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Diary: 2016/10/09 – 9月が終わりまして

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「結局、あなたは書き手になりたいの?編集者になりたいの?事業リーダーになりたいの?」
という割とクリティカルな問いをいただいたのが今年度上半期の終わり、9月でした。

何日かにいっぺん気まぐれにやってくる夏日と、直撃しそうでしない台風前後の雨風と、よくわからない気候のなかでも朝晩の冷え込みは確実に進捗し、そうこうしているうちに日中の気温もほどよく落ち着くようになり、お家では秋刀魚とひやおろしを美味しくいただたりなんかして、秋ですね。

月末月初は相も変わらずドタバタと過ぎ去っていったわけだが、それでも冒頭の問いは僕にとって大きな意味を持っており、それを常に頭の片隅に置くようになったことで、微細なところで考え方や言動、時間の使い方に変化は起きているように感じる。

もちろん、そもそも立ち上がって一年に満たない新規事業ではそんなに綺麗サッパリ専門分化するのは難しく、一人ひとりが日々自分の職能を広げ開発し成長してはじめて、チーム全体で大きな成果を出せるというフェーズなもんだから、上記の問いに対してもどれか1つ今すぐ選べるという状態でもない。

とはいえ、1月のサービス立ち上げから約9ヶ月が経ち、事業部内の体制も次第に整ってきており、この下期からはチームごとの役割やKPIが明確に分かれて動きやすくなってくると思う。ユーザーに長く使い続けてもらうための仕組みやサービスを設計し実装するチームもおり、それを適切にどう収益化していくかを検討するチームもいる一方、僕のチームは、引き続きメディアとして良いコンテンツを出してユーザーとの接点を最大化していく、というのがミッションになる。

という状況を踏まえて自分は冒頭3つのどれに力点を置いて働いているのか。

実際の自分の役回りとしても脳内シェアで行っても、今は「事業」をつくるというプロセスのなかで、どうコンテンツをつくっていくか、そのための組織を作っていくかという、3つ目の要素の方が強くなっているなと感じる。

今は所属部署の「編集長」という肩書きで、要は事業のなかのコンテンツ部分に責任を持つ役回りなのだけど、そこでは、どんな企画を打ってどうそれを世に届けていくかという編集者的な要素と、一緒に仕事をするライターや編集者が成長して活躍できる環境づくりや、収益化を見越したコンテンツの引き出しづくりといったマネージメント的な要素が両方求められる。

で、今の事業フェーズ的には後者、自分ひとりのプレーよりもチームをどう作って勝っていくかということの方が重要であり、今までピン芸人的にフラフラやってきた自分としても新たな挑戦であるし、やりがいも感じてはいる。

一方で、自分自身もプレーヤーとしてちゃんと育って立てているかというと、まだまだ足りないところが山ほどあるわけで。

編集者としてはどうか。実は、本格的に「編集」をメイン業務として働いた期間はここに来てからが初めてといってもよい。これまでは「ライター」として働いていたので、共通する要素はあれど、やはり違う職能である。特に自分はコピーライティングやエディトリアルデザインに関しては相当弱いというか、からっきしである。

小さいチームなので、自分でもいくつか記事の編集は担当しており、最近だとこれはけっこうヒットした。

「障害者の感動ポルノ」を巡る議論で、私たちが見落としていること

時制に合わせて企画を打つ、みたいなところはそこそこ向いているとは思うが、それでもまだこのメディアで本格的に攻められているかというとそうではないし、自分としてもまだ走りきれていない感はある。

書き手としてはどうか。先週久しぶりに、自分で企画からインタビューからライティングまでやった記事を出して、これもまぁヒットはしたのだけれど、予想の範囲内としては範囲内で、むしろこれでヒットしなければ書き手として情けないレベルである。

モデル・栗原類、「発達障害(ADD)って、隠してたつもりはなかったんですけど笑

慌ただしくはあったが、久しぶりに、自分で聴いて、書いてというのはやはり楽しかったし、もうちょっとこういうのをやっていきたいな。

あと、インタビューはさておき、ブログやらエッセイやら、久しく主語自分で書く、ということを出来ていないので、そこら辺の感受性といういか、内面を掘り下げる力は鈍っているように思う。

…そんなわけで、チームや事業は着実に立ち上がってきているし、自分もそこに一定の寄与はしていると思うのだけど、編集者としても書き手としても、もっともっと走りたいな、攻めなきゃいかんよな、という危機感もあり。もにょもにょ。

結局、仕事というのは一人で出来るものではないので、全くの自由などというものはあり得ない。択一というものでもないし、どのバケツにもまだまだ全然水が入っていないので、ある程度の期間は同時並行で成長する余地があるとは思う。しかし、同時並行だったり、時間や資源に制約があるなかでも、自分にとって一番にょきにょきと食指が伸びる方向はどちらなのか、ということには意識的であるべきだよな。

いずれにしたって社会の小さな歯車の一つとして我が身をどう使うかってことでさぁね。

Laugh it out / へらへらとはたらきたい

October 7th 2014, Tuesday

If you divide the whole system into tiny, tiny pieces, limit the target, it may be easy to run the race. But sometimes what you took away from your scope returns to you from an unexpected side. To see the forest, and make it sustainable as a whole, sometimes “working hard” may be a bad tactic. How difficult to be sincere to your mission and laugh it out at the same time.

現状維持は後退だ、とも言いまして、やはりある程度の張りを持った前進運動というのは必要なわけですが、結果の大小によらずがんばることそれ自体が美徳となったり、それが他者への静かな圧力に転化したり、果ては機能不全を個人に帰責したりようになればそれは本末転倒なわけです。

ため息飲み込む人が一人でも減るように働くのだ。仕事は楽するためにやるもんだ。自分がいなくなっても良いところまで持ってくのが仕事だ。

課題を限定して単線レールを敷けば、走って結果が出るゲームになるのだけど、視界から切り捨てたものの思わぬ逆襲を後から受けることになるのだよ。走りながらやわらかくあるということはいかに難しいか。

そういうわけでなるべくいつでもヘラヘラとはたらきたいとおもっている。

Take a breath under typhoon/ 一週間のあれこれ

October 6th 2014, Monday

Typhoon directly hits Tokyo today, and I stay in safe at home, cos Monday is off for my shift roster. Meetings for individual jobs has been switched to Skype. For me, this summer was rather like a typhoon, especially from August to September. And now, take one breath at last. Working as a teacher/researcher/writer, I realize again, what is important is to design a new context while understanding a complex network within which I and others interact. So I need to keep moderate tempo, not too fast, not too slow.

9/29(月)
日中は会社の全体研修であった。上期の取り組みと実績を発表して他拠点と優勝を競う的な。

結果はというと、優勝はできなかった。4位。悔しい。

演出含め、場は完全に持って行ったんだけど、勝てる評価に結びつく伝え方で落ち度。ぐう。

地域へのアプローチやご家庭とのコミュニケーションなど、他拠点から学ぶことが大いにあった。下期で。

夜、渋谷ヒカリエでmy Japan “Creative Summer Camp”の結果発表会見学へ。取材兼ねて。CMってな難しいね。良いものを良いと思ってそのまま伝えても他人にはほとんど刺さらない。

小布施に移住した友達とばったり会場で再会。今回の長野市のアテンドもしていたと、主催の人から聞いていたけど、当日来ているとは思わなんだ。嬉しかったなぁ。

9/30(火)

論文ひと通り書けた。ペン大ダックワース教授が提唱したGrit(https://sites.sas.upenn.edu/duckworth 日本語では「やりぬく力」とか訳される)とパーソナリティや仕事のパフォーマンスの関係を日本人対象に分析した研究。まだ粗いので細かいところ色々整えねば…

向こうの請求額ミス支払額が足りなかった大学院の学費、例のごとくまったく詳細説明なく支払いスケジュールを知らせてきた。散々送った質問や確認メールの返信も遅いし答えないし。もう慣れたが。

留学資金含め各種支払はスケジュールと額を工夫してるし、兼業分のお仕事増やしてどうにか月々のキャッシュフローは回るようになった。が、フリーの請負業だとそろそろ使える時間に限界あるし、自分がうまくチームとお金作ればもっと色々出来るのになというもどかしさもある。

別に贅沢もせんでええし幸せという何やらにも興味はないので、誰かとor誰かのために何かをしたいって時にすぐ動かせるだけの資源が欲しい。つくる。

半年以内には個人の仕事やお金の取ってき方はギアチェンジしてかなならんし、1〜2年以内には、何かしらの業態で自分の看板は立てんとなと思っている。今一緒に仕事している人たちとても好きなので、雇用・労働形態が変わっても、いやむしろより気持ちよくコラボできるように、立ち位置変えていきたい。

はたらけどはたらけどなんとやら

と、思ったら来月再来月追加のお仕事をもらった。助かる。

現代の家内制手工業。

10/1(水)
全体研修明けてのスタッフ全員集合。

気持ち、折れてない。むしろ、うにゅー、発奮。
次は勝つ。

おいしいものを食べたい。
カツオを食べに、ほんの少しだけ北上したい。
いや、そんなことよりはやくお祝いに行きたい。とどのつまり小名浜に行きたい。

10/2(木)
朝、論文の続き

統計処理からテーブルづくり、出来なくはないんだが明らかにムダな作業してるだろー自分って感覚あるときにガチ統計クラスタに聞くとパパっと鮮やかな手順を教えてくれるもんだから頼りになる。時たま「こっち側においで」と言われる。行かない。

とはいえだいぶRとは仲良くなった。

ほんとは夏目漱石とかよしもとばななを愛する文系青年のはずなんだけど、最近なぜだか数字ぶん回して味気ないセンテンス書いてる。

出社、退社、からの、出社

上司と面談。自分の性格や考えをよく理解して色々挑戦させてくれるからありがたい。やりたいことや感じた違和感はひとつひとつ仕事で形に変えていくのだ。

授業。褒めたり、一緒に遊んだり、ちょっと叱ったり。

10/3(金)
よう働いた。

「どもりはあともどりではない、前進だ」(武満徹)って、子どもたちに教えてあげたい。
言葉と伝え方を変えて、伝えたい。

楽しそうにしゃべって帰ってくれたな、今日。

10/4(土)
朝と昼休みに論文の手直しをした。あとちょっと。

出社。

色んな事情、色んな人生、ある。

やれることやるしかないが、やるせない。

阿佐ヶ谷で夜。美味しいと評判の餃子屋「豚八戒」は今日も満席だった。
入ったお店に日高見があったんで呑んだ。

何やってるのか一言では説明しづらいし、そろそろ、「お仕事リスト」をまとめてウェブに上げたほうが良さげ。

10/5(日)
雨の日は、街のテンポが遅くなるから、ちょっとだけさみしい、ちょっとだけやさしい。
ここのところ論文読んでばかりだったので、通勤電車で久しぶりによしもとばななを開いた。
仕事前にテンション下がる。これあかんやつや。

色々ある。
色々あるが、子どもたちの笑顔と優しさに癒やされた。
授業について。迷ったなら基本に立ち返る。目標と手立てを具体的に絞る。仮説を持って色々様子を見てみる。と、端緒が見えてくる。

いつの間にかすっかり、「先生」、やってるなぁ。笑える。

台風近づいてるのでササッと定時退社。明日は休校。

家に帰って論文の直しを上げた。あとは校正にかけて本提出。

iPadのにゃんこ大戦争とFF Record Keeperをだらだらとやった。

Float on the city / ベンチから眺める街

28th October, Monday to 2nd November, Saturday 2013

The first week of my trip, I stayed in London. Most of the visits to specialists and organizations related to our research on home nursing were in Hatfield, a beautiful country area 30 minutes north from London by train, but had also good times in London in the evenings.

One significant characteristics of UK’s health system is that medical service, provided by NHS basically for free and social service, provided mainly by local authority are clearly divided. Home care, especially for elderly care is a point where both sector come across and contact the same person, an individual who live in their own home and community, and have various needs based on their daily life, which includes both medical services and domestic/personal services (bathing, cooking, washing etc.). Since our main focus was a nursing service, we visited related professionals and organizations, but at the same time, I had always paid attentions to other sectors and comprehensive systems, though it was too complicated. We met faculties of the University of Hertfordshire, and NHS hospitals/community services, the Royal College of Nursing (trade union for nurses), and the Queen’s Nursing Institute, a organization for support and advocate of home nursing. As I mentioned, there is a fragmentation of the overall health system in UK, and varieties across local districts, so even for specialists or organizations in UK, it was difficult to gain figures or materials of all the necessary information such as workforce, service delivery. Thus, it was important to know what is missing pieces and how to infer that. …Still my brain is storming after lots of visits and additional documents, I try to grasp the overall picture and build our final report to client.

Anyway, despite fragmentation of the system, and huge decrease in budgets and workforce, especially for district nurse, a key player of home care in community, I was impressed with lots of efforts by practitioners and organizations. A district nurse, with whom I visited several homes of local residents, who had various diseases and needs, showed me how she communicated with each of them, and also their relatives and other actors such as social workers. Her caseloads looked very large, and it sounded partly because of recently decrease in human resources (but still she worked so hard every day every week). The Queen’s Nursing Institute impressed me with how they made research by themselves such as surveys to practitioners, and advocate to policy makers to approach problems in the field. The quality of their reports and pamphlets were so high, and that told me their professionalism to fight to realize their goal, not just criticizing the government.

*

In the evening, though half of time I fell down asleep after back to the hotel, I could met my friends living and studying in UK. It was so happy for me, cos they showed me parts of their daily life here, what they see, what they love, how they feel and do, while walking around the town with them. Not only here, I always feel myself a foreigner, or drifter. I never imagine, so far now, to settle in one place for long time, say 5, 10, or 20 years. So wherever and whenever I visit some town, I look and walk around the town with an eye of observer, never a inhabitant. My thoughts and feelings tend to float, and that’s why I respect each of you, who settle in a community, keep your own rhythm and tempo of your life and work, and warmly welcome me, with happy smiles telling me what you love in our town. Though short stay every time, I never forget your kindness. Thanks a lot, and hope to see you someday somewhere again.

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その街に住んでる友達と一緒に歩くのが良い。ヨソモノの僕が素朴な疑問と感動を繰り返す一方で、彼/彼女が日々、その街をどう見て、何を愛でているを知ることができるから。「知ること」それ自体が二人の散歩の目的でないのも良い。

パブや居酒屋に集まってお酒片手に「ぼくの/わたしの人生ハイライト/ダイジェスト」を順繰りに話し、気持ちが高まった拍子に未来や夢の話をしちゃうのも、勿論楽しいことだけれど、目的もなく歩行のリズムで、話すともなく言葉がこぼれてくる時間は、よりいっそう愛おしい。

なんだかんだと観光スポットは良い。基本的にはヨソモノしかいないから、非日常の気楽でバカに明るい感情が溢れていて、あまり余計なことを考えずに住む。ハグをしたり写真を撮っているその様子を、その街に暮らしている友達と、ベンチに座って眺めるのも良い。

お気に入りのマーケットに連れてってあげる、と言われ、行ってみたものの時間が早すぎたり休日だったりして、「普段はここもっと賑やかなんだよ!」なんて弁明されるのもまた良い。

それにしたって僕には根が無いね。

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「外食続きでつかれたでしょ!」と、おうちに連れてってもらい、手料理をごちそうになった。こたつに寝転んで待っていたらうたた寝してしまって、おいしそうなにおいで目が覚めた。

しあわせってな、オムライスのことだよ。

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Need to settle on the ground / 夜を置き去りにして空かける

October 26th, Saturday to 27th, Sunday, 2013

October is passing so fast, I cannot. believe it’s almost the end of the month… Though it is fortunate, honorable, and exiting that both my works and studies go well, and thatI have lots to do, I worry my breath, and therefore thoughts being shallower. Thus it was so good for me that one of my friend invited me to a Japanese tea ceremony. In a tatami-mat room, taking every step to be in a polite manner in that world, and having delicious tea, gave me both tension and comfortableness. Quietly listening to sound of water, and tea processing, I realized, I as a Japanese do need such a time. I love New York, but this town has a too quick tempo and rhythm, and if I won’t be careful, I easily lose a time and opportunity for meditation.

But ironically, immediately after quiet and slow time at the tea room, I rushed to the Newark International Airport to get on an airplane to London, for the purpose of my research trip on home nursing services in UK and Sweden, as my research job…! I should have done all of my preparation and midterm papers at school before the departure so I can enjoy movies, but it never happened. I brought a bunch of copies of documents necessary both for my research trip and solving midterm assignments on the plane, and needed to read. Well, anyway, I should enjoy. I’m at the same time an easy-going New Yorker not only a Japanese.

片付かないもろもろを抱えて飛行機へ。夜通し資料を読み込んで大西洋を横断してロンドンへ。
夜明け前、7時頃にロンドン空港に着陸した。
着陸直前のディスプレイの画面には、上空から見下ろした周辺地図と、現地の時刻や到着までの時間の一覧や、航路を矢印で示す世界地図
が代わりばんこに移るのだけど、その一番縮尺が大きい世界地図のやつが面白くってさ。飛行機の飛んできた方、つまり僕らの後ろ、NYの方面が、夜になっていることを示すために暗くなっていて、小さなお日様マークがインド洋にあって、飛行機より先は朝や昼の世界が広がっているような図になっていたわけ。僕らは夜のNYを置き去りにして東へと進んでいるのだね。

さておき、ロンドンに着きました。NYよりずいぶん落ち着いた雰囲気。
木村カエラのSwinging Londonとか頭の中で流しながら街を歩いた。

今回は調査研究の旅。イギリスとスウェーデンの訪問看護サービスについて。一緒に行くメンバーと宿で合流。
明日以降の打ち合わせ以外に、少し自由時間があったので、こちらの友達と合流して散歩と食事をした。
住んでる人、旅の人、初めて会う人、久しぶりの人、前からの約束、偶然の合流、色々なタイミングが重なって。

ロンドン、話には聞いていたけど天気が移ろいやすい。今日も雨は降ったり止んだり。

ともあれ、楽しみです。仕事自体も面白そうな行程なのだけど、何よりロンドンに来たのだ、ということが嬉しい。
夏目漱石とカズオ・イシグロとジョージ・オーウェルとJ.R.R.トールキンが好きなので、なんだかテンション上がっている。

寝るよー。

Fallen leaves, Stressless paperworks, Party@Brooklyn / 落ち葉拾い・この街の人たちはオトナだ

October 18th, 2013, Friday

In the morning I cleaned up a street in front of my apartment building, gathering fallen leaves by bloom. Realizing, more and more autumn is deepening, I felt this kind of time, cleaning, is good for my mind. Living in NY, with much works and studies, tends to make my breath and thought shallow. Sometimes I need to stop by, breath deeply, and enjoy tiny but important daily houseworks.

Before going to campus, I stopped by 108th street Absolute Bagels, and bought and ate one bagel with salmon and cream cheese. I had heard about this store as one of the best bagel store in NY, but never had time to visit. As it was lunch time, a long line continued to out of the entrance. I waited for about 10 or 15 minutes to buy, but it was worth for that, tasty!

At Morningside campus, I visited ISSO to get signature to enable us to travel abroad during the semester, and also I asked about OPT, which enables us who graduating soon, to stay longer for job hunting. Then I visited the Language Resource Center to finish my paperwork to work as a language tutor. Though I was confused and sometimes stressed with such paperworks when I first came to NY last year, now I already have an idea to save time and finish as quick as possible them. Most of the time we are required to show same documents, such as I-20, I-9, Passport, SSN card, etc. If you forget to bring any of them, you need to visit there again and again. This time I brought all of them and the officer said ‘perfect!’

At night, we held a reception party at a building where I live now, in Park Slope, Brooklyn. Now I’m working as a staff at J-COLLABO, a New York-based NPO which facilitate collaboration between artists in Japan and NY, by inviting Japanese artists to NY or sending NY artists to Japan, and holding lots of cultural or educational events and performance. This year we moved our office to Brooklyn, and are opening a residential space and event space for artists’ use. Fundraising, cleaning, constructing the space, event staff etc. are my jobs. Our event space will open in December but tonight was a pre-opening party for announcement. Lots of artists (not only Japanese), and local people came and had good time with sake and food. Living in NY, not just studying at Columbia, give me such wonderful opportunity and meetings.

「昔で言うところの書生さんみたいね」と、今日大家さんに言われたけど、ほんとにそんな暮らしをしている。僕が今住んでいるビルの清掃は僕の今の仕事のひとつで(そのおかげで破格の家賃で住めている。住み込みスタッフってやつね)、秋も深まってきたので今朝は玄関前の落ち葉拾いをした。掃けども掃けども落ち葉は風に吹かれてやってくるのだけど、まぁその都度やれるだけやる。ミヒャエル・エンデの『モモ』で、誰だったっけ、お掃除のおじさん、思い出しながら掃いた。仕事や課題が慌ただしい時でも、いやそういう時だからこそこういう時間や手間は削ったり後回しにしちゃいけないと思うんだな。

モーニングサイドキャンパスでこまごました事務仕事を終えてから、今年SIPAに来た日本人の友達と会ってほんの15分話をした。お互い次の用事があったのだけど、ちょうど同じdisaster management/preparednessの分野に関心があって、彼女からFBチャットが来て、ちょっとだけでも会おうかとなって、いそいそと。防災や災害対応はほんとに分野横断的で横串を刺す視点が必要なのだけど、コースワークでなかなかその要望が満たせるかというと難しく、自分らで色々機会を探したり作ったりしながら動かなきゃなんない。はぁ、もうすぐ卒業か。面白くなってきたんだけど、短い、短いよ。

上に書いた通り夜はJ-COLLABOのレセプション。僕がここで住み込みスタッフをして、ペンキを塗ったりお金を集めたりして準備中のレジデンシャル&イベントスペースのプレオープニングパーティー。直前でビラをまいた効果があったのか、もともと団体と繋がりがあった人たちだけでなくて、地元ブルックリンの人たちもけっこう来てくれて嬉しかった。それから、NYの日本人コミュニティ、とりわけアーティストコミュニティって、けっこう繋がっていて、いくつかのイベントで同じ顔を見ることもしばしば。今回もお世話になった方、仲良くしていただいてる方が来てくださった。

NYで過ごしているとキャンパスの内外で、ほんとに色んな民族、職業、社会経済階層の人びとと交わっては別れを繰り返すのだけど、とりわけ好きだなと思うのが、「ニューヨークの日本人アーティスト」と一緒に時間を過ごすとき。このカッコに囲まれた3つの要素が相まって形作られる、彼らのなんとも言えないバランス感、人としての魅力。表現者としての自身の内的世界を追求しながらも、産業としてのアートの世界で経済的にも自立して稼いでいる人たちだから、independentという言葉がほんとうによく似合うし、ニューヨークの開放的な空気の中で生きている人に共通した絶妙なオトナの距離感とkindnessを兼ね備えていて. そこに同じ日本人としての共感?連帯意識?が少し注ぎ込まれて、僕との関係ができる。彼らは他人によっかからない。自分の力で生きていく、そういう前提を共有していて、だから他人の実力もフェアに評価する。だから僕に対しても自立した「大人」としての付き合いをしてくれて、そこでは年齢は関係なく、お互いにできることを持ち寄って仕事をするのだけど、なおかつそこにドライでもウェットでもない絶妙なレベルで「日本から来た元気な青年」に対するかわいがりを混ぜ込み、(期待してくれてるかどうかはわからないけど)色々なチャンスをくれるものだから、嬉しさとやる気で背筋が伸びる。僕も同様に、自立した大人としての気概・振る舞いと下っ端・弟分気質を混ぜ合わせて仕事に取り組む。

他にも色んな要素や経験があり、英語という言語の性質もあるのだろうけど、やはり彼らの影響が大きいのだろう、僕はNYにいると、日本にいる時よりずいぶんネアカで社交的になる。無理をしたり変におべっかを使ったり自分を大きく見せることなく、不自然にならない程度の気取りとカジュアルさでもって笑い、冗談を飛ばし、お酒を飲む。それは別に悪いことじゃないと思っていて、時と場所によって人は役割やペルソナを無意識に変えていくものだから、あんまり深く思い悩むことなく楽しめている。

はずなんだけど、ふとしたきっかけで我に返ると、驚愕する。すごい、この人たち、大人だ、オトナだ。なんでそんなうまくできてるんだろう、なんで僕はここにいて交じることができてるんだろう、すごい、びっくりする。今夜はこの「馴染み」と「違和感」の両極が同じ時間に発生してとんでもなかった。いやべつにイベントの運営や立ち振舞自体はつつがなく終えたのだけど、内心ちょっと混乱していたかもしれない。受付のシフトもあって、人が来ない暇な時間帯もあるかもしれないと、部屋の本棚から何気なく手にとったのが吉本ばななの『キッチン』で、それを空き時間にほんの10数ページぐらい読んだのだけど、それが良くなかった。

しかし!そうしてばかりもいられなかった。現実はすごい。

そう、現実はすごいのであって、現実の慌ただしさのおかげで生きていられるのだけど、ふと我に返ると不安と混乱と昔の色んなトラウマでmessed upである。なんてこった!

Kenny G @ Blue Note / ケニーGの演奏・エンキョリレンアイの話とか・不思議な夢の話

October 17th, 2013, Thursday

Yes, I’m already fit in my life in NY, but sometimes, especially such a night today, I’m surprised to realize to be here, or wonder “Why am I seeing Kenny G, a super star I never dreamed to see in the past? Oh, here’s Manhattan, I’m in Blue Note…” First I heard about him when I was in a brass band club in junior high school. Our teacher told us about his technique, circular breathing, which enables him to play as if endlessly, and introduced to us music videos of his wonderful performance. What I watched and listened tonight was, so amazing. I don’t have good vocabulary to describe it, but just so awesome…! Sometimes moody, melodious, other times dynamic. I had no chance to be tired. It felt the time passed so fast, despite his endless sound by circular breathing.

Not only the performance, his talk was also fun. He told us that he and his band members are ‘by-products of public school education,’ with a soprano sax on his hand, which he used for more than 20 years since his high school. He talked about an episode at White House when he performed for President. Humorous and warm, his talk reflected his attractive personality, in line with his sound.

I never forget such as wonderful night.

大学の友達と連れ立ってブルーノートでケニーGのライブを観た。中学校で吹奏楽部にいたんだけど、顧問の先生がケニーGを大好きで、よく話してくれたのを思い出す。循環呼吸法という、「鼻で吸って口で吹く」という、簡単に聞こえるけど超絶難しいトンデモテクニックの持ち主で、45分だかなんだかずっと吹き続けるギネス記録も持ってるらしい。一時期部活のみんなで循環呼吸の練習をするのが流行ったと思う。とはいえ僕はユーフォ吹きだったから、彼を初めとするサックス奏者のことをずっと追ったわけでもなく(最近ブルーノートにもよく通ってるけど別にジャズに詳しいわけでなくて、有名な人の名前は知っててCDも何枚か持ってる、程度の素人ミーハー趣味、というかだいたい全てのジャンルに対して僕はその程度だ)、まさか今になってここで本人の演奏を生で聴くなんて想像もしていなかった。

6pmの開場前に合流して列に並んだ。ブルーノートはバー席(予約なし早い者勝ち入場料$45)とテーブル席(予約ありだけど場所は早い者勝ち入場料$75)があって、しがない大学院生の僕らはバー席にしたのだけど(値段も演奏者によって微妙に違う。Kenny Gみたいなスーパースターは高い)、運良く座ることができた。

友達が「日本ではおばさま達に大人気でね。あの整った顔立ちにモジャモジャロングヘアー、ラテンのノリでしょ」なんてことを始まる前に話してくれたのだけど、なるほど確かにこれはおばさま方にモテるわ、と演奏を聴いて更に納得。ムーディーで、メロディアスで(しかしトークは実に軽妙なモテ男のそれで)、いつ終わるとも知れない彼のロング・ソロはほんとにセクシーで、僕が女性だったなら「濡れちゃう…」って表現しても良いぐらいなもんだった。

終わってからCDを一枚買って帰った。

ところで開場から開演までに2時間もあって、ビール片手に色んな話をしたのだけど、始まるちょっと前に一緒に行った女友達2人といわゆるエンキョリレンアイの話になって、僕なんかに意見を求められても全く参考にならない、というか、成功事例を持っていないので、「まぁ、難しいよねぇ」ぐらいにお茶を濁しながら二人の話を聞いたものだけど。なんの話したっけ、時差って大きいよねって話とか。NYと日本だと時差が13時間で、こっちが夜であっちが朝、もしくはその逆なので、テンションが合いにくい、とか。遠距離に限った話でないけど、仕事なり学業なり打ち込むものがどちらかにある場合、相手も何かしら同等のものを持っていないと自立したバランスが取れなくて難しいよね、とか。そういうのが遠距離、というか海外留学の大変さ、余裕のなさと相まって難しくなる側面はある。あぁあと、20代後半から30代前半は、男性もそうだけど、やっぱり女性は出産のことも意識して、非常にsensitiveな時期だから…とか。彼女たちのように海外大学院の修士や博士で長い時間を過ごす大変さというのはあるんだろうな。

恋愛だけはほんとに千差万別で全てのカップルに死にたくなるぐらいののっぴきならない悩みと歓びとキスハグがあって、こればっかりは一生かかってもわかりそうにない。

不思議な夢を見た。まだ直接会ったことはないのだけど、ここより北の方にいて、年の終わりか明けに会いに行くと約束している2人と会っている夢で、とはいえ設定もテンションもメチャクチャだった。二人の居住地域を考えればたぶん起こりそうもないのだけど、なんだか治安が悪くなって世紀末、な感じで、僕が訪ねたから二人は家に泊まっていきなよと招いてくれたのだけど、家に着いてみればよくわからない男どもが不法占拠していて、じろりとこちらを見ている。襲ってくるでもなく、家を荒らすでもなく、ただ居座って、じろりと見ている。

「こいつら、いつも来るの?」「うん、うちにも最近。ここらへんじゃよくあることなの」

ひそひそ声で言葉を交わして、なぜだか僕はその状況を納得し、胸の奥の方に静かな勇気の火が灯り、(現実ではまだ会ったことない)2人のために、これからこいつらと一戦交えることになっても力の限り闘おう、怖いけど2人のためならきっと僕なんだってできる、なんて決心したところで目が覚めた。

不思議な夢。

Practicum Day / 舞台ではみな平等

October 11th, 2013, Friday

It was a Practicum Day, when every MPH student gather for each department and make presentation about each of their own experience and learning during the summer internship (called as ‘practicum’). We met up at a large lecture room, and broke out into a small group of 7-8 students and 2-3 faculties. It was a whole day long event. Each student spend 15 minutes for presentation and another 15 for Q&A. In my group, most of classmates worked in US hospitals, consulting firms, and community services, one went to Uganda and conducted Qualitative research analysis, and I worked at an unique venture think tank focusing on social marketing of health promotion in Japan.

A common challenge those worked in US large organizations was a fragmentation of US medical system, and bureaucratic decision making process that blurred who’s in charge of what. It happens also in Japan.

I talked about my research project of international comparative study on home nursing service in Europe. For comparative study, merely collecting data on interested service (home nursing in this case) is not enough, because historical and cultural background and health systems behind the service are hugely diverse. To find lessons that are actually applicable to my own country, I need to develop common standard for comparison based on understanding of whole systems in each country. My presentation was the last one, and they looked enjoying it, with comments of ‘terrific presentation’ from professor.

今日はあれだ、Practicum Dayっつって、MPH生は夏休みにどこかしらへインターンするのが修了要件なのだけど(それをPracticumと呼ぶ)、その報告会的なやつ。小グループに分かれてひとりずつプレゼンして、夏の経験をシェア。まぁ、fun eventだよね。

HPM(Health Policy and Management)の学部単位でみんな同じ日時に開催。朝早くに集まって、朝食を食べてから担当教授のイントロトークを大教室で。その後7,8人の小グループ10,11組ぐらいに分かれて小教室へ。夕方までひとりずつプレゼン&質疑応答30分ずつでどんどん回していく。僕らのグループは、そのPracticumの担当教授が当たった。恰幅の良いアメリカのおじちゃんって感じなんだけど、けっこうバシバシ鋭い質問を浴びせていて、みんな割りとタジタジになってた。

MPHって、実務と学問の重なりあったような大学院だから、ビジネススクールと違って、バリバリ実務って人ばかりでなく、アカデミアよりの人もけっこういる。プレゼンもアメリカ人だからってみんな上手ってわけでなく、字数多すぎの詰め詰めスライドに、抑揚なく速いテンポでひたすら喋るだけって感じの人もいた。あんまりオーディエンスを意識してないんだなぁという感じ。研究発表とかならそれぐら情報量詰めても良いんだろうけど。質疑応答の時に教官に「Executiveに報告するつもりで3つの要点だけ言え」って言われて、まぁあんまりスラスラ答えられなかった人が、”You are not a student now, here you are a professional”って言われてひえーってなってた。

僕は8番目、最後のプレゼンだったのだけど、手前味噌ながら、ウケた。訪問看護の国際比較研究についての報告あったのだけど、ディテールはそぎ落としたからよく伝わったのだと思う。大学院のコースワークでは日本のことはほとんど出てこないし、日本からの留学生は学年で僕一人だったから、最初に「日本のイメージってどんなんですか?」って質問投げかけて、ちょいちょいジョークも飛ばしつつ、日本の高齢社会の現状、高齢者看護の話に持ってった。それから、国際比較の際は単純にデータを集めても何の参考にもならなくて、各国の歴史的・文化的背景と、それに基づく制度設計を全体として理解しなきゃだめっす、みたいな話をした。

終わったあとはまた大教室に集まってwrap up. 各グループの担当教官がグループごとの全体講評をしていった。なんつーか、こっちの先生、みんなキャラ立ってて魅力的だって思うよね。日本の予備校講師ほど濃くはないけど。最後のグループの教授が、”Now I’m standing between you and matini”とか言ってて、気の利いたジョークだなと思った。

木曜の日記でも書いたけど、留学生が現地文化に溶け込んだり、ネイティブのペースで議論するのはなかなか難しい。だけど、プレゼンテーションならしっかり準備して自分のテンポ・リズムで話すことができるし、その時間は否が応でもみんなが注目してくれるから、ある意味逆転のチャンスだったりする。そこでユニークな視点や発想を提示できれば、若かろうと、外国人だろうと、フェアに評価してくれるのが、この国の良いところだなぁと感じる。舞台の上ではみな平等なのだ。僕の場合も、今まで何回か学内外のプレゼンテーションの機会を活かして人と打ち解けたり友達を増やせたところがある。もっとうまくなりたい。

Working abroad, and cultural & ethnic roots / 海外で自分のルーツを活かすこと・男は直線、女は直角、の話・同窓会運営の諸問題 etc.

October 10th, 2013, Thursday

Visited The New York Asian Women’s Center (NYAWC) with a friend and talked with Japanese officer working more than 7 years there. They help women and their children overcome domestic violence and other forms of abuse by empowering them to govern their own lives. NYAWC is the largest organization that focuses on a DV issue for immigrants. Another young officer guided me their office and explained their jobs, 24 hours hotline, shelter services and so on. Their services are multilingual (Japanese, Chinese, Korean, Spanish etc.). Then I talked with them for 1 and a half hour.

DV is an important problem, maybe in every country, every society itself. But in addition to that, when it happens on immigrant couples (both are immigrants or, husband or wife is immigrant), it become more difficult to support because of cultural and linguistic barrier. In general, US people have a stronger “sense of entitlement,” I mean they know their own rights to sue the partner, or depart when it becomes intolerant. But immigrants do not know well domestic laws and legal systems, and what they can do or cannot as immigrants (also immigrant population tend to be marginalized, low SES status). And they do not know much about where is a service or organization that help them in their own language. In addition to that, cultural difference suffers them, especially women marry with domestic men. The young lady officer, who is on hotline counseling service and talk with Japanese in NY frequently, told us that Japanese women tend to bear even if they suffer from DV, and to think they themselves have something wrong, their partners were just in stress at the time of DV, or they should improve their relationships. So Japanese women are not so active to declare and use their own ‘rights’ compared to US women. Thus NYAWC officers tell them “know your rights,” cautiously and cordially consult with them, and provide them with options such as legal actions support, shelter services etc.

What was interesting for me was that the Japanese officer said, their own cultural or ethnic backgrounds are very essential and vital to be competence in such jobs accompanying in person counseling. Just being able to speak English doesn’t mean competent in abroad. However we foreigner make efforts, we cannot be native both in terms of language and cultural ‘codes.’ Thus, leveraging our own background is important to be unreplaceable.

NYAWCのオフィスを訪問してお話を伺った。上に書いた通り、アメリカでのDV被害の実情と対策のこと、immigrants特有、あるいは日本人特有の悩みやトラブルの傾向など、活動自体のお話もさることながら、日本人として海外で働くことについての話も大変興味深かった。

海外で言語・文化的な様々な壁を越えて代替不可能な人材としてネイティブと肩を並べて活躍するには、高度な専門スキル以外だと、自分ルーツとなる出身国・地域の文化・歴史的背景を活かせるかどうかってことになる。特にこういう対面カウンセリングを伴う仕事では、クライアントの文化的バックグラウンド、そこからくる暮らしや考え方を理解できるかどうかというのはかなり大きい。

一緒に訪問した、20代前半からずっとNYにいて現地機関でカウンセラーの仕事をしたこともある友人が「それでも私はこっちでは9歳児並みなの」と言った。「ネイティブ並み」ってのを言葉の流暢さだけじゃなくて、笑いとか歴史とか機微なところまで分かるレベルとしたら、どれだけ勉強してもなかなか…

日本で「グローバル人材」なんて叫ばれて久しいが、「ちょっと英語が喋れる」レベルならそこら辺にいくらでもいるわけで、それだけでは「誰でもできる仕事」しか回ってこない。現地に溶け込む、異文化を理解する努力も大切だけど、自分のルーツ、ローカリティはふんだんに活かしてなんぼだと思う。

僕もまぁ、こっちで色んな繋がりやチャンスが広がったのは、石巻での経験あってこそで、1年deferしてなかったかどうだったか分からない。MPHの授業でも、よく語れるのはCommunityやSocial capitalといったSocial determinants, Marketingなど日常生活に根ざしたもの。それからEthics, Law, Politicsなど学部のmajorと関連するもの。そこそこ慣れたけど、アメリカでお医者さんやってた人がアメリカの医療制度・現場実践を前提にお話する時とか、銃社会であったり連邦制度であったり、社会の成り立ちからして日本と全然違う部分での話題は、なかなか(苦笑)MPHも学部・専攻はかなり多様で、中国やインドやケニアやなどから来てる留学生は、BiostatsとかEpidemiologyなどスキル向上で対応できる要素が大きいところやPopulation & family healthみたいな途上国・開発援助色が強いところに行く人が多い印象。まぁ、なんちゅーか、勉強熱心な優等生であるだけで留学や海外就職してもなかなかアレで、したたかさと粘り強さと創意工夫あってこそなんだろうなぁ。

終わった後、ランチを食べながら一緒に訪問した友達と色々話す。
男女の恋愛観の話。

「男の人はね、真っ直ぐ進みながら色んな人と付き合っては別れるから、振り返ると色んな顔が見えるの。だけど、女の人は別れる度に直角に曲がって生きるから、振り返っても誰もいないの」

な、な、なんちゅー格言や!!


greenzで書いた夜明け市場の記事が公開された。
レトロなスナック街をリノベーション!福島いわき市の飲食店オーナーが、再出発をめざす「夜明け市場」

鶴巻さんに、「すっかりいわき担当だね」なんて言われて、確かにそうだなと思いつつ、来年またいわきに顔を出すことを楽しみにしている。

UDOK.のりけんさんが、こんな投稿をしていた。FBだが一般公開ポストだったのでリンクを貼っておく。下記一部引用。

「復興」と言ってしまうことで、問題の本質が見えなくなったり、何かに取り組む人の真意がぼやけてしまうことがあると思う。そして、ほんとうに復興が必要な問題を見えにくくすることもある。

しかしながら、実際のところは、冒頭のように、福島で行われる何かに対して、復興とか希望とか、そういう言葉でまとめられてしまうケースが多い。まあ、いろいろと都合がいいんだよね。誰も傷つけずにニュースの時間を消化できるし、「被災地の声」を届けたことにもなるし。

簡単に紋切り型の「復興」や「被災地」といった言葉を使わないでいかに届けられるかが、言葉を使う人、ニュースを届ける人の仕事だと思うのだよな。

翌日のPracticum Dayのプレゼン準備で切羽詰まっているときに、海の向こうのこれまた翌日にある同窓会に関する連絡の相談が後輩から。(今年は学年幹事に指名されて海の向こうからせっせと出欠催促のメールを同期に送っていて大変しんどかった…苦笑)

同窓会活動って、要は毎年集まってみんなで懇親会するのと、あと現役がなんか困った時に先輩がサポート(あるいは事前に教育)すること、それができるための体制を作って維持することに尽きると思うんだけど、そのための実作業はとても地味で、要は名簿・連絡先の管理・アップデートと、メンバーへの呼びかけ、会計などなどを卒業して働きながらやっていくことになる。

一般的には
・メーリスやオフィシャル連絡が機能しない問題
というのがありがちで、伴って
・ごく少数のメンバーの幹事業にしわ寄せが行く問題
があり、伴ってその人達も「やってらんねーぜ」となり
・年々出席率が下がっていく問題
があり、それをどう食い止めつつ、省エネモードで無理なく盛り上げていくかが難しい。

同窓会あるいは現役活動へのアラムナイの距離感が様々なのは当たり前のことで、自分の現役活動を終えたら離れていくアラムナイがいても良い、と僕は思う。基本的には加入も脱退も個人の意思なのだから。かといってオフィシャル連絡だけしてあとは知らん、というのもちょっとさみしい。あとは、自分たちも現役時代に色んな人のお世話になってきたわけだから、恩返しというか恩送りというかさ、そういうのは、大事だと思うわけですよ。コミット度合いの高い人達の熱意の押し付けになってはいけないけれど、こう、「連絡不精なだけで別にそのコミュニティを嫌いになったわけでもなく、顔さえ出せば楽しんで満足してくれる層」というのが必ずいて、いやまぁメールの確認・返信ぐらいちゃんとしろよとは思うわけですけど、やはりそういう人たちには是非途切れずに残ってもらって、たまにでも良いから来て欲しいわけです。久しぶりに会えるだけで僕は嬉しい。

自主性や自助努力や自己責任といったものは基本的に信用せず、「性怠惰説」を前提として、少しでも幹事業に負担がかからずなおかつみんなの「面白そう、久しぶりに行ってみようかな」の気持ちを刺激するかって話です。

コミュニティは、作るよりも維持すること、それも変化に応じながら維持していくことが一番むずかしい。

とはいえ、愛ですよ、愛。

日本にいる友達の具合が悪いようで心配だ。少しでもうまく睡眠をとれると良いのだけれど。