父と母

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 父は、よく働く人である。家族にお金の心配だけはさせまいとして、働いている。

 物心ついて、父の仕事というものを最初に認識した時、父の肩書き・仕事はアクセサリー会社の社長というものだった。今となってはどの程度の規模か知る由もないが、きっとどこにでもある小さな会社だったのだろう。母が父の会社の商品をパッケージングする内職を、よく家で手伝ったことがある。当時は小学生で、何も考えず楽しげに手伝っていたが、今ならああいう仕事・商品の単価・売上がいかに微小なものか想像に難くない。阪神淡路の震災から数年、小学校高学年の頃、父の会社が潰れるのだということを知った。それから、父の仕事が変わった。父を拾った会社のことはよく知らないが、小売業だったと思う。ここの職場はなかなか過酷だったらしく、当時ずいぶん疲れた様子をしていいたのを覚えている。それから1年か2年か経って、僕が中学校へ上がる頃に、父はヘッドハントされて今の会社に移った。輸入雑貨、アクセサリー、服や鞄などを買い付け、日本国内で1,000円均一のショップを展開して販売する会社である。社長は中国人らしい。ここもやはり小さな会社ではあるが、これから全国に店舗を開いていくということで、父がその役割を担うことになった。その頃から今に至るまで、父は単身赴任生活を続けている。最初の赴任地は長崎で、3,4ヶ月は帰らなかった。次第に、東京、北海道、大阪、神戸と店舗が増えていった。店舗の社員やアルバイトを指導しながら各地を転々とすることになり、単身赴任生活は続いたが、今は月に1,2回ほどは神戸に帰ることができているようだ。時折タイや中国に買い付けにも行くらしい。東京の巣鴨の店舗が一番売上が良い。おじいちゃんおばあちゃんに大人気だそうだ。この年末年始に帰省した折、給料が減額されたことを聞いた。ここ数年の売上の落ち込みからだ。薄利多売の小売業、近年の日本経済の状況を鑑みれば無理もない。ここ数年は、大晦日〜元旦に清荒神の店舗での販売を姉と一緒に手伝っていたが、呼び込みをしていて、確かに例年客足が減ってきているのを感じた。

 特段裕福な家ではないのに、僕たち4人家族と、祖父母2人のために、父は小さな一軒家を並びで2軒買った。僕の生まれる前のことだ。家のローンはまだ残っているが、定年までには返し切れる計算だから、お前には残さないと言う。額を聞いても絶対に教えない。働いて俺が支払いを引き継ぐと言っても、相手にしない。それ以外にも、会社の倒産もあり仕事関係で何度か借金を重ねてきたが、それでもやはり、八方手を尽くしてなんとかしてきている。子が成長するにつれ当時のことを少しずつ語ってくれるようになったが、それはすでに終わったこととしてだ。父はよく働く人である。今年で55になる。

 母も、よく働く人である。家の中と外と両方でだ。

 父の会社の倒産を受けて、それまで専業主婦だった母も外で働き始めた。最初は知り合いがやっている小料理屋のパートを、その後、家の近くの病院で看護助士として勤め始めた。病院づとめも最初はパートだったのだが、いつからか週5のフルタイム勤務となった。その頃にはすでに父も単身赴任生活を始め、家は姉と母との3人暮らしが自然なものとなっていた。そうした状況の変化に関わらず、母はずっと、主婦である。朝6時台に起きて手早く朝食と弁当を作り、身支度をして8時前には家を出る。5時半から6時頃には帰ってきて、休憩もせずに夕食を作り始める。合間に洗濯をする。最近ようやく全自動になったが、以前は洗い・すすぎと脱水のドラムが別々で、自分で洗濯物を入れ替えねばならない、古風な洗濯機だった。諸々の家事が終わってようやく母は一息つく。居間に横になって、テレビを眺めたり新聞を読む。ほどよい時間になったら風呂に入って寝る。そしてまた翌朝早くに起きる。母もよく働く人である。同じく今年で55になる。

 父は、家事を全くしないし、できない。家に帰ると、ぐうたらの極みである。夏場は風呂あがりにパンツ一丁で過ごすし、冬もその上によれたTシャツを一枚切る程度だ。煙草を吸い、酒を飲んだらそのままこたつでうたた寝をする(どちらも近年量が減ってきたが)。屁は音が大きくて非常に臭い(こちらは全く衰えを見せない)。そんな父に時折あきれ気味で文句を言いながらも、母は強いてそれを止めることなく自由にさせている。うたた寝をすれば布団をかける。二人は夫婦である。

 そういう父と母に育てられたのが、この息子である。勤勉さと礼儀を教わったが、知性や品性、金銭感覚や世渡りの術は教わらなかった。それらを育てるのには上京後ずいぶんと時間がかかった。今もまだ不十分であろう。

 父も母も学が無い。父は時計屋の息子で、近畿の不良私立を出た、母は岡山の農家の娘で高校まで出た。テレビのバラエティ番組に大真面目にツッコミを入れるし、みのもんたや古舘伊知郎がしかめっ面をして日本の政治を批判すれば、それを鵜呑みにして憤る。二人ともよく知ったかぶりをして語る癖があるが、その知識が誤っていることを容易に指摘出来るようになったのはごく最近のことだ。二人とも本を読む習慣をほとんど持たないため、我が家にはまともな書物が無い。父はテレビゲームをするし、漫画も読むから、息子もそれで遊んで育った。二人とも芸術を解さぬが、その分習い事だけは一生懸命にさせた。しかしどれも素人庶民のお稽古事に留まった。文化資本というものは一朝一夕では蓄積できない。
 
 しかし、学は無くともよく働く親である。子にはなるべく不自由させまいとよく働く親である。習い事も部活も、浪人も進学も、子供がしたいと言えばさせる親であった。自分たちとは遠い世界であっても、子が行きたいと言えば東京でも東北でもニューヨークでも好きに行かせる親であった。自分たちに直接教える術がない分、子を取り巻く環境を変えるためには惜しみがない親であった。

本の無い家からやってきた。
学の無い親に育てられた。
しかし僕はこの家の、この親の息子である。

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