がんと妊娠・出産、知と生命のバトン − [書籍]”Having Children After Cancer”

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がんという病気、妊娠・出産・育児というプロセス、どちらも起こったならばそう簡単ではない人生の重大事件であることは間違いない。それが合わさったならなおさら難しい。ところが世の中には、少なからぬ人数がそうした試練に直面するのだ。

Gina M. Shaw著 “Having Children After Cancer – How to Make Informed Choices Before and After Treatment and Build the Family of Your Dreams”

2011年に出版されたこの本の著者は、2004年に乳がんと診断され、治療を行っている。その後、2006年、37歳の時に養子として長男を迎え入れ、2008年と2010年には自分自身で次男と長女を出産している。がん治療の後であり、なおかつけっこうな高齢出産である。そんな著者が、がんの治療およびがん患者の妊娠・出産・育児に関する方法やその考え方を、学術的知見と著者本人および経験者のエピソードと共に綴ったのがこの本である。

古本屋で偶然見つけて、読んでみてびっくり。これがまさに自分が実践したかったことじゃないのと。最近周りの友人、とりわけ女性陣から、年齢もあってか「がんのことが気になる」という話をされるようになった。去年の夏は、試験的で簡素なものだが、がんのことを、基礎知識の理解と共に、個人の価値観や生活にひきつけて考えようというワークショップをやってみた。知識や学術的エビデンスをどう個々人の人生に実感と実効性をもって役立てていくのかというのが僕の関心のひとつなのだけれど、それを、深く広範な知識と、実体験、そして様々な人の事情や感情への配慮や愛情と共に展開しているのがこの本なのだ。

面白い。一気に読み進めてしまった。そしてじんわり感動した。愛だなぁ。
 

  
1. がんと妊娠、選択肢とリスク

がんと一言で言っても、その種類や治療法、リスクは色々ある。化学療法・放射線治療・外科手術・ホルモン療法、あるいはその組み合わせ(そこら辺のほんとに基礎の基礎は、過去記事に記してあるのでご参照のこと)。

妊娠・出産との関連で言うと、がん治療後に妊娠・出産する行為自体ががんの再発を招きはしないかという点、それから、個々の治療法が将来の生殖能力を制限したり失わせるリスクはないのかという点が重要となる。研究デザインの制約上分からないことはまだあるが、現在のところ、妊娠女性のがん再発リスクがその他の女性より高いという研究結果はほとんど出ていないようだ(p.2)。一方で、生殖能力への影響は、手術する部位、投与する抗がん剤やホルモンの量、放射線の照射量、それら治療と妊娠・出産のタイミングに応じて様々である。

手術後も問題なく自力でふつーに妊娠して自然分娩できるのではればそれにこしたことはないが、そうではない場合に備えて、あらかじめ生殖能力を保存するという手段も考えられる。こちらもまた色々な種類とメリット・デメリットがある。

男性だとあらかじめ精子バンクに自分の精子を預けておくというシンプルな対策であり、侵襲性も低く時間もかからない。一方、女性の場合はそう簡単にはいかない。

一番出産成功率が高いのは受精卵の冷凍保存。しかしこれは、パートナーや精子ドナーの有無、本人の倫理的価値観などによっては選択できない。次に考えられるのは、受精卵ではなく卵子の時点での冷凍保存。卵巣組織の摘出・凍結と再移植という手段もあるようだ。これは、リンパ腫や白血病など発見したらすぐに治療を始めなければいけないがんにかかり、生理周期を待って卵子を凍結する時間がないときに検討される。ただ、まだ新しく事例も少ないため、リスクについて明らかでないことも多い。

自分とパートナー二人だけでは出産できない場合、受精卵や精子・卵子をドナーバンク経由で他の人から受け取る、代理母に出産をお願いするなど、他の人の力を借りて子供を産むという手段もある。それからアダプション、つまり養子をとるという方法も勿論考えられる。

じゃあ実際どれを選ぶの、となると色々な要素が絡んでくる。がんの種類と治療の緊急性、年齢や妊娠・出産タイミングといった時間的・身体的要素。それからお金を始めとした経済的要素。パートナーや家族の理解・協力といった社会的要素。さらには、それぞれの手段に対する本人の価値観といった倫理的・宗教的要素(たとえば、受精卵の冷凍保存を、もし将来使わなかったらひとつの生命の可能性を潰すことになるといって、選択しない人もいる)。そうした様々な事情によって、一人ひとりのがん患者が取れる選択肢は変わってくる。

一番大きいのは時間の要素。がんの種類にもよるが、上述の通り進度が早いものもある。

あなたは、一日遅れるごとにがんが拡がっていくことを恐れながら、あっという間に閉じていく窓を見るようにして、治療についての意思決定をすることになるのです。(p.11抄訳)

ゆえに、治療や生殖能力保存の対策はなるべく早く検討・決断しなければならないのだけれど、予め知識としても意識としても備えがなければ、適切な判断は難しい。「がん」と聞くと不安で取り乱してしまったり、心穏やかでいられない人の方が多いだろう。治療のことで頭がいっぱいになって、その時点では将来の妊娠や出産など考えられなくなる人も少なくないだろう。(なかには、担当されたがん治療のお医者さんが、その後の妊娠・出産については無頓着で、患者側の相談に乗れない、あるいは話題すら振らない、ということもあるらしい)

いわゆる闘病記や出産・子育て記と言える読み物はこの本以外にもある。その多くは、病気や出産・子育てを経験したご本人の体験から書かれるものが多く、またそれゆえに非常に心打つ文章、後に続く人々を勇気づける文章もあるのだけれど、「この人は無事成功したから本を書けているけれど、私の場合はそううまくいくだろうか…?」という疑問に応えるには十分ではないように思う。体験記に書かれたメソッドやエピソード単独では、それが一般的なのか特殊なのか、古いのか新しいのか、他の方法と比べてどのようなメリットやリスクがあるのか、それらを勘案して「わたし」にも応用可能なのだろうかということがはっきりしない。

一方、医学的な教科書や専門書は、一般の人が読むには難解すぎたり、読み物として退屈だという欠点がある。また、がんになった本人、子供を産みたい本人にとっては、限られた時間のなかで自分に必要な情報、自分にできることだけが知りたいわけで、網羅的な専門知識を得たいわけではない。

その点、この本は、エピソードとエビデンスが絶妙なバランスで配合されていて、一般性・安全性を意識しながら自分事として決断するための非常に良い助け・備えになると思う。それぞれの方法の安全性やリスクの学術的な裏付けは、数値や脚注つきで、なおかつ難解すぎないレベル紹介されているし、保険会社へのレターの書き方や、国内・海外の養子受け入れサービスとその評価、各国ごとの規制といった実践的な情報も掲載されている。

一方で、がんに限った話ではないが、100%安全な病気の治療法や、100%成功する妊娠・出産というのはあり得ない。もろもろの条件を勘案した上でなお残る不確定要素に対しては、運を天に任せた上で、「飛び込む」しかない。その最後の一歩を後押ししてくれるのが、著者を始め本のなかで紹介される一人ひとりの経験談だ。それぞれの手法に対して、自分がどういうシチュエーションで、どういうコミュニケーションをとって、なぜ決断したのかというエピソードが、学術的エビデンスを補完するかのように散りばめられている。

「知見を活かして人に役立てる」というのは、こういうことを言うのだと思う。
 
 
2. 妊娠から出産、育児…「線」として寄り添う

僕は医療従事者ではないので、がん治療そのものに関する専門知識は無いが、それでもがんに対してどんな治療法があり、子供を持つ手段としてどんな選択肢があるか、基礎知識としては頭に入っていたから、第5章までの話の展開やトピック自体は驚くべきことではなく、「ほうほう、なるほど」と学びながら自然と読み進めていた。

続く6章では、無事妊娠した後の心配ごとについて触れている。たとえば、妊娠・出産ががんの再発させるのではないかとか(現状のところ、どの学術研究も妊娠自体ががんの再発を引き起こすことは示していないそうだ)、がんになったのが30代後半で、その後の高齢出産は大丈夫なのか、とか。そして続くのが授乳の話である。ここでわたくし意表を突かれましたよ。

そう、「おっぱい!」

いや別に叫んではいないんですけど。

無事妊娠・出産できたところで終わり、ではないのだ。赤ちゃんを育てるプロセスでとても大切な、おっぱいの話、すっかり頭から抜け落ちていた。乳がん治療で乳房の部分切除となった場合、片方のお乳だけで子供を育てられるのだろうか、など、女性特有のがんの種類と育児にまつわる心配は、女性ならば当然思い浮かぶだろう。「あ、しまった忘れてた」と。この時は男性読者としての想像力の不足を恥じ入るとともに、普段おっぱいおっぱいとツイートしてばかりの我が身を振り返り反省しましたよ。おっぱいは我々成人男性のものではなくて、赤ちゃんのものです。主に。いやでもやっぱり大人になっても男たちはおっぱいが好きなんだ。たまにはちょっとぐらいごにょごにょ。

話がそれました。著者自身も述べている通り、この本は主としてがんおよびがん治療と妊娠の関係にフォーカスしているが、そこはやはり本人が当事者・経験者(女性であり母であり乳がん治療後の出産・育児経験者)。女性読者であれば抱くであろう不安・疑問への配慮を忘れない。がん治療・妊娠・出産・育児のプロセスを、個々に断絶した「点」ではなく連続した「線」として辿り、それぞれのステージに対して、経験者のエピソードと、参照すべき情報ソースや相談すべき相手を例示する。伴走者のような読み手への寄り添い方。

誰かを応援するというのはこういうことなのかもしれない、と考えさせられる。
 
 
3. わたしにとっての「がん」、あなたにとっての「がん」

本の終章を書いている時点で、著者は最初に腫瘍を発見してから6年が経過していたようだ。そして冒頭このように述べている。

がんのことはいま私の頭のなかの多くを占めていますが、それはいまこの本を書いているからで、そうではない多くの時間は、がんをかつて患っていたことすら考えないような日々や週を過ごしているのです。それは私の略歴の一部分でしかありません。ネブラスカで育ち、エチオピア料理やフィギュアスケートを愛し、ミニバンを運転し、好きな作家はロバートソン・デイヴィスで、それから、昔乳がんでした…というように。(p.173より抄訳)

もちろんがんというのは難しい病気だが、他の病気と同様、治療がうまくいって予後が良ければ、がんがその人の生活や思考の全てを覆い尽くすことでもない。それでも完全にがんのことを忘却するに至らないのは、その後の人生の色んな場面で、「自分は他の母親たちと同じではないのだ」と思い知らされることがあるからだという。著者が最初に示すエピソードは、保険会社とのやり取りだ。自分にとってはもう6年’も’昔のことであっても、保険会社にとっては彼女ががんであったこと、まだ6年’しか’経っていないことはリスク要因なのである。

終章でもあるこの第7章”What’s Cancer, Mom? Fears and Concerns About Parenting After Cancer“(「ママ、がんって何? がんになった後に子育てすることの怖さ、不安」)では、自分ががんであったことを、我が子にどのように話し、伝え、一緒に考えていくのかについて主に描かれている。

自分にとっての「がん」と、他人や社会からみた「がん」は、違うイメージや意味を持つ。そのギャップをどう橋渡ししていくか、そして、がんという病気を通して、それぞれがどのように生きるということを解釈し、受け止めていくか。ここには治療や出産とはまた別の、長く粘り強いコミュニケーションの日々だ。
 
  
4. がんとわたし-家族-社会-人類
 
本書を読んでいてもう一つ印象的だったのは、がん患者となった本人と、精子・卵子提供者、代理母、養子といった人々の出会いや関係性、つまりパートナーや肉親以外の人々との関係、一人ひとりのエピソードだ。

マッチング用のウェブサイトでクリックして購入すればそれで終わり、ではない。代理出産やアダプトに至るまでには、お互いの間にきちんと信頼関係が築かれなければならない。その過程は人間同士の真摯なコミュニケーションでしかあり得ないし、だからこそ、その結果結ばれたサポート関係は、もはや赤の他人とは言えない太さを持っているように思う。1対1、2人のパートナーだけでは出産が難しいとき、周りの人に「家族」が拡張するのだ。

がんになったことをどう位置づけ、がんとともにある/あった人生を幸福ととるか不幸ととるかは人ぞれぞれだと思う。だけれども、上記のような、がんになったゆえに出会った人々、築かれた家族には、やはり何か縁や運命があったのだろう。図らずも、がんとの出会いをきっかけに、一人ひとりが、家族や生命といったテーマと、深く向き合うことになる。そのことにはきっと大きな意味があるのだろうなと思う。
 
 

 
 
がんというのは、いったい何なのだろう。不思議だ。

僕らの身体をつくる個々の細胞にはアポトーシスという自死の仕組みが備わっていて、それが全体を良いバランスに保っている。
そして、どういうわけか個体として寿命というものがあり、ある程度生きると身体は枯れ衰え、個体としての人間は死んでゆく。
そうして次世代にバトンを渡していく。
それに抗うようにして、永遠に、無限に増殖をし、生き続けようとするのががん細胞だ。

また、がんがこれだけ多くの人の身に起こる病気となり、人類社会全体の重要課題となったのはごくごく最近のことで、
それは経済や衛生環境が改善された結果、感染症などで早死にする人が減り、それだけ長生きする人が増えたからだ。

増えてゆくがん。それは僕たちの「生きよう」という願望の写し絵であるかもしれない。
だからこそ僕たちはがんを恐れる。死を恐れる。

だけど仮にがん細胞と同じように、個体としての人間が死を拒み無限に生き続けることになれば、地球上の資源はすぐに枯渇するだろう。そしてそれは結局種としての人間や、環境としての地球を持続不可能にする。
人間の体内で育つがん細胞も、それが大きくなりすぎれば、宿主たる人間を死に至らしめる。そうすればがん細胞自身も生きてはゆけまい。

生と死のサイクル、その危ういバランスの上に僕たちの今日は成り立っている。
だからこそ、僕たちは、個体としてではなく、集団として、種として、がんと相対するのだ。

生まれ、育ち、産み、育て、死に、バトンを渡す。
自分はいずれ死ぬ。だから死ぬ前に子供を産みたいと願う。それは生物としての本能だろう。
がんという異生物は、そのサイクルを、少しだけ狂わせる。時計の針のスピードを速める。
もはや社会的動物となり、生殖以外の様々な「文化」に没頭することが可能となった僕たち人類に対して、
「おいおい忘れてない?そんなに悠長に生きられないんだぜ」と囁くかのように。

引用・紹介されている多くの学術的研究成果や情報サイトを形作ったのは、これまでのたくさんのがん患者−なかには不幸な結果となった人もいるだろう、そして研究者たちの闘いの歴史であり、知のバトンである。
バトンの継ぎ手として、著者や、本のなかに登場するインタビュイーたちの一人ひとりの人生がある。
そしてこの本が出版され、広く人に読まれる。
NYの古本屋で僕が偶然これを手に取る。
いま、ブログを書いている。

これもまた、知の、生命のバトンだ。
できれば今年の間に、日本での翻訳出版に挑戦したいと思っている。

Having Children After Cancer: How to Make Informed Choices Before and After Treatment and Build the Family of Your Dreams
Having Children After Cancer: How to Make Informed Choices Before and After Treatment and Build the Family of Your Dreams Gina M. Shaw Hope S. Rugo

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