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Diary: 2017/03/20

三連休、驚くほどよく寝た。相変わらずこの間にやろうと思っていたことは半分も終わっちゃいないが、それはいつものことだ。休んだことをポジティブに捉えるということをそろそろできるようになる必要がある。

気になったニュース。

こういう、子ども向け教育番組に、ごくごく普通にさまざまな発達特性やセクシュアリティのキャラクターが登場していってくれると嬉しい。ファインディング・ニモのドリーとかもそうだろうけど。「マイノリティの物語」としてヒロインやヒーローに置くような話ばかりじゃなくって、もっとごくごく自然に消費されていくぐらいが良いと思う。

それから、東田直樹さんのドキュメンタリー「自閉症の君との日々」が今週末再放送だという話を聞いた。

正直に言うと、まだ彼を見る自分に揺らぎがあって、難しい。昨年のアメニティフォーラムで彼と彼が登壇した講演を聴いた。文字盤ポインティングを使いながら彼が肉声で喋る、というものだったけど、ほとんど聞き取れないような声で(それが確かに彼の肉声なのだけど)、だけど会場全体は感動の雰囲気というか、「自閉症の青年が自分でしゃべっている」という絵を”応援”するかのような雰囲気で、なんとも言えない気分になったのだ。

彼は作家として、詩を”書く”ことができる。そして大勢の人に作品を届けることができる。それでもああして大勢の前で文字盤を使って”喋る”ことが賞賛されるのは、彼にとって、そして社会・文化にとって、どういうことなのだろう。と。

そのまま悶々しててもどうしようもないので、番組を見てみようかなと思う。本も買ったが積ん読である。ちょうど良い機会か。

自分の身近にもそれに該当する友人はたくさんいるのだけれど、いやそれゆえに、LGBTという括りで語られる社会イシューに対してまだ腹落ちするような自分ごとかというか熱というものが持てていないことを考えた。興味がないとか抵抗があるとかいうことではなく、むしろ「無抵抗」になんでも受け止められることに所在のなさがある(それは受け止めているのではない、ということかもしれない)。カミングアウトを受けても「そうかそうか、へー」、自ら活動をしている人の話を聞いても「なるほどなぁ」って感じで、一定の興味関心、一定の熱量で聞いている感じ。なんだろう。いや別に悪いことしているわけじゃないんだけど、なんだろう。仮に彼らがなんらか世の不公正と闘うとなったときに戦列を共にするには私はあまりに気楽である。たぶん誘われればなんでも手伝うと思うのだけど。

一般と比べると、このイシューにおける社会の側の不公正だとか、本人たちが被る不便や問題、と言ったものに対する知識はそこそこある方だと思う。のだけど、自分の身近の人づきあいとしての、LGBT当事者に該当する彼、彼女らとの結びつきにまだ肉感がない。就職婚姻住居あらゆる場面で差別や不公正があることへの問題意識を持っていたとて、僕が目の前で友人として彼らと接するときに、「LGBT問題の当事者」として接する必要があるかというと必ずしもそうではなく、むしろそういう話題があまり出ない間柄の方が多いこともあると思う。どちらかというと、自己受容が進んでいたり、現行制度や観念にたいして折り合いをうまくつけながら生きている人の方が身近な友人としては多いように思う。たとえば中高生とか大学生とか、もっと若い子たちで、アイデンティティの揺らぎに直面しているような子たちと出会えば少しは感覚は変わるかもしれない。自分から無理やり求めるものでもないけど。そういえば、鬱とか発達障害とか難病とかは、困難のただ中にいたり坂を転がり落ちる過程にいる人と一緒にいたことが多かったから、社会の側に対する問題意識と、友として彼らと接し共に生きることに、ある程度の重なりがあるように思う。

社会を構造として捉える目と、一個人として一個人と相対する姿勢に、なるべく一貫性が持てるといいなと思うし、まぁ無いならないでそれはそういうものか、とも思う。

もうすぐ卒業するインターンの学生が、大学の太鼓部の卒業公演ということで、見に行った。年度替わりには人がまた出入りする。人の流動性が大きいなかで、どこまで工夫してやっていけるかという挑戦もあるけれど、それはそれとして、もう少し中長期を見据えて積み上がっていくような人材や組織というものも考えていきたいところ。悩ましい。

夜は妻と食事。結婚記念日ということで。正確には明日だけど。
あっという間である。

Surely I need… / 夕暮れどきの空の、白んだ光が好きだ

March 29th, Saturday 2014
“Maintenance” doesn’t mean no-change. Keep changing, that only can balance your life.

After coming back to Japan, I’m still living on busy days, and have not yet completed preparation for a new life from 1st April, nor haven’t finished a few works I’m involved in. Yes, I know, life doesn’t change so easily, nor in a so simple way. Every transition is gradual process, so I need to manage my time by myself. While starting new job and life in new town (Asagaya), I need to meet finished writing and reporting, and meeting friends who welcome me back. Yes, it’s my fortunate, so many person take care of me, and give opportunities. It’s my responsibility to reply to them, and I hope to do so. Surely I need a little change.

Only one simple fact is, this is Spring. Cherry blossom and warm weather makes me happy.

午前は健康診断。中央線各停に乗って阿佐ヶ谷から大久保、新宿検診プラザへ。今日も人身事故があり、電車に遅れが出ているらしい。僕は、駅に着いた際にその遅れてきた電車に乗ったから、別に影響は受けていないのだけど。車内アナウンスを聞きながら、考えた。中央線はよく停まるが、その発生頻度と原因はどのように分布しているのだろう。つまり、電車が停まるようなアクシデントが起こるのはどの駅が多いのか、またその原因のうち、悲しいことに飛び込み自殺や転落事故による死亡・負傷がどれぐらいを占めるのか、線路上にちょっと人が入ってきたとかゴミが飛んできたとかいう、大事に至らないトラブルと比べてどれぐらい死傷事故が多いのか、それぞれのケースにおいて復旧に要する時間はどんなものなのか。そのオペレーションは。気になった。JR車内にはもちろんデータが蓄積されていることだろうと思うが、それは対外的に公表されているのか、インタビューすれば教えてもらえるものなのか。学問的にどのような調査研究があるか(実態調査か、予防・減少のための介入研究か)。都内のどこかで電車が停まるたび、その情報は瞬時にtwitterで流れてくるような時代にあって、なんなら乗客の立場としては「こんなときに人身事故かよ、急いでるのにふざけんなよ」と、余裕がなければそんな気持ちにもなる世の中に生きて、だけれどもその内実は何も知らない。亡くなった人の個人としての物語はおろか、それよりマクロな、統計上の数値、概観すら、実は知らないのだ。

もちろん日常生活でいちいち事故の詳細、たとえば死体が、どんな壊れ方をしたかなどという情報を全員に知らせていては、それはそれで社会がどんよりしたものになる。そんな懲罰的に耐えられる精神を持った人はほとんどいないだろう。だから日々の平板な「人身事故により運行に遅れが生じております」アナウンスも、社会のひとつの優しさである。

午後に田口ランディさんと村上光照師の対談イベントに行った。座禅とかみさまとほとけさま、というタイトル。ランディさんの新刊刊行記念とのこと。ランディさんを生で見るのは初めてだ。本がとても好きなのだ。想像していた以上に小さかった。それからランディさんと村上先生の笑顔はびっくりするほどかわいかった。

身の回りにスピリチアルだったりリリジャスなものに従事している人が多く、それ以外でもなんというか震災後のご縁は地方指向とかロハス・エコとか、狩猟と屠殺とか、食文化とか、ものづくりとか、舞踊とか、身体性重視な感じの人が多くて、自分もまぁなんだそっちの方向に向かっている気がしないでもないしとはいえ霊感はからきし無いしなんだけど、難しいのが僕はまだ「一抜けた」できないというか、やっぱり向上心とか反骨心とか悔しさとか寂しさとか欲とかそういう負の感情が自分を奮い立たせドライブしてくれている部分も非常に大きく、なんだ、若いんだ。要は。

だからこういう場にいて、時間を過ごすというのはいつも難しい。自分で選んで赴いているのだけど、どうも場違いな気がするし、自分にとってこういう類のものが必要なのかもまだ必要でないのかも微妙なところだ。

白金でちょっとだけ会って、桜のポストカードを渡した。
夕暮れどきの空の、白んだ光が好きだ。


うとうとしながら丸の内線で阿佐ヶ谷南駅に降りてそこから北上して帰宅する過程で横浜家系ラーメンの店があって以前から一度入ってみようかなという気になっていたのでこの際いいかと思い入って食べてみたら案の定もう僕の身体はとんこつラーメンがそんなに好きでないようでもちろん確かに美味しいのだけど単純にしんどくて最後までスープを飲みきれず「お残しは許しまへんで」の日本人的美徳を守ることもできずあーあとなって帰宅した。いつもより早い時間に帰宅した。色々やることがあるから進めようと思ったけど結局そのまま電気も消さずに朝まで寝てしまった。

それにしたって部屋が散らかっていて不可ない。家具もまだ揃っていないから本が床に平積みなのだ。

ちゃんとごはんをつくろう

Different scenery / ふたり、祝い、それからおうち

March 21st, Friday 2014

To attend my close friend’s wedding, I went to Yokohama, and on the way I looked over buildings in Tokyo from the train window. When I go through Nakameguro and Jiyuugaoka stations, I remembered that I had explained to those Japanese friends who traveled to NYC while I lived in Park Slope, Brooklyn, that Park Slope in NYC corresponds to or Jiyuugaoka or Nakameguro in Tokyo since they shared similar characteristics (quiet neighborhood, good café and restaurant, relatively higher-income residents). But, I’ve realized they are different cities. Though similar functions in the two metropolitan cities, everything is different: building, street, train, people, color in the sky… and then I again realized, I had left NYC and came back to Tokyo. Of course I don’t miss the past days. I don’t miss NYC. I don’t regret to come back to Japan. It’s not a question of which city I like better. In my life I’ve never ‘chosen’ places to live and work, I had just moved, stayed and enjoyed each time, and then moved again when I got the time. Well… so this description is nothing to do with my emotion. I just understand I’m back now, and I’ve found how I loved NYC.

「ブルックリンのパークスロープって、まぁ東京で例えれば中目黒とか自由が丘みたいなエリアでさ」なんて日本から遊びに来た友人に説明していたところの中目黒が、だけどやっぱり似ても似つかない街並みだということを見せつけられ、僕は電車に揺られそのまま横浜へ。午後からは友人カップルの結婚式、披露宴、二次会。かれこれもう7年ぐらいの付き合いになるのか、ふたりとは。

別に結婚でなくとも良いのだけど、2人の人間がパートナー関係にあって、そのどちらか一方とだけ友人なのは誰でも普通にあることだけど、カップルの両方とも知っていて、仲良しだというのはそんなに多くない。今回の2人はその数少ない友人カップルの1つで、なおかつ、2人のためなら自分にできることはなんでもしたいと思えるぐらい慕っていて大好きな、もっと数少ない2人組の1つである。

とても良い式だったのさ。

2人が添い遂げて、婚姻関係、家族関係に入るというのはとてもすごいことで、久しくそれがうまくいかないでいる僕には奇跡のように思える。とかいって、自分に引きつけて比べて考えるとどんどん自分のことばかり考えだしてしまうのは僕の悪いくせで、そうなるともう相手の話じゃなくなってしまうのだけど、今回は上述の通り数少ない僕の大好きな2人、2人として慕っている友人達の祝いの席なものだから、そんな小賢しいことを考える余地もないぐらい素直に嬉しく楽しく幸せな気持ちになった。

帰国が間に合って本当に良かった。

お祝いの品は何にしようか。

ところで2人が住んでいて、僕もしょっちゅう遊びに行き、しまいには昨年の夏、仕事での一時帰国中は居候させてもらっていた阿佐ヶ谷のシェアハウスがある。で、2人が結婚に伴い退去したので、僕が入居した。お客さんと居候を経て本住人である。このシェアハウスも、かれこれ6,7年続いているんじゃなかろうか。披露宴の席には、歴代住人とオーナーさん家族が集まっており、なんというかこう、会社や高校、大学、ご家族など他の枠でご出席の方々と並ぶぐらいの一大勢力をなしており、ここまでくると一族郎党と言って良いぐらいである。

2人が出て行って僕がちょこんと入ったわけだ。歴代住人とにもともと付き合いがあった人も多いけれど、なんだか今日は今までとちょっと違う心持ちになった。相変わらず未来は不透明の浮浪者気質で、阿佐ヶ谷にもいつまで住むか分からない。けれど、ともかくも、僕はこの町の市民として、この家の一員として、暮らすのだ。NYから帰ってきて、ここが次のホームなのだ。

そういえば僕は今まで住む場所や働く場所を、複数の選択肢の中から自ら「選んだ」ということがない。来たご縁を受け止めて、の繰り返しである(その意味では自ら意思決定しているけれど)。そうしたもんかな、とも思うが。

風は吹いたり止んだりする。

Diary: 03/12/2013 Tue.

In the class morning, suddenly I choked on my spit and had a coughing fit a while. It’s not by cold, just what anyone can do sometimes. So I didn’t care itself, but at the same time I remembered one of my favorite songs “ANSWER” by a Japanese pop singer Noriyuki Makihara. The song describes a similar event at a subway station, and the man in the song, following the cough, cannot stop tears rising from his eyes (this time I didn’t cry, by the way).

というわけで槇原敬之の「ANSWER」がふと浮かんだわけなんだけど、好きです、この曲。改札で咳き込む最初のシーンも良いのだけど、最後の”春の強い風も夏の暑さも秋のさみしさも冬の寒さも”ってとこ。シンプルな歌詞なんだけど、メロディーの盛り上がりと相まってじんとくる。そういえば今日は雨も風も強い日だったよ。

Diary: 03/11/2013 Mon.

While walking down to the auditorium for class in the morning, I recognized I was a little down today. I know the reason. It happens often when my emotional valve open after receiving passion of many people. Also, this is just in my regular biorhythm, up and down. Just a ordinary day. I gratitude I live such an ordinary life.

少しぐったり、心揺れ気味。上がった後は落ちるという単純なバイオリズムなので、いつものこと。粛々と生を歩む。

Diary: 03/10/2013 Sun.

Attended the symposium, “The Great East Japan Earthquake: Creative Responses & Social Imagination.” It was wonderful day to know how many people in NY have strong interest and compassion in Tohoku Japan. Various speakers told us their own experience and story. Especially, I was impressed from Jake Price. I could not only listen to his speech but also talk in person at the reception, and dinner after the symposium. Jake told me, in response to my question “how did you balance your professionalism or journalism and your emotional feeling?”, that it was impossible to keep distance as a journalist and he didn’t regard his project in Tohoku as journalism. I saw many photographers who had complexity in taking photos in that area. His honesty made me feel that he is a really respectable person. As a final speaker, I made a speech on my projects in Oshia Peninsula. I told our micro, but specific experience and story with individuals. But, though I spoke as an individual, I felt some expansion of connection and compassion with many more people in Japan and NY.

I really thank organizers CJR members for their great dedication and sophisticated operations. I hope I could play as a speaker because that would be the best thing I can do to express my gratitude to organizers.

シンポジウム”The Great East Japan Earthquake: Creative Responses & Social Imagination.”に参加。あっという間だったけど、本当に良い一日だったな…自分の役目を、果たせたと思う。海を越えて、橋はきっと架かっている。

運営の方々と、残られた一部のスピーカーの方々と大学近くのレストランで食事をして帰った。アパートがある168thの駅に降り立ってちょうど数分後に、日本時間で2:46pmを迎えるタイミングになった(時差は13時間)。家に向かう途中、立ち止まって少しだけ黙祷した。

Diary: 03/01/2013 Friday

It’s almost March. My friends in class and I was surprised to know we’ve finished already 6 weeks of our second semester. This week was a little tough with two papers due on Friday and Saturday, but anyway I’ve done. Now I’m looking forward to scent of spring brought by plum and cherry blossoms (I hear I can meet with them even in NY here).

早くも3月。今週はエッセイとレポートの課題があってなかなか大変だったが、ともあれ提出し終えた。梅と桜が運んでくれる、春の香りが楽しみだ。ここニューヨークでも、梅や桜と出会える場所が、あるらしい。

お墓の中に私はいませんなんて歌がありましたが、死人はおろか、生きてる人間だって、過ぎ去った日々の中になんかいませんから。遠くで今を生きてるヒトたちと、出会ったならばいつでも「はじめまして」と言える、ワタクシ、そういうヒトでありたいです。

とはいえ、積み重なった想い出が、今を刷新し続ける活力だったり、信じ続ける強さをもたらすのでもあって、不思議なもんです。

信じてくれていること、知っているよ、届いているよ、こちらも信じているよと、そういう気持ちが、届けば良いなと思う。切手を貼らない手紙。