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Diary: 2017/03/20

三連休、驚くほどよく寝た。相変わらずこの間にやろうと思っていたことは半分も終わっちゃいないが、それはいつものことだ。休んだことをポジティブに捉えるということをそろそろできるようになる必要がある。

気になったニュース。

こういう、子ども向け教育番組に、ごくごく普通にさまざまな発達特性やセクシュアリティのキャラクターが登場していってくれると嬉しい。ファインディング・ニモのドリーとかもそうだろうけど。「マイノリティの物語」としてヒロインやヒーローに置くような話ばかりじゃなくって、もっとごくごく自然に消費されていくぐらいが良いと思う。

それから、東田直樹さんのドキュメンタリー「自閉症の君との日々」が今週末再放送だという話を聞いた。

正直に言うと、まだ彼を見る自分に揺らぎがあって、難しい。昨年のアメニティフォーラムで彼と彼が登壇した講演を聴いた。文字盤ポインティングを使いながら彼が肉声で喋る、というものだったけど、ほとんど聞き取れないような声で(それが確かに彼の肉声なのだけど)、だけど会場全体は感動の雰囲気というか、「自閉症の青年が自分でしゃべっている」という絵を”応援”するかのような雰囲気で、なんとも言えない気分になったのだ。

彼は作家として、詩を”書く”ことができる。そして大勢の人に作品を届けることができる。それでもああして大勢の前で文字盤を使って”喋る”ことが賞賛されるのは、彼にとって、そして社会・文化にとって、どういうことなのだろう。と。

そのまま悶々しててもどうしようもないので、番組を見てみようかなと思う。本も買ったが積ん読である。ちょうど良い機会か。

自分の身近にもそれに該当する友人はたくさんいるのだけれど、いやそれゆえに、LGBTという括りで語られる社会イシューに対してまだ腹落ちするような自分ごとかというか熱というものが持てていないことを考えた。興味がないとか抵抗があるとかいうことではなく、むしろ「無抵抗」になんでも受け止められることに所在のなさがある(それは受け止めているのではない、ということかもしれない)。カミングアウトを受けても「そうかそうか、へー」、自ら活動をしている人の話を聞いても「なるほどなぁ」って感じで、一定の興味関心、一定の熱量で聞いている感じ。なんだろう。いや別に悪いことしているわけじゃないんだけど、なんだろう。仮に彼らがなんらか世の不公正と闘うとなったときに戦列を共にするには私はあまりに気楽である。たぶん誘われればなんでも手伝うと思うのだけど。

一般と比べると、このイシューにおける社会の側の不公正だとか、本人たちが被る不便や問題、と言ったものに対する知識はそこそこある方だと思う。のだけど、自分の身近の人づきあいとしての、LGBT当事者に該当する彼、彼女らとの結びつきにまだ肉感がない。就職婚姻住居あらゆる場面で差別や不公正があることへの問題意識を持っていたとて、僕が目の前で友人として彼らと接するときに、「LGBT問題の当事者」として接する必要があるかというと必ずしもそうではなく、むしろそういう話題があまり出ない間柄の方が多いこともあると思う。どちらかというと、自己受容が進んでいたり、現行制度や観念にたいして折り合いをうまくつけながら生きている人の方が身近な友人としては多いように思う。たとえば中高生とか大学生とか、もっと若い子たちで、アイデンティティの揺らぎに直面しているような子たちと出会えば少しは感覚は変わるかもしれない。自分から無理やり求めるものでもないけど。そういえば、鬱とか発達障害とか難病とかは、困難のただ中にいたり坂を転がり落ちる過程にいる人と一緒にいたことが多かったから、社会の側に対する問題意識と、友として彼らと接し共に生きることに、ある程度の重なりがあるように思う。

社会を構造として捉える目と、一個人として一個人と相対する姿勢に、なるべく一貫性が持てるといいなと思うし、まぁ無いならないでそれはそういうものか、とも思う。

もうすぐ卒業するインターンの学生が、大学の太鼓部の卒業公演ということで、見に行った。年度替わりには人がまた出入りする。人の流動性が大きいなかで、どこまで工夫してやっていけるかという挑戦もあるけれど、それはそれとして、もう少し中長期を見据えて積み上がっていくような人材や組織というものも考えていきたいところ。悩ましい。

夜は妻と食事。結婚記念日ということで。正確には明日だけど。
あっという間である。

Diary: 2017/01/25

行き帰りの電車で『神谷美恵子日記』をちょっとずつ読む。心の安らぎというには、ちょっと彼女の人生は鮮明でドラマチック過ぎる気がするけど、ともあれ読んでいる時間は心がpurifyされている感覚がある。

今日の帰り道は1942年、神谷28歳の頃。戦時中。私もつい最近29になったばかりだからほとんど同い年の頃。

“私の悲しい浅薄な性質も、何とかしてためること。自分が夢中でやらなかったら、人の役に立つことも絶対に出来ないのだということを銘記せよ!”
(角川文庫, 『神谷美恵子日記』p.31)

「銘記」という語句の選びといい文末のエクスクラメーションマークといい、我が身に言い聞かせて前進駆動させているような印象。この人の日記がこれからどう展開し、どう歳をとり、やがて『生きがいについて』を書くに至るのか知らないで読んでいるけれど、きっとこの時期はこう自ら奮い立たせるような生き方をするしかなかったのだろうし、実際そう生きたのだろう。

「悲しい浅薄な性質」は私にもあって、慌ただしい日々の中でも時おり顔を覗かせる。自覚したとて卑屈になる間もなくそれを全身自己変革ひいては組織変革へとつなげてゆけよと合目的的になれるぐらいには暇が無いのでそれはひとまずありがたいことだと思う。「何とかしてためる」とあるが、それはひとまず腹の底にため置いているものなのか、蓋をしていてもいつかは噴出するものなのか、ため置いている間に消化/昇華できるものなのか、今は問うまい。

年若い学生だったり、自分より長く生きていたり、部下たち。心も身体も頭の中身も究極見えやしないし、私たちは自分自身のことだって知らなかったりもするのだけれど、思う通りに動きはしない日常のなかで、銘々それぞれに本当に踏ん張って生きている。声のかけかた一つ、他人として存在することの影響。せめて私のできることで彼彼女らが気持ちよく歩いて走ってそれぞれに伸びていくことができる道をつくろう。

夕刻、仕事の諸用あって同僚と一緒に目黒まで外出した。乗り換えの駅で「桃太郎電鉄2017」の広告が貼ってあり、そのコピーが「立ち上がれ日本!」だったのだが、それを見て彼、「こういうのも世相を反映してるのかなぁ。みんなしてそんなに立ち上がらなくたっていいよ」と一言。そのことに深く深く同意するとともに、立ち上がるどころか立ち止まったら死ぬみたいな意識で走り続けている自分の矛盾。そういうものなのかもしれないし、勝手に作っている幻想かもしれない。まだ、もっと、という感覚もある。一線超えて転がり落ちないようにだけ気をつけて粛々と営む。

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Diary: 2017/01/22

エジプトへ旅立つ友人を見送りに大阪へ。出エジプトならぬ入エジプト。海は割らないけれど。

道中、オバマの退任演説とトランプの就任演説を全文テキストで読んだ。彼と共に過ごしたのはニューヨークでの留学時代で、ちょうどその頃はオバマの再選(ロムニーと競っていた)時期と重なっていた。月日が経つのは早いものだ。トランプ旋風に対して私は特段の意見を発していないが、昨今の一部インテリリベラル勢の口汚い罵りには辟易していて、それらと相まって、二人の演説を読み比べるに「そりゃ勝つよな」と改めて思った。なるほどオバマはやはり美文家ではあるが、今の世相、トランプの簡素にして直接的なスピーチは確かに人々の不安に応える(応えてくれると思わせうる)ものだった。

インテリが彼を「ペテン師」と罵ったり、post-truth時代だと嘆くのは容易いが、それでは勝てないよ、と思う。

少し前に読んだ雑誌『考える人』の特集「言葉の危機、言葉の未来」は良かった。タイトル前段だけ見れば説教臭い話が並ぶのかなと思うかもしれないが、決してそんなことはなく、全編通して言葉への信頼というか「遊び」が感じられる企画だった。

池澤夏樹のロングインタビュー。翻訳から評論、小説と、日本語と外国語を行き来しながら言葉と丁寧に丁寧に向き合ってきているであろうこの人が、しかし言葉はコントロールできないものとの”諦め”も抱き、「保育園落ちた日本死ね」が人々の言葉を打ったことにもそれなりの理由があるのだと語っている。「足し算の美学」と称してヒップホップのフリースタイルの面白さを語った都築響一のエッセイも良かった。横尾忠則が「大事なのは時間ではなく回数なんだ」と語ったこと。言葉から身体へ、軽さを追求していく営み。描く人のことばは、書く私の言葉よりも贅肉が少ない。

間近に実例があって痛感するが、起業家の言葉というのも強い。彼らには共通したリズムと語法がある。シンプルで、明快で、力強く、未来志向だ。経営者は日々膨大な情報の中で意思決定を繰り返す。その習慣ゆえか、嗅覚で本質をつかみとり言語化する。時にシンプル過ぎて危うさを感じることがあっても、やはりそれは人の心を打つ。

私も影響されてか、昼間の間は、端的で強い言葉を使う頻度が増えた気がする。それが良いのか悪いのかは知らない。イライラだけはしないように気をつけたい。

最近は重たい本はめっきり読めていなくて実学指向が過ぎるのだけど、こういうことは普段考えている、と彼と色々語った。

「何者でもない」「他の誰のことも代表しえない」ことを自分の足場としようと思う。前からそうだったけれども。

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大阪から帰って、おもむろに夜の多摩川を走った。向こう岸に見える高層ビル群の明かり、僕が暮らすのは東京だなと思った。

また一週間が始まる。

Diary: 2016/10/09 – 9月が終わりまして

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「結局、あなたは書き手になりたいの?編集者になりたいの?事業リーダーになりたいの?」
という割とクリティカルな問いをいただいたのが今年度上半期の終わり、9月でした。

何日かにいっぺん気まぐれにやってくる夏日と、直撃しそうでしない台風前後の雨風と、よくわからない気候のなかでも朝晩の冷え込みは確実に進捗し、そうこうしているうちに日中の気温もほどよく落ち着くようになり、お家では秋刀魚とひやおろしを美味しくいただたりなんかして、秋ですね。

月末月初は相も変わらずドタバタと過ぎ去っていったわけだが、それでも冒頭の問いは僕にとって大きな意味を持っており、それを常に頭の片隅に置くようになったことで、微細なところで考え方や言動、時間の使い方に変化は起きているように感じる。

もちろん、そもそも立ち上がって一年に満たない新規事業ではそんなに綺麗サッパリ専門分化するのは難しく、一人ひとりが日々自分の職能を広げ開発し成長してはじめて、チーム全体で大きな成果を出せるというフェーズなもんだから、上記の問いに対してもどれか1つ今すぐ選べるという状態でもない。

とはいえ、1月のサービス立ち上げから約9ヶ月が経ち、事業部内の体制も次第に整ってきており、この下期からはチームごとの役割やKPIが明確に分かれて動きやすくなってくると思う。ユーザーに長く使い続けてもらうための仕組みやサービスを設計し実装するチームもおり、それを適切にどう収益化していくかを検討するチームもいる一方、僕のチームは、引き続きメディアとして良いコンテンツを出してユーザーとの接点を最大化していく、というのがミッションになる。

という状況を踏まえて自分は冒頭3つのどれに力点を置いて働いているのか。

実際の自分の役回りとしても脳内シェアで行っても、今は「事業」をつくるというプロセスのなかで、どうコンテンツをつくっていくか、そのための組織を作っていくかという、3つ目の要素の方が強くなっているなと感じる。

今は所属部署の「編集長」という肩書きで、要は事業のなかのコンテンツ部分に責任を持つ役回りなのだけど、そこでは、どんな企画を打ってどうそれを世に届けていくかという編集者的な要素と、一緒に仕事をするライターや編集者が成長して活躍できる環境づくりや、収益化を見越したコンテンツの引き出しづくりといったマネージメント的な要素が両方求められる。

で、今の事業フェーズ的には後者、自分ひとりのプレーよりもチームをどう作って勝っていくかということの方が重要であり、今までピン芸人的にフラフラやってきた自分としても新たな挑戦であるし、やりがいも感じてはいる。

一方で、自分自身もプレーヤーとしてちゃんと育って立てているかというと、まだまだ足りないところが山ほどあるわけで。

編集者としてはどうか。実は、本格的に「編集」をメイン業務として働いた期間はここに来てからが初めてといってもよい。これまでは「ライター」として働いていたので、共通する要素はあれど、やはり違う職能である。特に自分はコピーライティングやエディトリアルデザインに関しては相当弱いというか、からっきしである。

小さいチームなので、自分でもいくつか記事の編集は担当しており、最近だとこれはけっこうヒットした。

「障害者の感動ポルノ」を巡る議論で、私たちが見落としていること

時制に合わせて企画を打つ、みたいなところはそこそこ向いているとは思うが、それでもまだこのメディアで本格的に攻められているかというとそうではないし、自分としてもまだ走りきれていない感はある。

書き手としてはどうか。先週久しぶりに、自分で企画からインタビューからライティングまでやった記事を出して、これもまぁヒットはしたのだけれど、予想の範囲内としては範囲内で、むしろこれでヒットしなければ書き手として情けないレベルである。

モデル・栗原類、「発達障害(ADD)って、隠してたつもりはなかったんですけど笑

慌ただしくはあったが、久しぶりに、自分で聴いて、書いてというのはやはり楽しかったし、もうちょっとこういうのをやっていきたいな。

あと、インタビューはさておき、ブログやらエッセイやら、久しく主語自分で書く、ということを出来ていないので、そこら辺の感受性といういか、内面を掘り下げる力は鈍っているように思う。

…そんなわけで、チームや事業は着実に立ち上がってきているし、自分もそこに一定の寄与はしていると思うのだけど、編集者としても書き手としても、もっともっと走りたいな、攻めなきゃいかんよな、という危機感もあり。もにょもにょ。

結局、仕事というのは一人で出来るものではないので、全くの自由などというものはあり得ない。択一というものでもないし、どのバケツにもまだまだ全然水が入っていないので、ある程度の期間は同時並行で成長する余地があるとは思う。しかし、同時並行だったり、時間や資源に制約があるなかでも、自分にとって一番にょきにょきと食指が伸びる方向はどちらなのか、ということには意識的であるべきだよな。

いずれにしたって社会の小さな歯車の一つとして我が身をどう使うかってことでさぁね。

Diary: 2016/08/26

A photo posted by Yuhei Suzuki (@yuhei1203) on


The smallest Japanese pub with the longest history in Shibuya.


新しい組織が出来上がるとき、しかも内外から様々なバックグラウンドの人間が集まる以上は、そうそう簡単に共通認識が取れるはずもない。仕事を進める上での考え方や価値観、人への評価の物差しや関わり方も違って当然で、どちらが偉いとか正しいというものでもない。

だからこそ、一見非効率に見えるが、しつこいぐらいにコミュニケーションを取り続けて、数字や言語に現れない、お互いが言外に発しているメッセージをたくさん浴びせあって、じわじわと身体に染み込ませていくことが必要なのだろう。会議体とか権限とか議事録やメール共有といったもろもろの情報流通経路も、文化と信頼感情勢の補助ツールに過ぎず、そういうものをルールとして整備しているからといって、「もう十分でしょ、分かるでしょ」というわけにはいかない。

「発言してくれないないと分からないよ」とか「オーナーシップを持って自ら行動せよ」とは言うが、適切なタイミングや方法で問いを投げかけて初めてその人らしさや、その人が腹に抱えていた言葉が発露することがある。

出来る限り関係性はフラットでオープンに、という近年の潮流には基本的に賛同するところであるが、それが自然とできるようになるまでの道筋は、人や組織によって様々な傾斜やうねりがあること、ある程度の時間がかかることを忘れてはならない。

メディアをやる以上、多かれ少なかれ私にも野次馬根性とにぎやかしの魂胆が備わっていていることは間違いない。

ダサいものは作りたくないし、多くの人に届かなければ意味がない。同じ分野で、いいコンテンツを別媒体に先に出されると悔しいのは当然である。

とはいえ美学がなければお終いである。

判断のモノサシをどこで持つか、いざというときにすぐブレーキを踏めるかどうか。チームやメディアが育ってきているときこそ、そういうことを自分は考えねばならない。

風邪と歯ぎしり

「もう11月だからね。その格好寒いでしょ」
「季節感ないってよく言われるんですよね。衣替えのタイミングがみんなよりいつもワンテンポ遅い」
「それだけ毎日があっという間に過ぎているってことだね」

学生時代からお世話になっている吉祥寺のセレクトショップ。最近移転拡張したお祝いがてら、冬物を買いに行って、着心地が良かったものだから、着てきたものを袋に入れてもらって、そのままほぼ一式着替えてお会計を済ませた時の会話。引き始めだか治りかけだか分からぬ、大した重さでもないくしゃみていどの風邪をこじらせながら、確かにもうこの薄手のジャケットでは寒いなと思った。

遡って昼下がり。先日直したばかりなのにまた落としてバキバキになったiPhoneの画面修復のため、渋谷のアップルストアに行った。待っている間、向かいの紀伊国屋書店で、講談社『過剰な二人』林真理子×見城徹という本を買って読んだ。

林真理子さんの本はまだ一冊も読んだことがない。一時期書店に平積みされていた『野心のすすめ』の帯写真で、「あ、なんかすごい業が深そうな人だなぁ」という印象を抱いていたぐらいだ。見城徹さんのことも、幻冬舎という出版社はさすがに知っているものの、編集者としての彼自身の仕事については詳しく追うこともなかった。最近では『殉愛』や『絶歌』関連の騒動で、その名前を目にすることがあった程度だ。

なのでジャケ買いである。

“二人はいかにして 
コンプレックスと自己顕示欲を
人生のパワーに昇華させてきたのか。”

という帯の文言。

表紙の二人の写真。
自分には及びもつかない修羅場をくぐり抜けたことを想像させるドッシリとした佇まい。
しかしその眼にはなおギラギラした光が宿っている。

これは今読まねばならない本だと知った。

10月は色々なことに翻弄され、イライラと焦りが募った。
それは周りにも伝わる。
日中、気がついたら歯を食いしばっていた。
夜も寝ていて歯ぎしりがあると指摘された。

自己顕示欲と自己嫌悪の振れ幅の大きさが人をつくるという話。
仕事上の運をつかむのは自分の意思であり、圧倒的努力でしかないという話。
幼い頃に卑屈さを溜めた性格の根っこが変わらないとしても、人間関係のコツを掴んで生きやすくなることはできるよいう話。

まだまだやれることはあるなと知った。

Lightness of free-will / 手持ちのカードで

August 23th, 2015 Sunday

I want to protect the right to self-determination on my life, and I do respect other one”s right to that. But sometimes I suspect substantiality of ‘free-will.’ Whenever we make a decision, we consider external factors, resources we can manage, other one’s expects, social norms etc. My life and your life influences each other, and both keep changing. Last week I went back to my home, because of ‘obon’ season, Japanese holiday. Especially in Japan, band of family is strong. Parents’ and grand-parents’ will sometimes put pressures on children on their lives. I do thank and respect my families, of course, but when they ask many questions on my life, especially my career, income, private love affairs, I feel irritated. Well, but it’s also my life and my self-decision on how to communicate with my families. Though their life and their will inevitably influence my life, at least I can choose the way to face them.

午前はだらだらと寝て過ごし、午後から稼働。某所で「合理的配慮」の話をした。障害種別やニーズに応じた個別の手立てに関しては色々な例示が出ているが、じゃあそれを実施するまで誰といつどうやって相談すれば良いの、実施した後はどうなるの、と合意形成やメンテナンスの「プロセス」に関する情報がまだ曖昧であるからみんな困っている、というのが現状。このような法律的文言が出てくる前から、やれている学校はやれていただろうし、法律が施行されてからも、うまくいかないところはうまくいかないだろう。地域ごとに、人材育成や設備投資をはじめ基礎的環境もまちまちだから、与えられたカードでどううまくやっていくのかという、生きた知恵を届けていく必要がある。

基本的には、お互い、持てるものを差し出し合う。その中で出来ることを共に探求し続けることだと思う。これは狭義に「障害」の分野とか「学校・家庭関係」に限った話ではないはずで、どちらの側にも「答え」が見えない時のお作法だ。

配慮を必要とする当事者・保護者はできるだけ具体的に困っていることを表明・相談する。配慮を提供する側は、現状のリソースで出来うることを整理して提案する。曖昧なところがあればそれぞれの状況に対してお互いが聴き合う。当事者対当事者では言語化が難しい状態であれば第三者が翻訳に入る。その繰り返し。しんどいけど、その繰り返しの中にしか見えてこない、と思う。

それにしたって、保護者の方々は本当にお子さんのことを考えて多くの不安や疑問を抱いているのだと思う。こちらからのお話を終えた後に質問が途切れなく続き、そのことを強く感じた。少しでも多くのモデル事例を自分たちで作っていくこと、手立て・制度・組織運営…リサーチの網を絶えず広げていくこと、それらを分かりやすく編集して届けていくこと。自分の役割だ。よりスピードを上げていかないと。

仕事を終えて夜に電話を2件。「やるべきこと」、「頼まれて断らずにやること」、「自分がやりたいこと」があったとして、あなたは前2者の優先順位が高すぎるのだと言われ、それはわたしの人生おおむねずーっとそんな感じだなと認めつつ、ある種主体的に受動的である戦略をとっているというか、前2者をやるなかで学ぶこと、気づくこともあるしなー、みたいな、まぁそれは言い訳なんだろうけど。パンクするのか飽和するのか、うまく比率をスライドしていくのか。そうだねぇ。

先立つものは金である。借金返さにゃならんのだよ。

先日帰省して、例のごとく実家の親族一同とのやり取りを淡々とやり過ごしたのだが、また彼らのことを思い出した。

思うに、「新しい世代」の恋愛観・結婚観・家族観がどれほど変容したって、生まれた家に連なる親・祖父母世代との縁を断ち切らない限りは2世代50〜60年の幅で価値観のギャップと向き合わざるを得ない。テクノロジーと自由主義が生殖と育児すら解体する未来が来るかもしれんがだいぶ先だろう。

父方の祖母はお金にがめつく、また悪気なくどこでも誰に対しても自分の好き嫌い、特に嫌いの部分を脊髄反射で言葉に出す人で、そんな人に「ヨメ」や「稼ぎ」のことを聞かれる度に暗澹たる気持ちになる。「結果、ああなった」戦中戦後育ちの祖母の物語に何も言うつもりは無いが。自分はこの人の孫なのだという厳然たる事実。

まぁ、他人の物語の圧力とどう対応するかも含めて自分の物語だ。向き合うのか逃げるのか、向き合った結果、消化するのか、押し潰されるのか、引きちぎるのか、距離を空けるのか。選ぶ余地がそもそも小さいことも往々にしてあるが、それでもやはり、与えられたカードの中から選択する意思は持てるのだ。

「長く短い祭」 椎名林檎
さいきんずーっと聴いてる。

PLAYBACK NY in TOKYO

August 7th, 2015 Friday

At another Blue Note in Tokyo. Same jazz band, same opening song I listened in New York. What a coincidence, a friend invited me to his live last night. Bitter flavor of lager beer reminded my memory. About 1 and a half year has passed after I came back to Tokyo. Is it long? Still short? Doesn’t matter. I just enjoyed this wonderful night.

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His name is Takeshi Ohbayashi, a jazz pianist in NY. He’s originally born and grown up in Hiroshima, Japan. When I was in NY. a friend who was a friend with Takeshi in Hiroshima came to NY for a short travel, introduced him to me. We went to Blue Note NY, and listened his play. He was in TAKUYA KURODA QUINTET, a great NY Jazz band.

This time, another friend reconnected us. She’s working in a company that produces music instruments, and she’s in charge of producing and selling shinthesizer. One day she and Takeshi contacted, cos Takeshi was interested in her shinthesizer. She checked his Facebook and found that he and I were mutual friends. Soon we contacted together, and Takeshi invited us to the concert last night. What a small world!

Last night’s concert was, “JUJU JAZZ LIVE 2015 with TAKUYA KURODA QUITET from NY.” JUJU is a famous Japanese singer song writer, who I like very much. And, yes, TAKUYA KURODA QUINTET was the band Takeshi played and I listened in NY. The concert was really really nice. I forgot the time, and swung my body and heart.

After the concert, three of us met again, enjoyed whiskey for a while, and said good bye, promising to meet again NY, Tokyo, or somewhere in the world. Music must connect us!

友遠方より来る。それも2人。再開の地はBlue Note Tokyo。一人は演奏者として、もう一人はゲストとして。あの日NYで彼の演奏を聴いた時と同じ曲、場所は違えど同じBlue Note。ラガーの苦味が記憶を蘇らせる。

演奏者の友達は、Takeshi Ohbayashiという。広島出身のジャズピアニストで、NYを拠点に演奏しつつ、今回のようにツアーで世界各地を回ることもしばしば。僕がNYに滞在していた頃、偶然こちらに遊びに来た、彼と広島時代からの幼なじみである友人の紹介で出会った。

帰国してから1年半ほど経った今日この頃。これまた別の友人からの連絡が。大学時代の同級生・同居人で、いまは某社でシンセサイザーの企画・販売をしている。たけちゃんと仕事でやり取りすることがあったらしく、Facebookで共通の友人を調べたら僕がいてびっくり、とのこと。そのまま3人で連絡を取って、東京で会おうということに。タイミングが合い、たけちゃんの好意もあって、最終夜のライブへ招待してもらった。

この日のライブは”JUJU JAZZ LIVE 2015 with TAKUYA KURODA QUINTET from NY”。この黒田さんのクインテットが、NYでたけちゃんのピアノをはじめて聴いたバンドである。たけちゃんと黒田さんとJUJUの3人は、NYで出会った縁らしい。

ライブはとても楽しく、あっという間だった。1曲目がNYでのライブの1曲目と同じ曲で。そうだと思い出すのに一瞬時間がかかって、気づいた時の感動と言ったら!2曲目からJUJUが登場、明らかに体験談入ってるだろっていう、濃い〜恋の物語をMCでしゃべりつつの、恋にまつわるJAZZの名曲の数々を披露。なんか乙女とスナックのママを足して2で割ったというか、行ったり来たりしてるようなキャラでかわいらしかったけど(笑)さすがに歌も演奏も素晴らしく、「Take 5」なんか最高にオシャレでした。アンコールはJUJUのオリジナルナンバーである「PLAYBACK」をラテン調アレンジで。Blue Noteなのに会場ほぼ総立ちで手拍子とコーラス。

終わってから終電間際までたけちゃんともう一人の友人と3人で語らう。楽屋プレゼントの赤福を持ってきてくれて、ウイスキーと一緒に食べた。Blue Noteで赤福食べる人なんて僕達がはじめてじゃないだろうか。

今度はNYか浜松か東京だね、なんて言いながら解散。それぞれ住む場所は違うのだけど、プロの演奏者と、楽器を売る人と、ペーペーの素人と、「音楽が好き」というシンプルな1点で結ばれているよ。

Rush and… / 長距離走

December 2nd 2014, Tuesday

December has another name “Shiwasu” in Japanese, which means seniors rush busily, because of year-end jobs. Though not yet senior, I’ve been also busy these days, even before December. Teaching, interviewing, writing, researching, analyzing etc. So I missed chances to write my personal blog. Also, I’ve missed opportunities to speak English after being back to Japan. So, to be honest, I haven’t had a strong motivation to write English blogs or essays, nor even found a topic to write. Just as one output in English writing, I submitted a research article to an academic journal in the field of psychology and occupational health. Just waiting their response and acceptance… Anyway, need to have a moderate and calm breath, even in busy days.

あっという間に12月、なんてこった。師走である。めっきりブログを書けていない。EssayやWorksはおろかここのDiaryも更新できていないというのだからお粗末である。貧乏暇なしと言うべきかチャンスをいただけて有り難いというべきか、忙しくも濃密な日々が続いている。塾講ライターリサーチャー企画編集研修屋ともう何屋か分からん感じである。追い込んだ甲斐あってか、どの方面もいくつかのアウトプットが出て、全体的にはスキルの底上げがなされた半年だとは思うが、このまま同じペースでやってても頭打ちだなという感覚を強めている。

というのも先日、予定よりずいぶんずいぶん遅れて(ごめんなさい)取材記事原稿を書いたのだが、これに書きあぐねた原因は結局日々のインプットと整理整頓不足にあるだろうと体感したからだ。付随して、ライター業以外の諸方面の仕事での不完全燃焼感とドタバタ感もこれに起因するなと気づいた。幸か不幸か中途半端な器用さと若さゆえの馬力で表面的にはやることやれてるように見えなくもないが、時間も体力も当然限りがある。このままではまずかろう。最近比較的安定しているが、僕はやはり情緒不安定クラスタなので、一度つまずくと全部崩れるので、危ない。単純に知識とスキルを増せばスピードが上がる余地はまだまだあるわけで、インプットとアウトプットの質が良くなれば仕事の仕方も役回りも変わってくるだろう。

チャラチャラ人に会って繋げたり毒にも薬にもなら情報発信なぞやっても意味がないのだ。結局自分自信の審美眼と表現力を養わなければ質の高い仕事なんてできないのだから、働きながらもちゃんと勉強を続けねばならぬ。

これはまずいなと思ったので、一日の中に強制的にでも読み書きの時間を入れねばならぬ。というわけでレーモン・クノーの『文体練習』。あと読書メーター。ええいこんなソーシャルツールなんぞと思ったが、なんでも使い様だ。

あ、そろそろ歳をとる。Worksのページを更新しよう、そうしよう。あと、こういうタイミングにかこつけてメルマガ再開しよう、そうしよう。