4分間の「ご迷惑」

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「ゴッ」

帰りの中央線、ちょうど中野駅に着く頃、車内で突然音がして振り返る。

音のした座席近くを乗客数人が弧を作って取り囲んでおり、何か重い物が落ちたかと思って見たら、人が倒れていた。

中年の女性、荷物を手に握ったまま、言葉もなく目をつぶっている。友人なのか母なのか、5,60代の連れの女性が地べたに座らせて背中をさする。

中野駅に着き、扉が開いて停車しているが、自分では立って歩けそうにない。ひとりが座席をゆずり、ほか数名で抱きかかえてひとまず座席へ座らせた。

「そこのボタン押してください」近くの女性が呼び出しボタン横の男性に声をかける。それを受けた男性はボタンを押して駅員を呼び、すぐに駅員から返事があった。

「どうされました?」「お客さんが倒れました」「すぐ向かいます。そちら4号車でよろしいですか?」「えーと、はいそうです」

ほどなくして駅員が階段を上ってきた。扉近くに立っていた乗客2名がスマートフォンを掲げて手を振り、「こちらですー」と駅員をいざなう。乗客が道を空けて駅員を倒れた女性のもとへ通す。

「大丈夫ですか?どうされました?」「貧血みたいです」連れの女性が答え、駅員と共に彼女を抱きかかえて外へ運んで行った。

3人が出て行くと、人々はまたすぐにスマートフォンを取り出して同じ姿勢で画面に顔を向け出した。乗務員の車内アナウンスが続く。

「先ほど、中野駅にて、具合の悪くなったお客様がおられたため、現在4分ほど遅れて運行しております」

電車が運行を再開するまでわずか4分。

何事もなかったかのような、いつもの東京の車内。
 
 
 
だけど確かに、さっきの一瞬、ここは「開いて」いた。

言葉が、指が、腕が、ボールを運び、人を動かした。

「お急ぎのところご迷惑をおかけして、申し訳ございません」

アナウンスは続く。
夜11時前の空いた車内、とりたてて文句を言う人も見られない。
 
 
 
それから2駅して阿佐ヶ谷に着いたのでそこで電車を降りた。

「”ご迷惑”の対価としては悪くない時間じゃないか」

乗客がスマートフォンの画面に顔を戻す前、わずかに見せた安堵の色を思い出しながら家路につく。

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