日本の図書館における「闘病記文庫」の開設と展開 障害学国際セミナー2023発表ポスター日本語版

2023年10月27日・28日に韓国・ソウルにて「障害学国際セミナー2023」に参加し、ポスター発表してきました。「情報化社会におけるユニバーサルアクセス」という全体テーマのもと、以下4つのセッションがありました。

  1. 環境:図書館の情報アクセス環境(物理的アクセスと収蔵物のメディア変換を含む)

  2. 政策:放送とメディアのアクセシビリティと関連政策

  3. 教育とデジタルデバイド:デバイス(インターネット、ICT、IoT等)のアクセシビリティ(情報入手過程、教育、技術的側面、障害者のデジタルコンピテンシー強化等)

  4. 発達障害者と情報への代替的アクセス(分かりやすい表現を含む)

以下、ポスター発表(日本語版)のPDFリンクと、同じ内容のテキストデータをこのブログに掲載します(現地で貼り出した英語版はこちら)。闘病記についてご関心のある方は、参考文献リストや、昨年私が雑誌『遡航』に投稿した2本の論文もご参照ください。「闘病記専門オンライン古書店「パラメディカ」が、日本の「闘病記」文化にもたらしたもの」遡航4号「インターネット普及後の「闘病記」と、 デジタル・アーカイブ」遡航8号

日本の図書館における「闘病記文庫」の開設と展開

会場に貼り出したポスター前での写真。ノルウェー・オスロ大学のCecilie Figenschou Bakkeさん(写真右側), 中国・少数派(Minority Voice)共同設立者・理事長のShen Chengqingさん(写真中央)と一緒に撮影

闘病記とは

  • 個⼈(疾患・障害のある本⼈や家族・近親者ら)が病気と闘う(向き合う)プロセスを綴った⼿記(門林[2011]) 

  • 1920年代に、結核患者が病気と能動的に戦うことを問いた手記を出したことが起源(門林[2011]) 

  • 1970年代後半から闘病記の出版点数が増加

    • ワープロやパソコンの普及による「出版の大衆化」

    • 自分の人生を物語として表現し届けようとする「自分史ブーム」

    • がんを筆頭に慢性疾患が広がった「疾病構造の変化」

  • 1990年代後半から、医療従事者たちも「当事者から学ぶ」手段として闘病記に注目

    • 告知やインフォームド・コンセントの浸透

    • ナラティヴ・ベイスト・メディスン(NBM)を重視する動き

  • 2007年以降、毎年100冊以上(多い年は200冊以上)の闘病記が出版(石井[2020]) 

闘病記の社会的意義

著者にとっての意義

  • 同じ闘病者への助言や医療への提言(星野[2012]) 

  • 思考や感情の整理を通したセルフセラピー(門林[2011]) 

  • 書くことを通して経験を捉え直し「新たなる自分」を形成する(門林[2011]) 

  • 患者遺族が闘病記を書く場合、遺族にとってのグリーフワーク(門林[2011]) 

読者にとっての価値

  • 先輩患者の体験を知り、治療法や病気との向き合い方の見通しを得る(星野[2012]) 

  • 自分の状況と照らし合わせながら、自分は病気とどう向き合い、どう生きていくかを考えることができる(門林[2011]) 

  • 著者と読者のコミュニティ形成、ピアカウンセリング効果(門林[2011]) 

大学や地域での活用

  • 市民向けのワークショップや研修会で活用(中村[2019])

  • 医学部・看護学部などの支援者養成課程で活用(中村[2019])

公共図書館における闘病記の扱いと課題

  • 日本の図書館の分類規則には「闘病記」というカテゴリが存在せず、ほとんどはエッセイや医学に分類

  • カバーや帯が外され、書名に病名が記されていないことが多く、闘病記を病名から探すことが難しい(星野[2012])

  • 闘病記は、医学図書館にある医学文献・専門書と、公立図書館にある家庭医学書や健康雑誌の中間に位置する「隙間の情報」であり、いずれの図書館も熱心に集めてこなかった(石井[2005], 星野[2012], 和田[2020])

自分と同じ病名、境週、体験、背景を持っている人の体験談=闘病記を探す人のニーズと図書館の収集・分類方法がマッチしていない

市民のための「闘病記文庫」の開設と展開

  • 1998年、星野史雄が闘病記専門オンライン古書店「パラメディカ」を開設

  • 2004年、図書館司書の石井保志の呼びかけで「健康情報棚プロジェクト」に星野が参加。司書、看護学・社会学の研究者など多職種のメンバーで効率図書館での「闘病記文庫」の開設を目指す

  • 2005年6月、東京都立中央図書館に「闘病記文庫」第1号が開設(石井[2005])

    • パラメディカのリストを参考に病名別に分類した約1,000 冊の闘病記を一括寄贈

    • 通常の開架と独立した、闘病記文庫専用のスペースを設置することに成功

  • 都立図書館をきっかけに、全国の図書館約140〜200箇所で闘病記文庫が開設(註1)

    • 「闘病記文庫棚作成ガイドライン」を作成し、闘病記文庫の開設ノウハウを提供(健康情報棚プロジェクト[2006])

    • 東京都立図書館には全国の図書館員が多く研修に来るため、モデルケースとして参照された

    • メディア取材やインターネット検索でも多くの人が闘病記文庫を知り、注目した

  • 全国の闘病記所蔵情報をネット上に「闘病記ライブラリー」としてビジュアルデータベース化(2020年末まで)

国立国会図書館での闘病記検索システムの改善

  • 国立国会図書館が、2007年6月に件名作業指針を変更

  • 「NDL-OPAC」の「一般資料の検索/申込」から「闘病・看病」を件名検索できるように

  • 「闘病・看病 骨腫瘍」など、闘病記を病名で絞り込み検索することも可能

  • 2007年6月〜2020年9月の既刊で、2047冊の闘病記、362種の病名等の付与が確認(石井[2020])

闘病記のアーカイブを巡る今後の社会的課題

  • ブログ、音声、動画、イラストなど、「書籍」化されない多様な「ネット闘病記」の普及(鈴木[2023])

  • 「当事者研究」など「闘病記」以外の呼び名の多様なナラティヴの潮流

  • 「論争中の病」や、発達障害・精神障害・依存症といった「闘病記」として拾われにくい障害の経験

  • 病名からではなく、就労や学習といった生活場面別、感覚過敏などの症状別で情報を得たいというニーズ

→「闘病記」の内容やつくられ方も多様化している。「闘病記」とカテゴライズされないものも含め、多様な「病気・障害当事者のナラティヴ」を、どのようにアーカイブすれば、市民一人ひとりのニーズにより良く応えられるのか?

文献:

石井保志 2005 「闘病記文庫の誕生ー闘病記を必要な人に届ける試み」, 『みんなの図書館』2005年9月号, 特集「病気とつき合う、いのちと向き合う」3-11
石井保志 2020 「闘病記の病名からのアクセスの可能性 -国立国会図書館の調査を中心に-」, 三田図書館・情報学会2020年度研究大会発表論文集
門林 道子 2011 『生きる力の源に がん闘病記の社会学』, 青海社 
健康情報棚プロジェクト 2006「闘病記文庫棚作成ガイドライン」, 健康情報棚プロジェクト
鈴木 悠平 2023 「インターネット普及後の「闘病記」と、 デジタル・アーカイブ」,『遡航』5:31-50
中村 智志 2019 「人生を分厚くしてくれる7000冊~伊豆半島に闘病記図書館「パラメディカ」を訪ねて~」, 『がんサバイバー・クラブ』, (2023年9月23日取得,)
星野 史雄 2012 『闘病記専門書店の店主が、がんになって考えたこと』,産経新聞出版
和田 恵美子 2006 「「闘病記文庫」は患者 ・ 医療者に何をもたらすか―健康情報棚プロジェクトの多職種協働活動を通して」, 『情報管理』49(9):499-508

註1

星野[2012]時点での推論、健康情報棚プロジェクトの2023年8月31日の石井保志氏への著者インタビューでの石井氏の推論、著者によるインターネット調査等から