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Diary: 12/18/2012 Tue.

This is the day before the final. I have 4 final exams on Wednesday and Thursday. Though these days are hard, I’ve finally found myself ‘enjoying’ study here at Mailman. In September, most of the topics I learned were new for me, but now I have clearer view of public health field, and am realizing how each issues are systematically and dynamically connected with each others. At first I was so nervous of coursework study and English communication, but now I no longer feel nervous or hesitancy to communicate and discuss with classmates and lecturers. These days I have study session with my friends and I feel contributing to them by sharing my understanding, sometimes using my personal or professional experience and knowledge, and learning from them too. Small dots in my life is gradually connecting. My experience in Japan gives me insight to think about health and disease, and that will lead to my study from the next semester and summer practicum. I had a meeting with my advisor today and I could deliver my interest and plan to him well. I was a somewhat pessimistic and internal person originally, but thanks to the life here in Columbia and New York, I am changing. I am becoming optimistic and tough person, gradually. Yes, time passes and nothing continues forever. Everything, both people, society and nature flow with time.

明日明後日と期末試験で今学期は終わりである。学期最後の月になって、ここでの暮らしや学びをずいぶんと楽しんでいる自分に気付く。気質も行動も変わった。新しい事柄も多く、英語でのリーディングや会話についていくのに精一杯だった9月とは違い、各分野の連関がよりクリアに感じられ、公衆衛生という分野の全体像が見えつつある。来学期から専門分化が始まるのだが、それまでの基礎固めの時期としての今学期カリキュラムの意図がよく伝わってきた。英語でのコミュニケーションであり、また自分のクラスには職務経験も長く年齢層も高い人が多いため、最初はずいぶん気後れしていた。表情も硬かったと思う。今は自分の思ったことを正直に、また少しずつ上手に伝えられるようになってきている。日本とは違うコミュニケーションスタイルにもなれ、それに染まり切るでも忌避するでもなく、自然と馴染め、笑えていると思う。毎週一緒に勉強する友達も出来た。今日はアドバイザーの教授との面談もあったが、来学期以降の計画についてしっかり相談することができた。自分の中でのテーマが見えてきた。生きていくうえでの方向性のようなものも感じている。経験も少ない。未だ経済的にも自立していない。今は大学院生の身でありプロとして現場で働いているわけでもない。しかしそうであっても、現状から逃げることなく、今ここにいる自分の人生を生きることに関しては、誰にも恥じることがない。まだまだ未熟で不完全だが、少しずつ自分のなかの気後れや不安や怯え、嫉妬や羨望や焦りといった余計な感情が薄れていっている。他人の人生はもうあまり気にならない。自分がこう生きるのだと決めたことに対して正直であり続けること以外、さして重要ではないのだと分かってきた。

大丈夫。まだまだやれる。前へ前へ前へ前へ…

Diary: 11/30/2012 Fri.

I cannot believe it’s already the end of November. The day passed so fast with discussion, exam and presentation. Most of the classmates seemed stressed with the exam of Social Determinants of Health module with the large amount of studies, so do I(though I like the topics). Anyway, we’ve done. These days, I prepare for the exam with two friends by holding regular study groups, asking and telling about lectures and materials to clarify our understandings. Through this process I realize the range and gap of mu understanding about each topic, issue and area. I should consciously stretch my energy and knowledge toward various topics even though I’m not so interested in particular ones. The friends at the study group and me, sometimes use each one’s own experience as an example of some health issues. Although I know statistics never tells us about an individual, individual’s experience may do reflect each one’s social, environmental and biological backgrounds. Soon after the exam, I had a presentation session for the module of Professional Development Program. 6 classmates and I made a group and made 3-4 minutes presentations in turns, telling each personal story related to career, work, travel, identity etc. It’s really interesting and impressive time for me, cos I don’t have so many opportunities to listen to classmates’ personal stories(most of the talks between classes are preoccupied with homework and exam…). Though still tough and busy days continue, I wish to have as much as time to know about mu classmates well.

あっという間に11月も終わり。最終日はディスカッションに試験にプレゼンにと、あっという間に過ぎていった。最近は友達と3人で毎週スタディグループを開いて試験対策をしている。分かりにくい論理を説明するときに、お互いの、あるいは知り合いの具体的な経験を引っ張ってくることもあって、そういう時に、一人ひとりの背景がまた少し見えてきて、興味深い。統計は個人については語り得ないのだけど、個人が彼/彼女の背後にある構造や全体を反映することは往々にしてある(勿論全てではないが)。試験後のプレゼンテーションセッションも、今まであまり話したことのなかったクラスメートの個人的なストーリーを聞けて良かった。パブリック・スピーキングに対する抵抗がなくなってきている自分にも気付く。勿論改善点は多々あるが、なかなか楽しめていると思う。授業の合間の会話は、どうしても試験や宿題の話に終始してしまいがちなのだけど、機会とタイミングによっては、もっと開かれることもある。そういう瞬間は見逃さないようにしたい。

すぐには効果が見えなくとも、本当に身についているのか時に不安になるとしても、続けることが大事なのだと思う。勉強していて最近思う。各集団や地域の抱える健康・疾病問題は、その場所と時代の政治・経済・社会・環境的要因によってずいぶんと異なってくる。だから、やはり疾病や地域、システムによっては、日本で生まれ育った僕にはなかなか実感が湧きにくく、「遠い」事柄もある。だとしても、いや、そうであるからこそ、知ることから始めるしかないのだろう。好きなことや大事なことについては、自分の実感やモチベーションといったものにドライブしてもらっても良いかもしれないが、そうでない事柄の方が生きる上では多いわけで、そういう揺れ動きやすい要素に左右されずに一定のエネルギーを出し続けられることもとても大切だなと最近思う。知識のインプットにおいては少なくともそうだろう。そのうちどこかで自分の人生・経験との接点が生まれて立体感を増すかもしれないが、そういうところに達するまでは、ただただ知っていくことだな。

Responsibilityという言葉がある。responseとabilityを組み合わせた言葉だ。日本語では責任と訳されることが多いが、日本語の「責任」とは少しニュアンスが異なるように感じる。他者からの呼びかけに応答する能力、日本的な「責任」概念より外側に、社会や他者へとベクトルが向いているように思う。
日々、一瞬一瞬、自分のもとにやってくる語りかけ、呼びかけ、問いかけに対して、ただただひたすらrespondしていく。今はそれだけで良いのかもしれない。

Diary: 11/20/2012 Tue.

After the classes in the morning, I went down to Chelsea, to see one Japanese photographer’s exhibition. It’s still Tuesday, but the train was more crowded than usual. Some of them had luggage with them, and I guessed they took off a few days earlier before the Thanks Giving holiday to go back to their home. One of them was with his pet, french bulldog, and she showed us her head from his bag. I and other two passengers around him, the owner of the french bulldog and asked about her, and then chatted for a while. Actually she was so cute and I really enjoyed the time with them, but at the same time, I found, I’ve been accustomed with the way of communicating with others, here in NY. It’s slightly different from that of us Japanese. In Tokyo, we don’t talk with ‘strangers’ so casually at the train or some other public places. This difference may come from the difference of our idea about the ‘public.’ For New Yorkers, public places may be open to ‘everyone,’ where are supposed to be built by themselves, while for Japanese, public places are for ‘no one,’ or owned by someone other than us. We are not supposed to ‘disturb’ the public place such as train, by chatting or laughing with others. It’s not ‘good’ or ‘bad’ matter. It’s just a difference of culture, and their behaviors in public spaces represent only one aspect of each culture. But for me, it is interesting, and somewhat ‘good’ experience to have a sense of being here in NY.

火曜日だが早くも電車がいつもより混んでいた。Thanks Givingの木曜日より少し早めに休みをとって帰省する人たちだろう。ほどほどの大きさのスーツケースや旅行かばんを持っている乗客がそこそこいた。うちの一人が、かわいいフレンチ・ブルドッグをショルダーバッグに入れて連れ歩いていて、バッグのファスナー部分から愛嬌のある顔がひょこりと飛び出てきた。「可愛いですね」なんて言って、僕とあと2人、彼の周りにいた乗客で愛犬を囲んでしばし談笑する。こういう場面に出くわす度に、「あ、ここはニューヨークだな。」なんて感じたりして、そこにだんだんと馴染んでいっている自分を発見する。東京もニューヨークも都会だから、生活の便という意味ではそんなに変わらないのだけど、公共空間でのコミュニケーションは、だいぶ違うものがある。この街の人は、それぞれがてんでバラバラ自由に過ごしていて、でもそれでいて他人に完全に無関心でもなくて、刹那の交わりを楽しむ心の余裕がある。それは深みのある長期的な関係とは別種のものだけど、そういう軽やかなやさしさが街全体に染み渡っていることが、この街の明るさを形作っている一つの要素なんじゃないかと思う。

Diary: 11/8/2012 Thu.

Winter has come! When I got out of the building after the morning class, I found it is snowing. Soon it became the heavy storm. My umbrella was broken. Many people seemed surprised and feeling terrible. But…though it may sound strange, I felt excited. Feeling of changing the season gave me realized the natural thing, time passes and nothing continue forever. I still have heaby exams and homework on Thursday and Friday, but I can believe it will end soon…

雪が降った。こっちに来て初めてだ。季節は変わる。時間は流れる。ほっとした。

今日もほとんど休みなく朝から朝まで。水曜日は授業が多いのだが、それが終わったあと自宅自主受験の形(台風で振替になったため)の試験を解き、宿題を済ませた。その後、木曜日のランチタイムで話す予定のプレゼン資料づくりと練習をしたらもうこんな時間になった。今週はとてもヘビーだが、不思議と集中力と体力が続いている。やれば出来るものだ。自分の力を信じよう。怠惰を乗り越えよう。何より、自分を信じてくれている人を信じよう。

Diary: 11/6/2012 Tue.

Today is the national election day, and our school is closed. Obama won the election. But unfortunately I didn’t have time and capacity to enjoy watching TV or going to party because of homework and exam study. I stayed at library all day long. However, I don’t feel sorry not to be involved in the excitement of the election. Even though it is publicly, politically socially and historically important event, doing what I should do today is also important for ‘me.’ Well, exam is coming, but it’s not special. I just do my best every day, and results will come later.

大統領選のため学校は休み。課題と試験勉強で余裕がなくて、テレビを見たりパーティーに参加したりはできなかったけど、それを残念には思わない。社会的には大変重要な選挙なのだろうけど、今日この日やるべきことをやり、一日を全力で生き切ることが、僕自身にとってはその大きな社会に劣ることなく、重要なことなんだ。

実際のところ今日やるつもりだった勉強の範囲ほどは進まなかった。明日もうちょっと頑張らなきゃ。あと、今このブログを書いているのは早朝4時半だけど、寝る時間を少なくして補填している。木曜日のランチタイムに、東北、石巻・牡鹿でのプロジェクトを紹介する機会をいただいていて、一日の大半がそれのプレゼン資料作成と、それから、恋人とのスカイプで過ぎたのだ。でもそれは、僕にとってもっと優先度の高い、大切な時間の使い方だから、仕方ない。

とっても大切なメールが、不具合で届いていなかったということが判明。お互い誤解していたのが解けたのだけど、どうにもやるせない。文明を過信し過ぎてはならんなぁ。こういうアクシデントも織り込み済みで、心を通わせていくためには、ゆっくりじっくり相手の声をきくことが必要だ。

出逢いや変化を、偶然と必然どちらだととらえるのかって話がある。事実じゃなくて、態度とか信念の問題として。だからあまり厳密な理論の話じゃないよ、これ。最近は、偶然と必然は表裏一体の関係にあって、実態は同じじゃないのかと感じている。生まれてからその人に出逢うまで、あるいは自分が大きく変わる劇的な場面や経験に出くわすまで、一瞬一瞬が偶然のサイコロ投下の繰り返し。無限に広がる選択肢と道筋のなかから、それぞれが結局一つだけのパターンを辿ってこの世を過ごしている。そんな偶然の積み重ねの重なり同士が出逢って交わるということは、確率で言えば恐ろしく小さな数字になるだろう。だからそれはものすごい偶然だ、とも考えられるのだけど、そんな針の穴を通すような道筋が交わるなんて、運命としか言えないだろう、と裏側から考えることも出来る。だから、捉え方の違いだけ、とも言えるだろう。

ただ世の中には、時たま特別な力や先見性を持っている人がいて、そんな人は「出逢うこと、交わることは運命として分かっていた」などと言うこともある。僕には分からないけど、そういう人達からしたら、そちらが真なのかもしれない。ただやはりそう言われても、僕にとってはどちらでも良いというか、未だその出逢いを偶然と捉えるか、必然と捉えるか、認識の自由を担保されている。事実ではなくて態度の問題として考えれば、僕がどう納得するか、の話だから。

その話で言うと僕は、やっぱり偶然というものに感謝したい。先のことが分からないごく普通の人間にとっては、あらゆる未知に対して自分の心と身体と頭でもって、出来うる限りの準備・研鑽を重ねながら日々を過ごす以外には出来ることはない。その人にとっては「結果」や「運命」は実際にやってくるまで「見えない」から。でも、たとえその結果が、「マクトゥーブ」ーすでに書かれていたことだとしても、ただ何も考えずにやってくるのを待つよりは、日々余念なく準備を積み重ねた上でその時を受け止める方が、本人にとってはずっと価値があることだ。
道の途上では無駄な努力や判断の誤りもあるだろう(あるいはそういう過ちすらも織り込み済みの運命と申されるか)が、偶然の積み重ねのように見えるその道筋が、プロセスこそが、僕にとってはこの上なく愛おしい。

運命の女神フォルトゥーナに相対するは、人間のヴィルトゥ。

Diary: 11/5/2012 Mon.

The most toughest week after starting the semester at Mailman. Due to the Hurricane, we have 5 homework and 2 exams this week! Exams are on Wednesday and Friday, but we are also extremely busy with other day for the preparation of the exams and heavy homeworks. However, I must not give up. I must not be panic. Though getting nervous feeling, have a cool mind that seek the best way of using my time. Today, we finished two of the homeworks. It makes me a little relieved. Tomorrow the school is closed because of the national election day. I have to work on exam study all day long.

朝、冬の冷たい空気が肌を刺す。ひんやりとして、寒いけど、気持ち良い。身と心が引き締まる。それから、今日はいい天気で、青空が綺麗だった。

ハリケーンの影響で、試験が2つに宿題が5つ同じ週に入るという、今までで一番大変な状況になっている。正気の沙汰と思えない分量だまた、自分が苦手な科目であるUS health systemsの試験はエッセイ形式で非常に難しいものになるという。が、なんとか乗り切るしかない。ヤケになったらその時点で負けだ。課題や試験ごとに、範囲や難易度も違い、それによって自分がかけるべき時間も費用対効果も変わってくる。冷静に優先順位を見極めなければならない。パーフェクトに全て満点というわけにはいくまい。サバイバルモードで乗り切ろう。今日は宿題が2つ終わったので少しだけ気が楽になった。一日一日が大切だ。明日は大統領選挙で学校が休み。朝~晩まで、がんばろう。

生き直しを。一日を素直に、ただただ全身で生きてゆくこと。

平常心を保てないなら 物事を現象としてとらえよう 楽しいから笑うのではなく 笑うから楽しくなる (集まろう for tomorrow by YUKI)

なるほど、YUKIの言うことは正しい。勿論楽しいから自然と笑う、というのが一番なのだけど。

鏡を見て、ずいぶんと引きつった表情をしているのが分かる。笑顔をその場でつくってみるが、どうにも不自然だ。一日のうちにしばしば、頭や手先の痺れ、動悸息切れ、吐き気、胃腸の暴れを感じる。よく泣きそうになる。

心の動きを素直に受け止めることが一方で大切とはいえ、落ちている時はあまりに心のままに任せるのもよろしくない。人間の身体と心と頭は相互に影響し合っていて、心があまり落ち込むと、身体も弱ってくる。最後は頭でもネガティブなことばかり考えるようになる。ただ逆に言えば、一方が弱っているとき、無事な他方でもって引っ張ってあげることもある程度は可能なのだ。心が弱っている時は、その根本的な原因を解決しなければ最後はどうしようもないが、それでも、ある程度身体と頭で引っ張ってあげることで心も元気になったり、あるいは課題と向き合うだけの最低限のキャパシティが戻ってきたりする。

今は、心が弱っていて、身体も引っ張られている状態。でも、まだ大丈夫、頭が無事。人間の武器、理性が残っている。乱れている自分の状態を冷静に観察し受け止めること。自分がコントロール出来るところから対応していくこと。心と身体を、理性で支えてあげるんだ。

クラスメイトに自分から声をかけて朝の挨拶をした。まだ引き攣っているかもしれないが、英語文化のおかげで、日本語の時より英語で話す方が明るくなれている気がする。昼休みには、仲の良い友達(not only ‘classmate’)とバカな話をしてたくさん笑った。少し楽になった。自分から笑う機会を頭でつくっていくんだ。そのうち心も、ついてくるよ。

昨日立てた1週間の予定にしたがって、一日一日の予定を確実に片付けていく。今日の次は明日、その次は…と一歩ずつ。

家に帰って、かぼちゃご飯とお味噌汁をつくって食べた。出来上がるのを待っている間にいれて飲んだお茶が、本当に美味しくて、思わず泣いてしまった。今までで一番美味しいんじゃないかってぐらい、今の自分には染み渡るものだった。ほっとした。湯呑みもお茶っ葉も、出国前の餞別でいただいたもの。ありがとうございます。

いつも僕を見守り、支え、応援してくれて、こうしてNYまで送り込んでくださったみなさま、本当に有難うございます。勉強の合間、これまでの色んなことを、ふと思い出します。言ってくれた本人にとってはごく自然な何気ない言葉かもしれないけど、それが今の僕をどんなに支えてくれていることか計り知れません。与えてもらってばかりでかたじけないですが、いつか必ず追いついて、恩返しいたしますので、どうぞ見守っていてください。

僕は、もっともったたくさんの痛みを背負って生きている人を知っている。大丈夫。まだまだやれる。生きてる。

Diary: 11/4/2012 Sun.

Overwhelmed with too many readings, assignments and exams this week. Schedules have been modified to complement missing classes during the Sandy holidays. Have to manage myself to survive…

ただただ思うのは、もっと人を愛せるようになりたい。
畏れの無い、直き心で。
求めるのでなく、与えられるように。

Diary: 11/3/2012 Sat.

When I got out the subway at the Pen Station, I felt as if I was in Tokyo. The platform of the station was so crowded, and that reminded me a typical scene of Tokyo(every morning and evening Japanese trains and stations are crowded). Still many people may have difficulty with their daily transportation, and guess that made this jam-up.

Had a dinner with my precious friend at an Korean restaurant where I and her met first two years ago. Thank you my dear friend.

2年前からこっちで世話になってるねーさんと晩御飯。なんだかんだ忙しくて、今年は9月の頭以降会っていなかった。久しぶりの再会。

「お互い、すっかり冬の装いで」
「もう冬の寒さだよ」
「前会った時は二人とも半袖だったのにね」
「そうだっけ?そんなに経ったかな」

時間の流れを感じさせない会話が心地良い。

恥ずかしくて笑われるんじゃないかっていう夢の話をしたら、
「なんで笑うのさ」って、ごく当たり前のように応援してくれたもんだから、勇気が出た。
たとえ時間がかかっても、執着しなきゃだめだな。

大事な友達。得難いよ。

Diary: 11/2/2012 Fri.

Weekend without any exam. A little relief, but the next week must be the toughest week for us with postponed homework and exams…

Tonight again I went down to midtown, and attended a reception by a senior photographer Junichi Takahashi, whom I respect and met with in Ishinomaki, north east of Japan after the disaster last year, and who lived and worked for 19 years in New York. The party was for introducing and celebrating his photo book “NIPPON-JIN” that shot many ”ordinary’ Japanese (more than 430 persons). He said that images about Japanese people from abroad tend to be stereo typical ones (such as Kyoto, Asakusa, Akihabara, or Geisha, Kabuki, Otaku etc.) even though we Japanese are with more variety. But when he lived long in NY, he said, he couldn’t tell about Japanese and Japan well when asked from others in New York (now I’ve lived in Tokyo for 4 or 5 years). So he started his shooting of Japanese in NY and Japan, without his own intention and message, but just shooting themselves. Even after the hurricane, about 20 or 30 people came in the party, and it was really warmful time.

NIPPON-JIN first viewing in New York City
and
casual Party celebrating the publication of NIPPON-JIN photo book
Portraits of modern Japanese 2012.

312 Gallery :
312 5th Avenue(bet 30th St X 31st St), 5F. New York, NY 10001
646-449-9255

Exhibition Schedule:
10/31-11/3
1200-18:00

Reception
11/2-18:00-21:00

お世話になっている写真家たかはしじゅんいちさんの写真集『NIPPON-JIN』出版記念パーティーで再びミッドタウンへ。試験も無いので気楽な金曜。来週その分しわ寄せが来るのだが…

じゅんさんは、19年間New Yorkで暮らしていた方で、今は東京に住んでいるのだが、写真の仕事で今もちょくちょくこちらに帰ってくる。不思議なご縁で、最初に出会ったのは去年の夏の石巻だ。お互い別団体の活動で石巻入りしたのだけど、共通の知り合いがいて繋がった。その後、牧浜や鮎川浜、新山浜もよく訪ねてくださって、写真を撮っていただいたり、商品販売の応援をしていただいている。じゅんさんが石巻に来るタイミングが、他の団体メンバーが不在の日だったことも多く、よく僕がアテンドしていた。石巻から牡鹿半島での道中でゆったりと色々な話をしながら、その頃からかわいがっていただいていたのだが、彼が住んでいた街に僕がこうして留学に来るというのも、なんだか面白い話だ。さて、その『NIPPON-JIN』の出版記念展示会、その他もろもろのお仕事のためにNew Yorkに帰ってきたじゅんさんだが、がっつりハリケーン・サンディと重なってしまって、会期の半分ほどが潰れ、色々な打ち合わせもキャンセルに。展示会は明日で終了というなんとも不孝なタイミング。しかし、そんな中でもこの日のパーティーには多くの人が集まってきて、楽しくあたたかい時間となった。

酒屋さんから寄付してもらったという、新潟と宮城のお酒(懐かしの一ノ蔵&浦霞!!!!)がお客さんに振舞われる。

『NIPPON-JIN』は、市井の様々な日本人の姿をそのまま収めた写真集。NYに長らく住んでいたじゅんさんは、海外から見た日本の典型的なイメージ(例えば、Kyoto, Asakusa, AkihabaraあるいはGeisha, Kabuki, Otakuといったような)と、実際には今やもっと多様化している日本人の見た目やライフスタイルとのギャップを感じたそうだ。しかし彼自身もNY暮らしが長いため、知り合いに日本について聞かれてもそれをうまく語れなかったと。だったら写真にそのまま語らせればいいか、とNYの友達から始まり、東京、東北…出会った様々な日本人の写真を撮り続ける活動を始めたそうだ。ポートレートの撮影においては、特に服装やポーズは指定せず、自由にしてもらっているとのこと。それがなかなか面白いことに、それぞれの味というか、生き方がよく表れている。

A picture is worth a thousand words.

NIPPON-JIN
NIPPON-JIN たかはしじゅんいち

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