アーティストの杉田廣貴さん、大森和枝さんと3人で、毎週一つのテーマで絵やことばの習作をつくっています。
この日のテーマは「旅」
杉田さんと大森さんのスケッチを含む3人分の習作画像は、以下「Quark Gluon」のブログにアップしています。
本ブログには、自分が書いたテキストのみアーカイブします。
「旅」
自己保存のための食料確保と摂取以外は殆ど畳と同化して過ごすような日々がだらりだらりと伸びていってそのままとぐろを巻いて身体をくるんで繭をつくってもおかしくない既の所、網戸に茶色い物体が衝突してきてバサバサと音を立てたものだから、私はそちらに顔を向けて、のろまで重たい腕を畳に突き立てて身体を少しばかり起こすことになり、そのせいで私を心地よくくるんでいたものたちが剥がれてしまった。
来客は、夏に取り残されたアブラゼミで、網戸一枚隔てたこちら側からパチンと人差し指を弾いて引っかかりを外してやると、何事もなかったかのように飛び立っていった。
立ち上がってしまってどうしようもないので、近所の売店に足を運び、タバコを買って、ライターを家に忘れたことに気づいたが、かといってもう一度入店してライターくださいと発話するだけの力も湧いてこず、途方に暮れ立ち尽くしていると、足元を黒い物体がウロウロしていることに気づいてしまい、それは案の定なんの変哲もなく黒猫であったのだが、目が合うとプイと身体を返して行ってしまった。
自分より小さい生き物たちが我が身の何倍も俊敏に飛んだり駆けたりしている事実を、驚いたり落ち込んだり羨んだりすることもなくただただそういうものだと再確認したところでようやく、自分にくっついている腕と脚が自分のものなのだという感覚を取り戻した。頭にはまだ靄がかかっていて、畳にひっつく前の自分がどのようだったかを思い出せないが、自分はまだ「途中」だったのだ、ということだけは確認できたので、黒猫が立ち去った方面へ一歩一歩と足を運んでいくことにした。
Yuhei Suzuki 2022.05.26