ウィークリーマンションを改修して使っている飯田橋の安ホテル。ツインベッドの上に散らかった浴衣とシーツとタオルと掛け布団をたたみ、昨晩、ワインやつまみをあけるのに使ったグラスと皿をキッチンへ運ぶ。
「もしかしてそれ自分で洗う気?」
「そうだけど」
短い髪をドライヤーで乾かし終えてシャワールームから出てきたカナコに、スポンジを泡立てながら応える。
「後で全部清掃の人がやってくれるじゃない」
「好きなんだよ、洗い物」
ふーん、と言いながらカナコは寝室に戻り、床に散乱した服を拾いながら身につけてゆき、そのままベッドへ仰向けに倒れこんだ。
カナコは化粧をしない。代わりに季節を纏う。夏には夏の疾さを、冬には冬の深さを。
「私こないだ、鉄塔に登って夕陽に赤ワインをかけてきたわ」
「へぇ、それはまたご機嫌なことをしたね」
「だから、夏はもう終わるの」
ベッドに横たわって天井を見上げるカナコに返事をしながら、机の上のワインボトルを手に取り、キッチンに戻って逆さにする。ドボドボとシンクに落ちた薄紫は、蛇口から降りてきた水柱に弾き飛ばされてから排水口へと吸い込まれていった。以前いたアパートメントの排水口とはずいぶん形が違う気がしたが、うまく思い出せない。
それから僕らはエアコンを切って外へ出た。8月の際まで追い詰められた夏は最後の反撃を見せ、焼けたコンクリートから浮かぶ熱気が僕らを襲う。これはすぐにでも駅へと避難したいところだが、道の白いところからはみ出るとマグマに溶かされて死んでしまうから、気をつけて進まなければならない。
「あなたって、アドベンチャーだわ」
「運動神経、悪いけどね」
駅前の五叉路のところにあるチェーンのそば屋できつねそばをふうふう言いながら食べ、そこから駅へ向かって電車に乗り、浜松町からの空港行きモノレールの改札まで来た。
「身軽ね」
僕の荷物を改めて見たカナコが言う。
「飽きっぽいんだ」
「モノもヒトも鮮度が大事よ。悪いことじゃないわ」
言い終わるとカナコは姿を消し、僕は改札を通ってモノレールに乗り込んだ。車中でポストカードを一枚取り出し、「夏はもう終わるらしい」と一言書いて、宛名に大学の同級生の名前を書いた。彼が今どこで何をしているのか、同じところにまだ住んでいるのかは知らない。僕も差出人のところにデタラメの「住所」を書いた。
空港の郵便局でポストカードを投函し、荷物を預けてゲートをくぐる。浅い眠りと気楽な映画を何セットか繰り返せばまたあの街に着くだろう