中央線の少年

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3月の終わりの頃の平日。東京に帰ってきて間もない僕は、特段急ぐ仕事も無いのでのんびりとした朝を過ごした。それから、何の用事だったか忘れたけど、とりあえず出かける用事があって、阿佐ヶ谷駅に向かったのだった。

ラッシュアワーはとうに過ぎているのにホームにやや人が多い。どうやら遅延らしい。中央線はよく停まる。お前の人生のようだと昔からかわれたことがあったっけ。

案の定、到着した電車は混んでいたが、電車がイレギュラーに遅れたというだけなので、車内の成員はラッシュアワーのそれとはやや異なる。スーツを着た勤め人もいるが、親子連れやお年寄りもいる。

乗客の波に乗って車内中程に落ち着いた僕は、隣で幼児を抱える母親に気がついた。車内は混んでいる。四方八方から人の背や胸が親子を取り囲む。

乗った電車は快速。中野駅を出て、大久保を通過して新宿に近づいたあたり。飽和した空気が幼な子を圧迫し、彼はたまらず泣き出した。

親子に身体の側面を向けていた僕は、身体を反転させてその男の子と向き合いながら、不自然なく反感も買わない程度に背中を突っ張り、僕とその子の間に若干の空間をつくった。それから彼の目を見て声をかける。
 
「大丈夫だよ。もうすぐ着くからね。あとちょっとだよー」
 
それが効いたかどうかは知らないが、新宿駅に着く直前でその子は泣きやんだ。電車の扉が開き、こもった空気が解放される。お母さんから「ありがとうございます」とお礼を言われながら、「いえいえ」と僕も一緒に駅を降りようとする。
すると、
 
「ありがとう」
  
 
腰の当たりから声がした。見ると、もう一人少年がいたではないか。4歳か5歳か、年齢は定かではないがお兄ちゃんであろう。彼も、じっと耐えていたのだ。

赤ん坊は、泣いて訴えることができる。混雑した車内であろうと、母親に抱きかかえられて上層の少しマシな空気を吸うことができる。しかしこの少年、自分より背丈のある大人ばかりの車内で押しくらまんじゅうに遭いながら、泣き出すこともなくじっと耐え、あまつさえ見知らぬ他人の僕に「ありがとう」とお礼を言ったのだ。

「まだ小さいのに立派だ」といった、大人の傲慢な留保付きの褒め言葉など陳腐に空振りするかのようにまっすぐなたくましさ。

カッコイイぞ、お兄ちゃん!

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