週末、ムスメの運動会に備えてしばらく使っていなかったカメラの充電をしておかねばとケーブルを探しながらついでに机に積み上がった本やら書類やらを片付け、それから今月中にやらねばと思っているあれこれを進めようと思うもあまり進まず、寝室で横になり13時過ぎまで休んで近所の松屋に行った。
牛めし小盛りと生野菜セットを頼んでもぐもぐと口に入れながら、隣の席のお客さん二人の会話を聞いた。親子のようだ。お父さんは還暦手前ぐらい、ワイシャツにネクタイで、たぶんこの駅近くが職場なのだろう。娘さんは僕より若く20代後半ぐらいだろうか、お父さんと対照的に明るめの髪色とワンピースで、おそらく実家で一緒に住んでいるわけではなく別の街で暮らしていて何かの用事で近くに来たからお昼でも一緒に、という感じがする。そんなにがっつり聞き耳を立てるのも失礼な話だし、二人ともそれほど大きな声でしゃべっているわけでもないから、隣の席とはいえ会話の詳しい内容はほとんどわからないのだが、途中でお父さんが2つ折りの電話を開き、「〇〇です、今日娘がいくので予約をよろしく」と、整体かなにかの予約を取り、「5時ね」「そう、5時」「お父さんそこで足良くなったの」「うん、一発で治っちゃったよ」といったやり取りをしながら、お盆を持ち立ち上がり返却台に出してお店を出ていった。そのちょっとした親子の気遣いのような会話が妙に印象的だった。お父さんは職場に戻って午後の仕事をするのだろう、娘さんは整体の予約時間までの間どこかで時間をつぶして、予約時間にはお父さんと同じところで施術を受け、それでどこか、都内なのか別の地方なのか、自分の街へと帰っていくのだろう。
なんだかその親子の姿が、いま30代なかば夫婦と4歳の娘というわが家、わが身が歳をとっていった延長線上というか、自然な未来として、似てるとか似てないとか重なるとか重ならないとか受け入れるとか嫌だとかそういうことはどうでもよく、歳をとり肉体が衰えるなかでケアをしたりされたりする親子の姿、というものが、今日もこの親子をはじめさまざまなバリエーションで存在し展開しており未来においても自分たちがまたその一例としてこの世にいるかもしれないということが思われて、それはとてもいいことなのかもしれない。
後になっての解釈・振り返りでしかないものの、凸凹でちぐはぐな自分が、はまらないまま生まれて20数年を過ごし、理解と技術と周囲の人たちの支えで、あぁどうにか生きられるかもしれない、自分がはまるスペースがあるのかもしれないという実感を持てるようになったのは20代後半になってからの数年でようやくであり、その間に今生は無理だろうご縁もなかろうフラフラと生きていくのだろうと思っていたのを覆すかのように家族を形成する経験をし、しかしここからここ数年はまた、一度「底つき」を経験しそれに付随してままならなさを抱えたままの日々が続いているのだが、自分の心境や身体の具合がどうあれ、どうにかこうにか日々は続いており、1年2年3年と自分も妻も娘も友人たちも歳を取っているのである。それは事実だ。あのお父さんぐらいの年齢まで生きているかどうかもわからぬが、平凡な平穏というものをきっと自分も享受できるし享受して良いのだと思える。
夕方、ムスメを園まで迎えに行って、そのまま近くのおばんざい屋に入って家族3人で晩ごはんにした。少し前に、ツマが用事で外出・外食だという日にムスメと2人で入った店なのだが、すり鉢でじゃがいもと卵とサバと揚げ玉etc.を自分で潰して食べるタイプのポテサラがあって、それをムスメがいたく気に入り、「こんど3人でいってママにもたべさせてあげよう!」と意気込んでいたのだった。もちろんそのポテサラをこの日も注文し、ムスメはご満悦であった。
斜め向こうのテーブルの、おそらく営業職であろうというお客さんの姿がこれまた印象的だった。最初30代ぐらいの男性がひとり先に飲んでいて、遅れて20代ぐらいの女性がひとり入ってきた(3人席で、あと一人も遅れて来そうな様子)のだが、その女性は出で立ちから振る舞いから「営業!」って感じでとても良かった。遅れてすみませーんって先輩への挨拶もそこそこに、飲み物を注文しようと手を挙げて店員さんを呼ぼうとしていたのだが、なんかこう、手もピンって伸ばして、なかなか店員さん来てくれないからちょっとソワソワしちゃって中腰で椅子から少し浮いてる状態になっており、ジャケットも7分ぐらいにめくってるし、はよ飲みたいって感じがすごくよかった。生命力!店を出てからツマにその話をしたら、ツマの方はカウンター席の男女ペアで、女性がトイレに行っている間にソワソワなにか小声でリハーサルのようなつぶやきをしている男性の方が気になっていたとのこと。なんかこのあと大事な話をするのかな。人生。幸あれ。