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Leaders coming to NYC from Tohoku / 希望も可能性もまだまだそこかしこにあるなということとか

13th November, Wednesday 2013

Still having lots of work, packing materials for that works, I rushed out Brooklyn in the afternoon, and went to Midtown East, Japan Society. It’s also chilly cold today. I’ll take a overnight bus to Boston tonight. Boston must be much colder, I don’t wanna think about it. Anyway, today, 5 leaders who are dedicating themselves to business and community development in Northern East of Japan after the disaster in 2011 came to Japan Society, and talked about their projects and stories to New Yorkers. I was invited to the meeting and had discussion with them. It is as usual and no longer I surprise, but we had lots of mutual friends in near fields. Also a person who guided the leaders was my friend from college. Well, it still needs time, money and man powers to reconstruct cities damaged by tsunami as a whole, but if we work from a micro, specific issue or field, we can make a good project or business quickly and flexible. People, products and stories can spread across countries over the sea, and we can collaborate together. Still not enough, and still it looks like tiny changes, but every time, social or structural renovation starts from small changes. Today, I also had good conversations and made new relationships. Further ideas are already floating in my head.

ジャパン・ソサエティにお招きいただいて、東北で事業に取り組んでいるリーダー5名のお話を聞いて、その後懇談をした。福島や雄勝や気仙沼や仙台や陸前高田の話。農業であったり学校であったり椿オイルであったり起業支援であったりコミュニティカフェであったり。ご多分に漏れず間に共通の友人知人はわんさかいたわけですが、今回の5人の方々と直接お会いするのは初めてで、お話を出来てよかった。今日に限った話でもなくて、NYや大学内の色んな機会でお話させていただく際の反応でも感じるけど、具体的な人や土地の名前、表情が海外に伝わる機会は、原発事故とかのニュースに比べるとやっぱり少なくて、そしてそれゆえに共感や協働の強力な呼び水になる。今回の震災に限らず、「事件」そのものの注目度や関心は時と共に薄れるのは当然のことで、それを「風化」と表現する人もいるのだけど、実は少し声を発すれば、少し手を伸ばせば、「あなたの物語」に心を寄せてくれる人はたくさんいて。NYと日本の間を行き来して過ごしていると特に感じる。東北各地のインフラ、地域全体の復旧にはまだまだ時間もお金もかかるのだけど、人やプロダクトや物語は意外と簡単に、そしてずっとお安く(それでもまぁ航空券は安くないけど)、海を越えることができるのだ。動ける立場にいて、思いと繋がりがあって、自分にできることもまだまだいくらでもあるなと感じた。

ところで今回の彼らのNY訪問をアテンドしていた財団勤務のスタッフがなんと学部時代からの友達で。Japan-ASEAN Student Conferenceという2010年の企画で一緒だった子。もはやこういう偶然の再会には驚かないので、自分のリアクションもだいぶ薄かったと思うけど、会合が終わって、それぞれの夕方の用事を済ませてから夕食を食べた。日本やASEANの友達の近況を知っている限り共有したり、お互いの久しぶりのアップデートをしながら、ジュニアーズでチーズケーキを食べた。

夜行バスでこれからボストンへ。滞在は3日間。相変わらず仕事やら課題やらを抱えたままだけど。なんというか、地域や国の移動それ自体がそこまで非日常ではなくなってきたので、どこへ行ってもだいたい同じテンションと同じペースで作業や仕事をできるようになっていかねばなるまいなと思う。別の地域に行ったら行ったで特定の目的や訪問先は発生するのだけど、NYにいたとしてもどうせ同じぐらいの時間がイベントやら大学院のクラスやらで拘束されているので、作業に当てられる時間自体はそんなに変わらないのかもしれない。細切れの時間でパパっと気分を変えて手と頭を動かせるようになる必要がある。まぁ今でもそこそこできているのだけど、やはり移動に伴う疲れとか眠気のロスはあるので、慣れと体力増強が必要かなぁ。

やさしさの手ざわり

福島市内にある、「Cafe桑の実」というお店に連れて行ってもらった。

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今年の4月にオープンしたばかりで、まだウェブサイトも無いのだけど、口コミでどんどん広まったらしく、今日もよく混んでいた。
「予約しとけばよかったね」と言いつつ、店内の様子を見ながら順番を待つ。木のぬくもりが感じられる落ち着いた空間。

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ランチメニューは、メインのパスタやタコライス、食後のコーヒーor紅茶に加え、こうやってビュッフェ形式で並べてあるサラダやキッシュなどのおかず、ケーキやゼリーなどのデザート、お茶やジュースが食べ放題・飲み放題。パスタの写真、撮り忘れたけど、どれも優しい味で、美味しかった。

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味のある木のテーブルやプレートは、地元の「はんどめいど家具 Olive」という家具屋さんのものを使っている。

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コーヒーや紅茶のカップは同じく福島県内にある会津地方の焼き物。一つひとつ店員さんがこだわって選んだらしい。コーヒーは「椏久里」という、もともと飯舘村にあった自家焙煎珈琲店から。「椏久里」は、全国から珈琲好きがわざわざ飯舘を訪ねてくるぐらい美味しくて有名なお店だったのだけど、震災後に福島に移転して営業を再開した。飯館はまだまだ線量が高くて飲食店営業が出来る状況ではない。

さて、このカフェなんだけど、位置づけとしては障害者自立支援法に基づく就労継続支援A型事業所と呼ばれる施設でもある。みなさんの住まいの近くにもあって見たことあるかもしれない、障害を持った方が働いてパンとかクッキーを売っているような施設。ああいった施設と同じ枠組み。自立支援法施行前は「授産施設」と言われていたような種類の施設。

「就労継続支援事業所」とは、障がい者自立支援法に基づく就労継続支援のための施設。一般企業への就職が困難な障がい者に就労機会を提供するとともに、生産活動を通じて、その知識と能力の向上に必要な訓練などの障がい福祉サービスを供与することを目的としています。同事業所の形態にはA、B二種類あり、「A型」は障がい者と雇用契約を結び、原則として最低賃金を保障するしくみの“雇用型”。「B型」は契約を結ばず、利用者が比較的自由に働ける“非雇用型”です。
(2011/9/26掲載)kotobank.jpより引用

言われなきゃ分かんないし、それ教えてもらったところで、へー、そうなんすかぁ、というぐらいの感じで。

福祉事業、授産施設、障害者雇用・社会参加、健常者、障害者、正常、異常、適応、不適応、格差、震災復興、被災地、地場産業、地域活性化etc.
そうしたもろもろの大文字の言葉たちなんか、料理や珈琲が美味しくて、器が素敵で、空間があたたかくて、そこで友達とおしゃべりして過ごす時間が幸せであるという、それだけのことでするっと抜けちゃえるんだよね。