チェロを担いだ聖人

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ニューヨークメトロの車内では物乞いやパフォーマンスは日常茶飯事で、誰かが突然大きな音を出したからといって誰も驚かない。それらは電車のガタゴト走る音と同様に、文字通り”バックグラウンド”ミュージックとして浸透しているから、みんなそれぞれ自分のここと―読書とかおしゃべりとかを続けながら横耳に聞き流したり、あるいは気が向いたら鑑賞し、気分が良ければおひねりを渡す。

普通はその程度のものなのだけど、ごくまれに、僕らはそこで聖人に出会う。

9月12日木曜日の夕べのこと。雨降りしきるマンハッタンの地下を走る1番宣に乗り込んできたこの日のパフォーマーは、流浪のチェロ奏者。身につけているものは全て黒。ペラッペラのタンクトップにスポーツ短パン、ゴムサンダルにチェロの収納バッグ。折りたたみ式の小さな丸パイプ椅子に座ってチェロを弾く。今どき時代遅れのラストサムライでもあるまいに、薄い金髪は後頭部で大きく束ねられている。おひねりを入れるために足元に置かれたキャップだけが鮮やかなショッキングピンクである。

いつものように下を向いて本を読んでいた僕は、最初、彼が乗ってきたのに気づかなかった。いつの間にか丸パイプを開いて座り、前触れもなく演奏を始めた彼から発せられる音色を認識したのは、音とほとんど同時に酸っぱい匂いが僕のもとに漂ってきたからだ。臭い!さっきまでしていかったのだから当然この匂いは彼が発しているに違いない。浮浪者や路上生活者に共通のあの匂いだ。彼もきっと流浪の民だろう。まぁ、僕も家があるだけで、所在のなさという意味では大して変わるまい。

ともあれ、僕を含めた乗客が、彼の演奏に気づき、横耳でそれとなく聴き始めたのだが。

すぐに空気が変わった。

曲はバッハの「無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV1007」。誰もが一度は聴いたことがある曲だろう。僕はすぐに本を閉じ(正確にはKindleの電源を落とし)、彼を見つめ、演奏に聴き入った。調律をするお金もないのだろう。使いこまれたそのチェロの音は、ところどころ軋んでいたが、しかしそれでも美しかった。無心に弦を駆るその表情、ろくなものも食べておらずタンパク質も不足しているのだろう、余分な肉が落ち骨張っていながら「弾く」ための筋力だけは残っている、いやむしろ、弾くための筋力だけを残してムダを削ぎ落したかのようなしなやかな腕…彼の全身の所作すべてが、音楽に対する狂気と慈愛をたたえた、音の空間を形成していた。

わずか3分ほどの演奏が終わると、拍手が起き、彼は立ち上がって軽く会釈し、ショッキングピンクのキャップを持って車内をまわり、おひねりを受け取った。僕もそこに1ドル紙幣を納め、再び座って2曲目を弾き始めた彼を後にして次の駅で降りた。

聖人は酸っぱい匂いがするらしい。

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