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Different scenery / ふたり、祝い、それからおうち

March 21st, Friday 2014

To attend my close friend’s wedding, I went to Yokohama, and on the way I looked over buildings in Tokyo from the train window. When I go through Nakameguro and Jiyuugaoka stations, I remembered that I had explained to those Japanese friends who traveled to NYC while I lived in Park Slope, Brooklyn, that Park Slope in NYC corresponds to or Jiyuugaoka or Nakameguro in Tokyo since they shared similar characteristics (quiet neighborhood, good café and restaurant, relatively higher-income residents). But, I’ve realized they are different cities. Though similar functions in the two metropolitan cities, everything is different: building, street, train, people, color in the sky… and then I again realized, I had left NYC and came back to Tokyo. Of course I don’t miss the past days. I don’t miss NYC. I don’t regret to come back to Japan. It’s not a question of which city I like better. In my life I’ve never ‘chosen’ places to live and work, I had just moved, stayed and enjoyed each time, and then moved again when I got the time. Well… so this description is nothing to do with my emotion. I just understand I’m back now, and I’ve found how I loved NYC.

「ブルックリンのパークスロープって、まぁ東京で例えれば中目黒とか自由が丘みたいなエリアでさ」なんて日本から遊びに来た友人に説明していたところの中目黒が、だけどやっぱり似ても似つかない街並みだということを見せつけられ、僕は電車に揺られそのまま横浜へ。午後からは友人カップルの結婚式、披露宴、二次会。かれこれもう7年ぐらいの付き合いになるのか、ふたりとは。

別に結婚でなくとも良いのだけど、2人の人間がパートナー関係にあって、そのどちらか一方とだけ友人なのは誰でも普通にあることだけど、カップルの両方とも知っていて、仲良しだというのはそんなに多くない。今回の2人はその数少ない友人カップルの1つで、なおかつ、2人のためなら自分にできることはなんでもしたいと思えるぐらい慕っていて大好きな、もっと数少ない2人組の1つである。

とても良い式だったのさ。

2人が添い遂げて、婚姻関係、家族関係に入るというのはとてもすごいことで、久しくそれがうまくいかないでいる僕には奇跡のように思える。とかいって、自分に引きつけて比べて考えるとどんどん自分のことばかり考えだしてしまうのは僕の悪いくせで、そうなるともう相手の話じゃなくなってしまうのだけど、今回は上述の通り数少ない僕の大好きな2人、2人として慕っている友人達の祝いの席なものだから、そんな小賢しいことを考える余地もないぐらい素直に嬉しく楽しく幸せな気持ちになった。

帰国が間に合って本当に良かった。

お祝いの品は何にしようか。

ところで2人が住んでいて、僕もしょっちゅう遊びに行き、しまいには昨年の夏、仕事での一時帰国中は居候させてもらっていた阿佐ヶ谷のシェアハウスがある。で、2人が結婚に伴い退去したので、僕が入居した。お客さんと居候を経て本住人である。このシェアハウスも、かれこれ6,7年続いているんじゃなかろうか。披露宴の席には、歴代住人とオーナーさん家族が集まっており、なんというかこう、会社や高校、大学、ご家族など他の枠でご出席の方々と並ぶぐらいの一大勢力をなしており、ここまでくると一族郎党と言って良いぐらいである。

2人が出て行って僕がちょこんと入ったわけだ。歴代住人とにもともと付き合いがあった人も多いけれど、なんだか今日は今までとちょっと違う心持ちになった。相変わらず未来は不透明の浮浪者気質で、阿佐ヶ谷にもいつまで住むか分からない。けれど、ともかくも、僕はこの町の市民として、この家の一員として、暮らすのだ。NYから帰ってきて、ここが次のホームなのだ。

そういえば僕は今まで住む場所や働く場所を、複数の選択肢の中から自ら「選んだ」ということがない。来たご縁を受け止めて、の繰り返しである(その意味では自ら意思決定しているけれど)。そうしたもんかな、とも思うが。

風は吹いたり止んだりする。

Any day, any time

Somewhere within the last days

“You’ve not been here long time.”
At Cafe Martin, beginning of March, He said to me.
“I’ve been crazy busy these days. I’ll leave NY next Monday.”
“Back to home?”
“Yes, Japan.”
“How do you like NYC?”
“I love it, I really enjoyed. I also like here.”
He never smiles as always, and pass me a cup of latte.

Yes, actually, I had been crazy busy during the last a few weeks of February and March before I went back to Japan. I had already finished my MPH course in December last year, but had stayed for 3 month more in NYC still. Working remotely for a research project on home care in Europe, I dedicated myself for the two events in early March to spread stories of my loving people in Tohoku. The first one was on 1st and 2nd March at J-LABO Brooklyn by J-COLLABO, “Kaleidoscoping Tohoku – 3 years after the disaster in 2011 –”. Second one was a symposium by Consortium for Japan Relief (CJR) “”

Cafe to cafe, meeting friend to friend, filled with love and caffein (and beer and wine at night).

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Before opening the CJR symposium. After 3 years since the Tohoku disaster, now I have more and more precious friends working together for Tohoku, across generation, language, nationality, ethnicity, place, and profession. I didn’t expect that when I came to NY in Fall 2012. I was empowered and raised up by NYC and you, friends here.

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The last jazz at subway station before my flight.

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My friends held a farewell party at my apartment for me. Much of love, food, drink and live painting. Thanks.

At Cafe Martin, on 10th March, in the morning.
“What time is your flight today?”
He asked me, without smile, as always.
“1 pm from JFK”
I answered, though I didn’t expect he remembered the exact day of my flight, and even asked me the time.
“Thank you so much.”
I received a cup of latte and said.
“See you next time.”
He replied.

「なんだぁ、帰っちゃうんだ。悠平くんそのままNYいるもんだと思ってた」
「いやぁ、次の仕事が日本であって」
「NY離れるの寂しいんじゃないの?」
「や、大丈夫っす、またすぐ帰ってくるんで!」
「お、言ったなー」

この街はいつでも誰でも受け入れてくれるから、だからいいんだ。

Ice vs. salt and shovel / 歴史へのまなざし

February 5th Wednesday, 2014

It got a little warmer, snow melted half, therefore streets are terribly tough to walk with dirty melted water at neighborhood. I enjoyed a cup of morning latter at Cafe Martin, read articles for a while, and then went back to home to do snow shoveling. This time’s harder than ever. Despite half melt snow, surface of the street was covered with hard ice. A snow plough I usually use never worked. So I bought bags of salt for melting.

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Sprinkled the road with the salt, and waited. But it rarely helped, the ice was so strong!

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A man working at a neighbor design studio helped me with stronger steel-made shovels. We used them and attacked the ice.

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Well, we’ve done well, now the road is safe. But… soon it began raining. I guessed it would be iced again during the night. Was my work in vain? Better than nothing, hopefully.

というわけで雪かき、というか削氷作業をしたのだけど、作業中に雨が降り出して、せっかく綺麗で安全になった路上にはまたポツポツ水が溜まり、今夜の気温如何によっては水は夜更け過ぎに氷へと変わることが予想だれ、全部とは言わないまでも路面の一部はツルツルに凍ってしまうのじゃないかという話で、まったくもって山下達郎どころじゃないよという心境であります。

誰だっけか、北海道に住む人がしていたツイートを思い出した。雪国に住むと、「やってもムダな抗いだけどやらないともっと酷くなること」の重要性を雪かきを通して学ぶことができるとかなんとか、そういうの。ここは雪国というほどではないけれど、まったく同感である。Better than nothing, hopefully. 世の中の仕事の多くはそういうものなんじゃないか、と思う。若いとイノベーションだのインパクトだの息巻くけど、雪かき的、あるいは沈みゆくボートから水をかき出す作業的なものってどうしても必要で、それが辛うじて社会を支えていたりもするのだろう。

帰国日は3/10に決めてチケットも取ったから、その日までの家賃をまとめて引き出したら、ドル口座の残金が200ドルぐらいになって、ちょっと笑えた。まぁ節制すればギリギリかなというのと、日本の円口座で入金される仕事をここ数ヶ月はいただいているから、そこでがんばれって日本のクレカ払いすれば大半問題ないのだけど、3月は3月で帰省やら引っ越しやらで出費がかさむし、4月が次の会社の入社月なので4月〜5月末までは3月までの仕事の収入でなんとか乗り切らなきゃいけないし、これはなかなか綱渡りでもあって、飛行機チケットや引っ越し荷物の発送など、大きな出費の引き落とし日を、クレカの決済タイミングによって微妙にずらすという芸当が求められる。ということで、大学院も終わって自由の身、NY満喫して帰る、というわけにもいかず、シコシコとデスクワークをしながら、合間にあまりカネのかからない遊び(学生証使って美術館行くとか、散歩とか)をして、3月には最後の仕上げとして東北関連のイベントをして、そんで帰国、ということになりそうです。デトロイトとか、ニューオリンズとか、サンフランシスコとか、願わくばショートトリップしたいなとか思っていたけどとてもとても。まぁ仕方ない。

夜は3月の打ち合わせも兼ねて食事をした。こちらでの暮らしが長い人は、やはり経験的に、色々なリスク想定が僕よりはるかに広く及んでいて、勉強になる。特に社会的イシューになると、色んな視点、価値観の人が、色々なことをおっしゃるから、全方位気を配って準備していかなければならない。がんばろう。うん。

打ち合わせをしながら、その人の生きてきた歴史に思いを馳せて、ちょっとひそかに感動したりもしていた。勝手に。今日みたいに、年長の方、自分より長く生きている方とお話するとよくある。いや、歳下や同年代でも勿論あるのだけど。こういう時にrespectという言葉がピッタリなのだと思う。

これまた雪かきのところでふれた話に戻るけど、若いとどうしても「今」に思考と目線が集中しがちで、そして若いということは確かに新しいものが見えているということもあるから、役割としてそれでも良いのだろうけど、やはり歴史へのまなざしが大切なのじゃなかろうかといつも思う。若い世代(僕もその中に入るのだろうけど)からしたら古臭く非効率でナンセンスに見えることは世の中に少なからずあるのだけれど、そうなった、そうある理由も必ずあって。その歴史を全体として見つめることができれば、少しは傲慢さが抑えられるのではないかなと思う。

歳が離れれば世代論、同世代間ではリア充・出世競争、所属が違えばエイリアン。とかく世間は騒がしい。世の中そうしたものさというペシミズムと、そんなものほんとはすり抜けられるはずなのにという諦めの悪さがある。現在だけを切り取れば価値観は否めない。惚れもすれば嫌悪もするだろう。だけど、その人や自分の中に刻まれ折り重なった、個人史・社会史・人類史への眼差しを持つことができれば、どうだろう。何かを悪く言うのは、とても難しいことではないだろうか。

「そう生きるしかなかった」結果の、たとえば木綿のハンカチーフを、どう掴むことができるかな。やさしくそっと受け取れるかな。

Meet with Chagall / 現在から見た未来と未来からみた現在

February 2nd Sunday, 2014

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After lining for almost one hour, I met with Chagall at the Jewish Museum on the last day of the Exhibition “Chagall Love, War and Exile.” The exhibition mainly focused on the era of WWII during which Chagall’s works highlighted his sorrow, anger and anxiety against the war and persecution on Jews (that also revoked his identity as Jewish). I really loved his early fantastic and beautiful works with silent night blue, but didn’t know well about the works of the era on the exhibition. These were, though still beautiful, astonishing and vivid expressions.I stopped and only kept standing by one of the works “Study for the Revolution.”

夜はブルックリンで友人と久しぶりに会って彼の彼女と、ちょうど来ていた日本の後輩と夕食を食べた。ピタが美味しい中東料理の店。今日はずいぶん暖かいけどまた明日は雪が降るらしい。参った。

その後輩は、大学4年生で内定者で最後の春休みで卒業旅行中である。ニューヨークで暮らしたり留学したいとのことで、仕事のことや暮らしのことを色々質問してくれた。正直な子で、それがとても良いことだと思うけど、26,7でまたヒヨッコの俺らが、ただNYにいるというだけのことでもって期待値を上げてもらっても、キラキラした将来を見ている22歳の彼女に何を言ったものかなというのは少し困った。困った、といってもキレイ事でごまかしたり遠慮する間柄でもないので、ただ思うこと、日々のことを話した。地味に。

帰ってFacebookを開いたら友人がハフポストの「仕事が残ってても休みます」経済大国ドイツの人の働きかた」を紹介していて、その際のコメントがバランスも取れていて自分の実感もこもっていて良いなぁと思い、少しチャットした。そのまま最近の「働き方論」の過剰さと、それぞれが感じていることをしゃべった。しゃべったというのはチャットね。FBの。当該記事自体は別にどっちでも良いのだけど、クオリティオブライフやらワークライフバランスやらの最適値が仮にあるとしても、働く本人のキャパや価値観って、自己認識も他者評価も変動的かつ不可知かつ個人差あるから、「働き方」「生き方」系の記事・コンテンツをいくら読んでも分かるもんでもないし、それゆえネタ配給は止むことがないなぁというのが思うところだ。

で、それで、夕食中に彼女にも言ったことなのだけど、キャリアと、それに付随する収入や社会的評価、できることって必ずしも単線的に伸びていくものではないから(たぶん)、芽が出ない時期もあるのだけど、ひとまずの仮説を元に、時には更新し時には捨て、日々を地道に重ね続けるしかないのだという話。現在から見た未来と未来からみた現在は違う景色だから。

Visit to Red Hook Initiative / 生活問題としての「書くこと」

January 20th-22nd, Mon-Wednesday, 2014

On Monday, I visited Red Hook Initiative, an organization to empower local community.

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Crossing by red brick buildings, went down to Red Hook area from my neighborhood Park Slope.

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Cross the river.

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Then I found their base, within 20 minutes from home.

Red Hook is one of the areas seriously damaged by Hurricane Sandy in 2012. I contacted them to know their efforts and actions after Sandy. They are providing several programs such as an educational support for children and youth in community, setting wifi networks around the neighborhood to close digital divide. These days, they’ve launched a campaign named 500 FUTURES to call for support for youth empowerment. I attended an information session to tell us what they do and will do, and to involve more allies into their actions. What impressed me was that high school students themselves are also dedicating themselves to RHI activities. AT the session, 3 youth members made a small speech and self-introduction. Though they looked a little bit shy, I felt they are surely proud of what they do and where they live. I made a small talk with staffs, and now think about if I can do something for or with them by sharing my experience at Tohoku, disaster area in Japan.

On Tuesday, a brutal winter storm come to our town. Soon the street become covered with snow. I just stayed at home, and did my research work, without imagining about going out into the cold night.
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On Wednesday, fortunately, storm ceased. I shoveled snow in front of the building again. I went to the cafe as usual, bought a cup of latte, and walked around streets in the quiet evening with a little breeze.
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先週末に書いた神戸の震災に関するエッセイに対して、地元の高校の先輩にFacebookでいただいたコメントにどう返したものかなと煩悶した週末だったけれどようやくそれを書いた。でも結局長々と書けば書くほど不可ない気がして、これはもうオンラインではどうにもならなず、3月に神戸に帰った時にお話できるかな、あるいは自分が各地を巡るなかで地元や神戸の震災や祈りについての思考や書き物を具体的に継続していくしかないかな、という感じである。どちらが正しいとか理解・誤解という問題ではない気がしている。文体やタイミングやメディアの問題でもあるかもしれない。いずれにせよ僕にはユーモアが足りない感じはする。だから落語をやりたいんだってば。

地元というのは、むつかしい。誰にとってもそうだろうけど、むつかしい。19年を過ごしてから東京に出て大学に進学し、卒業と震災が同じタイミングでやってきて石巻で過ごし、それから大学院でNYに行き、夏には東京に帰り、福島を訪ね、といったプロセスで、物理的にも心理的にも思考の面でも難しい距離が生まれたことはまぁ仕方がない。木綿のハンカチーフ現象というのは、誰の人生にもやってくる。

やれ文化資本だ学歴だ所得だ階層分化だとインテリぶって他人事の議論してるうちは気楽なもんだ。昔いたところを出る、自分も他人も変わりゆく、だけど捨て切れない、繋がっている。そんなのは誰にでも地べたの体験としてあり、自分の生としてそれにどう対応するかの方がよほどしんどい。また、しっかり考えなきゃいけない時期にきてる気がする。「」付きでない、のっぴきならない問題として。震災とか地元とか実家とか家庭とか恋愛とか介護とか健康とか障害とかお金とか会社とか学とか文化とか。3月半ばまで残りのNY生活、実家の神戸やじいちゃんばあちゃんの岡山に顔を出し、石巻へ帰り、ふくしま各地へ遊びに行き、再び東京へ帰って新生活の準備や手続きをし、4月から次のお仕事が始まり、そのぐるーっと回るプロセスで。

その手段として僕は結局書くことにしているのだけど、これもまた年を取るごとに難しくなってくるのだろう。リサーチの仕事を一緒にやっている会社の先輩と、打ち合わせのついでに、最近のこと、帰国後のこと、これからやっていきたいことなど話した。4月からの会社の人とも、よう話さなならんなと思う。務め人として事業的・組織的にやっていくことと、自分の日々の思索や書き物と、中心テーマが重なる場合はそう簡単ではない気がする。プロフィール欄によくある「発言は個人に属します」なんて防護壁、炎上事例を見るといざというとき何の役にも立たんだろう。

「個人の時代」とか「フラット化」とか「360度評価」って実際さほど牧歌的ユートピアでもなくて、場・相手Aに対応するペルソナAで思考・行動したつもりが、全然関係ないBやCの人から叩かれるということはいくらでもある。かといって、匿名でやれば良いという話でもなく、それでは絶対失われる文体がある。組織とか出自とか社会経済階層とか民族とか、そういう自分に付着するもろもろのラベル・絆(きずな/ほだし)・歴史を受け止めながら、間に橋を架ける文体を実現できればと思う。途中で破綻するかもしらんが。

書いたものを、どの範囲で、誰に向かってどの程度出すかというのは、日々自分と関わってくださる人たちと要所要所相談しなきゃなんない。社会の中に生きている限り、「表現は自由だ」なんてのはだいたいにおいて嘘くさい。
 
オンラインでin publicに書くのと、個人・コミュニティごとに話す・書くのと、二者択一でもなくって、うまくバランスとって社会で生きて、かつ表現してかにゃならん。

考えて、書いて、反応があって、また考えて、変化して、書いて…凝り固まらぬよう、その繰り返し。
 
教条主義に絡め取られないためには、言葉はだいたいいつでも消耗品だと思って生きるぐらいが良い。

Life goes on as such

January 16th 2014, Thursday

I still rarely do small talks with a silent master at a cafe near my house. I just order and he serves coffee without smile. But gradually he remembers my preference, last day he asked me “Latte?” before I order, and today he said “see you soon” when I leave. Life goes on as such, with subtle changes.
 
 
In the evening, I met with CJR members and talked about our symposium in March. Last month, still we couldn’t figure out what we will do and who we will invite for the third year anniversary after the northern east disaster in Japan, but these two weeks we had progresses. Soon we’ll finalize guests and venue and publish ads.
 
 
At night, went to an event by RICOH, “Beauty Beyond Boundaries,” which highlights RICOH’s new product “THETA,” spherical camera.
 

近所の小さなカフェのダンディなマスターは実に寡黙で、僕も未だ注文時ほとんど世間話などしないのだけど、通うなかで顔を覚えられ好みを覚えられ、先日は注文するより先に「ラテか?」と聞かれ、今日は帰り際に「また来いよ」と言われ、そういう風に日々は続いている。

「正しくお金を貰う」「正しくお金を払う」ということをよく考える。まっとうな価値を提供できているか、あるいは貰ったものに対する敬意をまっとうな額で示すことができているか。所属や居住地が流動的で、働き方も文化も関係性も様々だから、自分なりの物差しを常に意識して持っておく必要がある。儲けとか割に合うとかばっかり気にしてもよろしくないし、かといって自分だけが極端に疲弊するような使われ方をするのも、つらい。このバランスは難しい。自分の場合は留学関係でけっこうな額のお金を借りているということもあるから、あと何年間でいくら、みたいなのも意識しなきゃいけないのだけど、それと個別の仕事でバランスするかは別の話。早く借金を返したいというのは常にあるのだけど、だからといって儲けばかり考えて仕事はしたくない。一方で、「学生だから」とか「まだ若いから」って足元見られて小間使いさせられるのもしんどいものがある。我慢しつつ挑戦しつつ、感覚を掴んでいくしかない。借金とは別に、早くしっかり稼ぎたいなと思う大きな理由は、「作る人」にちゃんとお金で敬意を表したいというのがある。つまり、作ったもの、表現物を、気に入ったのならちゃんと自分のお金で買うってこと。今も、CDとか本とかは好きなアーティストの作品はちゃんと買うし、個展やライブやイベントはなるべく行く。ただまだ、絵画とか書画とか彫刻とか、どうしても単価が大きい作品は、良いなぁと思っても買えない物が多いから、これまた分野によってラグがある。我慢。

Shovel again / 昼夜逆転、長い1日

January 5th-6th 2014, Sunday-Monday

It’s getting colder and colder. Snow keeps mounting. Owner of the building told me it was not enough that I shoveled snow yesterday. Yes, sorry, I wrote I did snow shoveling yesterday, but actually I never knew enough what is snow shoveling. Yesterday I saw other community residents just moderately shoveled snow so people at least managed to walk through, so I did the same. But it’s not enough. If I left small amount of snow on surface of the street, it would ice up during the night and cause people slipping, that’s too dangerous. A senior man in the same building taught and helped me shoveling again, asking me “Where’s your hometown?” I answered Kobe, west side of Japan where snow rarely piles, and he said “that’s why you don’t know how.”

This is how I should have done.
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Even just for living a day, there is a plenty of learning.

In the afternoon, I worked at our new gallery, J-LABO Brooklyn. I painted pipes by white paint. It looks easy and simple job, but still needs some knowledge about accurate mix of paint and water to paint smoothly each material at each situation, without letting color splattered on clothes, walls and the floor. After struggling with Sunday DIY job, the owner gave us warm and delicious soup for dinner. Outside is still awful cold.

先月に大学院が一段落ついてから、調査研究の仕事にようやく本腰を入れられるようになり、年末からほとんど机に向かって過ごしている。日本の人と一緒にやっていて、あちらの1月7日にけっこう大事な中間報告のタイミングとして検討会があるから、ここ数日は特に激しい追い込み。だんだんと昼夜逆転気味になってくる。5日と6日は2日間というより長い1日だったという感覚がある。ともあれ、こちらの6日夕方、あちらの7日朝には一段落ついた。精度の国際比較というのは難しい。まずもって言語の壁がある。英語ならまだ良いのだけど、僕が担当している国のひとつはスウェーデンだから、なかなか大変。Google Translateにお世話になっている。また、一次データの収集方法も違うから、相互に比較分析可能なようにデータを整理するのが重要だ。最後に資料や報告書をまとめる段階には、脚注をしっかり示さなければならないのだけど、普段からの整理整頓を怠っていると、メモ書きの引用元がどこにあったかと探すのにまた時間がかかる。振り返ると色々もう少し効率的に早くできたなと反省することもしばしば。調査事業は3月までで、現地調査は昨年秋に行った。あとは本当に報告書をまとめるペーパーワークの段階。緻密に、丁寧に、調べてまとめてのプロセス。しっかりやろう。

Snow and Latte

January 4th 2014, Saturday

Little earlier than last year, winter storm has come. My town Brooklyn are filled with snow, of course in front of my building. Maybe it is just the second or third time for me to shovel out.

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Chilly cold, but it’s ok, good exercise. Street is brighter than usual, thanks to snow reflecting the sunlight.

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All the trash, refuse, recyclable materials that I and other residents threw at night, are covered with white.

After that, I went to my favorite cafe near my house. When I stand by the counter to order, the cafe master, a dandy middle aged man, quiet with little words, asked me “Latte?,” and I found that he’s remembered everytime I ordered latte. Unfortunately, today I took a cup of regular coffee! But it was still happy to know that my life in this town is peacefully continuing from 2013 to now, 2014.

去年より早いウィンターストーム。除雪剤をガンガンに巻き、各ビルの暖房効果によって比較的雪が溶けやすいマンハッタンと違って、こちらはがっつり積もった。人生で2,3度目かぐらいの、雪かき。
近所のカフェには、寡黙なナイスミドルのマスターがいるんだけど、今日もそこに行ったら注文するより先に「ラテか?」って言われた。残念ながら今日は普通のコーヒーの気分だったのだけど、いつもここでラテばかり頼んでいるのを覚えてもらったらしい。仕事に追われてなんだか大晦日も正月も知らぬ間に通り過ぎてしまったようだけど、だけど生活の時間はちゃんと連続している。2013年から2014年。

Snow allows me breathe / 心のヒマ

雪降りて 閑のとまりし メトロかな
Train easily stops or delays in this town, especially a day with such a weather. Today NY had the third snow this winter. These days I’m packed with many final papers, presentations and exams for the semester end (and for graduation), and my research and writing works, and I’m gradually losing a room to breathe. It was also the case for today’s morning. I rushed out my home in Brooklyn, and got on the train. But, as expected, train never starts, because of snow. I and other passengers waited for more than 10 minutes, and finally changed a train from R to F line. First I felt worried to be late to the class (it takes more than an hour from Park Slope in Brooklyn to my campus at Washington Heights in Upper West Manhattan), but soon I found my mind changed. Who in the world has to be in hurry in so much in life? What is so much important? I decided, to just enjoy this train trouble, and let it go slowly. I open a book of a my favorite writer’s novel and poem and enjoyed it for a while, and when a dance performance on the train by a group of boys suddenly started, I closed the book, without feeling irritated, and just enjoyed their dance (it was good than I expected).

さすがに学期末となると試験やらレポートやらで慌ただしくなる。ましてや今学期が最終学期、もうすぐ卒業となればなおさらだ。1年前と比べるとずいぶんと慣れたものだが、いただいているお仕事やら文章やらも今月がけっこう佳境であり、日々の雑事と冬の眠気も手伝ってか思うようには進まない。平静さを失っているわけでもないし、まぁなんとかできるレベルではあるが、あまり方方を待たせたくないし、「まずいなぁ」とどうにも焦る気持ちは出てくる。畢竟、呼吸も思考も浅くなる。サボっているわけでもないし、やることやっちゃあいるし、そういう時期なのだと捉えれば良いし、世俗的な意味で「充実」していることを良しとする向きもあろうが、どうしたって感性がパサツイている自覚は拭えない。こういう状態では会えないなぁという幾人かの顔が浮かぶ。「なにを瑣末なことにかかずらっているのですか」「いやそうは言ったって仕方がないのですよ」などと言い訳はすまい。

そんな折の雪である。案の定家から出るメトロは停まり、立ち往生?座り往生を食らうことになった。東京の鉄道網と比べればMTAの悪天候に対する脆弱性はその比ではない(東京は人身事故やらなんやら別の悲しい理由でよく停まるのだが、それでも本数が全然違う)。いったい我々現代都会人の生活というのはどれだけ電車に支配されていることだろう。電車が止まるだけで身動きが取れない。田舎へ行けば行ったで車社会なのだが、そうはいっても線路と道路では自由度が違う。ブルックリンの自宅からマンハッタンの北端のキャンパスまでは1時間以上かかるものだから、午後の授業のプレゼンテーションに遅れやしないかとやきもきする。しかしここで『寄生獣』という漫画のラストシーンを思い出した。人間は「心にヒマがある」から素晴らしいのだとミギーが新一に語りかける。そういうわけで、「ま、いいか」と思い直し、宮沢賢治を開き、のんびりと読み始めた。銀河鉄道とは行かないが、鈍行メトロも悪くはない。ヒマを作るのがヘタな現代人にとっては、これぐらいよくダイヤが乱れるのがちょうど良いのかもしれない。

雪降りて 閑のとまりし メトロかな

お粗末。先日久しぶりに開いた「思い出すことなど」の中で、病床の漱石が句や詩を詠んでいたことに影響されていることは勿論認める。心にヒマができたときは詠じてみようかと思う。