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Diary: 2017/08/08

「うまくやろう」という内圧は恐ろしいもので、それは他人に「見られている」ということを意識すればするほどそうだ。

「予定調和は嫌なんだよね」と言いつつ、ちょっと油断したり、慣れたりすると、考えずにこなれた結論や対応に寄せていってしまうもの。

小さなミスやほころびは指摘もしやすいしそれ単独の手当も容易い。

ほころびを許さずスキマのない時間・空間・振る舞いでがんじがらめにすることで、減点はなくせるかもしれない。そこで失われた学びの機会に目を背けて良いのなら。

「守るべきもの」と思っていることが、実は自分で勝手に大きくしてしまった幻想であったり、鎧を脱いだ先に得られるものの大きさを考えると些末なものであったりすることはきっと少なくない。
  
 
 
少し乱暴に書いたきらいはある。

現実はもう少し複雑で、簡単ではなく、多くの善意と頑張りと漸進的改善のなか、しかしどこかで不調和が起こっている、というようなものなのかもしれない。

そうだとしても、そうであるならばなおさら、今、ここにいる当事者である「わたし」が本当にすべきことはなにか、を考えるべきだ。
  
 
留まることより変わり続けることの方がよほど難しく、だけどきっと楽しい
 
 
昨日はひさしぶりにconfort zoneの外側に踏み出すような経験だった

心拍は上がり、終わったあとにどっと疲れた。ただ、少しの心地よさと、いつもとちがう「感触」を手にしている

One coin for one song. / 7月が来た。

July 1st, Tuesday 2014

When I was in New York City, I met with street performances everyday, indeed everyday whenever I left my room and went out to the town. Here now in Tokyo, though there are street musicians too, but less frequently I meet. The fewer prevalence, the less likely I meet such a song which I like. But today’s a good one.

When I crossed at the cross walk on a way from an office I worked today to Shibuya station, I met a street duo performing. One is a guy playing the guitar and singing melody lines, and the other guy for rap. Their song were far less noisy, but a comfortable, and somewhat groovy one. Though I don’t know which genre it is in, I felt it fit the mood of this crowded, chaotic but somewhat lovely town Shibuya. So I stopped for a few minutes and listened to their song.

When they finished the song with the rap guy calling for tips grooving on his rhyme, I opened my wallet and put my gratitude. It doesn’t matter whether it’s $1 bill or ¥100 coin I toss for the song I like. The guitar guy who looked like a Japanese said to me “Thank you,” and the other who looked like a man from abroad said “Arigato.”

6月が終わって7月が来た。鬱陶しい湿気と、度々降る豪雨、梅雨はもう少し続きそうだが、時期に夏が来る。じめじめとした東京であくせくした日々を過ごしていると、梅雨の無いNYがいささか懐かしくなることもあるが、とはいえやっぱり東京の夏は好きだ。別に張り切って海に行かなくとも、僕はビールと浴衣が日常の中にあればそれで幸せである。人がごった返す花火大会や縁日にわざわざ行かなくとも、祭りが終わって家路に着く人々を電車や交差点で眺めながら、夜の街を包む少しのさみしさを感じることができればそれで十分である。

6月はあっという間に過ぎた。人と口頭で話す時間、情報処理や事務的なメールの時間が多かったからか、日記を含め、ここで文章を全然書かないままに終わってしまった。仕事柄、話し言葉と身振りと即妙のアイデアを駆使してお子さんと向き合うため、書くこととはまた違ったコミュニケーションの筋肉は鍛えられているのだと思うが、そうは言っても、ずっとそれでは何も書けなくなってしまって、いざというときに困る。現にひとつ原稿を書きあぐねている。あまりうまくやろうとするとよくない。リハビリも兼ねてしばらくはまた日記をこまめにつけていくことにする。

写真をもっとちゃんとやろうと決めて、ランチの後に友人に練習に付き合ってもらった。代々木公園でポートレートを撮った。人物撮りと物撮りがもうちょっとうまくなると、ライター稼業をやる上でも役に立つだろう。週に1度は誰かを誘ってポートレートを撮っていくことにする。