「14日に付き合ったら、長続きするんだって!」
昼休み、わたしが教室で一人、ぼーっと弁当を食べていると、笑子がポニーテールを弾ませて教室に飛び込んで来た。
「めぐみ、今日しかないんじゃない!?」
笑子はよく通る声で、さらに煽るように言う。1年3組の体育会系の彼と1年4組の文化系のわたしが両想いであることは、同じ学校に在籍している友人の間で、公然の事実だった。まだ高校1年生で、ちゃんとした恋人などいたためしのなかったわたしは、毎日のように笑子に「明日彼に告白する」と言い、「告白するする詐欺」をし続けていた。
今日は7月14日月曜日。今日を逃したら、次は1カ月後、夏休みに入ってしまっている。このままでは、8月に開催される地元の花火大会へ彼と一緒に行くことはできない。
彼は野球部だ。うちは進学校で、今週末に全国模試があるから、今日の部活は早く終わるらしい。友人からその情報を得たわたしは、放課後、部活を終えて校内の自転車置き場にやって来た彼に話しかけることにした。教室から自転車置き場へ行くこと数回、とうとう彼がやってきた。古くなって錆びついた庇の下で、彼は自転車を停めようとしている。少し土のついた白い野球の練習着から焼けた肌が覗いている。野球帽の下の髪は汗で濡れているだろうか。彼はまだわたしに気づいていない。わたしだけが彼を見ている。胸の奥がキュッと疼くのと同時に、自分に流れている温かい血流の存在を感じる。このまま見ているのもいいけれど、「今日は14日だ」と意を決して唾を飲み込む。
「ねぇねぇ、翔太くん、ちょっと話さない?」
彼は大きな野球カバンを肩から下ろし、自転車のかごに置こうとしている。こちらを見やり、わたしの姿を認めると、もともと大きな目をさらにあと少しだけ大きく見開いた。そしてすぐに口元と目元をほころばせて快諾してくれた。
「うん、もちろん」
下校する同じクラスの女子たちが自転車を押しながら、ちらりとわたしたちに視線を投げては去ってゆく。その視線すらこそばゆくて、自然と口の両端に力が入る。わたしたちは自転車置き場で立ったまま、話し始めた。
「部活、早く終わったんだね」
「うん、模試の前はね。素振りとダッシュだけで終わる」
「いつもがんばってるよね。すごいなあ」
彼が野球帽を脱いだから、短く刈った髪の毛が見える。その下で彼の瞳が夏の光を反射してきらきらと輝いている。わたしの瞳だってきっとそうだろう。彼との何気ないひとつひとつの言葉のキャッチボールが、浮足立つほどうれしい。
「野球部の日高が、笑子さんのことかわいいって言ってたよ」
「日高くんが? 笑子、彼氏いるのに」
彼と話せるなら内容はなんだってうれしい。取るに足らない噂話をしているわたしたちのもとに、学校のチャイムが鳴り響く。いつの間にやら校門が閉められる時間だ。時間が過ぎ去るのは、なんてあっという間なんだろう。わたしはまだ彼に言いたいことをひと言も言い出せていないというのに。早くしないと、14日が終わってしまう。なのに……。
たぶん目がきょろきょろと泳いでいたんだろうと思う。明らかに動揺して戸惑うわたしを、少し高い目線からまっすぐ見て、彼が言った。わたしはいつだって意気地がないのに、彼はいつだって堂々としている。
「もう少し話す?」
「……うん」
「じゃあ移動しようか」
二人で自転車を押しながら近くの堤防へ行く。何も言えないのに、二人でいるだけで、時間が飛ぶように過ぎる。もう夕方17時半を回っているのに、空気がもわっとしていて、アスファルトの上が歪んで見える。
「あちぃね」
「うん、暑いー」
彼の方をこっそり盗み見ると、浅黒いこめかみに透明な汗がにじんでいる。堤防の階段の脇に自転車を停め、わたしたちは階段に座る。彼がわたしのすぐ斜め後ろにいて、わたしの心臓が打つ間隔は少し短くなる。川の方から生ぬるい風が吹いてくる。しばしの沈黙の後、ふと彼が言う。
「じゃんけんして言おうよ」
予想もしない言葉に、わたしは後ろを振り向く。
「……じゃんけん?」
「うん、どうせ言いたいことは一緒やろ?」
わたしは目尻が下がるのを止められずに、でもそれが恥ずかしくて少しうつむいた。わたしの白い手と彼の黒い手でじゃんけんをする。あいこ。じゃんけんをする。あいこ。じゃんけんをする。……わたしの負けだ。
「……………………」
なおも黙り込むわたしを見て、彼は静かに笑っている。ああ、完全に負けだ。沈黙がなおもわたしたちを包む。どのくらい時間が経っただろう。
「…………………………………………好きです」
ようやく絞り出すと、すかさず彼は言った。
「俺も好きです。はい、あいこ。……遅くなったから送って行くよ」
いつの間にか風はだいぶ涼しくなっている。階段脇の草影からバッタが飛び出す。ふと顔を上げて立ち上がると、薄紅色の夕焼け空が広がっていた。堤防の側の通りを自動車が走っていく。堤防沿いの家の庭で、ニイニイゼミが鳴いている。わたしたちは堤防に佇んで川を見つめながら、その音を二人でただじっと聴いていた。