能を謡ってみた日のこと―能楽師 青木涼子さん トーク&ワークショップ「能×現代音楽って何?」

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能を観たことは、学生の頃に2回ある。
配られた台本を読みながらがんばったが、やはり難しく、しばしば眠気に負けた。

その後も興味関心としては、薄らかに、しかし長く続いていて、いつかまた挑戦したいなとずっと思っていた。
先週の土曜日にワークショップに参加したのが、久しぶりの能との接点。
こんなにも自由な世界なのかと感じさせられる時間だった。

参加したのは、能楽師である青木涼子さん主催のトーク&ワークショップ「能×現代音楽って何?」というもの。青木さんは、能と現代音楽を掛け合わせる試みとして「Noh×Contemporary Music」という企画を2010年から実施している。来週にコンサートがあり、土曜日のワークショップはそのプレイベント。

国際的に活躍する作曲家に能の「謡」を素材に用いた作品を委嘱し、発表するトーク&コンサート「Noh×Contemporary Music」を2010年より港区文化芸術活動助成事業として行ってきました。3年間の企画で、世界各国の作曲家15名が能をテーマに作曲し、15の新しい作品が生まれています。 本企画は、そこから生まれた曲を中心に、湯浅譲二の名曲も交えて、一晩のコンサートとしてお届けします。また今回は、新しい出発として、今最も期待されている若手作曲家、小出稚子に新曲を委嘱します。東京フィルハーモニー交響楽団首席フルート奏者の斉藤和志を迎え、青木涼子とのデュオを中心としたプログラムです。また小出作品には、若いながらも頭角を現している打楽器奏者、會田瑞樹が作曲家の指名により参加します。 能と現代音楽という先進性が世界からも注目を浴び、ドイツ、フランス、イタリアなど各地から青木涼子は招待を受け演奏していますが、一晩のコンサートとしてまとめて発表するのは、今回が日本で初めてとなります。日本の伝統文化である「能」と世界で活躍する作曲家による「現代音楽」との融合から生まれる新しい芸術の誕生をお楽しみください。

 
ワークショップの会場は港区区民センターの和室。区民の方々が集まり、アットホームな雰囲気でワークショップは始まった。
始まりは、青木さんと、委嘱作曲家の1人である小出稚子さんのトークから。
今回の企画で青木さんから作曲のオファーを受けてから、ずいぶん苦労されたらしい。
西洋音楽とはそもそも音階やリズムに対する考え方や基準が全く違うから、
自分のなかに能の「文法が入っていない」ため、何回聴いてもなかなかスッと入ってこなかったとのこと。

僕らが学校やお稽古事で習ったような西洋音楽の文法では、五線譜に音とリズムとテンポをかなり丁寧に書き表す。誰が読んでも一見して曲の流れが浮かび、歌うことができるように。

能の楽譜はそれとは全く違う。

演目の台本が文章としてひたすら書き記されていて、文字の横に小さな点々や上・中・下などといった記号が打たれているだけ。今回も配布資料として有名な演目である「羽衣」の一節が配られたけど、一見すると学校の古典の読解問題のテキストのようで、「へ、これが”楽譜”?」という感じ。

上・中・下というのが音の高さを、それ以外の記号や文字横に打たれた点がリズムや謡い方を指示しているようだ。とはいえそれもずいぶんざっくりとした指示に思える。五線譜に慣れた身としては、読んでもちっともイメージが浮かんでこない。
 
青木さんが謡い始めた。それまでの明るく快活な話しぶりから一転、重みがあり力強い声が響き渡る。するとどうだろう、言葉が並ぶだけだった譜面から音が生まれ、リズムが生まれ、そして情景が広がった。これが謡か。
 
「それではみなさんも一緒に謡ってみましょう」
青木さんが参加者に呼びかける。え、まじで、いきなりぃ?出来るかなぁ、などと思っているうちに、青木さんが最初のワンフレーズを読み上げたので、それに続いてとにかく声を出す。

驚いた。厚みが増した。

参加者はほとんど素人の集まりである。それから音程もバラバラだ。なぜかというと、能の楽譜で指定される音程の「上・中・下」というのは、固定されたキーがあるわけではなくて、謡い手それぞれの自分の声での上・中・下で謡えという意味だからだ。上と中、中と下の間は西洋音楽風に説明すればだいたい4度の幅がある。つまり、音の幅は決まっているのだが、高さ自体は自分の声帯に合わせてどうぞということ。

普通に考えれば不協和音になってもおかしくない。なのにどうしたことか、不快感は感じない。
むしろなんだか、気持ちがいいのだ。
素人丸出しなのは自分でも自覚の上なのだけど、不思議と恥ずかしさや遠慮が吹き飛んでしまい、夢中になって謡った。
気付けば少し、汗をかいていた。
 
 
どこか懐かしい、還ってきたような心地がした。
五線譜とドレミファソラシドに慣れた僕たち現代っ子には、小川さんが言った通り、能の「文法」:リズムやキーが染みこんでいない。
そのはずなんだけど。
昔からこの島国に息づいている五・七のリズム。頭が慣れていなくても、この身と血はきっと覚えている。
能の舞台で演じられてきた数々の悲劇も、きっとDNAが記憶している。
勘違いかな。だけどそんな気がした。
 
 
それから…一瞬、ほんの一瞬だけど、自由になれた気がする。
 
昔聞いた話を思い出した。
能に限らず、日本の芸能や武道は型を重んじる。
だけどそれは、窮屈で自由が無いということではない。むしろ、型があるからこそ、自由になれるのだ、と。
「守・破・離」とか「型破り」という言葉が示すように、まず型を守るのが先。
弟子は修行の過程で師匠に徹底的に型を叩きこまれる。
だけど、いくら型に合わせにいっても、一人ひとりの人間は違うから、動きには必ず違いが生まれる。
一旦、個々人の個性は忘れる。癖は落とし、矯正して型に落としこむ。だけど、だからこそ、その上で自由が生まれる…
 
表現の世界。

少しの勇気を貰って、それから、歓びを思い出した。
言葉を使うこと。文章を書くこと。
伝えきれない表現しきれないさみしさにそれでも立ち向かおうと本当に思ったのはごく最近のことなのだけど。
制約のなかでもっともっと藻掻けるんだ、足掻いて良いんだ、その先にきっと光があるんだ。
 
なんて、勝手に発奮。
 
とにかく面白かったな。ワークショップでこんなに楽しめたのは久しぶりだった。
能、習ってみようかな、とかちょっと思ったりして。

* 
青木さんが手がける「Noh×Contemporary Music」のコンサートは同じく港区の区民ホールにて。
今週8月22日(木)19:00開演。
詳細やチケット申し込みはこちらから。

今回のワークショップゲストの小川さんはじめ、5人の作曲家による能と現代音楽の融合。
小川さんが作曲したのは、「恋重荷」という能の古典から着想を得ながら、山手線の各駅をモチーフに、丸の内OLと生真面目男子の恋愛劇を描いた「恋の回旋曲(ロンド)」という曲。ワークショップでも最初の方だけ一緒に謡ったのだけど、これがほんとに見事にはまっていてめちゃくちゃ面白い。一見の価値ありです。

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