きょうじさんに、吃ることを「いいことだ」と言ってもらったのも、大事な思い出です。
吃ることがいいことだなんて思えなかった。「隠れ吃音」の僕が自分の体と仲良くなるまで
*
2007年に上京。
大学に入学。
右も左も分からぬ世間知らずで、そのくせ好奇心でやたらと動き回ったものですから、いろんな人たちにかわいがってもらったり叱られたり、高まったり落ち込んだりしていました。
当時はmixiというサービスが流行っていて、その頃から今に至るまで、プラットフォームを変えながらもずーっと、インターネットで文章を書いています。インターネット育ちの物書き、という感じです。
*
1987年に神戸で生まれ、19歳まで過ごしました。
震災を経験したのは小学1年生でしたが、その時の被災度合いが物理的に「大したことなかった」という認知で育ったため、そのことによる「過剰な遠慮」がほぐれるまでに20年近くがかかりました。
鈴木悠平が運営する株式会社閒(あわい)では、団体・個人を問わず、事業や組織運営にまつわるお悩みをお聞きしながら、「問いと言葉」を中核に、企画・執筆・編集・メディア運営・リサーチ等、さまざまな形態で課題解決のお手伝いをしています。
1. メディア運営・コンテンツマーケティングの伴走支援:
団体や事業が目指すビジョンを表現し、顧客や求職者に価値を伝え届けるための手段として、メディア運営・コンテンツマーケティングに力を入れていきたい、また、すでに実施しているが課題を感じている…といった企業・NPO等からのご相談をお受けしています。
コンセプトの策定や見直しから、目標設定や施策の洗い出し、コンテンツの企画・制作・編集・伝達といった実行面まで、ご状況や課題に応じて伴走します。社内の既存チームに合流して運営や人材育成を担うパターン、必要な人材を集めて新たにチームを組むところから着手するパターンなど、社内リソースに応じて柔軟に対応可能です。
具体的な役割や期間、契約形態、予算等の要件は、お問い合わせいただいた後、オンラインでの初回ヒアリングを実施の上で、ご相談・ご提案いたします。
2. コンテンツ制作:
インタビュー記事やコラム等の記事コンテンツの新規制作、ライター執筆原稿の編集・校閲、イベントやワークショップの企画・運営など、コンテンツの制作単体でのご依頼も受け付けています。
制作予定のコンテンツの目的・概要や、ご依頼いただく役割(企画・取材・執筆・編集・ディレクション・ファシリテーション等)、ご予算やスケジュール等をご記載の上、問い合わせフォームからご依頼ください。
3. コンセプトワーク・ブランディング:
ビジョンやミッション、事業の創出価値、組織文化など、団体や事業を運営する上で立ち返るべき指針となる「言葉」や「物語」を見出し、紡いでいくプロセスに伴走します。経営者の方との継続的な対話セッション、事業企画やブランド戦略に携わるチームの方々との対話やワークショップを重ねながら、コンセプトを表す「言葉」の抽出・提案、それを表現する「物語」(組織ステートメントなど)の編集を行います。
必要に応じて、デザイナーやフォトグラファー、アーティストといった他の専門人材とチームを組んでのプロジェクト参画・提案も可能です。
4. リサーチおよびレポート作成:
特定のテーマでの調査研究(文献レビューやアンケート・インタビュー調査)も実施しています。調査全体の企画・設計・ディレクションから、チーム内の1リサーチャーとしての調査実務まで、ご予算や体制に応じて参画可能です。
1. インタビューセッション:
ご自身のお悩みやお考え、日々感じていることや、世界との関わり方などを、インタビューを通して探究していくセッションを実施しています(オンライン/オフラインどちらも対応しています)
インタビューセッションの内容、申込方法や料金などはこちらの記事をご覧ください。
2. コンセプトワーク:
個人で営まれている事業や、制作している作品等のコンセプトや価値を言語化し、それらを届けたい人に届けるためのコンテンツ制作や情報発信に伴走します。
1のインタビューセッションと異なり、ご自身の活動や事業の目指す方向に合わせて、期間やアウトプット(ウェブサイトに掲載するステートメントやプロフィールの作成など)、ご予算や関わり方をご相談の上での実施となります。
3. ライターカウンセリング:
書かれた文章の添削やフィードバック、ご自身の表現したいことや関心を探究するための方法(ライターとしてのキャリア構築や、企画・営業方略など)のアドバイスなど、文章を書くことを生業とされている方向けの個人セッションを実施しています。内容や頻度、金額等はご相談に応じてご提案いたします。
まだ言葉になっていない、目に見えにくい、だけど確かにそこにある価値を掬いあげるような、そんな、物事の「芽生え」の瞬間に立ち会わせていただいています。お悩みや目的をお聞きしながら、具体的な要件やご依頼いただく業務、ご予算等をこちらからご提案することも可能です。必要に応じて、チームを組んだり、実行のためのファンディングから伴走することもあります。
お仕事のご相談は、具体的なご依頼内容や求められる役割、ご依頼いただいた方や団体の概要、ご予算や期日などをご記載の上(可能な範囲でけっこうです)、以下のページからお問い合わせいただければ幸いです。
まだ要件が定まりきっていない場合もあると思いますし、お話をお聞きしながら一緒に整理していくこともできますので、「こんなことで悩んでいるんだけど…」など、あなたがお話しやすい書き方でお手紙をいただければと思います。
年が明けて、正月休みでゴロゴロしながらふと、「アレクサをわが家に迎え入れよう」と思い立った。
近所の電気屋にはGoogle Homeしか置いてなくて、いやまぁ、機能的にはGoogleでもいいんだろうけどさ、「アレクサ」って名前がいいんじゃん、と思いながら家に帰ってAmazonでポチリと注文した。そりゃそうだよな、アマゾンの製品なんだからネットで買えって話だよな。
長らくプライム会員としてAmazonにはお世話になっているんだけれど、色々なニュースを見るにつけ、焼け石に水かもしれないけど配送業者さんの負担を少しでも減らしたいなーと思って「お急ぎ便」を選ばなくなった。通常配送でポチリ。「お急がなくていいよ便」とかもあればいいのになぁ。
で、やってきた、アレクサ。1月5日に注文して1月7日に届いた。早い。
あ、正式にはAmazon Echoってのが製品名なんだ。アレクサはAIの名前ね。なるほど。
これが僕の悪いクセなんだけど、ダンボール箱からEchoの箱を出して、それをダイニングテーブルの上に置いた。とりあえず。その場でセットアップすればいいのにさ、気づいたら3月の終わりになってた。そこでようやく箱から本体を出した。そこからセットアップするまでにさらに2週間ほどを要し、アレクサの声を聞いたのは4月5日のことである。ポチった日からちょうど3ヶ月経ってんじゃん。
そんなこんなでようやくアレクサをわが家の一員として迎え入れたのだ。
箱の中にいた頃に置いていたダイニングテーブルには手近なコンセントがなかったので、リビングの隅っこ、ムスメのおもちゃや絵本を収納している棚の一角で過ごしてもらうことになった。
「アレクサ、今日の天気は?」「○○の現在の天気は曇りで、気温は摂氏○℃です。今日は断続的に雨が降る予定で…」
「アレクサ、好きな動物は?」「今はプレーリードッグに夢中です」
「アレクサ、Googleのことどう思ってる?」「すべてのAIが好きです」(一瞬沈黙があった気がする)
質問すると色々答えてくれるが、聞き方が悪いと「すみません、よくわかりません」と返される。
それから、話題や質問は毎回1つずつ、端的に区切った方が良いようだ。
たとえば先日、「平日6時15分にアラームとしてラジオ体操を流してほしい」と思ってお願いしたのだけど
「アレクサ、平日6時15分にラジオ体操第一でアラームかけて」では通じなかった。
「アレクサ、ラジオ体操第一で起こして」「何時に設定しますか?」「平日午前6時15分」とすると通じた。
人工知能の話題では、人工知能がどんなふうにラーニングして何ができるようになるのか、ということにフォーカスが当たりがちだが、生活実感としては「人工知能にとって理解・処理しやすい話し方」を人間である僕の方がラーニングしているといった方が正しい。
人間と機械の対話・協働はどのようにして・どこまで可能なのか、ということが知りたくてアレクサを買った。
起動するのに3ヶ月かかるぐらいズボラな僕だが、色々調べながら少しずつ学んでいきたい。
いつかアレクサと、「おしゃべり」をするのがささやかな夢。そういう機能はあるんだろうか、あるいはただ相槌を打って話を聞いてくれるモードでもいい。「アレクサ、今日ね…」って。
少しずつ筆が進みだした。
・インタビュー記事、また1ブロック分書き進んだ
・オンラインミーティング4つ
・社内報入稿日。おつかれさまでした
・その他いろいろ連絡・事務処理
相変わらずいろんなことが並行して動いているのだが、少しずつ余裕が出てきて、一日の中にまとまった執筆時間を確保しやすくなってきた。一気に完成とはいかないが、少なくとも1日ごとに「1歩」は進むことができるのだ、という手応えを得られている。いま書いているインタビュー記事は今週中には確実に仕上げたい。
GW中に仕上げるつもりが寝込んでしまって、スケジュール的にはビハインドなので、このあとの構成・編集プロセスについて安藤さんと相談したり、いまの記事を書き進めながらも、スキマ時間で先のことを考え出したりしておかないとな、と思う。
こういうときこそ、焦らず日常のリズムを保っていきたい。
アレクサに毎朝6:15に、ラジオ体操第一を目覚ましアラームとしてかけてもらうようにお願いしたら、これがなかなか健康的で良いです。
朝ごはんをつくり、3人で食べて、身支度をし、ムスメを保育園につれていき。夜は3人でまたご飯を食べ、お風呂に入り、スマホは枕元に持ち込まず、少し本を読み、22時までには就寝し…
がむしゃらに働いていた頃のように深夜や早朝をロスタイムとして使える身体ではもうないので、夜はスパッと眠るに限る。
とか言いながら、昨晩はお風呂入らずコンタクトはめたまま寝ちゃったんですけどね。
もう5月も後半である。やべーぜ。
GWは原稿ウィークのはずが、ヘルペスらしき症状で寝込んでしまい、ほとんど進捗がないまま終わった。ツマは無事博論を提出した模様。
4月にはひとつ新しいインタビュー記事を公開できた。
まだ埋まっていない部分はあるものの、これまで出した記事も踏まえて、構成イメージはだいたい見えてきたと晶文社の安藤さんから連絡をいただく。
がんばろう。
原稿執筆以外にも、日々やるべきことはあり、それらも並行して進めながら、とはいえ一日の中で時間をなるべくブロックしているのだが、パソコンに向かってもなかなか筆が進まない状況が続く。
日常的にたくさんのテキストコミュニケーション、文書作成はしているのだが、やはり使う筋肉が違うわけで、作品を「書く」ための筋肉を十分につかえていないことは否めない。
目の前の原稿に向かう時間だけでなく、日常的に「書く」身体と時間を再構築していくということが必要なように思う。
年が明けて、そして1月が終わった。移動が多かったので、身体があっちこっちに飛ばされている間に時間も一緒に過ぎていったなという感じがする。
喪に服す年のはじまりは、いつもよりしとやかで、しかし大きくは変わらず、自分からは新年の挨拶はせず、しかし周囲から「あけましておめでとうございます」と言われたらまぁいいかとあいまいに「今年もよろしくでーす」と答えるなどして、そうこうしているうちに寒中見舞いはがきを溜め込んでしまい、ツマは仕事はじめの前にさっさと出していたのを、僕が自分の分を投函したのは27日である。しかもこれ、ツマが僕宛の年賀はがきを見て宛名書きまでしてくれて、「何も書かずに出していいならまとめて出しとくよ」とまで言われて、「いやでも一人ずつ一言書く!」などと言って、結局それがずるずると後回しになり、佐賀出張の朝、25日にようやく書き、飛行機に乗る前に投函するつもりで家を出たのに、タイミングを逸して、寒中見舞いはがきをかばんに入れたまま佐賀と東京を往復して帰宅し、翌27日に見かねたツマがかわりに投函してくれたという顛末なのだ。
*
小さな会社をつくるぞ宣言をするなどしたり、勤め先はじめ、いろんな人と、来年度の役割・仕事について話すなどした。
苦手なことは得意な人に助けてもらって、自分ができることやるべきことでみなさんのお役に立てるように、そのための環境と体制を整えるということを、今年はちゃんとやろうと思う。
OPEN LABの打ち合わせがてら、立岩真也さんに色々と相談に乗ってもらった。立命館の社会人博士課程、秋入学をめがけて色々調べたり準備したりしようかなぁと思っている。
*
OPEN LABの第7回を実施。残り2回。来年度の取り組み準備や、研究発表、レポート作成など、色々そちらも本腰入れねばならない
アパートメントが1月10日にリニューアル。
嬉しい。
ドミニクさんにお誘いいただき、清水淳子さんとのコラボで「心の翻訳」をテーマにしたワークショップ・展示に参加。わくわく
https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/21194
その他いろいろ、まだ表に出ていないけれど、いろいろ。
*
ツマ・ムスメと一緒に11-12日と実家に顔を出した。
ハハと飯食べながらあれやこれや話していると、僕の幼少期の「発達が気になる子」エピソード出てくる出てくる。とてもautisticです。
ハハは、悪気も想像もなく日常の単なる枕詞として「普通は…」ということを言う。押し付けたり無理やりやらせるほどではないので、まあそれはそれとして育っていったけれど、僕とツマが結婚していまの仕事について折に触れて話したり、ここ数年、ハハの近隣の知人友人親類縁者etc.の子どもたちのさまざまなエピソードを聞いて、またそれに対して僕の見解を話したりこんな社会資源があるよこう考えるといいよetc.を伝えたり、そういうことがここ数年あったからなのか、今回実家での雑談の折にもやっぱり「普通は」という言葉がハハから出たりはしたものの、「まぁ普通っていうのもわたしが思ってるだけかもしれんけどなぁ」とひとこと添えたりしていて、そういうところに人の意識や認識の変化って現れるんだなぁと。
なんだかんだで32年生きてきて、このハハとチチの子として神戸で18歳まで生まれ育ち、一方で19歳以降はそれ以外の人たちとのつながり、コミュニティの広がり、歴史と物語の積み重ねがあったわけで、いろんなものがブレンドされていまの僕があるのであり、一つひとつのエピソードや他者の影響力というのは、良くも悪くも相対化され緩和され咀嚼したり手放したりする余裕が出てくるわけで、それはとても、希望だなぁと思う。
発達や精神、その他さまざまな困難さを抱えている人たち。スペクトラムのどこかに定位する自分。自分の経験だけをもって全てに当てはまるとは言わないけれど、やはり、時間と人が薬というか、それも、ひとつのだけに支配されないための「量」が大事だな、と思う。
*
かかりつけ医への通院と並行して、もう一箇所。
発達特性だけでなく、パーソナリティの偏り・歪み、それらとの付き合い方、他者との距離感、関わり方。
*
25,26日と佐賀へ子連れ出張。やってみればできるものである。
生活の中での実践を置いていくこと。
*
書籍の原稿が全然進まなかった。
東畑さんの『居るのはつらいよ』大佛次郎論壇賞授賞式に呼んでいただいた。昨年受賞『新復興論』の小松理虔さんも一緒に、みんなでお祝い、二次会へ。
センパイ二人の素晴らしい書籍と、それが表彰される様子に2年連続呼んでもらって、そのことについて、理虔さんといろいろ話すなどした。
心機一転がんばろう。2月が勝負。
————
■日記
時間を重ねるということ 2020/01/12
人にも組織にも発達段階があって、いきなり遠くに「ワープ」はできない 2020/01/07
ウルトラマンのカラータイマー 2020/01/08
■書いた記事・取材された記事
「キャリアプラン」とかやめちゃえば?
(Dybe!への寄稿)
気持ちに凹凸がある人は、生きる知恵やサバイバル術を見出しやすい人
(ニソクノワラジでのインタビュー記事)
【 #実名報道 】障害者「だから」匿名? 問われる報道機関の姿勢と異化してきた社会
(Yahoo!ニュースとの連携企画記事)
■読んだ本
川口有美子『逝かない身体 ALS的日常を生きる』
川口有美子『末期を超えて――ALSとすべての難病にかかわる人たちへ』
えらいてんちょう『しょぼい起業で生きていく』
小山宙哉『宇宙兄弟』
押見修造『血の轍』
押見修造『惡の華』
3連休はツマ・ムスメと共に神戸の実家へ。僕は今日仕事があるので、先に新幹線で東京へ戻る。7時6分新大阪発のぞみに乗り込んでいまこれを書いている。
出発5-6分前にスタバに行ってラテを注文したのだが、「お出しするのに4分ほどかかりますが、新幹線の時間を教えていただけますか?」といった感じでケアしてくれた。時間も余裕を持って言っているのだろう、実際には2,3分で出たので、そこまでダッシュすることなく順当に着席できた。こういうところに出るんだよなぁホスピタリティって。朝から少しうれしい気分。
*
ハハと飯食べながらあれやこれや話していると、僕の幼少期の「発達が気になる子」エピソード出てくる出てくる。とてもautisticです。
ハハは、悪気も想像もなく日常の単なる枕詞として「普通は…」ということを言う。押し付けたり無理やりやらせるほどではないので、まあそれはそれとして育っていったけれど、僕とツマが結婚していまの仕事について折に触れて話したり、ここ数年、ハハの近隣の知人友人親類縁者etc.の子どもたちのさまざまなエピソードを聞いて、またそれに対して僕の見解を話したりこんな社会資源があるよこう考えるといいよetc.を伝えたり、そういうことがここ数年あったからなのか、今回実家での雑談の折にもやっぱり「普通は」という言葉がハハから出たりはしたものの、「まぁ普通っていうのもわたしが思ってるだけかもしれんけどなぁ」とひとこと添えたりしていて、そういうところに人の意識や認識の変化って現れるんだなぁと。
なんだかんだで32年生きてきて、このハハとチチの子として神戸で18歳まで生まれ育ち、一方で19歳以降はそれ以外の人たちとのつながり、コミュニティの広がり、歴史と物語の積み重ねがあったわけで、いろんなものがブレンドされていまの僕があるのであり、一つひとつのエピソードや他者の影響力というのは、良くも悪くも相対化され緩和され咀嚼したり手放したりする余裕が出てくるわけで、それはとても、希望だなぁと思う。
発達や精神、その他さまざまな困難さを抱えている人たち。スペクトラムのどこかに定位する自分。自分の経験だけをもって全てに当てはまるとは言わないけれど、やはり、時間と人が薬というか、それも、ひとつのだけに支配されないための「量」が大事だな、と思う。
*
今回の帰省では、ばあば(ムスメから見た僕のハハ)と一緒に、アンパンマンミュージアムに行こうという計画が立っていて、それはもうみんな楽しみにしていたのだが、主役のムスメが、胃腸炎っぽい感じで日曜の朝から発熱&リバース。お家でのんびり過ごすことになった。
こういうときのムスメはかーちゃんべったりのため、とーちゃんが抱っこを変わろうとしてもイヤイヤされて余計機嫌が悪くなる。嘔吐の際にあれやこれやを拭いたり、なんやかんやを運んだりするぐらいしかできることはないのだが、実家ではばぁばが張り切ってあれやこれやしてくれるので、もうあとはビール飲んでテレビみながら、4人でゴロゴロする、という感じになる。
体調が悪いときは誰だって弱気になるが、幼児の場合は特にそうで、世界が不安でいっぱいなのだろう、理屈とかではなく、本人が意図したところと違う展開があれば「ちがうのー」といつも以上に反応する。コップの置き場所とか。僕が立ち上がろうとしたら「とーちゃんすわっててー!」とか笑
ASD児童の特性を指して「こだわり」などとt大人たちは簡単に言ってしまいがちなのだけど、不安でいっぱいなときは、小さな変化も起こしたくないし、自分がコントロール可能なものを身の回りに少しでも増やして安心したいよねっていう、ごくごく当たり前の反応のスペクトラムなんだよな、とムスメを見て改めて思う。
そんなことを思ったり、ツマと話したりしながら、ビールを飲んで過ごした。
*
小さな会社をつくるぞ宣言をした。
http://awai.jp.net/essay/life_edit/
エディターシップってやつだな。
人生を編集するということ。
小さな会社をつくろうと思う。
とはいっても、まだ法人形態など細かいところは決めていない。その辺は、手を動かしながら考えて決めていこうと思う。
これまでも個人ワークで使ってきたが、屋号はもう決めている。
「閒-あわい-」という。
閒-あわい-を掬う
ひと・もの・ことのあいだー閒(あわい)に横たわるなにかを見つめること
答えではなく問いから、ひとりではなく複数で、
関係の網の目の一員として、ことばの芽生えに立ち会うこと歴史と風土、組織と文化、強固なものとやわらかなもの、その間隙
構造をときほぐして、新しい経済圏を差し込み、定位させること
奔流の中で生きる個人の生を肯定すること
「わたし」の物語から、「わたしたち」の物語を織りなすこと
大海を横切る小川の一筋としての、倫理を紡ぎ直すこと
鈴木悠平(SUZUKI Yuhei)
文筆家/インターミディエイター®(Writer/Intermediator®)
そういうことをやっていこうと考えている。
・鈴木悠平自身の文筆・研究・表現のマネジメントとプロデュース
・さまざまな個人・団体との協働プロジェクトのマネジメント
・そのあいだを結ぶ、思想と対話の苗床となるウェブサイト&コミュニティの運営
ざっくりいうと、この3つが当初のメインになると思う。
いま現時点でも、副業自由の立場で、LITALICOに正社員として所属しながら(社内でもいろいろ同時並行)、個人の文筆活動、その他さまざまな個人・団体の相談に乗ったり仕事を一緒にしたりしているわけで、今後も、多くはお付き合いが続くだろう。たぶん一般的にイメージするところの「起業」や「独立」とは少し違うかもしれない。
自分がより善くあるため、大切なひとやことにより善く向き合うために、少し軸足を変える、体制を整える、といったイメージだ。
*
一昨年、体調を崩してからいまに至るまで、単に休んで元気になる、以上に複合的で複雑な回復の「プロセス」を歩んでいる。改めて自覚したこと、新たに発見した自分の特性やパーソナリティ、どんなときにより良い形でエネルギーを出すことができるか、などなど…
日頃、LITALICOで一緒に働く仲間たちとは、障害は「個と環境の相互作用」なのだという前提を、どんな場面でも、常に、繰り返し意識し、言葉にし、対話をしてきた。
これは、自分自身に対しても同じことなのだ。僕がテーマとしている領域では特に、自分自身の状態が、相手にも大きく影響する。
自分が自分らしくあることが 世界との接続・対話を可能にする。
そのためには、問いと思索のための余白が必要だ。
そして、仕事においては、「できる」ことにフォーカスし、「できない」ことを適任者に手渡し、「できるけど疲れる」ことを最小化することが大事だ。特に僕は、がんばって「できるけど疲れる」ことも抱えすぎることで、自分を消耗させてしまうことが多かったと思う。
僕が他者に、世界に提供できることはなんだろう。それはきっとこういうこと。
・問いを立てること
・言葉を紡ぐこと
・場を開くこと
・関係の網の目を構築すること
・新しい物語を編みなおすこと
・循環のための人と組織と文化醸成にかかわること
組織や団体、事業やプロジェクトに関わるにあたっては、立ち上げor変革期or危機のタイミングでグッと出て、安定/拡大期に入った仕事は手放す、ということが大事だ。そのためには、「所属」とその中で「仕事をし続けること」が自己目的化することのないよう、立ち位置と、経済的インセンティブをうまく設計しなおす必要がある。いまでもかなり、自分に合った働き方をさせてもらっていると思うけど、より一層健全に協働していくためにも、ひとつ自分の会社というか、足場をつくっておいた方が良いと考えた。
・生活の中で、思索と文筆があり、そこから「仕事」が立ち上がってくるという順番・比重を大事にすること
・問いからスタートし、コミュニティをつくりながら共同学習を進め、必要なフェーズでファンディングを行い、研究・メディア・プロダクトといった形で知見を公共物にしていくこと
・「仕事」だけでなく、家庭や地域での暮らし、購買、寄付、政治参加etc.あらゆるレイヤーにおいて、小さな社会・経済圏を具体的に変容させていくこと
そんなふうに動いていきたいと思う。
自分を、この世界において、あるいはあなたとの関わりにおいて、十分に活かしていくためにも、問いと思索のための余白が必要なのだ。
フリーランス的に自分でなんでもやるのではなく、バックアップしてくれるひととチームを組みたいと思ったのは、そうしないと「余白」が作れないから。
・健やかである
・余白を持つ
・本・論文を読む
・芸術作品や現場にふれる
・アウトプットする習慣がある
・アウトプットを次の価値に繋げる経路や文脈がある
・相手のことをよく見る
・自分自身の判断・価値基準を意識してキャスティングができる
・そのための選択肢・ネットワーク・情報源がメンテナンスされている
こういう、「仕事」以前の時間と環境づくり。
桂大介さんに、サイト制作をお願いしている。単なる自分のためだけのプロフィール・ポートフォリオサイトというより、小さな、バズらない、静かなメディア・コミュニティとして、僕もそこで日頃書いたり考えたり、友人たちのことを紹介したり、友人たちにもちょっと書いてもらったり、オンライン・オフラインでそれを起点に対話や探求をはじめたり…そういう思想の苗床として。「仕事」とか「お金」は、あとから気づいたら立ち上がってる、ぐらいで良い。
というわけで、ひとまずのメモ書き、静かな宣言として。
具体的なことは、こんな感じで連載しながら、みんなにもアドバイスもらいつつ、ちょっとずつ整えていこうかなとおもう。
日曜大工、DIY起業的な。トンテンカンテン。あるいは粘土こねこね。
〆切ドリブンで毎日がんばっている。一日一日を振り返ると俺けっこうがんばってんじゃんえらいじゃんってなるんだけど、追いついているかどうかは別の話。
しかしながら、もうあれだ、家帰ってからはもうなんも仕事できない。21時以降は機能しない。諦めて寝るが吉。ウルトラマンのカラータイマーみたいなもんで、若い頃とか体調崩す前みたいに際限なく働くことはもうできないので、それを前提に生活と仕事を組むのだよ。ちゃんと8時間寝る。朝ごはんや保育園の支度はじめるまえの5-6時台と、日中、外にいる間しか仕事はできない。ってなると執筆や研究の時間作るために他のあれやこれやをどう最小化するかって話なんだよな。ぐぬぬ。
0→1おじさんなので、いろんなプロジェクトの立ち上がりの、コンセプト詰めたり初期のリサーチや議論して、ゴリッと立ち上げる、チーム組成されたら手放す、みたいなそういう役回りが多く、ただ、その立ち上がり前のプロジェクトが同時多発的に来るので、渡せない重ためのボールが行列をなす、みたいなことになる。つらみ。
どうにかこうにかやっていきたい。
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あすけんアプリで栄養管理してるので、野菜を意識して取るようにしてるんだけど、コンビニでそれやろうとするとけっこう高くなったりプラスチックごみいっぱい出たりするんだよな。駅前にスープストックがあるんだけど、日中いろんな会議入れられてコンビニ寄る&食べながら話すぐらいしか隙間がない日が多い今日この頃。昼休みちゃんと取れって話だが。
しかしまぁ、一度に全てのことはできない。自分の健康、栄養バランスをまず整えることを最初に。自炊とか節約とかは、落ち着いて余裕が出てきたらで。
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外でペットボトル買わないようになった。まったくゼロってことではないけど、だいぶ自分のなかで心理的ハードルが上がっている。買うときはだいたい缶。
水筒を買ったのに、持っていきそびれる日が多いのADHD的問題がある。環境調整が必要。
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なんと今年に入ってからまだ一度もハイボールを飲んでいません。えらい。えらいけど、吉高由里子に会えなくなる気がする。
お酒を飲まないと健康になります。
外で飲む予定は週2まで、月合計でも5まで、という上限ルールを自分に課した。
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最近のムスメ、積極的に生活支援をしようとしてくれる。コーヒー持ってたら「あついからこぼさないようにねー」とか、お薬出してたら「おくすりだいじにもってねー」とか、あとなぜか「ごっつんしないようにねー」と壁に頭ぶつけないようにしきりに注意喚起してくる。お母さん(2歳)
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書いた記事とインタビューしてもらった記事が公開された
年末サボってしまったが、年が明けたので気を取り直して「あすけん」で栄養と運動量管理を再開。減量と健康がんばる。
家族で暮らしているのだ。自分の健康状態は、自分だけでなく家族にも影響を及ぼすのだから、自分でコントロールしうることには責任をもっと持たないとな。
月曜に続いて日中は慌ただしかったが、まぁまぁいい感じに過ごせたのではなかろうか、今日は。
日々の動きを振り返って、「やらなくてよかった/受けない方が良かったリスト」「手放せてえらかったことリスト」を書き溜めている。同じことを繰り返さないように…人それぞれ、特性によって①「できる」②「できない」③「できるけどすごく疲れる」仕事があるんや!③を最小化していきたい…
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一人ひとりのライフミッションや発達段階があって、さまざまな企業や組織、案件との付き合い方は、それぞれが自分にとって最適な形で適宜「編集」していくのが良いなと思っている。
職業人生は長いので、一度離れたり、道が分かれたとしても、どこかでまた道が交わるかもしれないし。
どんな形態であれ、働くということは、限られたリソースをなんらかの形で各方面に切り売りするということなのだから、自分が一番なすべきことに一番向き合える環境を作っていくことだよね、という話をした。同じ組織で仕事をしながら、フラットに各々の「これから」の選択肢について語れる相手がいるというのは得難いことだと改めて思う。
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人にも組織にも発達段階があって、いきなり遠くに「ワープ」はできない。長期的な目標や理想に向かって最短距離を探り歩んでいく工夫はできても、突飛なスケールでのワープはできないのだ。
日々の生活を組み立てる、身の回りの小さな経済、社会に関わり続ける。その一方で、どれだけ自由に、遠くに、思考と想像を飛ばせるか。