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Seeing others, seeing myself / 最近のこと

May 26th, Monday 2014

About two monthe are passing since I started my new job in Tokyo from April. Now I’m working at a private company which aims to expand each individual’s potential and open the door to education and job through their service, especially for those who have had barriers to education and job opportunities because of their disabilities, or developmental characteristics that have not been fit to the ‘standard’ systems in a current society. After a training session, I was placed at a education and learning devision, and now works at one of the private cram schools (‘juku’ in Japanese). Meeting children who comes there, I confirm the simple fact that each child passes different, unique process of development and learning, and any one of them never be ‘wrong’. Still just started, I’m highly motivated to support and boost their learning, and cultivate inclusive environment in society. And… also I look back the past events in my life, and think again my developmental characteristics and process. Though not so severe, I often feel, I’m unfit for a group, community, or society which I belong to, and struggle with that feeling. Sometimes I even feel, I’m a wrong person in society. But gradually, I understand myself better and better, and find ways to tune with the outside world. Seeing others, including children coming to the school, is seeing myself again and again.

新しい仕事を初めてもうすぐ2ヶ月になる。研修を終えて、これから本配属というところで、少しずつ新しい配属拠点に慣れているところ。お子さんの学びを応援する仕事である。うちに来るお子さんは、今の日本の学校システムのスタンダードに、あるいはそこで展開される教育手法やプロセスになかなか馴染めなかったりついていけなかったりと、悩みや生きづらさを抱える子が多い。それは狭義の、あるいは分かりやすい「障害」を抱えているといったことに限らない。うちは、一人ひとりの発達特性や、課題・悩みに合わせて、オーダーメイドで授業や教材を設計して指導にあたる。人によって視覚優位だったり聴覚優位だったり、座るのが苦手だったりめちゃめちゃ気分屋だったり、紙よりタブレットが良かったり、まぁとにかく色々なのだが、それでも火がつく瞬間、楽しんで集中できる時間、学びが進展するポイント、というのは一人ひとり、必ずある。

詳しいことを書き始めるとキリがないので、ここらにしておくが、そうしてお子さんと向き合っていると、必然、自分自身の発達特性も振り返ることになる。よくもまぁどうにか社会で暮らせていけてるものだなという思いと、過去の失敗・トラブル振り返っての情けなさと、半々。とはいえ少しずつ、着実に、自分の苦手な相手やコミュニケーション不全のパターンを理解して対応できるようになっている。

色々な人が、色々なことを言う。それぞれの人に、信念があり、その人なりに思いやりを持って言葉をかけてくれていると知っている。生き方とか、キャリアとか含めて、今すぐに応えられないことも多く申し訳ない思いもあるが、あまり外波に揺られすぎると頭が混乱してしまう。

今はたとえば、ちゃんと食べて寝るとか、朝座禅をするとか、トラブルや予想外のことがあったら深呼吸するとか、苦手なパターンや人と出会っても、一回一回分析してパターンを増やすとか、自分の状況をわかりやすく説明するとか、日々小さな結果を出すとか、自分のコンプレックスもちゃんとネタにして笑いに変えていくとか、とにかくそういうことをちゃんやって生きることを第一に考えている。

近づいた、重なったかと思ったらバチンと断絶することも、しばしばある。それは罪の意識なのか恥の意識なのか分からないけど、底の方にそれらの想い出が抜けない杭のように刺さっている。

どうしようもないけど、仕様がないなかでなんだかんだ生活は続く。

ま じ わ ら な い 人生、も、ある、あるいは、あった。たくさん。これからも、ある。それにうなづくことは、ぼくをまたすこしやわらかくする、であろう。

Commencement far away, but… / 100%の休日

May 3rd to 6th, Saturday to Monday, 2014
“Hi Yuhei! How’s it going there ? I was wondering if you are attending graduation?”
“Working hard but enjoying anyway. Unfortunately I cannot attend the graduation.”
One of my friends at Columbia messaged me and asked. It’s May, graduation season for U.S. schools. I saw lots of photo on Facebook uploaded by friends at Columbia, wearing academic gown. My program was a three semester program and I finished all the course in December 2013. Those students like me who ended the program in winter, can also attend the commencement in May. But I had been back to Japan in March and have already started working.

“When are you coming here next?”
She also asked, cos I told her and friends, “I’ll be back someday” before I leave.
“Haha, it’s too early, I’ve just started my new job, so don’t know the future schedule…but hopefully within one or two year…!”

For now, New York is a little far away than when I was there, and too expensive for me to visit casually. But, though I missed the commencement, and how long days we are apart, I believe we’re still friends, and whenever we see again we can chat and drink together, same as we did last.

「予想がつかないから生活は面白いのですよね。」
3日、土曜日。夏かってぐらいの陽気。
田端の方のシェアハウス(最近はほとんど「実家」である)の友人が、昼からシャンパンを開けたくなるぐらいだとつぶやいていて、それに反応したら、Twitterじゃなくて隣にいたらこのまま樽シャンパンの店に飛び込んでいたねという返事がきて、だったら昨晩はそっちに泊まりにいけば良かったなと返した時に彼女が言った言葉。

確かにそうだと思って、イベントやランドマークに決め打ちで行かないラフさの楽さというものが生活であり、友達であるということなのだと、いやそれはここで文章にわざわざ書き起こすと野暮だし照れくさい気もするが、まぁそういうことだ。樽シャンパンへのダイブが実際に成立しようとしまいとそれはさして問題ではないのである。

その夜はシャンパンではなく日本酒をへべれけ呑んだ。別の友人数名と前から約束していたのだが、新宿のさけくらべという、4000円で日本酒&ビール飲み放題食事持ち込み自由のスペースで過ごした。旨い酒がたくさん揃っていてね。飲み比べをしたのですよ。えぇ、酔っ払いましたね。ちなみに僕は月始めにしてすでに通帳残高が底をつきかけているという高学歴ワーキングプアなので友人のお金を借りました。すまん、月末に初任給が入ったら返す!っつって。あと20日余り、がんばれ俺。

終わってから友人が行きつけのシャレオツなバーに連れて行ってくれて、これまたごちそうになってしまったわけで、色んな話をしたけど、漠然としか覚えてない。

4日、日曜日。この日も良い天気。
足立小台で合流して、会社の先輩の車に便乗していわきへ。まさか会社にいわき出身の人がいて、しかもいわきの友人と共通の知り合いだったとは。入社して1ヶ月が経って、その前のことから色々と話しながら北上。中日を狙ったのに渋滞につかまって、いわき小名浜に着いたのは4時。UDOK.で友達に会社の先輩を紹介してひとしきり話す。そのまま奥さんのご実家の新潟に向かっていった。運転あざっす。

友達夫婦の新居が完成したというので、そのお祝いをしたかったのもあって小名浜にまたふらりと遊びに来た。引っ越しを軽く手伝って、TOHOKの南部鉄器をお祝いに渡して、一緒に買物に行って、他の友人も順次合流し、みんなで宅飲み。友達夫婦の旦那さんの方が腕を振るってくれた。東北食べる通信で届いた小石浜のホタテがどえらい美味しくて、感動。これで毎月1980円なら安い。スーパーで買ったスズキやイカの刺し身も旨かった。

「乾杯は発泡酒で良いですか。うちはお金がないので」「右に同じく!」「左に同じく!」
僕を含めてお互い稼ぎが少ねぇ身分だけど、こんな毎度のやりとりがなんとも心地良い(この日はお祝いだったので、良い日本酒とワインも開けてもらったけど)。お金がなくとも旨くて楽しい食卓を僕たちは知っている。

友達夫婦の奥さんのお腹が少しずつ大きくなっているのを見ると、感慨深い。子どもを産むって、すごいなぁ。彼女、酒飲みなのだけど、しばらくノンアルコールしか飲めない。出産と授乳期が終わってお酒が呑めるようになったら、盛大にお祝いするぞぉ。

昔の恥ずかしい話やらなんやらひとしきり話しながらだんだんと酔っぱらい、眠くなり、そのままコテンと寝た。新居宿泊客第一号。

5日、月曜日。少し肌寒い朝。
東京で少し大きめの地震があったというので、居間でテレビをつけて観ていた。ずいぶん長い尺をとって特集しているなと思った。大事には至らなかったようだが、東京だからだろう。交代でシャワーを浴びながらだらだらと教育テレビやBSのドキュメンタリー番組を観ていた。僕と1日違いで新たに2人来客があるというので、友達の車に乗って一緒に迎えに行く。渋滞でバスがずいぶん遅れているという連絡で、その間にふたりで立ち食いそば屋に行った。ごちそうになった。旨い。余計なものが何一つない、小さな立ち食いそば屋。上海やNYの話を交えて、海外での文化適応とそのがんばりの話をした。仕事の話もした。

2人をピックアップして、少し一緒にドライブしながら自己紹介、僕は途中で降ろしてもらって別の友人宅へ。実家のガレージでBBQ。途中からすんごい土砂降り。昼過ぎから始めて、ちらほらと人が増えつつも、まったりしっぽりダラダラと、結局夜10時まで続き、9時間ぶっ通しで食って呑んでいた。完全にその場のノリなんだけど、フリースタイルを練習して次回小名浜に来た時に披露することになった。ヒップホップとかほとんど聞いたことなかったのだけど、うん、やってみよう。

友達の一人、別のお家に止まってこれまたコテンと寝た。古民家、猫が一匹いる。だいぶなついた。

6日、月曜日。この日も寒い。
起きたら服がものすごくBBQ臭いのが分かる。シャワーを浴びて、港まで歩いてさすいちで朝食を取る。赤鯛の煮付けが旨かった。そのまま平のいわき駅まで送ってもらって、夜明け市場で友達に挨拶をして、コーヒー一杯いただいてバスに乗り込んだ。帰りは渋滞もそこまでひどくなく、4時間弱で着いた。普段は3時間で着くが、まぁマシな方だろう。

先日結婚した、大学の同級生友達カップルから連絡。ふたりはそれぞれ浜松と山形勤務なのだけど、ちょうど東京にいるから、もしいるなら晩ごはん食べないか、と。二つ返事で「行く!」寒いのでちゃんこを食べよう、と、中野の角力へ。ちゃんこも串揚げも牛すじ煮込みも全部旨かった。大満足。山形の美味しいジュースを貰った。結婚祝い、また今度するから期待しててね。

この二人もそうだし、小名浜の二人もそうだし、夫婦という単位で一緒にいる「ふたり」と過ごす時間が好きだ。痴話喧嘩でもなんでもそのやり取りをみて、ふたりの空気を肌で感じている瞬間はなんとも言えない幸せな気持ちになる。

そういえば典型的な「観光旅行」というのをしたことがない。地図とガイドブックを調べて、行き先を白紙のゼロから自分で調べて検討して、航空券から宿から行程までしっかりプランニングしてっていうような類の。元来出不精のインドア派なのでガイドブックを入手する時点で越えられないハードルなのである。の割にはずいぶんと色んなところに出かけて行っているな、と最近自覚して、それはなぜかというと、会いたい人に会うためだ。

僕にとっては、田端だろうと小名浜だろうと、友達と遊びに行く時に距離は関係なくて。それはNYだろうとロンドンだろうと同じ気持ちだし、まだ行ったことないけど、カイロとかウガンダとか、土地のことは知らないけど人の顔が浮かぶなら、きっと僕はどこにだって行ける。思いたった時に地球の裏側にだって行けるぐらいのお金と時間の余裕を早く手に入れたいものだけど、そのために日々がんばって働くのだよ。

岡山・美作、じいちゃんの田んぼ、カエルの音

母方の実家は岡山の美作にあって、この土日久しぶりに帰っていた。じいちゃんとばあちゃんは農家である。僕は生まれも育ちも父の地元である神戸だが、このじいちゃんばあちゃんのお米と野菜を食べて育ち、小さい頃の夏休みなどは、年のほとんど違わないいとこ兄弟と一緒に野山を駆け上がったりNintendo64をして遊んだ。

じいちゃんとばあちゃんは農家「である」と言ったけど、半分ぐらいは農家「だった」という表現も当てはまるかもしれない。ばあちゃんはまだ元気に畑をいじっているが、じいちゃんの方は、父方の祖父母とは比較にならないほどここ数年で衰弱してしまい、もう田んぼを耕せる身体ではない。そういうわけで、田んぼの方は親戚のおじさんが引き継いで管理してくれるようになった。じいちゃんが弱ったのは、心筋梗塞や肺炎などが色々と重なってのもので、今年僕がNYにいる間も、かなり危ない状態に一度陥った。母は、退院後に事後報告でメールをくれたが、親族一同、いよいよかと思うほどであったそうだ。今回帰ってきて僕自身がじいちゃんと対面した限りにおいては、1年前の印象とそこまで変わらなかったけど、それは別に元気ハツラツという意味ではなく、弱った状態でしかしどうにかこうにか命が続いてくれているというだけの話だ。毎食後に4,5錠ほどの薬を飲んでいる。よく痰がからむ。

じいちゃんばあちゃんの土地も含めて、家の周り一帯の田んぼでは田植えももう終わっていた。畦を散歩しながら、時折しゃがみこんで水の張られた田んぼを覗き込むと、大小様々な虫やカエルたちと出会う。帰ってくる直前に読んでいた本、宇根豊『農は過去と未来をつなぐ』によると、日本の田んぼには5,600種あまりの生き物がいるそうな。

夜、縁側に横になっていると、カエルと虫たちの鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。昼間とは比べ物にならない物量で、縁側の窓ガラスを一枚隔てた外の世界は、文字通り彼らの音で隙間なく満たされ埋められている。窓を開けて外へ出れば、きっと僕もその中に溶けることができたのだろうけど、帰国直後の東京と関西間の頻繁な移動による疲れと、NYとの温度差に驚き夜を半袖で過ごしたために、ここ数日少し風邪をひいてしまったものだから、立ち上がって駆け出すほどの元気も持たず、くしゃみをしながら座椅子でうたた寝をした。

さっきまで僕もいた台所では賑やかな話し声が聞こえる。食事の後もそこに残って飲んでいるのは、母と、いとこ兄弟の両親、つまり母の兄弟であり僕からしたらおじさん・おばさんと、それからその、じいちゃんの田を引き継いで耕してくれている親戚のおじさんと、そのおじさんの姪っ子夫婦。ばあちゃんは居間でテレビを見ている。じいちゃんはその隣の寝室で早々に眠りについた。僕がそこを抜けだして縁側に来たのは、まぁ里帰りの常で、NYで何をしている、将来どうする、仕事は結婚は…となかなか決まり悪く恥ずかしく答えにくい質問が飛んでき出したからで、要は緊急避難である。

ほどなくして、「風呂が沸いたからはよへぇれ」とばあちゃんが起こしにきた。続いて母も同じことを言う。もう少しじっとしていたかったけど、一度言い出すと僕が動き出すまで気をもんで何度も言ってくる二人だから、重い腰を上げて風呂に移動した。風呂は田んぼや畑がある側とは反対側だから、縁側ほどではないけれど、湯船のなかからもやはりカエルの声が聞こえてきて、そこでまたゆっくりする。布団に入って本を読みながらそのまま眠りにつく。

翌日日曜日は9時過ぎまでゆっくり寝て、午前中に母とじいちゃんばあちゃんと一緒に墓参りにゆき、山の中腹にあるその墓の草むしりをして線香をあげ、「ばあさんがいんでしもたらここに入れてくれな」などとばあちゃんに言われ、昼はそのばあちゃんがいつも揚げてくれる大好物のコロッケを頬張り、それから車で神戸へと発った。

[Exhibition] Rain Room at MoMA – Lark with gentle rain and light

Went to a special exhibition “Rain Room” at MoMA, the Museum of Modern Art in New York with my friends. Inside the dark room, we played with gentle rain, backed by a light.
友達と一緒にMoMAの特別展”Rain Room”へ行ってきた。暗室の中の、光と雨と、人の戯れ。

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From May 12 – July 28 2013, there is a temporary room for this exhibition next to the museum building.
会期は5月12日から7月28日。美術館横の広場に企画用の特設ハウスが建てられている。

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Once entered, you see it is raining in the room. You make a line and wait for a while. The number of people who can walk under the rain at one time is limited.
中に入ると、室内の天井から雨が降り注いでいる。列に並び、一定の人数ごとに通される。

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When you walk in, rain upon you wisely and gently avoid getting you wet. So you can walk as if you were Moses. The reason why they regulate the number of entrance at one time is, if too many people get into, all the rain will stop.
天井から雨が降り注ぎ、人が近づくとセンサーによってその場所だけ雨がよける仕組み。まるでモーゼのようだね。入場人数を制限しているのはそのため。一度に大勢入ると雨が全部止んでしまうから。

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There is only one light that illuminate us and rain drops.
室内には1つだけライトがあり、それが雨と僕たちを照らす。

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If you stand between the light and rain, you may see a small rainbow.
光と雨の間に立てば角度によっては虹もうっすらと見える。

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You can see each rain drop falling clearly. I felt, they were like lines on a broken TV. With the consistent sound of rain, I happened to hear a favorite song, which sings love in a small garden, inside my head.
光のおかげでひとつひとつの雨粒がコマ送りのはっきりと見える。なんだか映らないテレビの縦線みたいでもある。止まない雨の音と一緒に愛の歌が聞こえてきた。

女もすなる断食といふものを、男もしてみむとてするなり。

5月11日(土)〜5/15(水)の5日間、断食をしてみた。
別に宗教的理由でも政治的抗議でもダイエット目的でもない。単に好奇心である。

スタイルは様々だけど、身の回りの女友達に、断食をする習慣がある子が5,6人いる。男友達ではまだ出会ったことがない。それで、どんな感覚なんだろうという好奇心が前からあった。決め手は、最近入居したウェブマガジン「アパートメント」のこの記事。栗明美生さんの「断食、あるいは優しいということ」 断食明けのご飯の美味しさ、世界の優しさの描写に魅せられて、
自分でもやってみることにした。

期末試験の一番重たいやつが5月10日(金)にあり、またこのシーズン、色んな社交・外食の予定が埋まりやすいのだが、大学院生であるこの時期ぐらいしかできないと思い、けっこう前から友達とご飯を食べる予定が決まっていた5月10日(金)と5月16(木)の間を縫って敢行。

「断食」でググってみると、色んな情報が出てくる。ファスティングとも言うらしい。ダイエット効果だけでなくて、身体の老廃物を出して健康になるための手段としても考えられているらしい。断食スタイルも様々で、僕の友達のなかには、ほんとに水だけしか飲まない子、朝に軽くフルーツだけは食べる子、サプリメントで栄養だけは採る子などがいる。一番ストイックなのは、お寺に篭って修行するというやつだったけど。

僕の場合はどうしようかと思ったが、考えるのも面倒だし、人間水分を採ってりゃ1ヶ月は死なないので、とりあえず、5日間一切の固形物を口にしないことにした。基本はお茶で、あまりに飽きたら野菜ジュースぐらい飲むかもな、ぐらい。ちょうどアパート退去のタイミングでもあり、前日までに冷蔵庫の食材を全て食べ切った。

で、やってみた記録。果たして。

5月11日(土)
 初日。早朝にランニング。終日ルイボス茶だけを飲んで過ごす。前日たっぷり食べたからか、排便も排尿もすこぶる快調。大学院のfinal examsはまだ2つ残っている。比較的頭が働く初日のうちにtake-home examの方を片付ける。料理・食事を全くしないと一日が非常に長い。読書と試験を済ませてもまだ時間が余る。しかしあまり動きまわる気にはなれない。 空腹それ自体は「まぁこんなもんか」という感じで、別に我慢できないほどではなかったが、「これが5日続くのか…」と想像するとゾッとした。食事が自分のの中でずいぶん重要な楽しみの一要素なのだと改めて自覚する。街を歩いていて不思議だったのは、 移動販売車で売られているドーナツやらマフィンなどのアメリカ的スイーツやコーヒーにほとんど惹かれなかったこと。普通に食事をしている頃の方が、ついつい誘惑に負けて勉強の合間などに買ってしまっていたのだが。

5月12日(日)
 2日目。起き抜けにポロッとしたウンチが出る。やあやあおはよう、君があれかい、もしかして、宿便ってやつかい。相変わらずお茶だけ飲んで過ごす。初日ほどの空腹感は無い。慣れたのかな。 夢の中では食事が供されたのだけど、ナチュラルにそれにかぶりついてしまって、「あ、しまった!」と思い慌てて吐き出した(もったいないよね、普段はそんなこと絶対しない)。夢で良かった。日曜日なのでマンハッタンの其処此処で路上マーケットが開かれている。用事でリンカーンセンター周辺に行ったらそこでもやっていて、ケバブだのホットドックだの色んな食べ物が売られている。「よし、行ったろやないけ」と左右に連なる露店を突っ切ってみたところ、意外と平気だった。なんだこんなもんか。
 ところが夕方になってなんだか様子がおかしい。手足が若干しびれ、頭もクラクラする。勉強をしてもあまり内容が頭に入ってこない。おやまぁ。ルイボス茶も飽きたのでダシ汁を飲んだ。 ふらつきは収まったが、あと3日どうなることやら。

5月13日(月)
 3日目。もはやウンチくんも出てこない。空になったのか。もう少しすれば更にまた宿便が出たりするのだろうか。昨日ほどの空腹感はない。お茶をルイボス茶から番茶に変えた。 平日なので大学の図書館前のカフェテリアが空いており、通りかかるとコーヒーの香りが漂ってくる。が、特に惹かれない。というか、あれが食べたいこれが飲みたいという欲求がほとんど無いのだ。

5月14日(火)
 4日目。朝、ほんとにごくごく小さなウンチくんがポロッと出た。やあやあ。まだいる気がするんだがな、もう出てこないのかな。ところで食事をしないとオナラがほとんど出ませんね。さておき、この日は最後の期末試験。ちょっとぐらい栄養入れとくかってことで、大学近くの露店へ。フルーツジュースと野菜ジュースをその場で絞って売ってくれる。なんとなく、果糖を採るとこの断食トライアルのストイック度が下がる気がして、野菜オンリーのチョイス。ほうれん草とセロリときゅうりと人参。苦い。こっちの野菜はあんまり甘味がないからな。隣の露店—ホットドックやベーグルサンドやジャイロラップを売ってるお店から漂ってくる匂いが、心なしかいつもよりくっきり強く感じる。嗅覚が敏感になっているのだろうか。

5月15日(水)
 最終日。プリプリと、ウンチくんが再び現れた。君たちまだいたのか。5日目になったが、空腹自体は別に耐えられないというレベルではない。なんだこんなもんかという印象。ただ、さすがにもうお茶とダシ汁には飽きてきた。舌がその味で固定されていてなんだか気持ち悪い。明日で解禁と思うと、やたらとネットで料理に関する写真や記事を漁ってしまう。明日の最初の食事はわずかに残っている玄米と具無し味噌汁。 そこから出国日の土曜まで友達との食事が昼も夜も入っているんだが、胃腸が急にビックリしないかな。
 金曜の夜にクラスメイトとポットラックパーティーをすることになって、なんか日本のおかずでも作るかとスーパーに出かけた。居並ぶ食材の色彩豊かなこと。見るもの全てが美味しそうに思えてくる。あぁ早く食べたい。この5日間、食事をとらない以外は平常通り過ごしていたが、さすがにこの日は勉強や調べ物をする頭がなかなか働かなかった。鏡を見ると若干頬が痩せこけてきている。まぁ明日になりゃ食えるし、深刻なものでもないか。
 早く明日になぁれと、早めに寝た。が、困った全然寝れない。けっこう時間経ったかなと思い目を開けてみれば、まだ日付も変わっていない。どうやって時間を潰したものかと、とりあえず外に出る。すると、ここに来て急にフラフラする。あ、すごい、びっくりするほど歩みが遅い。牛歩よ、牛歩。家から一番近いスーパーに入り、夢遊病患者のようにフラフラ店内を歩く。明日の食事になんか一品加えるか、と思ったのだけど、結局何も買う気になれなかった。悲しいかな、近所のスーパーものすごく品質悪いのよ。見た目と匂いでも分かるんだけど、驚くのが、じゃがいも、腐るの。玉ねぎやパプリカも買った時点で傷んでるの。あと、棚から野菜が落っこちたままよく放ったらかしにされてるの。哀しい、食べ物大事にしようよ。もう食べられるならなんでも良いやと一瞬思ったけど、嗚呼駄目だ、ここのは食べる気になれない。

5月16日(木)
 断食明け。米を炊く、味噌汁をつくる。手を合わせる。
 うまい。嗚呼旨い。5日ぶりの食事。
 食べた後、横になると、身体中がドクドクと脈打っている。一回一回の鼓動ごとに、全身に血液が巡っているのだな。

 
 
 5日断食してみて、特に世界が劇的に変わったとか、感受性がビンビンになったとか、自分の場合、そこまでではなかった。どれだけ優しくなれたかも、知らない。ただやはり久しぶりのご飯は格別なもので、僕にとって食はやはり生活の歓びなのだなと。
 デトックス?がどれだけ進んだか、知らないけど、確かに断食中お腹の調子はスッキリしていたから、月に一度1日程度でも、食事を抜く日があっても良いかもしれない。

Instant harmony on S-train

11th May 2013, Saturday
 
S in S-train stands for “Shuttle.” The horizontal line runs 42nd street and takes me from Times Square to Grand Central only within a few minutes. In the afternoon I got on the S-train to go back to Times Square after cutting my hair at a salon in Midtown-East, and found there a man playing the guitar. Before the train starts, he lightly played his original song, and after that, as usual for train-performers, promoted his $5 album and called for donation. The train started, then he chose “Billie Jean” by Michael Jackson for our short run to Times Square. He played intro, mocking drums by his voice and playing a string line by his guitar. One guy on the same train said to him something (I couldn’t hear well though) and he replied casually, and then skipped several lines and jumped to the part “People always told me Be careful what you do” cos soon the train was arriving to the station. Most of the passengers looked enjoying his song and talk. Finally he sang “Don’t go around breaking young girls’ hearts” and said “everybody say!” “””Heee!””” we replied. “Thank you, thank you! Have a nice weekend!” We got off the train and he remained. I really love such an “instant harmony” in our daily Manhattan life.

Sound of A-Train

4th May 2013

It is no longer surprising for me to meet performers who suddenly play music or dance on subway in New York City since I’ve already stayed here more than 8 months, nor even no longer annoying. It never happens in Japan, but now I enjoy such performance without being irritated even though they interrupt my silent reading. To be honest, I do not like aggressive breakdance performance using pipes on the train by young boys so much, but still it’s ok unless they accidentally kick me. Most of the sounds of such subway songs and dances jolly and boisterous ones. But today’s sound I met in the afternoon was a little different, and therefore comfortable for me.

I was on an express A-train and going down to Canal Street in SOHO from 168th street in Washington Heights. I like A-train, cos he lightly passes most of the station within Upper-West Manhattan. I was reading an interesting book about “soundscape” by Raymond Murray Schafer, while the A-train was running through Upper-West without stopping from 125th to 42nd. At first I was concentrated on the book, but gradually become aware of a moody music coming to my ears, and I found one guy was singing the song with his CD playing. For a change, it was an R&B music, which I rarely hear on subway. He’s from Puerto Rico. His moody and melodious sound matched today’s mood of myself combined with a dark, continuing express road. I closed my book and listened to his sound, while looking out of the window from my seat, which was put parallel to the direction of the train. Outside of the window was almost dark, but sometimes blue light on the wall of tunnel cut across. I saw my face reflected on the window without thinking anything. Stable clickety-clack sound of the subway wheel made a session with percussions of his CD, and he sang on that. Whenever I meet such a gift from NYC, I imagine if you like this town.