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Diary: 2017/08/14

いつだってお金もヒトも時間も、資源は有限なので、やらないことを決めたりとか、明確な目標と指標を持ってそこに向かって資源を投下していくという判断は必要なのだけど、それはそれとして、人とかサービスの非線形な進化は既知の視野と前提の延長からはなかなか生まれないもので、それらはやっぱり聴くことー普段の会議とは別でスタッフと1on1するとか、dailyの数値報告ばっか読んでないで生身のユーザーに会いにいくとか、人が集まる場を観察するとか、そういう機会を意識的に作っておく必要がある。そのためにはやっぱり一定の余裕が必要だ。

関わる一人ひとりが何を望み願っているのか向き合えるだけの感受性と余裕を持っておきたいし、一人ひとりの本気の「やりたい」とか、それが偶然出会ったときのセレンディピティを、「できたらいいね」で終わらせずにちゃんとサービス・コミュニティの進化に結びつくかたちで企画にできるキャパを持ちたいし、そのためにはまぁ直近もうちょっと稼いで余剰を作る必要はやっぱりあるし、そう考えると短期的にはまだまだしゃかりきやらんとなぁというところでもあるけど、まぁでも倒れたり感性パサパサになったら元も子もないので(はじめに戻る)、踏ん張ったり折り合いつけたり短期で目に見える成果を出したりまぁそこら辺はうまいことやりつつ乗り切っていくのだ。

Diary: 2017/08/08

「うまくやろう」という内圧は恐ろしいもので、それは他人に「見られている」ということを意識すればするほどそうだ。

「予定調和は嫌なんだよね」と言いつつ、ちょっと油断したり、慣れたりすると、考えずにこなれた結論や対応に寄せていってしまうもの。

小さなミスやほころびは指摘もしやすいしそれ単独の手当も容易い。

ほころびを許さずスキマのない時間・空間・振る舞いでがんじがらめにすることで、減点はなくせるかもしれない。そこで失われた学びの機会に目を背けて良いのなら。

「守るべきもの」と思っていることが、実は自分で勝手に大きくしてしまった幻想であったり、鎧を脱いだ先に得られるものの大きさを考えると些末なものであったりすることはきっと少なくない。
  
 
 
少し乱暴に書いたきらいはある。

現実はもう少し複雑で、簡単ではなく、多くの善意と頑張りと漸進的改善のなか、しかしどこかで不調和が起こっている、というようなものなのかもしれない。

そうだとしても、そうであるならばなおさら、今、ここにいる当事者である「わたし」が本当にすべきことはなにか、を考えるべきだ。
  
 
留まることより変わり続けることの方がよほど難しく、だけどきっと楽しい
 
 
昨日はひさしぶりにconfort zoneの外側に踏み出すような経験だった

心拍は上がり、終わったあとにどっと疲れた。ただ、少しの心地よさと、いつもとちがう「感触」を手にしている

Diary: 2016/08/26

A photo posted by Yuhei Suzuki (@yuhei1203) on


The smallest Japanese pub with the longest history in Shibuya.


新しい組織が出来上がるとき、しかも内外から様々なバックグラウンドの人間が集まる以上は、そうそう簡単に共通認識が取れるはずもない。仕事を進める上での考え方や価値観、人への評価の物差しや関わり方も違って当然で、どちらが偉いとか正しいというものでもない。

だからこそ、一見非効率に見えるが、しつこいぐらいにコミュニケーションを取り続けて、数字や言語に現れない、お互いが言外に発しているメッセージをたくさん浴びせあって、じわじわと身体に染み込ませていくことが必要なのだろう。会議体とか権限とか議事録やメール共有といったもろもろの情報流通経路も、文化と信頼感情勢の補助ツールに過ぎず、そういうものをルールとして整備しているからといって、「もう十分でしょ、分かるでしょ」というわけにはいかない。

「発言してくれないないと分からないよ」とか「オーナーシップを持って自ら行動せよ」とは言うが、適切なタイミングや方法で問いを投げかけて初めてその人らしさや、その人が腹に抱えていた言葉が発露することがある。

出来る限り関係性はフラットでオープンに、という近年の潮流には基本的に賛同するところであるが、それが自然とできるようになるまでの道筋は、人や組織によって様々な傾斜やうねりがあること、ある程度の時間がかかることを忘れてはならない。

メディアをやる以上、多かれ少なかれ私にも野次馬根性とにぎやかしの魂胆が備わっていていることは間違いない。

ダサいものは作りたくないし、多くの人に届かなければ意味がない。同じ分野で、いいコンテンツを別媒体に先に出されると悔しいのは当然である。

とはいえ美学がなければお終いである。

判断のモノサシをどこで持つか、いざというときにすぐブレーキを踏めるかどうか。チームやメディアが育ってきているときこそ、そういうことを自分は考えねばならない。

Lightness of free-will / 手持ちのカードで

August 23th, 2015 Sunday

I want to protect the right to self-determination on my life, and I do respect other one”s right to that. But sometimes I suspect substantiality of ‘free-will.’ Whenever we make a decision, we consider external factors, resources we can manage, other one’s expects, social norms etc. My life and your life influences each other, and both keep changing. Last week I went back to my home, because of ‘obon’ season, Japanese holiday. Especially in Japan, band of family is strong. Parents’ and grand-parents’ will sometimes put pressures on children on their lives. I do thank and respect my families, of course, but when they ask many questions on my life, especially my career, income, private love affairs, I feel irritated. Well, but it’s also my life and my self-decision on how to communicate with my families. Though their life and their will inevitably influence my life, at least I can choose the way to face them.

午前はだらだらと寝て過ごし、午後から稼働。某所で「合理的配慮」の話をした。障害種別やニーズに応じた個別の手立てに関しては色々な例示が出ているが、じゃあそれを実施するまで誰といつどうやって相談すれば良いの、実施した後はどうなるの、と合意形成やメンテナンスの「プロセス」に関する情報がまだ曖昧であるからみんな困っている、というのが現状。このような法律的文言が出てくる前から、やれている学校はやれていただろうし、法律が施行されてからも、うまくいかないところはうまくいかないだろう。地域ごとに、人材育成や設備投資をはじめ基礎的環境もまちまちだから、与えられたカードでどううまくやっていくのかという、生きた知恵を届けていく必要がある。

基本的には、お互い、持てるものを差し出し合う。その中で出来ることを共に探求し続けることだと思う。これは狭義に「障害」の分野とか「学校・家庭関係」に限った話ではないはずで、どちらの側にも「答え」が見えない時のお作法だ。

配慮を必要とする当事者・保護者はできるだけ具体的に困っていることを表明・相談する。配慮を提供する側は、現状のリソースで出来うることを整理して提案する。曖昧なところがあればそれぞれの状況に対してお互いが聴き合う。当事者対当事者では言語化が難しい状態であれば第三者が翻訳に入る。その繰り返し。しんどいけど、その繰り返しの中にしか見えてこない、と思う。

それにしたって、保護者の方々は本当にお子さんのことを考えて多くの不安や疑問を抱いているのだと思う。こちらからのお話を終えた後に質問が途切れなく続き、そのことを強く感じた。少しでも多くのモデル事例を自分たちで作っていくこと、手立て・制度・組織運営…リサーチの網を絶えず広げていくこと、それらを分かりやすく編集して届けていくこと。自分の役割だ。よりスピードを上げていかないと。

仕事を終えて夜に電話を2件。「やるべきこと」、「頼まれて断らずにやること」、「自分がやりたいこと」があったとして、あなたは前2者の優先順位が高すぎるのだと言われ、それはわたしの人生おおむねずーっとそんな感じだなと認めつつ、ある種主体的に受動的である戦略をとっているというか、前2者をやるなかで学ぶこと、気づくこともあるしなー、みたいな、まぁそれは言い訳なんだろうけど。パンクするのか飽和するのか、うまく比率をスライドしていくのか。そうだねぇ。

先立つものは金である。借金返さにゃならんのだよ。

先日帰省して、例のごとく実家の親族一同とのやり取りを淡々とやり過ごしたのだが、また彼らのことを思い出した。

思うに、「新しい世代」の恋愛観・結婚観・家族観がどれほど変容したって、生まれた家に連なる親・祖父母世代との縁を断ち切らない限りは2世代50〜60年の幅で価値観のギャップと向き合わざるを得ない。テクノロジーと自由主義が生殖と育児すら解体する未来が来るかもしれんがだいぶ先だろう。

父方の祖母はお金にがめつく、また悪気なくどこでも誰に対しても自分の好き嫌い、特に嫌いの部分を脊髄反射で言葉に出す人で、そんな人に「ヨメ」や「稼ぎ」のことを聞かれる度に暗澹たる気持ちになる。「結果、ああなった」戦中戦後育ちの祖母の物語に何も言うつもりは無いが。自分はこの人の孫なのだという厳然たる事実。

まぁ、他人の物語の圧力とどう対応するかも含めて自分の物語だ。向き合うのか逃げるのか、向き合った結果、消化するのか、押し潰されるのか、引きちぎるのか、距離を空けるのか。選ぶ余地がそもそも小さいことも往々にしてあるが、それでもやはり、与えられたカードの中から選択する意思は持てるのだ。

「長く短い祭」 椎名林檎
さいきんずーっと聴いてる。

PLAYBACK NY in TOKYO

August 7th, 2015 Friday

At another Blue Note in Tokyo. Same jazz band, same opening song I listened in New York. What a coincidence, a friend invited me to his live last night. Bitter flavor of lager beer reminded my memory. About 1 and a half year has passed after I came back to Tokyo. Is it long? Still short? Doesn’t matter. I just enjoyed this wonderful night.

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His name is Takeshi Ohbayashi, a jazz pianist in NY. He’s originally born and grown up in Hiroshima, Japan. When I was in NY. a friend who was a friend with Takeshi in Hiroshima came to NY for a short travel, introduced him to me. We went to Blue Note NY, and listened his play. He was in TAKUYA KURODA QUINTET, a great NY Jazz band.

This time, another friend reconnected us. She’s working in a company that produces music instruments, and she’s in charge of producing and selling shinthesizer. One day she and Takeshi contacted, cos Takeshi was interested in her shinthesizer. She checked his Facebook and found that he and I were mutual friends. Soon we contacted together, and Takeshi invited us to the concert last night. What a small world!

Last night’s concert was, “JUJU JAZZ LIVE 2015 with TAKUYA KURODA QUITET from NY.” JUJU is a famous Japanese singer song writer, who I like very much. And, yes, TAKUYA KURODA QUINTET was the band Takeshi played and I listened in NY. The concert was really really nice. I forgot the time, and swung my body and heart.

After the concert, three of us met again, enjoyed whiskey for a while, and said good bye, promising to meet again NY, Tokyo, or somewhere in the world. Music must connect us!

友遠方より来る。それも2人。再開の地はBlue Note Tokyo。一人は演奏者として、もう一人はゲストとして。あの日NYで彼の演奏を聴いた時と同じ曲、場所は違えど同じBlue Note。ラガーの苦味が記憶を蘇らせる。

演奏者の友達は、Takeshi Ohbayashiという。広島出身のジャズピアニストで、NYを拠点に演奏しつつ、今回のようにツアーで世界各地を回ることもしばしば。僕がNYに滞在していた頃、偶然こちらに遊びに来た、彼と広島時代からの幼なじみである友人の紹介で出会った。

帰国してから1年半ほど経った今日この頃。これまた別の友人からの連絡が。大学時代の同級生・同居人で、いまは某社でシンセサイザーの企画・販売をしている。たけちゃんと仕事でやり取りすることがあったらしく、Facebookで共通の友人を調べたら僕がいてびっくり、とのこと。そのまま3人で連絡を取って、東京で会おうということに。タイミングが合い、たけちゃんの好意もあって、最終夜のライブへ招待してもらった。

この日のライブは”JUJU JAZZ LIVE 2015 with TAKUYA KURODA QUINTET from NY”。この黒田さんのクインテットが、NYでたけちゃんのピアノをはじめて聴いたバンドである。たけちゃんと黒田さんとJUJUの3人は、NYで出会った縁らしい。

ライブはとても楽しく、あっという間だった。1曲目がNYでのライブの1曲目と同じ曲で。そうだと思い出すのに一瞬時間がかかって、気づいた時の感動と言ったら!2曲目からJUJUが登場、明らかに体験談入ってるだろっていう、濃い〜恋の物語をMCでしゃべりつつの、恋にまつわるJAZZの名曲の数々を披露。なんか乙女とスナックのママを足して2で割ったというか、行ったり来たりしてるようなキャラでかわいらしかったけど(笑)さすがに歌も演奏も素晴らしく、「Take 5」なんか最高にオシャレでした。アンコールはJUJUのオリジナルナンバーである「PLAYBACK」をラテン調アレンジで。Blue Noteなのに会場ほぼ総立ちで手拍子とコーラス。

終わってから終電間際までたけちゃんともう一人の友人と3人で語らう。楽屋プレゼントの赤福を持ってきてくれて、ウイスキーと一緒に食べた。Blue Noteで赤福食べる人なんて僕達がはじめてじゃないだろうか。

今度はNYか浜松か東京だね、なんて言いながら解散。それぞれ住む場所は違うのだけど、プロの演奏者と、楽器を売る人と、ペーペーの素人と、「音楽が好き」というシンプルな1点で結ばれているよ。

Tired off / こまったこまった

August 13th 2014, Wednesday

I had three days off during the “Bon” period, when the spirits of those who died come back to our society, and we living people come back to their home to cherish and appreciate their old families spirits. This year I haven’t been back to my home Kobe, without any specific reason (maybe I was just tired to do so), and have stayed in Tokyo. Other than meeting a few friends over lunch, coffee or drink, I’ve spent most of these three days by sleeping. Knowing that I have lots to study and write, I open books or my laptop but my tired brain and hands never work well. So at least I just write down my current sate like this diary.

盆休みの3日間はあっという間に過ぎた。特段何もせず、概ね寝て過ごした。まとまった文章を書く体力、書きながら考える体力が、激しく減衰していて困っている。私的な事柄を書き連ねることに関しては、別段止まっても世間様に迷惑がかからないのだが、記事だの書類だのの頼まれ仕事―「わたし」をほとんど介在させなくて良いタイプの書き物すら、書けなくなってしまった。困った。盛り込むべきトピックメモ書きする程度ならすぐ終わるのだが、そこからまとまった文章を編んでいくだけの力がどうにも湧いてこなくて、困った。カレンダーを見ながら、書くための時間を1週間のうちにそれなりに確保はする、そして机に向かう、のだが、筆が進まないまま無為に貴重な数時間が過ぎる。休みの間に済ませようと思っていたことはほとんど全くといって良いほど進まなかった。うーん。さすがに今週まとめないと、スケジュール的にまずいな、というのが。

どうにもこうにも力が出てこないので、こんな内容でもつらつらと書き記せば、他のことを書く滑り出しにでもなるだろうか、と期待して、ブログを開いた。

晩飯は、家の近くのてんやで天丼をかきこんだ。

Diary: 08/31/2012

31 August 2012 Fri.

HAPPY Hour on Friday
TGIF! Today I joined a orientation event and happy hour organized by one of the student group (Perspectives on Aging) after morning sessions in campus (boring Math Review and interesting lecture of “What is Public Helaht?” btw how cold almost all the classrooms are!! lol). We gathered at a campus building and then went to the Metropolitan Museum of Art (this is the frist time for me). This time we had only two hours, and we did a scavenger hunt game using a mobile phone application that explore the museum and answer questions related to the works in Met by each group of 4 or 5 members as a orientation event(honestly, I wished I had much more time to see excellent arts!). Within the limited time, we had to walk around the large floors to answer questions so in a flurry…but anyway it was interesting game led by powerful and active girls members.

After that we had an happy hour at a bar, “Jake’s Dilemma” President of the group seemed to be a regular at the bar and familiar with the bar staffs. Although we just did casual mindless chatting (but related to each backgrounds), it was so fun for me. I did enjoyed the happy hour with friends with pitcher beers and typical American foods. Honestly, I’m shy a bit and hesitated to talk to others so actively, but this time I could laugh a lot with no concern. That was, HAPPY Friday night.
Gradually the autumn goes on, and gradually I’m adapting to here.

ーー日本語ーー

2012年8月31日(金)

さよならオーガスト、ハッピーフライデー
今日は週末、フライデー。午前中のいくつかのセッションを終えて、午後は各student group (参加したのはPerspective on Agingというグループ)が開催するorientation event. キャンパスで集合して、「メトロポリタン美術館」―”Metropolitan Museum of Art “へ。ここは、初めて来る。デカイ。そして、美術品の数々に感動…!しかし、この日は2時間しかなかったから、ゆっくり見て回ることは出来ず(残念、また行く。)、携帯アプリを利用した美術館探検ゲームを少人数のグループに分かれて行った。最近日本の美術館でもやってたりするのかな、館内の美術品に関連した問題が出されて、それを探して答えていくやつ。なんせ広いから疲れた。にしてもうちのスクールの女性陣はパワフルだ。

終わってから、”Jake’s Dilemma“というバーでハッピーアワー。この時間帯はビールが安い。一緒に歩いていた3人で割り勘してピッチャーを2回頼んだ。Blue Moonと、Samuel Adamsという銘柄。まだまだこっちのお酒には馴染みが薄いから、1種類ずつ味見するのが楽しい。食事は相変わらずパンチの効いた、小麦粉とチーズの揚げ物達。
ほんと今週は、「名前は?」「どこから来たの?」「プログラムと所属コホートはどこ?」「ここ来る前は何を専攻してた?何して働いてた?」ってな定番質問の繰り返しだったのだけど(苦笑)、他愛のない話の中でも、今日はとても楽しかったな。心地良い音楽と、夕方の少し早いビールに助けられてか、だいぶ気兼ね無く話し、笑っていたと思う。気のいい連中と、文字通りのHAPPY hour。
Thanks God It’s Friday.

お腹いっぱいになったというのに、その後3人で向かいのクッキー屋さんに。もっさり甘い、ピーナッツバター味。そのうち1人は別の路線なので道でお別れ、もう一人の男子学生と一緒にあくびをしながら168thへ帰る。
秋を感じさせる涼しい風。季節の移り変わりと共に、少しずつ、自分もこの街に適応していっている。

Diary: 08/30/2012

30 August 2012 Thu

Washington Heights Tour
After a few introduction lectures and workshops, today we had a tour of Washington Heights, a district around our campus. Nowadays, in Washington Heights most of the residents are Dominican, but this area has a themeless history of various communities (firstly the area was started as a Jewish community, then for European immigrants, LGBT communities, for Latinos, or Hispanics and today). We started from the campus building, walked through residential building, a small park, streets with restaurants and shops, and then walked around the High Bridge Park. The park is by the Harlem River, and we can see The Bronx , northern most district of NYC over the river. Looking forward the Bronx at a higher point of the park, I was pretty impressed with the fact how widely towns continues in NYC even outside of Manhattan, and felt like going theere at some time.
A trail of the High Bridge Park was also nice. Seeing thickly grown trees and rugged granites, I felt difference of climate from that of my country. I often passed with people who are walking or running the trail. Here must be good place for exercise.
Going down the trail, finally we arrived at Morris-Jumel Mansion, the oldest house in NYC which was the headquarters of George Washington in the past, and had a welcome reception together with other tour groups.
On my litte regret, I forgot to bring my camera with me, but my eyes and ears enjoyed enough to feel air of the town.

ーー日本語ーー

2012年8月30日(木)

ワシントン・ハイツツアー
いくつかのイントロの授業・グループワークを終えて、午後はWashington Heights(キャンパス周辺の地域。リンクはWikipediaの日本語記事だが内容は少なめ、興味ある方は英語記事参照のこと)の散策ツアー。ユダヤ系、ヨーロッパからの移民、LGBT、ヒスパニック…と時代ごとに異なる集団が集住していたらしい。今一番人口が多いのはドミニカ人とその子孫、という地域。確かに歩いていると、キャンパスから北上するにつれスペイン語が聞こえる頻度が高くなる。
キャンパスの図書館前に集合して出発。住宅地を抜け、公園を通り、大通りを抜けて、最後に川沿いのHigh Bridge Parkへ。Harlem River沿いのこの公園は、川向うにすぐBronx(New York City最北端の地域)が見える。公園の標高は高く、Bronxの街並みを一望出来た。いい眺め。そのうち向こうにも行ってみよう。
散歩道を下る。繁茂している植物や、そこらにある岩(氷河が運んできた花崗岩らしい)を見て、日本との風土の違いを感じる。日本の公園や森は、静かで透き通った空気に居心地の良さを感じるのだけど、こちらはもっとおおらかで、心を上向きにさせてくれるような空気がある。散歩やランニング中の人とのしばしばすれ違う。時間がある時はここを走ってみようかな。
最後はMorris-Jumel Mansionで、他のツアーグループもみんな集合してレセプション。これは、イギリス植民地時代からある古い建物で、George Washingtonが独立戦争時に総司令部に使っていたらしい。一度再建されているから、当時そのままではないが、外観・内装は再現しているそうな。ここも、なかなか眺めが良かった。

Diary: 08/29/2012

29 August 2012 Wed.

Not So Special
Today is already the third day of the orientation week. Gradually I’ve been accustomed with the life in campus and conversation with various students, but at the same time I’ve felt a little boring with the orientation…lol The contents of today’s sessions were not so exciting; Math Review (very simple and easy review of math basics), an orientation by the offices in the Columbia Medical Center campus, and Welcome Expo by offices, shops and organizations related to the campus, and a sign up opportunity of networks or events of student organizations. There were various groups that have activities related to particular health themes, and each group seemed attractive… but the session itself was not so special. Well, that’s all for today. So, not special things in campus. But, at night I had a happy reunion with my precious friend!

I’m Back to NYC!
While I was copying enormous reading materials of the classes next week (over 100 pages!), I got a direct message from twitter, and that was from one of my friend whom I met about one and a half year ago in NYC the last time I visited Big Apple for campus visit before applying and sight seeing. She said “Are you free tonight?” and immediately I replied “Yes,” and she invited me to dinner. Our reunion was at the Grand Central station, and we went to a restaurant (Japanese Izakaya-居酒屋 style one) she booked for me(While I felt a little missing Japanese cuisine and sake, it was so delightful dinner!).
Neither of us remembered when our contacts began, but through Twitter we talked often cos both of us had the same favorite artist “Shiina Ringo” or “Incidents Tokyo,” and when I visited NYC before we met in face. It was November 2010 and I was still senior in college, and kindly she guided and helped me during my stay. Of course in this time, she is, as ever, very caring person to those coming to NYC from abroad.
This is the reunion after one and a half year, and only SECOND time meeting together, but I felt we talked as if we’ve been long-time friends. With a lot of episodes of each one’s days(most of that were just silly, small but loving ones), we had big laughs all the time. Finished the dinner with an ice cream, we left to night town. Before getting on subway, we walked several blocks to sober up a little. She said “It’s still hot.” I said “much comfortable than Tokyo(but hotter than Ishinomaki).” August ends soon, and Autumn is coming. But it is still a “Sweet Season for Ice Cream.”

ーー日本語ーー
2012年8月29日(水)

この日のオリエンではさして特筆すべきこともなく。数学のおさらい、事務方のオフィスからのオリエン、学生グループによるイベントの案内やメーリス登録やらその程度。「出る必要無し」と判断したのか、セッションによっては空席が目立つ。顔見知りになった学生たちとの会話でも、次のセッションに出る出ないの話になる。初日ほどの緊張感や感激もなく、それぞれがある程度見切りをつけだしている感じ。ま、来週から授業だし、それまでの時間に余裕がある最後の数日だし、やりたいことも色々あるだろうな。

昼はさておき、夜は嬉しい再会が。

「君、今夜空いてる?」
夕方に連絡を受けて、二つ返事でキャンパスを飛び出し、Grand Central駅にて合流、再会。およそ1年半ぶり。以前NYに来たのは2010年の10月で、その時が最初。それ以前にTwitterでやり取りしていたのだけど、そのきっかけも覚えていない。傾倒するアーティストが一緒なもんで、なんだか意気投合していた。そんなわけで、会うのはたったの2度目。それも1年半ぶり。だけど、なんだかそんな気がしないぐらいの心地よさ。空いた期間の、お互いの日々のこと、次から次へと話題は尽きず、バカみたいに笑いながら時間が過ぎた。

この日のディナーは待ち合わせ場所からほど近くの、日本食の炉端屋。「そろそろ日本食が恋しくなってきたでしょ?」粋なチョイス、thank you so much. お腹も舌も、大満足。本人は謙遜するが、相変わらず面倒見が良くて頼もしい。「困ったことがあったらいつでも連絡するんだよ。」って、何度も繰り返し言ってくれて(この日だけじゃなくて、こっちに着いてからのメールのやり取りでも、毎回そう)、その思いやりが、とても嬉しい。

抹茶味のアイスクリームでしめて、お会計(ご馳走様)、夜の街へ。メトロの駅はすぐ近くだったけど、酔い覚ましにしばらく歩く(帰りの方向は一緒)。
「まだまだ暑いよ。」「東京と比べたら十分涼しいって。」
もう8月も終わり。秋の気配が強まる日々。だけどまだまだ、アイスクリームがおいしい季節。