タクシードライバーという職業は、誤解されている、と思う。
タクシードライバーについてどう思う?と聞いたとき、20代後半の女性はこう答えた。
「道で昼寝をしている人」
見下したような話しぶりだった。
「タクドラはだれにでもできる仕事」で「やる気が無い人が多い」というイメージだ。
タクシードライバーは、対人サービスであり、お客さんからお金をもらう仕事。営業の技術、接客能力が必要とされる専門職である。
高校の先輩がタクシードライバーをやっていた。真面目な人で、夫婦共働きで2人の子どもを立派に育てていた。
その先輩がいたので、タクシードライバーは普通の仕事だと思っていた。
「タクシードライバーは、一人一台のタクシーを担当する。タクシーは移動する店舗だ」
先輩はそう言った。
労働時間と営業範囲が決められているが、その中であればいくらでも走ってよい。
燃料は入れ放題。
道路交通法をまもって無事故・無違反を厳守。
そして、お客さんは乗せ放題。
賃金に男女の格差なし。
同じ労働条件で仕事をしても、経験、やる気、体力などの違いで、売上に大きな差がでる。それがタクシードライバー。
先輩は「タクシードライバーは、半分くらい自営業、残り半分は会社員なんだ。上司がいないから、自営業に近いかな」と笑っていた。
自分がタクシードライバーになって先輩の言葉の意味がよく分かるようになった。
タクシードライバーの営業手法は、大きく分けて四つある。
第1 流し営業
道を流す。つまり、お客さんを探すために道を走り続けていく営業。
どの道をどの時間帯走るか それによって売上が変わる。
お客さんがいない道をいない時間帯に走れば売上はゼロ。
お客さんがたくさん歩いている道と、時間帯に流せば売り上げが立つ。
当たり前だと思うかもしれないけれど、現実にこの営業でうまくいくのは容易ではない。
人の動きは生き物のように日々刻々と変わっているから。
タクドラたちは、経験則から街中の人の動きを予想して営業している。
第2 付け待ち営業
人の出入りが激しくて、タクシーに乗りたい人がいる場所に待機する営業手法。
たとえば、大きな駅のタクシープールや、大企業や有名ホテルの玄関前などの場所で待機して、お客さんが出てくるのを待ち続ける営業スタイルになる。
この営業手法は駅からお客さんが出てくる時間帯にやれば有効だ。簡単に言うとラッシュ時間。
出勤ラッシュ、帰宅ラッシュの時間帯に駅に付け待ち営業すれば売上は上がる。
大きなイベントが終わったあとの、国際会議場やホテルの前で付け待ちすれば、ラクに稼げる。
第3 配車アプリ
今はタクシーを呼ぶための配車アプリがある。この配車アプリは、タクシー業界で「革命」だと言われている。スマホにいれた配車アプリを使えば、お客さんは、いつ来るか分からない流しのタクシーを探す必要がない。指定の場所と時間に、タクシーがやってくる。
タクシードライバーとしては、配車アプリが鳴りそうな場所・時間帯を流す。これが新しい営業スタイルになっている。そのポイントがわかると、面白いようにお客さんが乗ってくるようになる。
駅から遠くて、人が歩いていない場所であっても、お客さんが配車アプリで呼ぶ場所がある。そのポイントを探すのもタクドラの仕事だ。
第4 予約配車
お客さんの中にはお気に入りのタクシー会社を決めている人がいる。
お客さんがタクシー会社に電話して予約をする。会社はその予約を受けて、一番近い場所を走っているドライバーに迎車の指示を出す。
そのタクシー会社が、地域の人に信頼されていると、予約配車だけでかなり稼げるようになる。予約配車で多くの売上げを出しているタクシー会社はある。そういう会社は、タクシードライバーの世界ですぐに評判になるので、他社から移籍するドライバーが多い。
タクシードライバーは、ドライバーごとに売上の差が大きいと書いた。
タクシードライバーは、会社(車庫)を出て車を走らせると、そこからは上司もおらず誰も指導しない、自営業のような環境になる。
したがって、働きたくない人は本当に適当に仕事ができるし、真面目にやるドライバーはさっきの四つの営業手法を使ってどんどん売上を立てていく。
さぼりたいタイプのタクシードライバーは休憩時間が多い。
サボっている人間を叱って、もっと稼がせればよい、と思うかもしれない。しかし、いまタクシードライバーは高齢者ばかり。ドライバーの平均年齢が65歳を超えている会社もある。
だから、叱責して頑張らせても、あまり意味がないのだ。細く長く働いてもらう。それもタクシー会社が存続する道なのだ。
僕はこのタクシーの仕事のスタイルを知って、自分に合っていると思った。
ドライバーの動きを見ていると、美味しいお店でランチを食べたり、親の介護のためにちょっと家に寄ったり、子供の育児のために学校の用事を済ませたりと、そういう日常生活の雑事を、仕事の時間帯のなかでやっていた。
仕事はきっちりやりつつ 勤務時間中にちょこっとした用事を済ます。
これを会社も許容している。
とても人間的な働き方が可能な職業なのだ。
ちなみに僕が得意としている営業手法は特にない。四つの営業手法を織り交ぜながら街を走り続けていく。車を止めてお客さんを待つのが苦手なので付け待ち営業はしない。
ドライバーの個性によって営業方法はさまざまだ。
一日中大きな駅につけると決めたタクシードライバー。
一流ホテルの玄関にずっとつけると決めたタクシードライバー。
予約営業だけに集中したいと、手製の名刺をお客さんに渡して指名を取るドライバー。
あらゆる道を知り尽くし、流し営業に集中しているドライバー 。
それぞれのタクシードライバーの稼ぎ方があり、その後ろにはそのドライバーのライフスタイルがある。
冒頭に紹介した世間のイメージとは違って、タクシードライバーは誰でもできる仕事ではないと僕は思う。
奥が深い仕事である。