19 畑をサボる

 暑い。

 今月は1回しか畑に行かなかった。とにかく暑いからだ。暑いというか熱い。日差しが痛い。眩しい。7月前半は梅雨で、雨ばかりだったということもある。梅雨明けしてからも、台風の影響で突然の大雨に見舞われる。晴れたと思ったらむわっと暑い。こんな日は畑仕事などしていられない。

 草が、凄まじいを超えて恐ろしいことになっていると思うと、さらに足が遠のく。虫たちのかっこうの住処となっていることだろう。うちの畑がお隣さんのご迷惑になっていないといいのだが。

 それに何かと忙しかった。在宅仕事に加えて、4月から子育て支援センターでの勤務、6月から定時制高校での勤務が始まった。朝から執筆をして在宅仕事をし、午後は勤務先へ行っていたら、一日が終わる。休日は息子を遊びに連れ出すか寝ている。息子は「畑、ヤバいことになってるやろ」と言う。耳が痛い。

 7月半ばには東京へ行っていた。仕事も兼ねて関東在住の友人たちに会いに行ったのだ。東京はこれまた暑かった。とにかく人が多い。特に渋谷は深夜でも人がごった返していて、人いきれがする。正直に言って、住む場所じゃないなと思った。

 ところが、友人宅へ行こうと小田急線に乗っていたとき、大きな川を渡った。どうやら多摩川らしい。東京にもこんなに大きな川があるのか。川の近くなら住めるかもしれない、と感じた自分がいた。

 わたしは川の側で生まれ育ち、生きてきた。地元・延岡は五ヶ瀬川、祝子川 (ほうりがわ)、北川が流れ、水の豊かな地域である。わたしの育った場所は、一級河川である五ヶ瀬川の三角州に位置する。子どものころ夏は川で遊び、思春期は河川敷で恋人とデートをし、息子が生まれてからは子どもと川辺を散歩した。振り返れば、わたしの人生は川とともにあった。

 東京に行って発見したのは、そんな素朴なことだった。

 わたしの畑がある市民農園の近くにも川がある。ここら一帯は昔は川で、そのはるか以前、もっとずっと大昔は海だったという。だから台風が来ると冠水して大変ではあるけれど、普段は地下水が豊富で、畑にもそれを汲むポンプが備えつけてあり、いつもそれで野菜に水をやっている。命の水なのだ。

 雨が降ったら水が地面に染みこむ。地下水がたまるとそれが湧き出して川になる。川の水は海へと流れ出、さらに海水が蒸発して水蒸気になる。水蒸気は雲になって雨を降らせる。水は循環している。その水が畑の野菜を、そしてわたしたちを育んでいる。水は命だ。

 今、台風6号が九州に近づいている。気候変動のせいで台風も大型化していると言う。大きな台風に襲われたとき、わたしたちは建物の中で過ぎ去るのを待つしかない。農業や畑をやっている人たちは気が気でないけれども、安全が訪れるまで、天に祈って待つしかない。

 気候変動に対処するには、と人々はいろいろなことを言うけれど、具体的にどうしたらいいのやら分からない。個人のアクションは非力に思える。……いかんいかん、畑を離れると理屈ばかりになりそうだ。

 畑はいい。実にいい。御託を並べなくても、自然の美しさを一心に感じることができる。その繊細な絵筆に心を震わせることができる。一年前の「土に呼ばれて7 夏の終わり」なんて最高じゃないか。

 わたしは再び畑に戻るだろう。もう少し、涼しくなったらね。