[Article] 「ポリタス」記事: 「」をはずす旅――神戸・東北・ニューヨーク

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津田大介さんが運営する政治言論メディア「ポリタス」で記事を書きました。
FireShot Capture 36 - 「」をはずす旅――神戸・東北・ニューヨーク(鈴木悠平)|ポリタス 3_ - http___politas.jp_features_4_article_343

東日本大震災発生から4年が経過した3月を期に、『3.11から未来へ――困難と希望』という特集が組まれ、そこでの寄稿記事となります。

「震災」というものに対して、僕はいつも半端な立ち位置にいる。3.11当日は東京にいたので物理的被害は受けていない。その後石巻に移住して一年半ほど過ごしたが、海外留学を経て今は東京に帰ってきている。神戸出身ではあるが、阪神・淡路大震災当時は小学1年生で行動範囲も狭く、我が家の被害も小さかった。

直接の「被災者」ではもちろんないし、「支援者」という言葉もしっくりこない。あの日の震源地にたどり着くことはこれからも永遠にないし、かといって、波打ち際から完全に離れることもできない。わかりやすい足場を持たないまま、ときおりこうして筆をとる。

そんな書き出しから始めました。
震災に限らず、あらゆる「社会問題」に対してど真ん中の「当事者」、であったことが一度もないなかで、それでも自分なりに世界の事象に対してどう当事者性を持つかが僕の問いでした。

神戸と東北の震災のギャップ、その間に身を置く自分の所在なさにはよくよく悩んだもので、このブログにもいくつか思考の変遷があります。
避難所暮らしも長田の火事も知らない
After One Year ~距離とか矛盾、あるいは人間の話~
黙祷のタイミングが分からない
「」(カッコ)を外すたび ー 「被災地」と呼ばないで…?
僕は「神戸」と「東北」を結び付けられるのが嫌だった

いやはや…こじらせておりますな(笑)
ポリタスの記事は、これらのブログの思考過程が下敷きになっていますが、最後のブログから1年ほど寝かせた上での記事であり、自分の中でも少し客観視して見ることができるようになったのかな、と。個人的な体験を、仕事の記事としていわば”商品”として出せたというのは、少し前進なのではないでしょうか。

記事本文はこちらから。

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