「がんとわたし」を考えるワークショップ イベントレポート①: 基礎資料

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ニューヨークに帰る前日のこと。友達の家で「がんとわたし」を考えるワークショップ、という会を開いた。

親も祖父母もがんを抱える、いわゆるがん家系であるため、「自分もいつかきっとがんになるんだろうというなんとなくの予感はあるのだけど、それをどう受け止めて準備すれば良いのかよく分からない」という友達の言葉がきっかけだった。そうか、じゃあなんか一緒に考えてイベントやってみようか、と。

イベントの告知をしたとき、いくつかのリアクションをもらったが、がんになるであろうこと自体は割りと受け入れていて、むしろ「その時」にがんとどう向き合えば良いかに関心が向いているその友達と対照的に、「がんにかかるっていうと、もう人生終わりみたいなイメージがある」という声もあった。

「がん」という言葉、病気に対するイメージには人によってずいぶんと違いがある。
無理もない話で、なぜなら「がん」それ自体の病態も対策方法も多種多様であり、身体的な痛みだけでなく、精神的・社会的にも様々な意味合いと影響を僕たちに付与するからだ。

たとえば、「がんになる」ことと、「がんで死ぬこと」は違う。
がんになったとしても、がんを抱えていることに本人も気づかないまま寿命を迎えたり、交通事故など別の原因で死亡することもあるからだ。
がんになる(罹患する)、という観点でみると、今の日本だとだいたい2人1人ぐらいが生涯で何かしらのがんに罹患するが、がんが原因で死亡する確率で見ると、近年では日本人男性でだいたい4人に1人、女性で6人に1人ぐらいの頻度になる。
この、がんの罹患とがん死亡のトレンドは、がん全体で見た場合であり、がんの種類ごと、性別ごと、国や地域ごとに細かく見ていくともっと多様だ。

がん予防・発見・治療の方法や選択肢も、がんの種類によって、またそのがんがどんなタイミングで発見されたかによって異なってくる。早期発見すれば楽にやっつけられるがんもあれば、進行が早すぎて定期検診ではうまく見つけられないがんもある。本人が検診を怠ったゆえに、自覚症状が現れて病院で診てもらった時にはもう手遅れ、という場合もあるだろう。

更に言えば、個々人の価値観や仕事・生活環境、人間関係、お金などのリソースによって、現実的に取れる対策や選ばれる行動は左右される。あらゆる手段を尽くして最後までがんと闘う、という人もいれば、がんを抱えることを自らの運命として見なして治療を拒否する、という人もいるだろう。職場の仲間や友人・家族にどう相談し、どう支えてもらうのかも難しい。

つまり、自分の身に降り掛かった出来事として実践的にどう付き合うのか、という点で考えてみると、がんというのはとても属人的で多様な病気になってくるわけだ。

がんという病気がいったいどういうもので、予防・発見・治療にはどういう方法とメリット・デメリットがあるかといった基礎的なことを説明したうえで、参加者一人ひとりの感覚や価値観にひきつけながら、用意したケースをもとに、「がんとわたし」の関係を考えていった。2エントリに分けて、当日提供した基礎情報と、実際に行ったケースワークとその様子のレポートを書き記してみる。

以下は、当日配布した資料の要約。大枠の説明に留めているので、もっと詳しく知りたい人は、がん対策情報センターをはじめ、末尾に参考サイト・書籍を載せてあるのでそちらをどうぞ。

1. がんって何?

 がん(悪性腫瘍)は、身体の正常な細胞に傷がついてできた異常な細胞(がん細胞)が、修復されたり取り除かれないまま身体の命令を無視して増殖してできたかたまりのことを指す。
 がん細胞のかたまり=腫瘍には、悪性のものと良性のものがあり、がん(悪性腫瘍)の特徴は以下の3つ。

1)自律性増殖: ヒトの正常な新陳代謝と関係なく勝手に増殖を続ける
2)浸潤と転移: 周囲や身体の各地に、次から次へ新しいがん組織をつくる
3)悪液質: 他の正常組織から栄養を奪い、身体を衰弱させる

 良性の腫瘍は、自律性増殖はするそのスピードはゆっくりで、浸潤と転移、悪液質を起こすことはなく、外科手術で切除すれば再発しない。
 ひらがなの「がん」は悪性腫瘍全体を指すが、細かくは、上皮細胞でできる「癌」(肺がん、乳がんetc.)と非上皮細胞でできる「肉腫」(骨肉腫、脂肪肉腫etc.)、造血器でできる白血病や悪性リンパ腫など、様々な種類がある。 
 がんの進行度はステージⅠからⅣと4段階に分類される。ステージが進むにつれて転移が進み、症状が見えやすくなり、逆に助かる確率は下がっていく。がんの種類によって、転移のスピード、症状の出やすさ、助かる確率は異なる。

2. がんのリスク要因と、予防手段

 がんは、何か単一の原因で急に発症するわけではない。人間の身体というのは自己修復機能が備わっており、多少DNAに傷が付いたとしても、修復してくれる。ただ、修復が間に合わなかったり、修復されずに放置されたりすることもあり、ダメージの蓄積によってがんは発生・成長していく。

 がんは、がん細胞が次第次第に大きくなり、増殖し、転移していく過程で身体を蝕んでいく病気だから、厳密に言えば「ここから先はがん」と言えるような明確な境界は存在しない。だから、「昨日たばこを一本吸ったから私は今日がんになった」とか「あの日〇〇mSv被ばくしたせいで私はがんになった」とかいう言い方はできない。がんになる確率を高める要因は様々なものがあるが、それぞれが全体のうちどれぐらい効いている(寄与している)かという、相対的な重みづけで考えることになる。

 一般的に見ると、喫煙、食事、運動、飲酒といった生活習慣ががんのリスク要因の60〜70%を占めると言われており、それ以外では、
・ ウイルス・細菌・寄生虫などの持続感染(e.g. ピロリ菌、ヒトパピローマウイルス)
・ 職業および環境汚染(e.g. 鉱山や工場労働でのアスベスト吸引、ラドンによる室内環境汚染、オゾン層破壊による紫外線増加)
・ 生殖要因とホルモン(e.g. エストロゲンなどの性ステロイドホルモン: 初経・閉経年齢や出産歴・年齢でリスクが変動、経口避妊薬やホルモン剤)
・ 医療薬の副作用
・ 放射線
・ 遺伝素因
などが挙げられる。
 冒頭で、自分が「がん家系」であるという友人の話を出したが、遺伝の寄与度は全体の5%ぐらいであり、またすべての種類のがんに関して遺伝が影響を持つわけではない。

 がんを予防する、というのも、がんに「なりにくくする」工夫であって、がんになるおそれを0%にすることはできない。有効な予防手段としても結局生活習慣(喫煙・飲酒・食事・運動)の改善(と、特定のウイルス感染に注意する)ぐらいで、トリッキーなものはほとんどない。

3. がん検診について

 がんによる死亡を防ぐためには、がんの転移が進行して治療が手遅れになってしまう前にがんを発見することが重要である。がんを発見するため検査方法は、X線検査だとか便潜血検査だとか、様々なものがあるが、がんの種類によって有効な方法は異なるし、どの検査方法もそれぞれ長所・短所を持つ。社会的に実施が推奨されるのは、身体への負担が少なく、がんとがんでない人を正しく振り分けられる力が強く、検診の結果がんによる死亡を減らす効果が認められるものになる。

ここで重要なのは、検査を受けて陽性反応が出ることと、実際にがんにかかっていることは、必ずしも一致しないことだ。下の表に見るように、実際はがんなのに陰性だと判定される「偽陰性」や、がんを抱えていないのに陽性だと判定される「偽陽性」というエラーがある。

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 これは一定の確率でどうしても発生してしまうものであり、感度と特異度はどちらかを高めるともう一方が弱まってしまう関係にある。どんな検診も、本当にがんを持つ人だけを100%間違いなく見つけ出すことはできない。

 がん検診がもたらす利益と不利益には様々なものがある。検証・証明すべき最も重要な利益=成果は、がん検診によるがんの早期発見が、実際にがん死亡率の低下に繋がるかどうかだ。

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 がんを見つけ出す力(感度)が高い精密な検査でも、身体に傷を付けたり、最悪死者を出してしまう恐れがあるものもある(e.g. 大腸がんの内視鏡検査)。本当はがんが無いのに、間違って陽性と診断されて、更に無用な精密検査を受けさせられたり、結果を待つ間不安に苛まれるようなこともなるべく避けねばならない。
 実施にはお金や時間や手間もかかる。進行が遅く、早期発見したとしても死亡率に影響がないがんや、進行が早すぎて検診ではうまく発見できないがんもあり、そのような種類のがんに対しては、検診を行ってもほとんど意味がない。

 がん検診は、社会的な取り組みとして集団で受診してもらう対策型検診と、個々人が自分が気になるがんを発見するための任意型検診の2種類がある。
 がん対策として社会全体で実施する対策型検診を推奨・実施するためには、一般の多くの人びとに対して利益(=がん死亡率の減少)をもたらすことが認められねばならないし、一定以上の割合の人びとが定期的に受診してくれなければ、統計的にも目に見えるほどのがん死亡率の低下に辿りつけなかったりもする。一方、個人の判断で利益・不利益を比較衡量する任意型検診では、たとえば、より合併症のリスクが大きいけれどがんを発見する感度は高い検診を受ける、といったことも可能(大腸がんの内視鏡検査など)。
 WHOの検診ガイドラインでは、1)健康対策上重大な問題になっている2)早期発見可能3)簡便、安価、かつ有効性の確率した検診法4)集団に受容度の高い検査5)有効な診断法と治療法が確立6)費用効率良好7)実行可能性が高いといった原則を満たすことが推奨されてる。
 現在の日本で、集団レベルで受診が推奨されているがん検診は以下の5種類。

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 がん検診は、国民健康保険に加入していれば、自治体が実施する検診を安価で受けることができる。住んでいる地域ごとに、実施日や場所が様々なので、自治体のウェブサイトを確認してみてほしい。

4. がんの治療・緩和ケア

 がんの治療方法には様々なものがあり、それぞれに長所と短所がある。複数の治療法を併用して行うこともある。すべての患者に適応でき、すべてのがんをやっつけることができるような治療法は存在しない。
 
薬物療法(抗がん剤、ホルモン剤など): がん細胞を破壊したり、がん細胞の分裂をおさえる化学療法、特定のホルモン分泌部位を除去したり、反対作用を持つホルモンを投与することでがんの発育をコントロールするホルモン療法などがある。化学療法は、いくつかのがんに対しては完治の可能性があり、根絶できなくとも、がんの大きさを小さくすることで、延命効果が図れる。ホルモン療法は、がん細胞を直接殺すのではなく発育を抑える治療法のため、治療期間は比較的長期になる。いずれの薬物も、悪心、嘔吐、肝機能障害など、薬の種類と投与量に応じて様々な副作用のリスクがある。

外科療法: 外科手術によってピンポイントでがん細胞と周辺の正常細胞を切り取る。がんが最初にできたところにまだ留まっていて、転移が進んでいない状態なら完全に治すことができるが、広がってしまうと外科手術ではすべてを切り取ることはできない。

放射線療法: がん細胞とその周辺の一部の正常細胞にピンポイントに放射線を照射することで、がん細胞を死滅させる。根治や痛みの緩和に有効だが、被ばくによる副作用として、全身の疲れや食欲減退、貧血や白血球減少などのリスクがあるため、照射量や治療ペースをコントロールする必要がある。

・ 温熱療法: がん細胞が正常細胞より熱に弱いことを利用した治療法だが、まだ本格的な研究が進んでおらず、標準的な治療とは見なされていない。

代替療法: 健康食品やサプリメント、マクロビオティックやマッサージ、鍼灸、運動療法などの有効性や安全性が注目・検討されているが、こちらもまだ有効性検証の研究が十分に進んでいない領域であり、今後の研究結果が待たれる。

 上記の各種治療法には心身への負担・副作用が伴う。またがんと共に生きる上で、患者は日々の生活で様々な悩みや痛みを抱える。わかりやすい身体的苦痛(痛みや息苦しさ、体力の低下など)だけでなく、精神的苦痛(不安や苛立ちなど)、社会的苦痛(職場、友人、家族との関係や、治療にかかる経済的負担など)、スピリチュアルペインと呼ばれるアイデンティティや死生観を揺るがす苦痛(「どうして自分ががんにならなければならないのか…」といった煩悶、生きる意味への疑問など)も、がんに伴う痛みとして無視できない要素だ。
 がんを「治す」だけでなく、こうした様々な痛みを「和らげる」ことを目的とし、療養生活の質を向上させるための緩和ケアという考え・方法も重要である。

※参考資料・文献
独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センター がん情報サービス http://ganjoho.jp/public/index.html 
科学的根拠に基づくがん検診推進のページ http://canscreen.ncc.go.jp/ 
斎藤博、『がん検診は誤解だらけ―何を選んでどう受ける』、NHK出版生活人新書、2009年

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