「制度のすき間」の困りごとをどう埋めるか、その一事例とプロセスについて - 論文(査読付):介護職員等によるたん吸引・経管栄養の法制化の経緯と論点の分析

論文(1st・査読付)が1本出ました。

「介護職員等によるたん吸引・経管栄養の法制化の経緯と論点の分析――『医療的ケア』をめぐる介護現場ニーズと医事法制の衝突・架橋の試み」
鈴木 悠平・牧野 恵子

というものです。

たん吸引や経管栄養など、いわゆる「医療的ケア」を必要とする人たちが、さまざまな当事者運動や医療技術の発展、政策形成等の積み重ねもあって、現在ではかなり多く、病院を出て自宅や施設での自立生活を送ることができるようになってきています。

そこに至るまでの変遷の中で、これは医療なの?介護なの?どういう法律でどう定義して誰がどのように?などと、「制度のすき間」にあるような問題が生じて解決する必要が出てくることがあり、本稿で取り上げた「介護職員等によるたん吸引・経管栄養の法制化」も、そのひとつです。

人体に危険を及ぼす恐れがある「医行為」は医師や看護師等の医療職しかやっちゃだめだよ、という医師法があるものの、なにがその「医行為」に当たるかは個別具体的に判断しなければならず、具体的かつ網羅的な定義は存在しないわけですが、たんの吸引や経管栄養といった「医療的ケア」は長らくグレーゾーンにとどめ置かれていて、とはいえ病院を出て家や施設や支援学校で過ごす、ALS患者や重症心身障害児やその家族にとっては、生きて暮らしていくために日常的に吸引やら経管栄養をやらねばならんわけで、とはいえ家族だけでは身が持たないので、介護福祉士やヘルパーにもやってもらいたいと、しかし介護側としてはもしこれが「医行為」で駄目ですよ、違法ですよと言われては困る・不安だ、というジレンマ。そういう現場実態に対して、厚労省は「実質的違法性阻却」という対応を取って容認してきたのを、介護職が正式に業務としてたん吸引できるように法制化しよう、という流れがあり、その検討会の分析を論文にしました、と。

医療・介護領域外の人からしたら、なんのこっちゃと思われるかもしれませんが、こういう、「制度のすき間」の困りごと・ニーズをどうにかするための社会運動や政策形成というのはいつの世も必要であって、そういうときの利害対立や合意形成をどうするんだという点では、参考にしていただけることもあると思います。あと、こういった「プロセス」をちゃんと記録し分析し、後任に引き継ぐ、ということが十分になされないことで起きうる問題もあります。

これはひとまず大学院博士課程に入っての1本目ですが、拾われていないこと・書かれていないことがまだまだたくさんあるなということで、自分自身も病気でへばったり元気になったりままならいのですが、地道にやっていきます。

立岩真也先生中心に、新たに『遡航』という雑誌が立ち上げられ、その第1号に収録されています。以下から私の論文含め全てPDFで公開されています。直にHTML化もされるはずですがひとまず。

http://aru.official.jp/m/SOKOU001.htm

上記の私が担当した論文だけ切り出したPDFファイルもあるので読みたいという方がいたらご連絡ください。送ります。

このブログにも、同論文の要旨のみ以下に転載します。ご興味持ってくださった方は本文もぜひ。

【論文(Peer Reviewed)】

介護職員等によるたん吸引・経管栄養の法制化の 経緯と論点の分析 「医療的ケア」をめぐる介護現場ニーズと 医事法制の衝突・架橋の試み

立命館大学大学院先端総合学術研究科(1)

鈴木 悠平(1)、牧野 恵子

要旨:

2012 年 4 月 1 日に施行された「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正す る法律」により、一定の研修を受けた介護職員等が、たんの吸引や経管栄養といった行為を業として行えるようになった。本稿は「介護職員等によるたんの吸引等の実施のための制度の在り方 に関する検討会」(2011-2012)議事録から、検討会委員の意見が法改正に及ぼした影響を分析し たものである。在宅 ALS 患者や重症心身障害児者などたん吸引等を必要とする立場の委員の働 きかけにより、施設以外の在宅や特別支援学校、重度訪問介護の移動中もたんの吸引等の「実施 場所の範囲」に、保育士や教員など、介護福祉士やヘルパー以外の幅広い職員も「介護職員等」 に含みうることとなった。職員研修については、重度訪問介護等の個別性の高いケアの実情を踏 まえ、「特定の者」を対象にした類型が追加された。法制化にあたってはたんの吸引等の医事法 制上の位置付けも議論になった。医行為について統一的な定義は存在しないが、たんの吸引や経 管栄養は、医行為であるとの社会通念上の解釈のもと、それまで「実質的違法性阻却」での運用 がなされてきた。検討会では医行為から外すべきとの医師会の提案があったが、生活援助行為で もありつつ医療職の関与も一定必要になる「医療的ケア」の特徴を鑑み、たんの吸引・経管栄養 の一部を医行為に含め、法令・省令で介護職員等に解禁するという結論に至った。