11th May 2013, Saturday
S in S-train stands for “Shuttle.” The horizontal line runs 42nd street and takes me from Times Square to Grand Central only within a few minutes. In the afternoon I got on the S-train to go back to Times Square after cutting my hair at a salon in Midtown-East, and found there a man playing the guitar. Before the train starts, he lightly played his original song, and after that, as usual for train-performers, promoted his $5 album and called for donation. The train started, then he chose “Billie Jean” by Michael Jackson for our short run to Times Square. He played intro, mocking drums by his voice and playing a string line by his guitar. One guy on the same train said to him something (I couldn’t hear well though) and he replied casually, and then skipped several lines and jumped to the part “People always told me Be careful what you do” cos soon the train was arriving to the station. Most of the passengers looked enjoying his song and talk. Finally he sang “Don’t go around breaking young girls’ hearts” and said “everybody say!” “””Heee!””” we replied. “Thank you, thank you! Have a nice weekend!” We got off the train and he remained. I really love such an “instant harmony” in our daily Manhattan life.
アパートメント 第六話―熱
地図を見ながら辿り着いた小さなダンスホール。そこでかおりさんが踊っていた。
「週末、四ツ谷で踊るのよ。よかったら観に来てね」
そう言ってかおりさんが僕にチケットを差し出したのは、雨の渋谷の翌朝のこと。どこかへ行く当ても誰かと会う約束も持ちあわせていなかった僕に、行かない理由はなかった。
その日の踊りがどんなもので、それがどんな風に進んでいったかあまり覚えていない。言葉と思考の網が捉えたものはほんの僅かで、部屋に帰った今も身体中を巡る熱だけが、今日の確かさを伝えている。
照明の落ちたホール。客席と舞台の境界も分からない暗闇。かおりさんはいつの間にかそこに存在していて、踊りはもうそこで「続き」として進んでいた。記憶を辿っても「始まり」は見つからない。
灯された薄暗いライトの下、かおりさんのしなやかな手足と黒いドレスの襞が浮かび上がっては消える。
ドレスが空気を揺らす音、足が床を打ち、こする音、時折合わさるピアノの音だけがホールに響く。
かおりさんの視線はホールの中空を見据えていて、僕たち観客の視線と交わることはない。彼女は長い時間をひとりで踊り続けた。観ている僕たちも等しくひとりだった。
情景としてわずかに思い出せるのはその程度で、後は熱だけが事実としてあった。美しさ、儚さ、寂しさ、切なさ…そうしたあらゆる指示語を振り払い、熱を持った動きだけがそこにあった。
どれだけ言葉を尽くしても、現実はいつも檻をすり抜け、その先をゆく。どれだけ呼吸と体温を近くに感じようと、二人の人間が同じ場所を占めることはない。一度その手を離れたものを、再び同じ状態で取り戻すことはできない。ひとりの人間に残されるのは、連続した不可逆の時間をその身で泳ぎ続けることだけ。かおりさんの踊りはそれを知っていた。
Sound of A-Train
4th May 2013
It is no longer surprising for me to meet performers who suddenly play music or dance on subway in New York City since I’ve already stayed here more than 8 months, nor even no longer annoying. It never happens in Japan, but now I enjoy such performance without being irritated even though they interrupt my silent reading. To be honest, I do not like aggressive breakdance performance using pipes on the train by young boys so much, but still it’s ok unless they accidentally kick me. Most of the sounds of such subway songs and dances jolly and boisterous ones. But today’s sound I met in the afternoon was a little different, and therefore comfortable for me.
I was on an express A-train and going down to Canal Street in SOHO from 168th street in Washington Heights. I like A-train, cos he lightly passes most of the station within Upper-West Manhattan. I was reading an interesting book about “soundscape” by Raymond Murray Schafer, while the A-train was running through Upper-West without stopping from 125th to 42nd. At first I was concentrated on the book, but gradually become aware of a moody music coming to my ears, and I found one guy was singing the song with his CD playing. For a change, it was an R&B music, which I rarely hear on subway. He’s from Puerto Rico. His moody and melodious sound matched today’s mood of myself combined with a dark, continuing express road. I closed my book and listened to his sound, while looking out of the window from my seat, which was put parallel to the direction of the train. Outside of the window was almost dark, but sometimes blue light on the wall of tunnel cut across. I saw my face reflected on the window without thinking anything. Stable clickety-clack sound of the subway wheel made a session with percussions of his CD, and he sang on that. Whenever I meet such a gift from NYC, I imagine if you like this town.
アパートメント 第五話―雨
この人はなぜ東京にいるのだろう。
それが初めて出会った時の印象だった。
今日と同じような雨の渋谷、ハチ公向かいのスタバ前。直前になって約束をすっぽかされた僕は、スクランブル交差点を行き交う傘の群れを眺めていた。しばらくしてふと隣を見たら、彼女もまたひとりで立っていた。僕がそこに来るより早くから、誰を待つともなくずっと交差点を見ている。
今からおよそ2年前のこと。それをナンパと分類して良いのなら、きっと僕の唯一の経験だろう。
「よく降るね」
駅前ビル3階のカフェ。窓際の席から交差点を見下ろし、カモミールティーを口にしながら、初めて会ったあの日と同じように彼女は言う。
「最近、どう?」
「相変わらずの暮らしだよ」
「そっか」
「あなたは?」
「まだ帰ってきて間もないから、ちょっとした、移行期。でも、そろそろだよ」
5歳年上の彼女は、都心のはずれ、小さなアパートに息を潜めるようにして暮らしていた。女性らしいインテリアなどひとつもなく、窓際で育つスプラウトの緑だけがその部屋に色彩をもたらしていた。肌は透けるほど白く、か細い身体をしばしば咳でしならせた。そのくせ、よく働く人だった。
月に一度か二度、夜勤明けの彼女を駅まで迎えにゆき、彼女のアパートでバタートーストを半切れずつ食べ、そのままベッドで隣になって眠る。目覚めた彼女は夢の中、首輪や柵や鳥籠や靴紐…生命を大地に留めるものがおおよそ何一つない世界の話をした。僕はそれに技巧の無い言葉で応え、時折思い出したように肌を重ねた。
二人が出逢って一緒になることは、きっと書かれていたことのように当然なのだと信じ切っていた。休みの日、たまには贅沢しようと外へ誘い出し、月並みのフレンチレストランで月並みのプレゼントを渡し、スプラウトの無い部屋に泊まったのが、ある暑い夏の日のこと。翌朝彼女が口を開き、それから4時間後には僕たちは別々の電車に乗っていた。
「何ヶ月ぶりだっけ」
「分かんない」
「最後に会ってから、また一つ歳をとった」
「おめでとう」
「来月には新しい仕事も決まって、生活も収入もちょっとは安定してくると思うんだ。そしたらさ…」
「そういう話、やめましょう」
切りだす前に、彼女が話題を制した。改まった話をする前には空虚な世間話しかできなくなる僕の不器用さを、彼女はよく知っていた。
「あれから考えたんだ。ちょっとは成長もしたと思う」
制止に構わずに、用意していた言葉を口に出す。
「もちろん、まだちょっと頼りないかもしれない。だけどこれから」
「違う、そうじゃない」
「そういうことに、不満があったわけじゃないのよ」
彼女はそう言って、少し窓の外を見た。
「私が悲しかったのはね、私のことを知れば知るほど、あなたの表情に陰りが増えていったこと。昔のヒトと自分を比べたり、年齢やお金のことで気後れする必要なんてなかったのに。身体の病気のこととか、幸せな結婚とか家庭とか、そんなので焦ってくれなくてよかったのに」
「一緒に生きてくのなら、少しでも幸せな未来を望むのは当然じゃないか」
「未来に希望を託すほど、私、不幸じゃなかった」
「出逢って間もない頃のこと、今もよく覚えてる。ろくでもない私の部屋を見ても、昔のヒトや家族の話をしても、あなた、バカにもせず、同情も慰めもせず、ただ、うんうんって聞いてくれたでしょ。私、あれだけでもう、救われてたのよ。ああ、生きてていいんだって」
「そんなのただ、僕の中が空っぽで、言葉も何もなかっただけのことだよ」
「ううん、違う。言葉が巧ければ良いってものじゃない。あなたの音と体温、私にはちゃんと届いてた」
「もうひとつ悲しかったのはね。そうやって一人で焦って悩んで、あなたが私を見る目がどんどん曇っていってしまったこと。素朴に笑うあなたの光に当てられて、私の内側から新芽が育っていってたの、気づいてた?あなたと出逢ってから、私の咳の回数が減っていったの、気づいてた?」
「私、変わってたのよ。どんどん呼吸が出来るようになった。それはあなたのおかげなのよ。だのに最後の方のあなた、私の背後ばかり見てた。過去から絵の具を引き伸ばして描く未来なんて望んでなかったのに」
返事を返せないまま、空っぽのコーヒーカップに目をやり、グラスの水を手にとって口に含んだ。
「ごめんね今更。でも、寂しかったとか、我が儘を言いたいわけじゃないの。ただ、あなたが自分を認めてあげられないでいるのが、辛かった。それが私と一緒にいることで助長されるなら、やっぱり一緒にいるべきじゃないと思った」
「あなたはやさしい人だけど」
そう言って僕を見据えた彼女の瞳には、僕の記憶にない光が宿っていた。
「ちゃんと自分を生きて。地に足をつけて歩くの。私はもう、大丈夫だから」
外に出るともう雨は止んでいて、そのことを受け止めるより早く、彼女はいなくなっていた。
彼女はなぜ東京にいたのだろう。
雨の渋谷が見せた幻だったのだろうか。
いや、そうじゃない。
僕たち二人の出逢いは確かに書かれていたことで、ただその先のシナリオは、それぞれちょっと違うものを持っていたんだ。それをお互い突き合わせて見せれば良かったのに。
アパートメント 第四話―万華鏡
「来てくれてありがとう。今日はよろしくね」
「こんにちは。どうぞよろしくお願いします」
「道が入り組んでて見つけにくかったでしょ、うちのビル。今、紅茶入れるからちょっと待ってて」
中目黒の駅から徒歩10分、オフィスビルの一室を使った小さな会社。今話している女性―ヒロさんに出迎えられ、部屋の中央に置かれた横長のテーブルに座っている。くっきりした目鼻立ち、後頭部で束ね上げられた薄茶色の髪、白のシャツブラウスに薄手のニット。凛とした女性って、こういうヒトのことを言うんだろう。
「お待たせ。さてと、なんの話から始めようかな」
「あの、先にこちら…」
「あ、うん、履歴書ね、ありがとう。それからこれは…へぇ、わざわざサンプル記事まで書いてきてくれたんだ。それでこないだ、うちのオンラインショップで商品注文してくれてたのね。どこで知ったの、うちみたいな小さな会社のこと」
「たまたまネットで流れてきてショップを見つけたんですけど、素敵なデザインだなと思って、ずっとチェックしてました」
この会社、業態で言えばウェブ制作会社と言って良いのだろうけど、受注でサイトを作る他にも色々と面白いことをやっている。アーティストに取材をして、自社サービスのウェブマガジン兼オンラインショップで取材記事と一緒に作品を販売したり、彼らと購入者をつなぐカフェを開いたり。東京に帰ってきてすぐ、求人が出ているのを見つけた。ウェブデザインなんて出来っこないんだけど、そういった、メディア・コミュニティ運営を中心に担うスタッフを雇いたいということだったから、出してみた。
ヒロさんは履歴書とサンプル原稿を交互に眺めながら頭を掻いている。待っている間、ミルクティーと一緒に出されたバウムクーヘンを一口頬張る。甘さ控えめさっぱり。木目がはっきりとした無垢の机の上なものだから、なんだか切り株の年輪に見えてきた。
「どうですか、僕の文章」
「うーん、そうだね…」
「なんでもおっしゃってください。足りないところとか、伝わらないところとか」
「君さ、書くの、好き?」
「そう、ですね、好きだと思います」
「思います、か。そっか」
急に聞かれて、少し答えに躓いた。
「君、書く力はあると思う。よく考えて整理できてる。二次情報だけでなく、ちゃんと自分で使ってみて、良いと思って書いてくれたんだろうなっていうのも、読んでみて分かるよ。だけど、なーんかこう、デスパレートな印象を受けるんだよねぇ」
言われて、ドキっとした。
「伝えよう伝えようって、頑張ってくれてるのは分かるんだけど、かえって距離を感じるんだよね。わざわざ遠くに離れて必死に叫んでるような。これだと、読み手は引いちゃうかもよ。君自身もなんか、しんどそう」
「そうですか…うん、そうですよね、やっぱり。すみません」
「いやいや、別に謝らなくていいんだよ。うーん、なんていうのかな…」
少し考えた様子で、僕の顔をじっと見つめ、それから一瞬ふわりと笑った。
「よし、君の書いた文章とかうちの業務内容の話は、今日はもう無しにするから一回忘れて。そんなの全部、入ってから感覚掴んでけばいいんだから。そういうのじゃなくてね、言葉の奥でくすぶってる、君のことがもっと知りたい」
「はぁ」
「君、他にも色々持ってる気がするんだ。うちも小さな会社だから、取材やライティングだけじゃなくて、もっと柔軟に色んなことに挑戦してくれる人と働きたい。君もさ、文章にこだわりたいだけなら出版社とかの選択肢あるわけでしょ。そうじゃなくて、うちみたいな変なウェブ屋を訪ねたのは、何かそれ以上のものを感じてくれたからだと私は期待してるんだけど」
「それは、確かにそうです」
「だったらさ、もっと気楽に色んなお話しようよ。紅茶、おかわり入れてくるから」
「はい、ありがとうございます」
「あ…バウムクーヘンも、もうひとつ食べる?」
「え、いいんですか?じゃあお言葉に甘えて」
「今、ようやくちょっと表情がほぐれたね。食いしん坊さん」
そう言ったヒロさんは、今度はニカッと笑ってキッチンへ歩いていった。僕はひとり顔を赤らめた。
「履歴書に書いてたけど、東北で働いてた時のこと教えてほしいな。どうして行くことになったの?」
「なりゆきですよ。友達に誘われて、大学卒業した後フラフラしてて時間があったからなんとなく行ってみて、片付けやら炊き出しやらしてたらいつの間にかそのまま居着いちゃって」
「そうなんだ。意外とフットワーク軽いところもあるんだね」
「ま、その場の勢いというか。滞在したのは海沿い小さな漁村で、あまり知られてないけど、ほんとにいいところなんですよ。人もあったかくて、のどかで、それから魚も美味しくて。でも、地元の人たち、船や工場がやられてほとんどなんにも出来ない状態だから、だんだん活気がなくなっていきました。それで、みんなで何か新しい仕事出来ないかなぁって、相談を始めたんです」
「新しい仕事、かぁ。なんだかワクワクしてきた。詳しく聞かせて」
「浜辺にね、綺麗な貝殻が落ちてるんです、光の加減で虹色に光る。それを細かく砕いて万華鏡にするんです。地元の工業高校の男の子とか、水産加工会社のおっちゃんとかが、無事だった機械を引っ張りだしてきてくれて、公民館の一角に作業台を置いて、とりあえずなんか手を動かしてみるかってところから始まって、ちょっとずつ進展していったんですけど」
「うんうん、それで?」
「それからね、近くに岬があって、そこから見る夕焼けがすごく素敵なんですよ。水平線にゆっくり日が沈んでいって、暗くなったらそこの灯台が海を照らすんです。津波でお家や港の施設はほとんどやられてしまったけど、岬の灯台は昔からずっと変わらずそこに立っていて、地元のみんなに愛されてます。万華鏡の筒はその灯台をモチーフに」
「へぇー」
「万華鏡って、回すと色んな表情を見せるでしょ。僕たち人間に似てると思いません?みんな違った色や呼吸や体温で、一人ひとりが違う花を咲かせて…」
「うん、うん、そうだね」
「津波に流されて多くのものを失ってしまったけど、今も昔も変わらないあの灯台に見守られながら、もう一度、一人ひとりの色を、形を見つけていこう、そんな想いを込めて、みんなで万華鏡を作っていきました。これがそのプロジェクトのウェブサイトです。綺麗でしょ。デザイナーさんや写真家さんが何度も現地に通ってくださって作ってくれたんです」
「うん、すごくいいよ、これ。今まで知らなかったのがくやしいなぁ」
「今も続いてるんですよ。浜の仕事が出来なくなっちゃったお母さんたちが、ちゃんと収入を得て続けられる仕組みになって」
「それはすごいな。なんだ、面白いことやってきたんじゃない、君」
「や、僕自身は別に大したことしてないんですけど…でもほんと、楽しかったです。みんなで笑って泣いて。作ったものを初めて買ってもらえた時なんか大喜びで」
話しながら、潮の香りとみんなの笑顔が戻ってきた。ヒロさんも僕を見て、目を細めて笑っている。
「そっかそっか。ほんと、いい経験したね。それで…聞いてもいいかな、どうして東京に帰ってきたの?」
「それは…」
「あ、別にダメって言ってるわけじゃないよ。ただ、そんなに楽しそうな場所を離れてまで帰ってきたのはなんでかなって。何か別のものを求めてる?それだけ充実した日々を送ってた君が、今どうしてそんなに必死で言葉や文章と格闘してるのか、すごく気になる」
「何かを求めて…それはたぶん、失くし、もの」
「失くし物」
「さっき話したように間違いなく楽しい日々だったんですけど、でもやっぱり余裕の無い中で走り続けてたのも事実で」
「まぁ、状況が状況だし、その若さで飛び込んだんだもんね」
「東京が、ちょっと遠くなりました。それで、なかなかうまくコミュニケーションが取れないまま、大事な人たちとのすれ違いやこすれ合い、その結果のいくつかのさよならがありました」
「そっか…」
「言葉で伝えられなかったこと、届かなかったこと…なんでこうなっちゃったのかな、どうすれば良かったのかなって、思い出しては痛くなります。それがうまく処理出来てなくて、それで帰ってきちゃったのかも。結局、僕の方が、色々足りてなかったってだけなんでしょうけどね」
うまく説明できた気がしなくて、とりあえず笑った。バウムクーヘンをまた一口頬張って、今度はあまり噛まないうちにミルクティーを流し込む。
「足りなかった、か。そっか」
僕の言葉を繰り返したヒロさんは、何かを思い返すかのように宙を見つめた。
「来週、もう一度お話しよう。今度はオフィスじゃなくて、外で会えるかな。君を連れて行きたいところがある」
「わかりました」
「色々話してくれてありがとね。場所と時間、後でメールする」
オフィスはビルの5階なのに、ヒロさんはエレベーターで下まで一緒に降りてきてくれた。午後6時、見あげればまだ青白さの残る春の夕空。ずいぶん日が長くなった。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。じゃ、またね」
「あ、来週までに何かしておくべきことありますか。訪問するところのウェブサイトなどあれば事前に」
人差し指で口を止められる。その右手がそのまま僕の左頬にふれ、ポンポンと軽くたたき、
「次に私と会う時にはちょっとでもその顔やわらかくしておくこと」
呆れたように苦笑いしながら言う。
「準備なんか要らないから、その時、その場で感じてほしい。今の君は、あんまり考えすぎない方がいいと思うんだ」
アパートメント 第三話―4人の音
「いやぁ…食ったな」
「ほんと、もうお腹いっぱい。おいしかった」
「おかげで楽しい時間になったわ。ありがとう」
「こちらこそ楽しかったです。急に思いつきで持ち込んじゃって、すみません」
薄い藍色の布団がかぶさった電気ごたつで温まる8本の足。今夜は少し寒い。机の上には大皿小皿、お椀にお鉢。中身はもう4人の胃袋におさまった後。
かおりさんの管理人室は1階の一番奥にある。 通常の部屋より1室分広くなっていて、僕らはその居間にお邪魔している。 かおりさんの寝室はふすまで仕切られた隣の部屋。一緒にいるのは、ヤマザキさんとマリさん。ヤマザキさんは写真を撮っている。マリさんは絵を描いている。それが2人のいわゆる専業のお仕事なのかとか、フルネームはどんな漢字を書くのかとかは知らない。会うのは今日が初めて。それより先に、2人の作品をアパートメントのサイトで観た。
つくったおかずをおすそ分けしようと管理人室に寄ったところ、せっかくだから誰か誘って一緒に食べましょうよと、かおりさんが他の住人に呼びかけて、たまたまつかまったのがこの2人。帰ってすでに料理に取りかかっていたマリさんがサラダを持ち寄り、かおりさんがその場で手早くオニオンスープをつくり、帰宅途中に連絡がついたヤマザキさんは近くのスーパーでビールとつまみをガサッと買ってきて、気づけば4人でこんなに食べられるかなという量になっていたのだけど、これが意外とすんなりたいらげてしまった。
「メシだけでも大満足だが、せっかく買ってきたしつまみでも開けて、もう少し飲むか」
ヤマザキさんが近所のスーパーの袋から、半額シールの貼られたタコわさパックやら枝豆パックやら、チーズ鱈やら堅あげポテトやらを取り出していく。
「いいですね。じゃあ一回テーブル片付けましょう。洗い物しますよ」
「そんな、気を遣わなくて良いわよ。料理まで持ってきてくれたのに」
「や、なんか僕、洗い物好きなんですよね」
食器を重ねて、手分けしてキッチンの流し台へ。よく住人が遊びに来るからか、棚には食器がざっと5,6人分揃っている。窓際には小さなサボテン。オレンジ色のスポンジに椰子の実洗剤をかけて何回か握り、泡立てる。
誰かと一緒の食卓では、洗い物まで楽しいものに変化する。人数が増えた分だけかかる時間は増すけれど、そこで奏でられる音は毎回違っていて、一人の時には出逢えない。束ねたフォークがカチャカチャ言う音、シャーッと流れる蛇口の水、水切りラックにトトンとお皿を重ねる音。それらの合間に挿し込まれてくる少し遠くの会話を、聞くともなしに耳に入れるのが好き。手元の作業の進度、キッチンとリビングの距離、話題の盛り上がり具合、一人ひとりの声の大小、使った食器の材質、蛇口ヘッドの形状、そうしたいくつかの要素の組み合わせとタイミングで、届いてくる言葉が決まるのだけど、会話の全部は聞こえないし、聞こうとしない方が楽しい。みんなと一緒にいるんだなという実感と、自分なんかいなくても世の中は平気のへっちゃらだなという感覚が、両方一緒にやってきて、それはとてもいい感じ。
「おーい青年、そんなの後でいいから、お前も早くこっち来て飲め」
食器を全部洗い終えて、ふきんで調理台を拭いているところ、ヤマザキさんからお呼びがかかった。洗い物の水でひんやりした手を、足と一緒にこたつ布団に突っ込んで座る。見るとすでにビールのロング缶の3本目が空いていた。かおりさんとマリさんはほんの少ししかお酒を飲まないようで、必然、このワカモノがお相伴にあずかることに。
あ、まずいなぁ、この流れ。お酒、好きなんだけど強くはないから、あんまりハイペースで飲むとよくない。まぁとりあえず一杯、とヤマザキさん。言われるままに飲む。おぉ、いい飲みっぷりだな。あーあ、そんなこと言われちゃって、これ、どんどんいくパターンだ。今日みたいになまじ楽しい席だと、自分、調子乗っちゃうからよくない。よしよしいいぞ、もう一杯いけ。いやいや、やっぱり初対面ですし、あんまりハメ外しすぎるのも、なんかほら。
「いやー、なんか楽しいっすね、今日…」
「おう、そうだろうそうだろう」
ものの30分でこれである。いや、自分気持ちよくなっちゃってるけど、ここ管理人室ですし、もう夜も遅いし、かおりさんとマリさん笑ってるし。そろそろ引き揚げ時ですよ、お兄さん。
「ところで!」
「おう、どうした」
おいおい、ところで!じゃないよ。お前はいったい何を話し始めるつもりだ。酔うとすぐ芝居がかった動きを始めるからなぁもう。
「ヤマザキさんの写真観ましたけど、僕、すごい好きです」
「えっらい急に褒めてくるなー、お前」
おっしゃる通り。気持ちが高まっちゃうと自分の好き勝手に話題を切り出すもんだから、不可ない。
「僕、すごく思考が五月蝿いタイプで、アート作品観る時も色んなことゴチャゴチャ考えちゃってダメなんですけど、ヤマザキさんのあの、モノクロームの写真、目にした時にすうっと言葉が消えて静かになって、なんていうか、すごくいい時間でした」
「思考が五月蝿い、か。確かに、こないだウェブの文章読んだが、ずいぶん小難しいこと考えてるやつだなと思ってたぞ」
「あー、あれはほんとその、お恥ずかしい。思考ダダ漏れみたいな」
「いや、あれはあれで面白いからそのまま続けろ」
「えー、そんなぁ。とにかくそう、街とか人の、日常の断片を届けてくれるような作品が好きで。なんだか落ち着くんですよね。逆にこう、あんまり壮大過ぎる大河ドラマみたいなの、難しいです、ついてくのが。主人公が革命とか動乱の最中を駆け抜けるわけですけど、あぁこれ俺だったら絶対途中で撃たれて死んでるわーとか考えちゃって、映画館で周りのお客さんが感動してても、僕はちっとも泣けないわけですよ、感情移入できなくて。『ああ、無情』ってか、『俺、非情』みたいな」
我ながら何を口走っているのか、本当に始末に負えない。かおりさん、すげー笑ってるし。
「なんだお前、最初ずいぶんおとなしいやつだと思ったが、けっこうしゃべれるじゃないか」
「ね、ほんとに。私も今日でずいぶん印象変わったわ」
「いや、ほんとすみません。飲み過ぎると調子に乗るから…」
「人なつっこくて、私はいいと思うけどな。普段からもうちょっと自分のこと出してきなよ」
「そうですかねぇ…」
こういうことは、よく言われる。この歳になって未だに、出したり閉じたりの調整が難しくて、ついつい二の足を踏んでしまう。読み合いなんて意味がない、人と繋がっていくには自分を開いてくしかないとは、経験としてももう分かっているのだけど。
ただひとつ確かなことは、今日のこの場がとても楽しくて、このアパートメントで出会ったこの3人のこと、好きになっていっているなということ。そう思えるのならちょっとは気を抜いて、この夜の空気に委ねてしまっても良いのかもしれない。
アパートメント 第二話―モーニング
「おかえり!」
扉を開けると、マスターは決まって僕をおかえりで迎える。
夢も見ずに10時まで寝続けて、目覚めてもまだ頭に蜘蛛の巣がかかったまま。冷蔵庫を開ければ中身は空っぽ。どうしようかな、コンビニでパンでも買うかと考えたとき、ふとマスターの出すモーニング―あっさりふんわりのバタートースト、サラダとバナナ、それから深煎りのブレンドが思い出され、そのまま電車を2本乗り継ぎ、50分かけて東京の東側へ。お店に着いたのは11時。ずいぶん遅い、モーニング。
「こんなに早くよく来てくれたね。引越しなんかで疲れてるでしょ。ゆっくりしてってよ」
「今朝起きたら、なんだか急に来たくなっちゃって。身体はもう十分休まったんですけど、お腹ペコペコです」
「すぐ作るからちょっと待っててね」
銀色のドリップポットの細い首から注がれるお湯が、珈琲豆を躍らせる。フィルタを越えて、一滴一滴溜まっていく様子を見つめるのは、いつになったって飽きない。それが自分のために注がれたものだと思うと、ますます嬉しい。だけど一番好きなのは、マスターが洗い終わったカップを布巾で拭いていくのを眺めている時。みんな、もといた場所へとちゃんと戻ってく。
国道沿いに位置するお店の表面は、一面大きなガラス窓になっていて、店内には白い光が差し込んでくる。お昼前後になると、テーブル席に地元のデザイナーさんやライターさんがちらほらとやって来て、食事のついでにテーブル席でそのまま仕事をしていく。つられて僕もそっちへ移動し、ノートパソコンを開いてお店の無線に繋ぐ。ご挨拶に行かなきゃならない人たちにメールを送って、それから、気になっていたところいくつかへ、求人の問い合わせやら面接の申し込みをした。いつまでものんびりしてられないもんなぁ。借りたものは返さなくちゃなんないし、これまでいただいた時間に見合うぐらいは、そろそろ社会に還元してかなきゃ。
「相変わらずがんばるね」
そう言って差し出されたのは、ここの名物のレアチーズ。黒地のお皿に、真っ白こんもりドーム型。贅沢にかかったクランベリーソース。
「これ、サービス」
「わぁ、ありがとうございます!いただきます」
フォークで側面をくずして口に運ぶ。
「はぁ、美味しい…」
カウンターに戻ったマスター、こっち見て微笑んでる。
3時になって、お店を出た。近くのリサイクルショップで自転車を買って、そのままそれに乗って帰ることにした。変速ギアも何もない、8,800円のママチャリ。隅田川を渡り、浅草を過ぎて上野まで。駅の入口を見やると、靴磨きのおっちゃんが変わらずそこに座っていた。
冬の日、先輩の結婚式に出席する朝、一度だけ磨いてもらったことがある。おっちゃんが僕の革靴にブラシをかけて、クリームを塗っている間、ぼんやりと街を眺めていた。両のてのひらで貝をつくって耳に当てて、ざわめきを反響させる。海より街の音が好き。
「にいちゃん、何やってんだ?」
右足終えて、次、左足だと僕を見上げたおっちゃんに、訝しげな顔をされて少し赤面したのをよく覚えている。
不忍池をぐるりと一周し、裏門から大学の構内へ。
結局一度も入ることの無かった講堂を横切り、銀杏並木をくぐって正門を出た。少し引き返して春日通りに入り、そのままずーっと坂道を、西へ北へと登っていく。
帰りに近所のスーパーに寄って食材を買う。野菜売り場はもうすっかり春の顔ぶれ。新じゃがに新たまねぎ、春キャベツに菜の花、それからアスパラガス。
家に着いたのは午後5時頃。スーパーの買い物袋をキッチンのテーブルに置いて、コップ一杯の水道水で喉を潤す。お米を研いで炊飯器にかけてから、新じゃがを洗って皮を剥く。油でしばらく素揚げしたあと、鍋に移して煮込み始める。コンロがひとつ空いたので、菜の花をさっと茹で上げ、水で冷やしてだし汁に浸す。煮汁がじゃがいもに染み渡ったところでおろししょうがを入れ、弱火でじっくりコトコトと。あとは、アスパラベーコンでも作って食べようか。その前に、おかずをあと1,2品作り置きしておけば明日以降が楽だな。それから…
そこでハッとして、手を止めた。明日の予定、時間の節約、今の自分のどこにそんなことを気にする理由があるというのだろう。冷蔵・冷凍して、毎食ちょっとずつ小分けにして食べる、洗い物や調理の回数は極力減らす、同じメニューが続いてもお腹が膨れればそれで良い、そんな食生活をする必要がどこにあるというのだろう。
「相変わらずがんばるね」
マスターがそう声かけたときの僕、どんな顔してパソコンのキーを叩いていたのかな。間違いなくしかめっ面。思い返すと滑稽で、少し笑った。
流し台を離れて、冷蔵庫にもたれかかる。ほんの少し開きっぱなしだった扉をお尻で閉める。頭蓋骨越しに響くブーンといううなり声を聞きながら見上げる、天井の蛍光灯。そのまま視覚と聴覚以外忘れてゆきそうなところで、鍋からキッチンに漂うしょうがの香りに引き戻された。コンロの火を止めて、赤茶色に照った新じゃがをひとつ、菜箸でつまんで口に入れる。
「おいしい」
まだほのかに湯気が立っている鍋に蓋をして、タッパーと一緒に抱えて玄関へ。
アパートメント 第一話―春風
小さいころは、春と言えば4月のことで、桜も4月になれば勝手に咲くものだと思ってた。ランドセルを背負って学校に行くのは4月からだし、月めくりカレンダーに桜の絵が載るのだって4月だったもの。全国一律の暦よりも、季節のバトンはもっとゆるやかになめらかに手渡されてゆくこと、桜の花は3月から5月にかけて、日本列島の南から北まで波打つように目醒めては消えてゆくのだということを、肌で理解したのは案外最近のことかもしれない。
四半世紀の3分の2は、半径1キロの世界が全てだった。各駅電車と坂道の通学路、グラウンドの砂埃に空色のカーテン、踊り場のひそひそ話、教科書の落書き。4月の春の重大事は、掲示板に貼り出されるクラス割り。桜は単なる背景で、いつ花開いたかなんてどうでもよかった。
上京してからようやく、街を歩くということを覚えた。代々木公園、外堀通り、目黒川に隅田川、桜の季節に自転車で風を感じるのが好きだった。東京という街の営み、そこでの季節のサイクルに少しずつ呼吸が合ってきて、いとおしさが増してきたところでこの街を出ることになった。東北道を上る深夜バスや、太平洋を渡る飛行機に運ばれて、北へ東へと地図が拡がっていく。前の年とは違う土地でむかえる4月。そこでは桜は遅いのだと知った。待ってるあいだ、ふと手のひらを覗き込めば、電子の海を流れる無数の言葉と写真。時差も緯度差もなんのその、南の都では一足先に満開の宴。あれ、春ってどこだっけ。
目まぐるしく変わる景色、前後運動を繰り返す時計の針に翻弄され、杭を立てる場所を見失う。途方に暮れて立ち尽くしている僕を、誰かが遠くから呼んでいる。そこで目が覚めた。ずいぶん寝たらしい。もう9時だ。あの声は誰だったのだろう。天井を見上げながら考えたけれど、どうにも思い出せない。
今日は4月3日。このアパートメントに入居して1週間が経つ。白いレンガ造りの壁に赤い屋根、エンジ色の木製扉。玄関横、高さ5メートルほどの樫の木が寄り添うように立っている。常緑樹はホッとする。ときおり黒猫が庭にやってくるけど、まだなついてはくれない。犬には好かれるんだけどなぁ。4階建てで部屋数は20ぐらい。どれも同じ1Kで、家賃も安く、基本的にはごくごく普通のアパートメント。洗面所で顔を洗い、服を着替えて3階の自室を出る。階段を降り、玄関口に差し掛かったところで声をかけられた。
「あら、お出かけ?」
「ええ、ちょっとその辺を散歩に。今日は天気が良いので」
「そうね、気持ちのいい青空」
「管理人さんも、お出かけですか」
「かおり、でいいわよ。わたしはお庭の掃除と水やりに」
「じゃあ、かおりさん。お掃除、ご一緒してもいいですか。好きなんです」
「ありがとう。助かるわ」
かおりさんは、ここの管理人さん。黒くてしっとりしたショートヘアに、細く締まった身体。昼下がりのティータイムの温度で話す。マンションやアパートの管理人さんって、もっと年配の方のイメージだったけど。
このアパートメントにはひとつだけ変わったところがあって、自前のウェブサイトを持っている。空き部屋情報を載せる不動産サイトというわけではなくて、その時々の入居者が、文章や絵とか写真—要するに何かしら自分の表現物を掲載することが出来るスペースになっている。ウェブ上の入居者のアカウントは、別に本名や部屋番号と紐付けられているわけでもなく、それぞれが別々の日々を営みながら、ときおり気ままにその断片を開示している。これの発案者もかおりさんらしい。このサイトを偶然見つけて、問い合わせてみたら、ちょうど部屋も空いているということだったので、東京に帰ってきて数日で入居した。
「どうかしら、新生活にはもう慣れた?」
「大丈夫です。だいたい落ち着いてきました」
花に水をやりながら横目でたずねるかおりさんに、掃き掃除しながら背中で返事をする。赤いジョウロからチョロチョロ流れる水や、竹ぼうきが石畳を引っ掻く音にかき消されないよう、心持ち声を張る。変にうわずったりしてないだろうか。
新生活、と言ったって、もはやたいした苦労も無い。
荷物になるものって本と服ぐらいしかないし、それでも段ボール4箱ぐらい。もともとインテリアに凝る趣味もお金もないし、調理器具や食器も最低限。色んな人からの贈り物で、湯呑みやマグカップやグラスの類だけはやたらと数が多い。それらを全部並べて眺めるのが好きだ。今日の夕方、大学の同級生からお古の冷蔵庫を受け取れば、必要なものは全部揃うはず。彼は結婚して静岡へ。奥さんの実家で二世帯生活らしい。「お茶っ葉送るよ」だってさ。
まだ若いからだと言われればそれまでだけど、衣食住なんて、いつどこへ行ったって別にどうとでもなる。欠けてるのはそう、もっと別のところ。
「お掃除手伝ってくれてありがとう。よかったら今度管理人室に遊びに来て。まだ夜が少し肌寒いでしょ。うち、こたつ出しっぱなしなのよ」
「あ、行きたいです。でも気持ちよくってそのままこたつで寝ちゃうかも」
「いいのよ別に、眠ったって。ゆっくりしてってちょうだい」
「じゃあ、お言葉に甘えて、今度ぜひ」
「楽しみにしてるわ。色んなお話聞かせてね」
かおりさんに箒を返して散歩に出た。住宅街を抜けた先にあるらしい、高台の公園を目指す。細路地を何本か曲がり、車道沿い、三分葉桜の並木道を歩きながら考える。東京に戻ってきた。それで、これからどうしよう。そもそも、どうして帰ってきたんだっけ。春はどこだ、桜はいつだと分かりやすい季節の節目を探し求める一方で、わが身の帰属先すら持てないまま、フラフラと年度を跨いでいる。仕事はどうする。あまりダラダラとはしていられないが、惰性で動けばろくなことにならない。そうこう考えているうちに、道は公園へと続く登り坂へと差し掛かった。やっぱりもう帰ろうかなと思いつつも足を進め、およそ5分ほどで坂を登り切る。
瞬間、強風が花びらを散らしながら身体の内側を吹き抜ける。心臓と横隔膜がギュッと縮み上がり、思わず両の腕で自分を抱きかかえて身を捩らせる。風はなかなか止まない。4秒、5秒。ようやくおさまり、伏せ閉じた目をそっと開けば、眼下に住宅街が広がっていた。さっきの強風が散らした桜の花びらがまだわずかに下り坂の中空を漂っていて、視線をそのまま遠くへ移せば、穏やかに笑う山々。
あぁ、春だ。帰ってきたんだ、東京に。たったそれだけのことなのに、なぜだかホッとして、泣きたくなる。
新しい季節、新しい暮らし。大丈夫、きっとうまくいく。
Diary: 03/20/2013 Wed.
Held a meeting with board members of the International Student Organization which I participate in, and discussed schedule of this semester’s activities and each one’s responsibility. Realizing each of classmate is busy with their class or job hunting, I want to do what I can do for them.
Today I had only one class but had a few assignments and readings. Not so difficult, but as I was still sleepy, my work was less productive today. In the evening I went to buy foods, coffee, an extra blanket and dishes for my friend’s convenience. I tend not to care my health and daily diet so much while I live in alone, but when I have guests, I get an energy to work for good diet and comfortable life.
朝にISO(International Student Organization) のミーティングをして、今学期の運営について話し合った。一緒に活動している友達もなかなか忙しそうだ。一回一回のミーティングで物事をささっと整理して分担して…そういった面で少しでも全体の負担を減らすことが出来ればと思う。それにしても、みんな個々人、色々大変なことを抱えているだろうに、明るく生を営んでいて、立派だなぁと思う。授業は一つしかなかったから時間に余裕はあるなと思っていたのだけど、どうにも眠くて宿題や予習を進めるのに予想以上の時間がかかってしまった。
夕方、リンカーンセンターまで出かけて、Bed & Bath Beyondで追加の毛布とお皿を買った。それからスーパーで、いつもより多めに野菜などを。帰って具だくさんのミネストローネを煮込む。今滞在している彼も、東京でシェアハウスをやっていて、今はまた別のシェアハウスに引っ越したのだけど、その前のところによく泊めてもらってお世話になっていた。彼はいつどこにいても、マイペースで軽やかだから、一緒にいると気が楽になる。
夜、日本の病院で働く友達とSkype。今年、Public Healthの大学院を受けることを考えていて、来月NYにも来るとのことだったから、キャンパスで教授を紹介したりすることになって、その相談。と、それ以外の、とりとめのない、おしゃべり。夜勤も多く仕事も忙しいなか、なんとか1週間弱休みをとって、お母さんを連れての旅行らしい。親孝行しなきゃって。前会った時、芯が強くてしっかりした印象があったのだけど、今日は意外とお茶目な一面も発見したり。なんだりかんだり。
ほんとに変な夢を見て。詳細覚えてないけど、なんかの組織のエージェントにおそわれてて、しきりに尻の穴を攻撃してくるの。座薬みたいなの突っ込まれてさ。痛ぇってなって2時ぐらいに目が覚めた。目が覚めたんだけど、夢のなかの痛みがそのまま、その、お尻にかなり明瞭な感覚として残っていてですね、とにかく、変な夢でした。
買い物の帰りに、ふと名案(別に珍しいものでもないけど、僕にとっては)が思い浮かんだから、それでずいぶんと幸せな気持ちになった。
Diary: 03/12/2013 Tue.
In the class morning, suddenly I choked on my spit and had a coughing fit a while. It’s not by cold, just what anyone can do sometimes. So I didn’t care itself, but at the same time I remembered one of my favorite songs “ANSWER” by a Japanese pop singer Noriyuki Makihara. The song describes a similar event at a subway station, and the man in the song, following the cough, cannot stop tears rising from his eyes (this time I didn’t cry, by the way).
[youtube http://www.youtube.com/watch?v=enQMaS6WQvE&w=420&h=315]
というわけで槇原敬之の「ANSWER」がふと浮かんだわけなんだけど、好きです、この曲。改札で咳き込む最初のシーンも良いのだけど、最後の”春の強い風も夏の暑さも秋のさみしさも冬の寒さも”ってとこ。シンプルな歌詞なんだけど、メロディーの盛り上がりと相まってじんとくる。そういえば今日は雨も風も強い日だったよ。
Diary: 03/10/2013 Sun.
Attended the symposium, “The Great East Japan Earthquake: Creative Responses & Social Imagination.” It was wonderful day to know how many people in NY have strong interest and compassion in Tohoku Japan. Various speakers told us their own experience and story. Especially, I was impressed from Jake Price. I could not only listen to his speech but also talk in person at the reception, and dinner after the symposium. Jake told me, in response to my question “how did you balance your professionalism or journalism and your emotional feeling?”, that it was impossible to keep distance as a journalist and he didn’t regard his project in Tohoku as journalism. I saw many photographers who had complexity in taking photos in that area. His honesty made me feel that he is a really respectable person. As a final speaker, I made a speech on my projects in Oshia Peninsula. I told our micro, but specific experience and story with individuals. But, though I spoke as an individual, I felt some expansion of connection and compassion with many more people in Japan and NY.
I really thank organizers CJR members for their great dedication and sophisticated operations. I hope I could play as a speaker because that would be the best thing I can do to express my gratitude to organizers.
シンポジウム”The Great East Japan Earthquake: Creative Responses & Social Imagination.”に参加。あっという間だったけど、本当に良い一日だったな…自分の役目を、果たせたと思う。海を越えて、橋はきっと架かっている。
運営の方々と、残られた一部のスピーカーの方々と大学近くのレストランで食事をして帰った。アパートがある168thの駅に降り立ってちょうど数分後に、日本時間で2:46pmを迎えるタイミングになった(時差は13時間)。家に向かう途中、立ち止まって少しだけ黙祷した。
Diary: 03/01/2013 Friday
It’s almost March. My friends in class and I was surprised to know we’ve finished already 6 weeks of our second semester. This week was a little tough with two papers due on Friday and Saturday, but anyway I’ve done. Now I’m looking forward to scent of spring brought by plum and cherry blossoms (I hear I can meet with them even in NY here).
早くも3月。今週はエッセイとレポートの課題があってなかなか大変だったが、ともあれ提出し終えた。梅と桜が運んでくれる、春の香りが楽しみだ。ここニューヨークでも、梅や桜と出会える場所が、あるらしい。
お墓の中に私はいませんなんて歌がありましたが、死人はおろか、生きてる人間だって、過ぎ去った日々の中になんかいませんから。遠くで今を生きてるヒトたちと、出会ったならばいつでも「はじめまして」と言える、ワタクシ、そういうヒトでありたいです。
とはいえ、積み重なった想い出が、今を刷新し続ける活力だったり、信じ続ける強さをもたらすのでもあって、不思議なもんです。
信じてくれていること、知っているよ、届いているよ、こちらも信じているよと、そういう気持ちが、届けば良いなと思う。切手を貼らない手紙。
Diary: 02/27/2013 Wed.
Struggled almost all day long with an essay assignment of policy analysis class, due on this Friday. It is often the case, we only start working at the last minute. Today I held a study session with friends and most of them were also struggling how to make an appropriate framework to analyse cases. Well, anyway, almost halfway done. Hopefully I will finish it by Friday evening.
Policy Analysisのエッセイの課題と格闘。金曜締め切り。早めに始めて、コツコツ進めて余裕もって完成させようと、2週間前には思っていたのですけど、あらま、もう2日前。間に合いはしますけど、なかなかこういう課題は億劫でござる。書き始めたらそれなりに早いのに、始めるまでが問題。
Diary: 02/24/2013 Sun.
Off to Brooklyn with my friend. Honestly this is the second time to visit Brooklyn even though I’ve been NY for more than a half year. I don’t have strong motivation to go sight seeing, I tend to stay my room and just read books in weekend. But every time visitors like him bring me chances to find new things. Flea market, delicious bagel with salmon and cream cheese and hamburger, unique store alongside Atlantic Avenue and Bedford Avenue. I felt Brooklyn is good place to live, though it’s really far from my school.
元来出不精で、本があればどこでも楽しめる質だから、観光に対するモチベーションが著しく低い。滞在中の友人に「お前ホントにニューヨーク住んでんの?」と言われる始末。そんな彼に連れられてブルックリンへ。行ってみればどこだって楽しめる性格でもあるので、きっかけには乗っかることにしている。結果はやはり、行ってみて大正解。マンハッタンとはまた違った、東京で言えば中目黒あたりか、あるいは中央線沿いの荻窪・高円寺あたりの、そういう面白さがある。
「あんまり悩みすぎても意味ないし、ニューヨークにいる期間があと1年もないってことをもうちょっと自覚しろ(笑)」
ま、そうだよねぇ。
見えない何かに遠慮したところでどうにもならんからなぁ。
Diary: 02/23/2013 Sat.
Drunk with my friend who are staying here this week at night. These days, I felt a little gloomy but that made me rather refreshed.
授業直前に水筒に紅茶を入れて持っていったんだけど、教室に着く前に鞄の中でこぼれて大惨事。アップルストアに行ってMacを見てもらったりなんだり大変でしたよ…で、修理費用も購入費用と同じぐらいかかるもんだから、もうなんか半分やけくそ、半分開き直りで、8GBの新しいAriを購入!今までの2GBのやつ重かったし、もうあれだ、バージョンアップだ!その後、家に帰ってきて滞在中の友人とビールを煽る。昼間アホほど凹んだけどその後はむしろ振り切って楽しくなったの巻。
