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Meet with Chagall / 現在から見た未来と未来からみた現在

February 2nd Sunday, 2014

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After lining for almost one hour, I met with Chagall at the Jewish Museum on the last day of the Exhibition “Chagall Love, War and Exile.” The exhibition mainly focused on the era of WWII during which Chagall’s works highlighted his sorrow, anger and anxiety against the war and persecution on Jews (that also revoked his identity as Jewish). I really loved his early fantastic and beautiful works with silent night blue, but didn’t know well about the works of the era on the exhibition. These were, though still beautiful, astonishing and vivid expressions.I stopped and only kept standing by one of the works “Study for the Revolution.”

夜はブルックリンで友人と久しぶりに会って彼の彼女と、ちょうど来ていた日本の後輩と夕食を食べた。ピタが美味しい中東料理の店。今日はずいぶん暖かいけどまた明日は雪が降るらしい。参った。

その後輩は、大学4年生で内定者で最後の春休みで卒業旅行中である。ニューヨークで暮らしたり留学したいとのことで、仕事のことや暮らしのことを色々質問してくれた。正直な子で、それがとても良いことだと思うけど、26,7でまたヒヨッコの俺らが、ただNYにいるというだけのことでもって期待値を上げてもらっても、キラキラした将来を見ている22歳の彼女に何を言ったものかなというのは少し困った。困った、といってもキレイ事でごまかしたり遠慮する間柄でもないので、ただ思うこと、日々のことを話した。地味に。

帰ってFacebookを開いたら友人がハフポストの「仕事が残ってても休みます」経済大国ドイツの人の働きかた」を紹介していて、その際のコメントがバランスも取れていて自分の実感もこもっていて良いなぁと思い、少しチャットした。そのまま最近の「働き方論」の過剰さと、それぞれが感じていることをしゃべった。しゃべったというのはチャットね。FBの。当該記事自体は別にどっちでも良いのだけど、クオリティオブライフやらワークライフバランスやらの最適値が仮にあるとしても、働く本人のキャパや価値観って、自己認識も他者評価も変動的かつ不可知かつ個人差あるから、「働き方」「生き方」系の記事・コンテンツをいくら読んでも分かるもんでもないし、それゆえネタ配給は止むことがないなぁというのが思うところだ。

で、それで、夕食中に彼女にも言ったことなのだけど、キャリアと、それに付随する収入や社会的評価、できることって必ずしも単線的に伸びていくものではないから(たぶん)、芽が出ない時期もあるのだけど、ひとまずの仮説を元に、時には更新し時には捨て、日々を地道に重ね続けるしかないのだという話。現在から見た未来と未来からみた現在は違う景色だから。

Need to settle on the ground / 夜を置き去りにして空かける

October 26th, Saturday to 27th, Sunday, 2013

October is passing so fast, I cannot. believe it’s almost the end of the month… Though it is fortunate, honorable, and exiting that both my works and studies go well, and thatI have lots to do, I worry my breath, and therefore thoughts being shallower. Thus it was so good for me that one of my friend invited me to a Japanese tea ceremony. In a tatami-mat room, taking every step to be in a polite manner in that world, and having delicious tea, gave me both tension and comfortableness. Quietly listening to sound of water, and tea processing, I realized, I as a Japanese do need such a time. I love New York, but this town has a too quick tempo and rhythm, and if I won’t be careful, I easily lose a time and opportunity for meditation.

But ironically, immediately after quiet and slow time at the tea room, I rushed to the Newark International Airport to get on an airplane to London, for the purpose of my research trip on home nursing services in UK and Sweden, as my research job…! I should have done all of my preparation and midterm papers at school before the departure so I can enjoy movies, but it never happened. I brought a bunch of copies of documents necessary both for my research trip and solving midterm assignments on the plane, and needed to read. Well, anyway, I should enjoy. I’m at the same time an easy-going New Yorker not only a Japanese.

片付かないもろもろを抱えて飛行機へ。夜通し資料を読み込んで大西洋を横断してロンドンへ。
夜明け前、7時頃にロンドン空港に着陸した。
着陸直前のディスプレイの画面には、上空から見下ろした周辺地図と、現地の時刻や到着までの時間の一覧や、航路を矢印で示す世界地図
が代わりばんこに移るのだけど、その一番縮尺が大きい世界地図のやつが面白くってさ。飛行機の飛んできた方、つまり僕らの後ろ、NYの方面が、夜になっていることを示すために暗くなっていて、小さなお日様マークがインド洋にあって、飛行機より先は朝や昼の世界が広がっているような図になっていたわけ。僕らは夜のNYを置き去りにして東へと進んでいるのだね。

さておき、ロンドンに着きました。NYよりずいぶん落ち着いた雰囲気。
木村カエラのSwinging Londonとか頭の中で流しながら街を歩いた。

今回は調査研究の旅。イギリスとスウェーデンの訪問看護サービスについて。一緒に行くメンバーと宿で合流。
明日以降の打ち合わせ以外に、少し自由時間があったので、こちらの友達と合流して散歩と食事をした。
住んでる人、旅の人、初めて会う人、久しぶりの人、前からの約束、偶然の合流、色々なタイミングが重なって。

ロンドン、話には聞いていたけど天気が移ろいやすい。今日も雨は降ったり止んだり。

ともあれ、楽しみです。仕事自体も面白そうな行程なのだけど、何よりロンドンに来たのだ、ということが嬉しい。
夏目漱石とカズオ・イシグロとジョージ・オーウェルとJ.R.R.トールキンが好きなので、なんだかテンション上がっている。

寝るよー。

Fallen leaves, Stressless paperworks, Party@Brooklyn / 落ち葉拾い・この街の人たちはオトナだ

October 18th, 2013, Friday

In the morning I cleaned up a street in front of my apartment building, gathering fallen leaves by bloom. Realizing, more and more autumn is deepening, I felt this kind of time, cleaning, is good for my mind. Living in NY, with much works and studies, tends to make my breath and thought shallow. Sometimes I need to stop by, breath deeply, and enjoy tiny but important daily houseworks.

Before going to campus, I stopped by 108th street Absolute Bagels, and bought and ate one bagel with salmon and cream cheese. I had heard about this store as one of the best bagel store in NY, but never had time to visit. As it was lunch time, a long line continued to out of the entrance. I waited for about 10 or 15 minutes to buy, but it was worth for that, tasty!

At Morningside campus, I visited ISSO to get signature to enable us to travel abroad during the semester, and also I asked about OPT, which enables us who graduating soon, to stay longer for job hunting. Then I visited the Language Resource Center to finish my paperwork to work as a language tutor. Though I was confused and sometimes stressed with such paperworks when I first came to NY last year, now I already have an idea to save time and finish as quick as possible them. Most of the time we are required to show same documents, such as I-20, I-9, Passport, SSN card, etc. If you forget to bring any of them, you need to visit there again and again. This time I brought all of them and the officer said ‘perfect!’

At night, we held a reception party at a building where I live now, in Park Slope, Brooklyn. Now I’m working as a staff at J-COLLABO, a New York-based NPO which facilitate collaboration between artists in Japan and NY, by inviting Japanese artists to NY or sending NY artists to Japan, and holding lots of cultural or educational events and performance. This year we moved our office to Brooklyn, and are opening a residential space and event space for artists’ use. Fundraising, cleaning, constructing the space, event staff etc. are my jobs. Our event space will open in December but tonight was a pre-opening party for announcement. Lots of artists (not only Japanese), and local people came and had good time with sake and food. Living in NY, not just studying at Columbia, give me such wonderful opportunity and meetings.

「昔で言うところの書生さんみたいね」と、今日大家さんに言われたけど、ほんとにそんな暮らしをしている。僕が今住んでいるビルの清掃は僕の今の仕事のひとつで(そのおかげで破格の家賃で住めている。住み込みスタッフってやつね)、秋も深まってきたので今朝は玄関前の落ち葉拾いをした。掃けども掃けども落ち葉は風に吹かれてやってくるのだけど、まぁその都度やれるだけやる。ミヒャエル・エンデの『モモ』で、誰だったっけ、お掃除のおじさん、思い出しながら掃いた。仕事や課題が慌ただしい時でも、いやそういう時だからこそこういう時間や手間は削ったり後回しにしちゃいけないと思うんだな。

モーニングサイドキャンパスでこまごました事務仕事を終えてから、今年SIPAに来た日本人の友達と会ってほんの15分話をした。お互い次の用事があったのだけど、ちょうど同じdisaster management/preparednessの分野に関心があって、彼女からFBチャットが来て、ちょっとだけでも会おうかとなって、いそいそと。防災や災害対応はほんとに分野横断的で横串を刺す視点が必要なのだけど、コースワークでなかなかその要望が満たせるかというと難しく、自分らで色々機会を探したり作ったりしながら動かなきゃなんない。はぁ、もうすぐ卒業か。面白くなってきたんだけど、短い、短いよ。

上に書いた通り夜はJ-COLLABOのレセプション。僕がここで住み込みスタッフをして、ペンキを塗ったりお金を集めたりして準備中のレジデンシャル&イベントスペースのプレオープニングパーティー。直前でビラをまいた効果があったのか、もともと団体と繋がりがあった人たちだけでなくて、地元ブルックリンの人たちもけっこう来てくれて嬉しかった。それから、NYの日本人コミュニティ、とりわけアーティストコミュニティって、けっこう繋がっていて、いくつかのイベントで同じ顔を見ることもしばしば。今回もお世話になった方、仲良くしていただいてる方が来てくださった。

NYで過ごしているとキャンパスの内外で、ほんとに色んな民族、職業、社会経済階層の人びとと交わっては別れを繰り返すのだけど、とりわけ好きだなと思うのが、「ニューヨークの日本人アーティスト」と一緒に時間を過ごすとき。このカッコに囲まれた3つの要素が相まって形作られる、彼らのなんとも言えないバランス感、人としての魅力。表現者としての自身の内的世界を追求しながらも、産業としてのアートの世界で経済的にも自立して稼いでいる人たちだから、independentという言葉がほんとうによく似合うし、ニューヨークの開放的な空気の中で生きている人に共通した絶妙なオトナの距離感とkindnessを兼ね備えていて. そこに同じ日本人としての共感?連帯意識?が少し注ぎ込まれて、僕との関係ができる。彼らは他人によっかからない。自分の力で生きていく、そういう前提を共有していて、だから他人の実力もフェアに評価する。だから僕に対しても自立した「大人」としての付き合いをしてくれて、そこでは年齢は関係なく、お互いにできることを持ち寄って仕事をするのだけど、なおかつそこにドライでもウェットでもない絶妙なレベルで「日本から来た元気な青年」に対するかわいがりを混ぜ込み、(期待してくれてるかどうかはわからないけど)色々なチャンスをくれるものだから、嬉しさとやる気で背筋が伸びる。僕も同様に、自立した大人としての気概・振る舞いと下っ端・弟分気質を混ぜ合わせて仕事に取り組む。

他にも色んな要素や経験があり、英語という言語の性質もあるのだろうけど、やはり彼らの影響が大きいのだろう、僕はNYにいると、日本にいる時よりずいぶんネアカで社交的になる。無理をしたり変におべっかを使ったり自分を大きく見せることなく、不自然にならない程度の気取りとカジュアルさでもって笑い、冗談を飛ばし、お酒を飲む。それは別に悪いことじゃないと思っていて、時と場所によって人は役割やペルソナを無意識に変えていくものだから、あんまり深く思い悩むことなく楽しめている。

はずなんだけど、ふとしたきっかけで我に返ると、驚愕する。すごい、この人たち、大人だ、オトナだ。なんでそんなうまくできてるんだろう、なんで僕はここにいて交じることができてるんだろう、すごい、びっくりする。今夜はこの「馴染み」と「違和感」の両極が同じ時間に発生してとんでもなかった。いやべつにイベントの運営や立ち振舞自体はつつがなく終えたのだけど、内心ちょっと混乱していたかもしれない。受付のシフトもあって、人が来ない暇な時間帯もあるかもしれないと、部屋の本棚から何気なく手にとったのが吉本ばななの『キッチン』で、それを空き時間にほんの10数ページぐらい読んだのだけど、それが良くなかった。

しかし!そうしてばかりもいられなかった。現実はすごい。

そう、現実はすごいのであって、現実の慌ただしさのおかげで生きていられるのだけど、ふと我に返ると不安と混乱と昔の色んなトラウマでmessed upである。なんてこった!

Kenny G @ Blue Note / ケニーGの演奏・エンキョリレンアイの話とか・不思議な夢の話

October 17th, 2013, Thursday

Yes, I’m already fit in my life in NY, but sometimes, especially such a night today, I’m surprised to realize to be here, or wonder “Why am I seeing Kenny G, a super star I never dreamed to see in the past? Oh, here’s Manhattan, I’m in Blue Note…” First I heard about him when I was in a brass band club in junior high school. Our teacher told us about his technique, circular breathing, which enables him to play as if endlessly, and introduced to us music videos of his wonderful performance. What I watched and listened tonight was, so amazing. I don’t have good vocabulary to describe it, but just so awesome…! Sometimes moody, melodious, other times dynamic. I had no chance to be tired. It felt the time passed so fast, despite his endless sound by circular breathing.

Not only the performance, his talk was also fun. He told us that he and his band members are ‘by-products of public school education,’ with a soprano sax on his hand, which he used for more than 20 years since his high school. He talked about an episode at White House when he performed for President. Humorous and warm, his talk reflected his attractive personality, in line with his sound.

I never forget such as wonderful night.

大学の友達と連れ立ってブルーノートでケニーGのライブを観た。中学校で吹奏楽部にいたんだけど、顧問の先生がケニーGを大好きで、よく話してくれたのを思い出す。循環呼吸法という、「鼻で吸って口で吹く」という、簡単に聞こえるけど超絶難しいトンデモテクニックの持ち主で、45分だかなんだかずっと吹き続けるギネス記録も持ってるらしい。一時期部活のみんなで循環呼吸の練習をするのが流行ったと思う。とはいえ僕はユーフォ吹きだったから、彼を初めとするサックス奏者のことをずっと追ったわけでもなく(最近ブルーノートにもよく通ってるけど別にジャズに詳しいわけでなくて、有名な人の名前は知っててCDも何枚か持ってる、程度の素人ミーハー趣味、というかだいたい全てのジャンルに対して僕はその程度だ)、まさか今になってここで本人の演奏を生で聴くなんて想像もしていなかった。

6pmの開場前に合流して列に並んだ。ブルーノートはバー席(予約なし早い者勝ち入場料$45)とテーブル席(予約ありだけど場所は早い者勝ち入場料$75)があって、しがない大学院生の僕らはバー席にしたのだけど(値段も演奏者によって微妙に違う。Kenny Gみたいなスーパースターは高い)、運良く座ることができた。

友達が「日本ではおばさま達に大人気でね。あの整った顔立ちにモジャモジャロングヘアー、ラテンのノリでしょ」なんてことを始まる前に話してくれたのだけど、なるほど確かにこれはおばさま方にモテるわ、と演奏を聴いて更に納得。ムーディーで、メロディアスで(しかしトークは実に軽妙なモテ男のそれで)、いつ終わるとも知れない彼のロング・ソロはほんとにセクシーで、僕が女性だったなら「濡れちゃう…」って表現しても良いぐらいなもんだった。

終わってからCDを一枚買って帰った。

ところで開場から開演までに2時間もあって、ビール片手に色んな話をしたのだけど、始まるちょっと前に一緒に行った女友達2人といわゆるエンキョリレンアイの話になって、僕なんかに意見を求められても全く参考にならない、というか、成功事例を持っていないので、「まぁ、難しいよねぇ」ぐらいにお茶を濁しながら二人の話を聞いたものだけど。なんの話したっけ、時差って大きいよねって話とか。NYと日本だと時差が13時間で、こっちが夜であっちが朝、もしくはその逆なので、テンションが合いにくい、とか。遠距離に限った話でないけど、仕事なり学業なり打ち込むものがどちらかにある場合、相手も何かしら同等のものを持っていないと自立したバランスが取れなくて難しいよね、とか。そういうのが遠距離、というか海外留学の大変さ、余裕のなさと相まって難しくなる側面はある。あぁあと、20代後半から30代前半は、男性もそうだけど、やっぱり女性は出産のことも意識して、非常にsensitiveな時期だから…とか。彼女たちのように海外大学院の修士や博士で長い時間を過ごす大変さというのはあるんだろうな。

恋愛だけはほんとに千差万別で全てのカップルに死にたくなるぐらいののっぴきならない悩みと歓びとキスハグがあって、こればっかりは一生かかってもわかりそうにない。

不思議な夢を見た。まだ直接会ったことはないのだけど、ここより北の方にいて、年の終わりか明けに会いに行くと約束している2人と会っている夢で、とはいえ設定もテンションもメチャクチャだった。二人の居住地域を考えればたぶん起こりそうもないのだけど、なんだか治安が悪くなって世紀末、な感じで、僕が訪ねたから二人は家に泊まっていきなよと招いてくれたのだけど、家に着いてみればよくわからない男どもが不法占拠していて、じろりとこちらを見ている。襲ってくるでもなく、家を荒らすでもなく、ただ居座って、じろりと見ている。

「こいつら、いつも来るの?」「うん、うちにも最近。ここらへんじゃよくあることなの」

ひそひそ声で言葉を交わして、なぜだか僕はその状況を納得し、胸の奥の方に静かな勇気の火が灯り、(現実ではまだ会ったことない)2人のために、これからこいつらと一戦交えることになっても力の限り闘おう、怖いけど2人のためならきっと僕なんだってできる、なんて決心したところで目が覚めた。

不思議な夢。

やさしさの手ざわり

福島市内にある、「Cafe桑の実」というお店に連れて行ってもらった。

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今年の4月にオープンしたばかりで、まだウェブサイトも無いのだけど、口コミでどんどん広まったらしく、今日もよく混んでいた。
「予約しとけばよかったね」と言いつつ、店内の様子を見ながら順番を待つ。木のぬくもりが感じられる落ち着いた空間。

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ランチメニューは、メインのパスタやタコライス、食後のコーヒーor紅茶に加え、こうやってビュッフェ形式で並べてあるサラダやキッシュなどのおかず、ケーキやゼリーなどのデザート、お茶やジュースが食べ放題・飲み放題。パスタの写真、撮り忘れたけど、どれも優しい味で、美味しかった。

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味のある木のテーブルやプレートは、地元の「はんどめいど家具 Olive」という家具屋さんのものを使っている。

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コーヒーや紅茶のカップは同じく福島県内にある会津地方の焼き物。一つひとつ店員さんがこだわって選んだらしい。コーヒーは「椏久里」という、もともと飯舘村にあった自家焙煎珈琲店から。「椏久里」は、全国から珈琲好きがわざわざ飯舘を訪ねてくるぐらい美味しくて有名なお店だったのだけど、震災後に福島に移転して営業を再開した。飯館はまだまだ線量が高くて飲食店営業が出来る状況ではない。

さて、このカフェなんだけど、位置づけとしては障害者自立支援法に基づく就労継続支援A型事業所と呼ばれる施設でもある。みなさんの住まいの近くにもあって見たことあるかもしれない、障害を持った方が働いてパンとかクッキーを売っているような施設。ああいった施設と同じ枠組み。自立支援法施行前は「授産施設」と言われていたような種類の施設。

「就労継続支援事業所」とは、障がい者自立支援法に基づく就労継続支援のための施設。一般企業への就職が困難な障がい者に就労機会を提供するとともに、生産活動を通じて、その知識と能力の向上に必要な訓練などの障がい福祉サービスを供与することを目的としています。同事業所の形態にはA、B二種類あり、「A型」は障がい者と雇用契約を結び、原則として最低賃金を保障するしくみの“雇用型”。「B型」は契約を結ばず、利用者が比較的自由に働ける“非雇用型”です。
(2011/9/26掲載)kotobank.jpより引用

言われなきゃ分かんないし、それ教えてもらったところで、へー、そうなんすかぁ、というぐらいの感じで。

福祉事業、授産施設、障害者雇用・社会参加、健常者、障害者、正常、異常、適応、不適応、格差、震災復興、被災地、地場産業、地域活性化etc.
そうしたもろもろの大文字の言葉たちなんか、料理や珈琲が美味しくて、器が素敵で、空間があたたかくて、そこで友達とおしゃべりして過ごす時間が幸せであるという、それだけのことでするっと抜けちゃえるんだよね。

[Exhibition] Rain Room at MoMA – Lark with gentle rain and light

Went to a special exhibition “Rain Room” at MoMA, the Museum of Modern Art in New York with my friends. Inside the dark room, we played with gentle rain, backed by a light.
友達と一緒にMoMAの特別展”Rain Room”へ行ってきた。暗室の中の、光と雨と、人の戯れ。

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From May 12 – July 28 2013, there is a temporary room for this exhibition next to the museum building.
会期は5月12日から7月28日。美術館横の広場に企画用の特設ハウスが建てられている。

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Once entered, you see it is raining in the room. You make a line and wait for a while. The number of people who can walk under the rain at one time is limited.
中に入ると、室内の天井から雨が降り注いでいる。列に並び、一定の人数ごとに通される。

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When you walk in, rain upon you wisely and gently avoid getting you wet. So you can walk as if you were Moses. The reason why they regulate the number of entrance at one time is, if too many people get into, all the rain will stop.
天井から雨が降り注ぎ、人が近づくとセンサーによってその場所だけ雨がよける仕組み。まるでモーゼのようだね。入場人数を制限しているのはそのため。一度に大勢入ると雨が全部止んでしまうから。

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There is only one light that illuminate us and rain drops.
室内には1つだけライトがあり、それが雨と僕たちを照らす。

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If you stand between the light and rain, you may see a small rainbow.
光と雨の間に立てば角度によっては虹もうっすらと見える。

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You can see each rain drop falling clearly. I felt, they were like lines on a broken TV. With the consistent sound of rain, I happened to hear a favorite song, which sings love in a small garden, inside my head.
光のおかげでひとつひとつの雨粒がコマ送りのはっきりと見える。なんだか映らないテレビの縦線みたいでもある。止まない雨の音と一緒に愛の歌が聞こえてきた。