ポップコーンを食べながら – [映画]「フタバから遠く離れて」

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質疑応答時間に演説を始める人というのは古今東西いつどこにでもいるもので、その遭遇率はその場で扱われるテーマが社会性・政治性を帯びるほどに高い。「原発問題」はその好例。

映画「フタバから遠く離れて」を制作した船橋淳監督がNYでの映画上映に合わせてこちらに来られ、昨年12月16日(月)の夜には講演会も催された。今回もいた。懇親会前で時間が押していると司会者が告げる中で長ったらしい演説を続ける「反原発活動家」のおばちゃん。「原発のことたくさん勉強しました」と語るが、結局「質問」はなんだったのかよく分からない。

正直に言って「またか」と、うんざりした。しかし同時に、「うんざりしている」自分にもうんざりしていた。それがなぜなのかは講演会当日では分からなかった。翌日映画を見て、理解した。結局五十歩百歩なのだ。土地としての双葉町を越えて「原発問題」の歴史や構造との間で測れば、演説をする「反原発おばちゃん」も、劇場でポップコーンを頬張りながら映画を観る僕も、同様に遠い。
 
  
福島第一原発の立地地域である双葉町。埼玉県の廃校での避難生活を送る双葉町民の日々を追い、彼らの一時帰宅の様子や原発を取り巻く政治・社会の動きと共に収めたドキュメンタリー映画。監督のカメラを通して観た「フタバ」は、僕が夏に訪ねた、人のいない双葉町とは違ったものだった。そしてそれは”Nuclear Nation”(この映画の英題)としての日本社会に紐付けられていた。

「原発」を巡る政治や社会運動は、眺めていて空虚感を覚えた。東電・政府と原発立地自治体首長の会合の場で立ち上がり、「あんたたちが安全だって言うから信じてきたのに、どうしてくれるんだ」と叫ぶ双葉町長。「子供たちの未来を守ろう」というレトリックを並べて(子供不在で)行進し、自民党本部の前では「あなたたちがやらないなら、わたしたちがやります!」とまでのたまう、デモ先導者である若い女性の、こなれた、ノリノリの感じ。休憩時間に「ほんとは誰も帰れるなんて思ってないんだ」と語りつつも、デモに参列してガス抜きをする町民。旧警戒区域に取り残された牛たちの世話をする「希望の牧場」オーナー、吉澤さんのトラックの荷台にペンキで描かれた「一致団結」の文字(誰と?)。みな、当然ふざけてやっているわけではない。しかし、一人ひとりが真剣で切実に声を上げれば上げるほど、その姿は滑稽に映る。それぐらいにNuclear Nationという舞台装置は大きく、その筋書きを変えるには個人の役者はあまりにも小さい。
 
一方で、地べたの暮らしは生々しい。貰い物なのか、「かてぇ」イカを洗ってほぐしながら塩辛にするおばちゃんたちと、それを食べる少年。入れ歯がうまくはまってからようやく、配給の弁当をちゃんと食べられるようになったおじいちゃん。タイベックに身を包み、時間がないと急かされながら、自宅跡で亡くなった母への花を手向ける男性。避難所を出てアパートで新生活を送る老夫婦の、もう双葉には帰らない、「過去は置いてきた」という言葉。

そして時間は淡々と流れる。政治や暮らしがどう動こうと、動くまいと。廃棄された牧場で静かに腐食していく動物の死体。季節は巡り、避難先の廃校近くの田んぼでは稲穂が揺れる。そしていつしか、慣れる。人も社会も。少なくとも僕は、けっこう慣れてしまっている。

映画には友人と3人で行った。香ばしい匂いの誘惑に負けて、みんなで分けて食べようかと、ラージサイズのポップコーンを1つ頼んだ。ところがここはアメリカ、3人でも食べきれないぐらいの量だったわけ。僕は劇中ずっと頬張っていた。友人2人は女性だったからそんなに量を食べられない。最初の方は僕が抱えるラージサイズの袋に左右から手を伸ばして食べていたけど、直にそれも止み、最後は僕の手だけが動き続けていた。途中、「あぁ、このペースだと終了までに食べ切れないな」ということがわかり、同時に、食べ物は残さず食べるのだという日本人的しつけから形成された僕の「もったいない」意識と目の前のポップコーンとの距離の方が、スクリーンの向こう、海の向こうの双葉町、あるいは「原発問題」を巡るあれこれよりもよほど近いのだと、自覚した。
 
慣れるしかないんじゃないかというぐらい、それまでに積み重なった歴史の方が重く大きい。資源の乏しい島国日本のエネルギー安全保障、東京と地方の経済力格差を鑑みれば、過去の原発導入それ自体は避けられなかっただろう(それでも、原発関係機関のガバナンスや情報公開、市民との対話や危機管理の面では、もっと事前に出来ることはあったのだろう)。東京と東北の植民地的構造の歴史は戊辰戦争での敗北まで遡る、らしい。それを変えようというのなら、後出しじゃんけんのような開き直った脱原発運動では足りない。同じだけかそれ以上の時間とエネルギーが必要だし、誰かを名指しで非難するのではなく、複雑に絡まった歴史の糸のどこを自分が掴んでいるのかの認識から始めなければならない。

僕個人に出来ることはまだ限られていて、主たる関心と行動は、ふくしまの人々の健康や公衆衛生(被曝そのものよりも、避難や被曝対策に伴うストレスや活動制限など、社会・経済的なリスクの方を重要視している)や、原発や放射線レベルがどうなろうと連綿と続く、ふくしまの人々の各地様々な暮らしの実相に向けられている。

そうした身体と知識と想像力のかろうじて及ぶ範囲の物事に対して、原発を含めた日本のエネルギー政策をどうするのか、遠く未来まで続く放射性廃棄物の管理をどうするのかといった問題は、まだ自分の手には負えず、目の前のポップコーンが余ることの方が切実な問題のようだ。しかしもちろん、考えなくて良い、というわけではない。東京に4年以上暮らして東電から原発由来の電気を買っていた市民として、やがて死んでゆき次世代にバトンを渡す日本国民として、人類として、関係している以上。

講演会の質疑応答では「ドキュメンタリーを通して社会を変えてゆくにはどうしたら良いでしょうか」という趣旨の質問があった。監督は、「ドキュメンタリーは考えるきっかけにはなっても、それ自体で社会を変えることは出来ない」と答えた。監督自身がわかっていることだ。表現者は、見たもの、感じたことを形にして渡すことしかできない。それをどれだけ多面的、重層的に解釈し、行動するかは、観た人にかかっている。

当面、僕がやることはさして変わりない。勉強すること、聞くこと、場に赴くこと、書くこと…具体的に顔と名前を知っている人々と一緒に過ごした時間の延長で、じわじわと想像力を伸ばし、出来ることを増やしていくしかない。少なくとも、表層的で性急な敵味方2分論に基づいた、政治・社会闘争とは距離を置きたい。だけれども、Nuclear Nationの中で生まれ育った一人として、舞台装置から逃げ出すわけにもいかない。

シラケながら、うんざりしながら、憤りながら、フタバとNationの間をどうやって泳いでゆくのか。それを僕は問われている。

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