もう少し好きにやった方がいいんだろうなと、最近。
こないだ管理職研修の一環でストレングスファインダーをやってみたら、周囲の人たちが「戦略性」とか「最上志向」とか出るなかひとり「運命思考」とか出ちゃったもんでお笑いネタだったわけで、そんな自己啓発本に影響されるかよーとか思いながらも、まぁやっぱりそうだよなぁという納得感というか諦めもあり。
頭と言葉と調整力を使うのならば、予定調和なところに寄せにいくんじゃなくて直感を正解に変えていけるだけの環境をつくっていったほうが、結果皆さまのお役に立てるのではないかと思う。
先日、編集者としてもひとつのブレイクスルーだったなという記事が一本ありました。
https://h-navi.jp/column/article/35026458
組織運営上は、コツコツと積み上がってはいるものの、ややプラトー気味というか、チームメンバー一人ひとりにもう1,2段のジャンプが求められるところで、ただ自分の介入のタイミングとして、個々が考えて試す余地をあまり残せていないなとか、そのための時間的余白を作れていないなとか、そこら辺の問題意識と反省もあり。方向性と役回りと期待値と、もう少し思い切って踏み込むのも一つかなと思いもする。
書き手としてはめっぽう筆も重くなり原稿も溜まる一方ですが、今日は久しぶりに、というかこれまでで1,2に入るぐらい、いいインタビューの時間を過ごさせてもらったなという感触があり、これがひとつのきっかけになればと願う。
先週は大阪・仙台・長野となんだかよくわからない頻度と距離で移動をした。
さすがに週末はぐったり疲れたけれど、たくさん動いて人と会って話をして、あぁでもこれが僕の本来担うべき役割や動きだなぁという実感も。
どのみち器用に理詰めで動ききれないところはあって、効率を言い出すときりがないけど、ランダムウォークからのセレンディピティみたいなものの積み重ね、あるいは数珠つなぎでここまできたところはあるので。
何かしら理由をつけて月に一度ぐらいはどこかへフラッと旅に出るぐらいの過ごし方をほんとに確立させていこうかなと。
思考や価値観が滞留しないよう、なるべく風通しよく
だけど、感じたものを咀嚼し言語化するだけの時間は確保できること
あとはそうだね、こぼれた球を拾ってくれたり、〆切逆算でケツ叩いてくれる優秀な編集者さんをだな…