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Diary: 2017/01/25

行き帰りの電車で『神谷美恵子日記』をちょっとずつ読む。心の安らぎというには、ちょっと彼女の人生は鮮明でドラマチック過ぎる気がするけど、ともあれ読んでいる時間は心がpurifyされている感覚がある。

今日の帰り道は1942年、神谷28歳の頃。戦時中。私もつい最近29になったばかりだからほとんど同い年の頃。

“私の悲しい浅薄な性質も、何とかしてためること。自分が夢中でやらなかったら、人の役に立つことも絶対に出来ないのだということを銘記せよ!”
(角川文庫, 『神谷美恵子日記』p.31)

「銘記」という語句の選びといい文末のエクスクラメーションマークといい、我が身に言い聞かせて前進駆動させているような印象。この人の日記がこれからどう展開し、どう歳をとり、やがて『生きがいについて』を書くに至るのか知らないで読んでいるけれど、きっとこの時期はこう自ら奮い立たせるような生き方をするしかなかったのだろうし、実際そう生きたのだろう。

「悲しい浅薄な性質」は私にもあって、慌ただしい日々の中でも時おり顔を覗かせる。自覚したとて卑屈になる間もなくそれを全身自己変革ひいては組織変革へとつなげてゆけよと合目的的になれるぐらいには暇が無いのでそれはひとまずありがたいことだと思う。「何とかしてためる」とあるが、それはひとまず腹の底にため置いているものなのか、蓋をしていてもいつかは噴出するものなのか、ため置いている間に消化/昇華できるものなのか、今は問うまい。

年若い学生だったり、自分より長く生きていたり、部下たち。心も身体も頭の中身も究極見えやしないし、私たちは自分自身のことだって知らなかったりもするのだけれど、思う通りに動きはしない日常のなかで、銘々それぞれに本当に踏ん張って生きている。声のかけかた一つ、他人として存在することの影響。せめて私のできることで彼彼女らが気持ちよく歩いて走ってそれぞれに伸びていくことができる道をつくろう。

夕刻、仕事の諸用あって同僚と一緒に目黒まで外出した。乗り換えの駅で「桃太郎電鉄2017」の広告が貼ってあり、そのコピーが「立ち上がれ日本!」だったのだが、それを見て彼、「こういうのも世相を反映してるのかなぁ。みんなしてそんなに立ち上がらなくたっていいよ」と一言。そのことに深く深く同意するとともに、立ち上がるどころか立ち止まったら死ぬみたいな意識で走り続けている自分の矛盾。そういうものなのかもしれないし、勝手に作っている幻想かもしれない。まだ、もっと、という感覚もある。一線超えて転がり落ちないようにだけ気をつけて粛々と営む。

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Diary: 2017/01/22

エジプトへ旅立つ友人を見送りに大阪へ。出エジプトならぬ入エジプト。海は割らないけれど。

道中、オバマの退任演説とトランプの就任演説を全文テキストで読んだ。彼と共に過ごしたのはニューヨークでの留学時代で、ちょうどその頃はオバマの再選(ロムニーと競っていた)時期と重なっていた。月日が経つのは早いものだ。トランプ旋風に対して私は特段の意見を発していないが、昨今の一部インテリリベラル勢の口汚い罵りには辟易していて、それらと相まって、二人の演説を読み比べるに「そりゃ勝つよな」と改めて思った。なるほどオバマはやはり美文家ではあるが、今の世相、トランプの簡素にして直接的なスピーチは確かに人々の不安に応える(応えてくれると思わせうる)ものだった。

インテリが彼を「ペテン師」と罵ったり、post-truth時代だと嘆くのは容易いが、それでは勝てないよ、と思う。

少し前に読んだ雑誌『考える人』の特集「言葉の危機、言葉の未来」は良かった。タイトル前段だけ見れば説教臭い話が並ぶのかなと思うかもしれないが、決してそんなことはなく、全編通して言葉への信頼というか「遊び」が感じられる企画だった。

池澤夏樹のロングインタビュー。翻訳から評論、小説と、日本語と外国語を行き来しながら言葉と丁寧に丁寧に向き合ってきているであろうこの人が、しかし言葉はコントロールできないものとの”諦め”も抱き、「保育園落ちた日本死ね」が人々の言葉を打ったことにもそれなりの理由があるのだと語っている。「足し算の美学」と称してヒップホップのフリースタイルの面白さを語った都築響一のエッセイも良かった。横尾忠則が「大事なのは時間ではなく回数なんだ」と語ったこと。言葉から身体へ、軽さを追求していく営み。描く人のことばは、書く私の言葉よりも贅肉が少ない。

間近に実例があって痛感するが、起業家の言葉というのも強い。彼らには共通したリズムと語法がある。シンプルで、明快で、力強く、未来志向だ。経営者は日々膨大な情報の中で意思決定を繰り返す。その習慣ゆえか、嗅覚で本質をつかみとり言語化する。時にシンプル過ぎて危うさを感じることがあっても、やはりそれは人の心を打つ。

私も影響されてか、昼間の間は、端的で強い言葉を使う頻度が増えた気がする。それが良いのか悪いのかは知らない。イライラだけはしないように気をつけたい。

最近は重たい本はめっきり読めていなくて実学指向が過ぎるのだけど、こういうことは普段考えている、と彼と色々語った。

「何者でもない」「他の誰のことも代表しえない」ことを自分の足場としようと思う。前からそうだったけれども。

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大阪から帰って、おもむろに夜の多摩川を走った。向こう岸に見える高層ビル群の明かり、僕が暮らすのは東京だなと思った。

また一週間が始まる。

Diary: 2017/01/16

あまりムカつかずに淡々と生きていたいと思うのだけど、最近憤りや怒り、伴って壁をまだ破れていない自分に対する焦りやいらだちといった感情が湧き出ていることを自覚する。

働く意思も能力もある、あるいは環境や支援次第で大きく変わる潜在能力がある人がいて(たくさんいる)、単に制度上の要件によって、働くことや能力開発の機会が阻まれるのであれば、それはやはり社会の側の障害に他ならない。

仕事柄色んな境遇の人たちと関わるけど、本当に、本当に、制度の側や、働く環境がほんのすこし柔軟になるだけで解消できる悩みや苦しみが冗談にならないぐらいあって、けっこう身近な人だったりもするからもどかしさも募る。

一方で、これはまた身近にいる方なのだけど、少しずつではあるが制度を動かしつつある様子、その戦い方を見させてもらって、ああこうやって動かすのか、と学ぶことも多い。それが出来ていない自分にまた焦りも感じる。

自分が出来るようになったことはもうどんどこ手放していかんとダメなんだと思う。時間や工数の最適化という意味でもそうだし、自分自身の能力開発という意味でもそうだし、関わる人や社会へのインパクトを最大化するという観点でもそうだ。たかだか30年弱の引き出しで、出来る範囲のことで褒められててどうするという話ですよ。少しでも多くのことを手放して自分自身を身軽にしていくこと、脳みそや身体を空けた先から新しいことや場所に飛び込んで吸収していくこと。今年の大きなテーマだと思う。

年末年始にかけて、管下編集部のライター編集者ともに、士気も実力も確実に高まってきていると思う。いいチームだ。いいチームなんだけども、もっといいチームにしたい。一人ひとりが自律的に動けるチームに。方向性や基準を明確にすること、それを伝え続けること、あとは1人でも、一回でも多く、打席に立てるように機会をつくること。

生きている色んな人の色んな人生に出会う。

仕事柄、距離が近くなったことも影響しているけれど、自分より年若い学生たち、色々な事情を抱えていま苦しんでいる彼・彼女らが、一歩でも前に進めるための機会をつくりたい。自分のできる限りにおいて。もちろん休んでもいいんだけど。

Train music / 帰省

January 3rd, 2016 Sunday

When I’m back from Paris to my family’s home, Kobe, a friend called me to Kyoto. She invited me to an wonderful concert. It was a small music live in the train!

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Eizan Dentetsu, a small local train leaving from Demachi-yanagi to Hieizan, a famous Buddhism mountain. Today, on train was chartered for the concert. We, all the participants, organizing staffs and 4 groups of musicians rode on the train, and the first group began playing. All the songs were so matched with the tiny stage, and soon all of us excited together. Two bottles of Heineken, and joggling train and music made me drank enough!

パリから帰ってきて、ほんの1日ばかし実家に顔を出した。
父母姉祖父母叔母ともろもろの話をする。
大いに反省と感謝をしつつ、こういう人生線の我が身のやる方なさを思う。
祖父母はますます老いて、特に祖母のヒステリーは進む。
私もいつか老いる。
と達観理解をしながらその時を恐れている。
借りた金は存命中に返せそうもない。
その前に親も老いる。
その時に私は子としてするべきことをする。
ための蓄えが今から大事だ。

放蕩。

レーモン・クノーの『文体練習』より その10 虹の七色

人々が家路に着き、若者の街・渋谷が紫色のカーテンに包まれる頃、私は藍色のコートにギュッと身を包んで寒さをしのぎ、青色のイヤホンをして音楽を聞きながら、緑色した電車に乗り込んだ。混雑具合は中程度といったところで、私は迷惑がかからないように反対側の扉まで詰めていった。背後には若いカップルが並んでいて、私の頭上の壁面広告を眺めている。黄色い発泡酒の広告には目もくれず、「バルタン星人だ」、「宇宙忍者だって」と隣の金融屋の広告について話している。その後、橙色のマフラーをした男は、連れ合いの女性に頭をコツンコツンと2回当て、親密そうに身体を寄せ合った。新宿駅で電車を降りてホームの向かいの列に並び、中央線を待っていると、前方の女が一生懸命スマートフォンをいじる様子が目についた。何かのゲームのようで、戦いで体力を消耗したのか画面が赤色に点滅している。激戦の行く末に気を取られるあまり、私は誤って中野止まりの各駅電車に乗り込んでしまった。

文体練習
文体練習 レーモン クノー Raymond Queneau

朝日出版社 1996-11
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From East to West – A way to cultivate “New Local” /寒中見舞いたい。

January 12th 2015, Monday

Left Tokyo early in the morning, and now I’m on the way to Obuse-town, Nagano, 2-3 hours west from Tokyo. Though the smallest village in Nagano, Obuse, whose culture is open to outsiders, is famous for its unique way of community building. I’ll meet with one of my friends who moved to Obuse from Tokyo 2 years ago, and now committing himself to community building in Obuse. We’ll discus our project to write and publish a book about Obuse to spread a new vision and model for local community.

What we may call “new local” has a different characteristics from what previous local community had. Though people involved are committed to local community action, each of them do not necessarily live in the same are. I mean, though locally and mentally connected, they may be geographically remote. They work on small projects that aim to re-activate local town, business, food, culture etc. Each of them stands at different position, has different perspective, different skill set. Sometimes, a leader or majority of the project members are not original residents of the town where projects emerges.

Though I still only have hypothesis, I’m convinced such new movements is a key to vitalize local communities.

あ、年明けてた。2015ってか。あれだっけ、バック・トゥ・ザ・フューチャーの年だっけ、それからテレビ版エヴァな。「時は、西暦2015年」的な。汎用人型決戦兵器に乗って地球を守る中学生たちの、いつのまにやら倍の年齢になりましたよ僕は。アラサー。こんにちは2015年、さようならを言うヒマがあったっけ、2014年。

12月後半から。会社の方は、怒涛の冬期講習。よう働いた。夏より短い分、早くて、濃い〜。子どもたち、一年よくがんばった。冬期講習というのは年をまたぐので、全然収まったり始まったりの感覚がありません継続戦です。

年賀状、書けてません書けてませんはい書けてませんよ。はがき買ったんですよ。1/6に。気づいたら寒中見舞いの時期ですよ。払い戻して同じ枚数買い直す流れだよこれ。

年末に駅構内にデカデカと貼られた「ちゃんと年賀状、ちゃんと大人」の広告フレーズが頭をよぎりますはいダメな大人ですか私。いや、おっしゃることは分かるし、あと手書きの良さというものもある程度同意するし、こういう節目の慣習を無理やりにでも意識して継続することで、メリハリもつくってものだし、いや、まぁ、はいわかります。「大切な人だからこそ手間暇をかけて年賀状を」とか「忙しいなかでも逆算してタイムマネジメントをして宛名整理からデザインから宛名印刷から発送までを年内に終わらせるのが立派な大人です」とか「年賀状の字には人柄があらわれます」とか色んな正論が思考の彼方から飛んできます。でもねあれなんですよ、いまとなってはLINEやFBメッセの方が飛んでくるスピードが早いし、受け手からしてもそっちの方が楽だって人もいるし、必ずしも出すことが受け手へのベストな思いやりの表し方とは限らないあれにもなってきているわ、出すなら出すでちゃんとしたいわなのでお金も時間もけっこうなパンチとなるわで、色々トータル考えてるうちに時間が過ぎていくわけで年賀状どうする問題は意外と難しいのです。

とかいったら「年賀状かメールかの判断も含めて、相手の状況やニーズを事前によく見極め、新年の挨拶の経路方法タイミングを分け、それぞれが年始に間に合うように逆算して準備行動するのが立派な社会人です」とか更に正論を上乗せできそうなので、もはや黙るしかない。

出してくださった方ごめんなさい届いてます読んでます超嬉しいです近々寒中お見舞いしつつお返事お送りしますよごめんなさい。

冬期講習が終わりまして、早朝新幹線で長野県は小布施町に向かっております。去年取材に行ったご縁で、出版関連のプロジェクトが立ち、その相談とインタビューに。

以下、メモのような、ほんとにただの日記。

12/26(金)
子ども向けのプロジェクションマッピング講座、2回目。大盛況。ゲスト講師のみなさまお世話になりました。

12/27(土)
冬期講習。記憶、ない。

12/28(日)
冬期講習。会社の年内締め日。配属拠点は数字の上でもバッチリ結果を出して気持ちの良いお酒が飲めましたとさ。マネージャーとパイセンと3人でハブに流れこんで「終電までな!」と言いつつ見事に逃す。2amぐらいまで飲む。来年以降のこととか、根本的な課題のこととか、たくさん話す。タクシー相乗りで順次降りていく感じで解散。

12/29(月)
汝、論文を書くべし。渋谷の方の別の会社に出社。そっちも前週で締まったはずなんだけど、同い年のプロパー社員とオフィスを開けて仲良く作業。夜、担当記事のインタビュイーと合流してモツ鍋つつきながら追加インタビュー。完成は年明け持ち越し。夜の渋谷が思ったより人少なかった。

12/30(火)
汝、論文を書くべし。
書けた。

まだ東京にいた同居人2人と大掃除をした。共用スペースは綺麗になったけど、自分の部屋は、まだ。そもそも物が少ないが。3人で昼飯を食った。中華、と、ビール。阿佐ヶ谷の商店街、えらい賑わってた。年末感。

夜、友人のシェアハウス、通称「田端の実家」に顔出す。みんなで鍋つついて、そのまま当然のごとく宿泊。実家感半端ない。人生儲からんなっちゅう話をした。楽しいけど。
早く労働者からヒモに転職したい。

12/31(水)
渋谷の方の会社でお世話になってるパイセンと会って来年の相談をした。関われる時間も限られてるなか色々考えて挑戦させてもらってるので、よく考えねば。問い立てをもっと精緻化しよう。
良いものと、面白いものと、売れるものは必ずしも一致しないって話。売れっ子編集者さんの言。大前提として良い物を作らなきゃなので、起点の問い立てや動機は超大事だのだけど、その先、面白くして、売ってくところまでは、編集=演出が鍵。
来年は連載を持つぞぉ。

汝、メルマガを書くべし。
書けた。

汝、記事を書くべし。
1本、書けた。もう1本、書けてない。

夕方、新幹線で神戸の実家に帰ろうと、荷造りをして家を出た。そういえば、と、年の瀬の挨拶の電話を一本。バタバタしてて年末会えなかったので。「まだ阿佐ヶ谷にいるの?実家は終電で帰れれば良いんでしょ。高円寺に飲みにおいでよ」

行った。飲んだ。気づいたらオフィスに移動してみんなでボードゲームをしていた。いわきは「貴千」のかまぼこがあった。うめぇんだこれ。みどりのたぬきを買って年越しそばを食べた。ボードゲームをしながらテレビをつけて紅白を横目で見た。
年が明けた。2015!
あれ?
ま、いっか。

1/1(木)
3時か4時ぐらいまでボードゲームして解散。うち2名と近くの神社に初詣。まさか高円寺で年越しするとは思わなんだ。これもまたよし。
安定の末吉。
そのまま始発で新幹線乗れば9時台には神戸の実家に帰れるだろう、そのまえにいったん阿佐ヶ谷に帰ってシャワー浴び用。

起きたら8時。
あれ?

電話、実家母、呆れる。
実家家族、初詣は京都伏見が恒例。というわけでお昼頃に京都で直接合流することに。
伏見、めっちゃ人多い。去年より様々な国からのお客さんが増えた。飛び交う言語が多い。よきことだ。
参拝。山、登る。
途中から、雪。どんどこ降る。
祖父、もう90歳。元気は元気だが、やはり年なので、本人強がるが、休み休み、登る。
岡山の母方の方のじいちゃん、だんだん弱ってる。今回顔出せなかった。色々考える。
父、髪が薄くなった。仕事、苦労している。円安。

夕方、鶴橋へ。花園でラグビー観戦していた石巻の頃の団体のしゃちょー夫妻とその友人夫妻とあともう一人大学のパイセンと合流。試合観たかった。めっちゃ良かったらしい。
コリアン街、ほとんど店空いてなくてシャッターも降りており、ちょっとしたトルネコの不思議のダンジョン。
この頃すでに大雪。寒い。
予約してくれてた店に入る。あったかい。
サムギョプサルうまー。
良き新年会であった。

年賀状、書けてない。
はがき、持ってない。

12月の家計簿をつけた。
コンビニのレシートばっかりで、凹んだ。
食が、まずしい。まづしいよ。
専門はヘルスケアです。もっというと習慣形成とか行動変容です。はい。
来年は、いやいや今年は、もうちょい健康的な生活をだな。

1/2(金)
大阪で、久しぶりの再会。
初売りで、ルクアが戦場のようだ。
バーゲンに興味はなく、ランチ目当てだったのだが、えらい時間かかった。もうちょい中心離れた場所にすればよかったか。まあいいか。
ワインを開ける。ピザを食らう。

帰宅。隣の祖父母家に、茨木のおじおば、来る。挨拶。
実家の父母よりネットリテラシーある。
名前でググられてた。なんならツイッターとか見られてた。
白目。
まぁ、いいか。

夜、高校の同窓会。40人ぐらいか。うだうだ飲みながら話した。東京に来た人けっこう増えたね。仕事とかで。

からの、まさかの小学校同窓会。
びっくりした。
高校同窓会にいた、小学生からの同級生の誘いで参加。 男子8人。意外と覚えてるもんだ。
とても良かった。

なんばへ。
積雪の影響で夜行バスが出発一時間遅れ。
これ、長い旅になりそうだ。

1/3(土)
案の定、渋滞、到着2時間半遅れ。
新宿まで待てず横浜で降りて電車に切り替え。
阿佐ヶ谷に帰ったの10時。疲れた。
身体バッキバキやで。

シャワーを浴びて、なぜかそのまま7kmほど走った。
そのあとスクワットもした。
こういうのを1月病という。

翌日の仕事の準備とか、書き物とか、した。

年賀状、はがき買えてない。
原稿、まだある。

1/4(日)
仕事はじめ。
冬期講習は絶賛継続中。当然のフルコマ。
楽しかった。新年の挨拶もかわしーの。

でもなんだか体調がおかしい。寒い。
あと、すんげー筋肉痛。
完全にこれ昨日の長旅と運動のせいだわ。
知ってました。

1/5(月)
あ、これ、体調悪い。
知ってました。

昼、本社へ。
社内の英語講師と面談。
留学から帰ってから全然日本で英語使わないので危機感あって受講していたのだ。来期どうしようね、すでに余裕で合格ラインだよねって話。まぁ、そらそうだわなぁ。
自分でなんか企画して英語でリサーチや提言をするみたいなのにしようか。

午後、渋谷の方の会社へ出社。
明けましておめでとうございます。
が、打ち合わせしたい相手がいなかったので、ひとり作業。
あ、これ、体調悪い。
帰ることにした。

途中から寒気と関節痛がしたのね。
あ、これやばい、インフルだったら多方面に超迷惑かかるどうしようやばいれ
と思って慌てて阿佐ヶ谷のクリニックに行った。
めっちゃ混んでた。1時間ぐらい待った。
熱はかったら36度台。全然だった。あれ?
待ってる間にうたた寝。
起きたらちょっと楽なってた。
インフルエンザ、陰性。まぁ、熱なかったしね。
じゃあこれなんなんだ。
総合風邪薬だけもらって帰宅。
寝た。

1/6(火)
休みだけど会社の人とランチしながら面談。
来年度のことを色々話す。
やるぞぉ。

年賀はがきを買った。

あ、やっぱりこれ、体調悪い。
インフルじゃないのに。
吐き気と、胃腸の気持ち悪さ。
謎。
マツキヨで漢方を買う。
飲む。
家でなんかとりあえずしょうがとか健康に良さそう系の食材ありあわせであったかいもん食った
寝た。

1/7(水)
冬期講習、絶賛継続中。
記憶ない。
あ、やっぱりこれ、体調悪い。
早め、といっても21時半だが、に退勤して寝る。

ごめんなさいこれ年賀状書けないです。

1/8(木)
冬期講習。
よく覚えてない。
色んなものを飲んで体力は持たせた。
メールとかだけ済ませて、寝た。

1/9(金)
あ、回復気味。
出社。冬期講習。
外部機関の方と面談あり。
また色々考える材料をいただいた。悶々。
働いた。

1/10(土)
冬期講習。
働いた。

1/11(日)
冬期講習。
高校受験が近い。がんばれ。
また色々考える材料をいただいた。悶々。
冬期講習おわた…

Visit to Red Hook Initiative / 生活問題としての「書くこと」

January 20th-22nd, Mon-Wednesday, 2014

On Monday, I visited Red Hook Initiative, an organization to empower local community.

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Crossing by red brick buildings, went down to Red Hook area from my neighborhood Park Slope.

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Cross the river.

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Then I found their base, within 20 minutes from home.

Red Hook is one of the areas seriously damaged by Hurricane Sandy in 2012. I contacted them to know their efforts and actions after Sandy. They are providing several programs such as an educational support for children and youth in community, setting wifi networks around the neighborhood to close digital divide. These days, they’ve launched a campaign named 500 FUTURES to call for support for youth empowerment. I attended an information session to tell us what they do and will do, and to involve more allies into their actions. What impressed me was that high school students themselves are also dedicating themselves to RHI activities. AT the session, 3 youth members made a small speech and self-introduction. Though they looked a little bit shy, I felt they are surely proud of what they do and where they live. I made a small talk with staffs, and now think about if I can do something for or with them by sharing my experience at Tohoku, disaster area in Japan.

On Tuesday, a brutal winter storm come to our town. Soon the street become covered with snow. I just stayed at home, and did my research work, without imagining about going out into the cold night.
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On Wednesday, fortunately, storm ceased. I shoveled snow in front of the building again. I went to the cafe as usual, bought a cup of latte, and walked around streets in the quiet evening with a little breeze.
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先週末に書いた神戸の震災に関するエッセイに対して、地元の高校の先輩にFacebookでいただいたコメントにどう返したものかなと煩悶した週末だったけれどようやくそれを書いた。でも結局長々と書けば書くほど不可ない気がして、これはもうオンラインではどうにもならなず、3月に神戸に帰った時にお話できるかな、あるいは自分が各地を巡るなかで地元や神戸の震災や祈りについての思考や書き物を具体的に継続していくしかないかな、という感じである。どちらが正しいとか理解・誤解という問題ではない気がしている。文体やタイミングやメディアの問題でもあるかもしれない。いずれにせよ僕にはユーモアが足りない感じはする。だから落語をやりたいんだってば。

地元というのは、むつかしい。誰にとってもそうだろうけど、むつかしい。19年を過ごしてから東京に出て大学に進学し、卒業と震災が同じタイミングでやってきて石巻で過ごし、それから大学院でNYに行き、夏には東京に帰り、福島を訪ね、といったプロセスで、物理的にも心理的にも思考の面でも難しい距離が生まれたことはまぁ仕方がない。木綿のハンカチーフ現象というのは、誰の人生にもやってくる。

やれ文化資本だ学歴だ所得だ階層分化だとインテリぶって他人事の議論してるうちは気楽なもんだ。昔いたところを出る、自分も他人も変わりゆく、だけど捨て切れない、繋がっている。そんなのは誰にでも地べたの体験としてあり、自分の生としてそれにどう対応するかの方がよほどしんどい。また、しっかり考えなきゃいけない時期にきてる気がする。「」付きでない、のっぴきならない問題として。震災とか地元とか実家とか家庭とか恋愛とか介護とか健康とか障害とかお金とか会社とか学とか文化とか。3月半ばまで残りのNY生活、実家の神戸やじいちゃんばあちゃんの岡山に顔を出し、石巻へ帰り、ふくしま各地へ遊びに行き、再び東京へ帰って新生活の準備や手続きをし、4月から次のお仕事が始まり、そのぐるーっと回るプロセスで。

その手段として僕は結局書くことにしているのだけど、これもまた年を取るごとに難しくなってくるのだろう。リサーチの仕事を一緒にやっている会社の先輩と、打ち合わせのついでに、最近のこと、帰国後のこと、これからやっていきたいことなど話した。4月からの会社の人とも、よう話さなならんなと思う。務め人として事業的・組織的にやっていくことと、自分の日々の思索や書き物と、中心テーマが重なる場合はそう簡単ではない気がする。プロフィール欄によくある「発言は個人に属します」なんて防護壁、炎上事例を見るといざというとき何の役にも立たんだろう。

「個人の時代」とか「フラット化」とか「360度評価」って実際さほど牧歌的ユートピアでもなくて、場・相手Aに対応するペルソナAで思考・行動したつもりが、全然関係ないBやCの人から叩かれるということはいくらでもある。かといって、匿名でやれば良いという話でもなく、それでは絶対失われる文体がある。組織とか出自とか社会経済階層とか民族とか、そういう自分に付着するもろもろのラベル・絆(きずな/ほだし)・歴史を受け止めながら、間に橋を架ける文体を実現できればと思う。途中で破綻するかもしらんが。

書いたものを、どの範囲で、誰に向かってどの程度出すかというのは、日々自分と関わってくださる人たちと要所要所相談しなきゃなんない。社会の中に生きている限り、「表現は自由だ」なんてのはだいたいにおいて嘘くさい。
 
オンラインでin publicに書くのと、個人・コミュニティごとに話す・書くのと、二者択一でもなくって、うまくバランスとって社会で生きて、かつ表現してかにゃならん。

考えて、書いて、反応があって、また考えて、変化して、書いて…凝り固まらぬよう、その繰り返し。
 
教条主義に絡め取られないためには、言葉はだいたいいつでも消耗品だと思って生きるぐらいが良い。

Shovel again / 昼夜逆転、長い1日

January 5th-6th 2014, Sunday-Monday

It’s getting colder and colder. Snow keeps mounting. Owner of the building told me it was not enough that I shoveled snow yesterday. Yes, sorry, I wrote I did snow shoveling yesterday, but actually I never knew enough what is snow shoveling. Yesterday I saw other community residents just moderately shoveled snow so people at least managed to walk through, so I did the same. But it’s not enough. If I left small amount of snow on surface of the street, it would ice up during the night and cause people slipping, that’s too dangerous. A senior man in the same building taught and helped me shoveling again, asking me “Where’s your hometown?” I answered Kobe, west side of Japan where snow rarely piles, and he said “that’s why you don’t know how.”

This is how I should have done.
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Even just for living a day, there is a plenty of learning.

In the afternoon, I worked at our new gallery, J-LABO Brooklyn. I painted pipes by white paint. It looks easy and simple job, but still needs some knowledge about accurate mix of paint and water to paint smoothly each material at each situation, without letting color splattered on clothes, walls and the floor. After struggling with Sunday DIY job, the owner gave us warm and delicious soup for dinner. Outside is still awful cold.

先月に大学院が一段落ついてから、調査研究の仕事にようやく本腰を入れられるようになり、年末からほとんど机に向かって過ごしている。日本の人と一緒にやっていて、あちらの1月7日にけっこう大事な中間報告のタイミングとして検討会があるから、ここ数日は特に激しい追い込み。だんだんと昼夜逆転気味になってくる。5日と6日は2日間というより長い1日だったという感覚がある。ともあれ、こちらの6日夕方、あちらの7日朝には一段落ついた。精度の国際比較というのは難しい。まずもって言語の壁がある。英語ならまだ良いのだけど、僕が担当している国のひとつはスウェーデンだから、なかなか大変。Google Translateにお世話になっている。また、一次データの収集方法も違うから、相互に比較分析可能なようにデータを整理するのが重要だ。最後に資料や報告書をまとめる段階には、脚注をしっかり示さなければならないのだけど、普段からの整理整頓を怠っていると、メモ書きの引用元がどこにあったかと探すのにまた時間がかかる。振り返ると色々もう少し効率的に早くできたなと反省することもしばしば。調査事業は3月までで、現地調査は昨年秋に行った。あとは本当に報告書をまとめるペーパーワークの段階。緻密に、丁寧に、調べてまとめてのプロセス。しっかりやろう。

Snow and Latte

January 4th 2014, Saturday

Little earlier than last year, winter storm has come. My town Brooklyn are filled with snow, of course in front of my building. Maybe it is just the second or third time for me to shovel out.

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Chilly cold, but it’s ok, good exercise. Street is brighter than usual, thanks to snow reflecting the sunlight.

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All the trash, refuse, recyclable materials that I and other residents threw at night, are covered with white.

After that, I went to my favorite cafe near my house. When I stand by the counter to order, the cafe master, a dandy middle aged man, quiet with little words, asked me “Latte?,” and I found that he’s remembered everytime I ordered latte. Unfortunately, today I took a cup of regular coffee! But it was still happy to know that my life in this town is peacefully continuing from 2013 to now, 2014.

去年より早いウィンターストーム。除雪剤をガンガンに巻き、各ビルの暖房効果によって比較的雪が溶けやすいマンハッタンと違って、こちらはがっつり積もった。人生で2,3度目かぐらいの、雪かき。
近所のカフェには、寡黙なナイスミドルのマスターがいるんだけど、今日もそこに行ったら注文するより先に「ラテか?」って言われた。残念ながら今日は普通のコーヒーの気分だったのだけど、いつもここでラテばかり頼んでいるのを覚えてもらったらしい。仕事に追われてなんだか大晦日も正月も知らぬ間に通り過ぎてしまったようだけど、だけど生活の時間はちゃんと連続している。2013年から2014年。