Topic: Diary

Kenny G @ Blue Note / ケニーGの演奏・エンキョリレンアイの話とか・不思議な夢の話

October 17th, 2013, Thursday

Yes, I’m already fit in my life in NY, but sometimes, especially such a night today, I’m surprised to realize to be here, or wonder “Why am I seeing Kenny G, a super star I never dreamed to see in the past? Oh, here’s Manhattan, I’m in Blue Note…” First I heard about him when I was in a brass band club in junior high school. Our teacher told us about his technique, circular breathing, which enables him to play as if endlessly, and introduced to us music videos of his wonderful performance. What I watched and listened tonight was, so amazing. I don’t have good vocabulary to describe it, but just so awesome…! Sometimes moody, melodious, other times dynamic. I had no chance to be tired. It felt the time passed so fast, despite his endless sound by circular breathing.

Not only the performance, his talk was also fun. He told us that he and his band members are ‘by-products of public school education,’ with a soprano sax on his hand, which he used for more than 20 years since his high school. He talked about an episode at White House when he performed for President. Humorous and warm, his talk reflected his attractive personality, in line with his sound.

I never forget such as wonderful night.

大学の友達と連れ立ってブルーノートでケニーGのライブを観た。中学校で吹奏楽部にいたんだけど、顧問の先生がケニーGを大好きで、よく話してくれたのを思い出す。循環呼吸法という、「鼻で吸って口で吹く」という、簡単に聞こえるけど超絶難しいトンデモテクニックの持ち主で、45分だかなんだかずっと吹き続けるギネス記録も持ってるらしい。一時期部活のみんなで循環呼吸の練習をするのが流行ったと思う。とはいえ僕はユーフォ吹きだったから、彼を初めとするサックス奏者のことをずっと追ったわけでもなく(最近ブルーノートにもよく通ってるけど別にジャズに詳しいわけでなくて、有名な人の名前は知っててCDも何枚か持ってる、程度の素人ミーハー趣味、というかだいたい全てのジャンルに対して僕はその程度だ)、まさか今になってここで本人の演奏を生で聴くなんて想像もしていなかった。

6pmの開場前に合流して列に並んだ。ブルーノートはバー席(予約なし早い者勝ち入場料$45)とテーブル席(予約ありだけど場所は早い者勝ち入場料$75)があって、しがない大学院生の僕らはバー席にしたのだけど(値段も演奏者によって微妙に違う。Kenny Gみたいなスーパースターは高い)、運良く座ることができた。

友達が「日本ではおばさま達に大人気でね。あの整った顔立ちにモジャモジャロングヘアー、ラテンのノリでしょ」なんてことを始まる前に話してくれたのだけど、なるほど確かにこれはおばさま方にモテるわ、と演奏を聴いて更に納得。ムーディーで、メロディアスで(しかしトークは実に軽妙なモテ男のそれで)、いつ終わるとも知れない彼のロング・ソロはほんとにセクシーで、僕が女性だったなら「濡れちゃう…」って表現しても良いぐらいなもんだった。

終わってからCDを一枚買って帰った。

ところで開場から開演までに2時間もあって、ビール片手に色んな話をしたのだけど、始まるちょっと前に一緒に行った女友達2人といわゆるエンキョリレンアイの話になって、僕なんかに意見を求められても全く参考にならない、というか、成功事例を持っていないので、「まぁ、難しいよねぇ」ぐらいにお茶を濁しながら二人の話を聞いたものだけど。なんの話したっけ、時差って大きいよねって話とか。NYと日本だと時差が13時間で、こっちが夜であっちが朝、もしくはその逆なので、テンションが合いにくい、とか。遠距離に限った話でないけど、仕事なり学業なり打ち込むものがどちらかにある場合、相手も何かしら同等のものを持っていないと自立したバランスが取れなくて難しいよね、とか。そういうのが遠距離、というか海外留学の大変さ、余裕のなさと相まって難しくなる側面はある。あぁあと、20代後半から30代前半は、男性もそうだけど、やっぱり女性は出産のことも意識して、非常にsensitiveな時期だから…とか。彼女たちのように海外大学院の修士や博士で長い時間を過ごす大変さというのはあるんだろうな。

恋愛だけはほんとに千差万別で全てのカップルに死にたくなるぐらいののっぴきならない悩みと歓びとキスハグがあって、こればっかりは一生かかってもわかりそうにない。

不思議な夢を見た。まだ直接会ったことはないのだけど、ここより北の方にいて、年の終わりか明けに会いに行くと約束している2人と会っている夢で、とはいえ設定もテンションもメチャクチャだった。二人の居住地域を考えればたぶん起こりそうもないのだけど、なんだか治安が悪くなって世紀末、な感じで、僕が訪ねたから二人は家に泊まっていきなよと招いてくれたのだけど、家に着いてみればよくわからない男どもが不法占拠していて、じろりとこちらを見ている。襲ってくるでもなく、家を荒らすでもなく、ただ居座って、じろりと見ている。

「こいつら、いつも来るの?」「うん、うちにも最近。ここらへんじゃよくあることなの」

ひそひそ声で言葉を交わして、なぜだか僕はその状況を納得し、胸の奥の方に静かな勇気の火が灯り、(現実ではまだ会ったことない)2人のために、これからこいつらと一戦交えることになっても力の限り闘おう、怖いけど2人のためならきっと僕なんだってできる、なんて決心したところで目が覚めた。

不思議な夢。

Practicum Day / 舞台ではみな平等

October 11th, 2013, Friday

It was a Practicum Day, when every MPH student gather for each department and make presentation about each of their own experience and learning during the summer internship (called as ‘practicum’). We met up at a large lecture room, and broke out into a small group of 7-8 students and 2-3 faculties. It was a whole day long event. Each student spend 15 minutes for presentation and another 15 for Q&A. In my group, most of classmates worked in US hospitals, consulting firms, and community services, one went to Uganda and conducted Qualitative research analysis, and I worked at an unique venture think tank focusing on social marketing of health promotion in Japan.

A common challenge those worked in US large organizations was a fragmentation of US medical system, and bureaucratic decision making process that blurred who’s in charge of what. It happens also in Japan.

I talked about my research project of international comparative study on home nursing service in Europe. For comparative study, merely collecting data on interested service (home nursing in this case) is not enough, because historical and cultural background and health systems behind the service are hugely diverse. To find lessons that are actually applicable to my own country, I need to develop common standard for comparison based on understanding of whole systems in each country. My presentation was the last one, and they looked enjoying it, with comments of ‘terrific presentation’ from professor.

今日はあれだ、Practicum Dayっつって、MPH生は夏休みにどこかしらへインターンするのが修了要件なのだけど(それをPracticumと呼ぶ)、その報告会的なやつ。小グループに分かれてひとりずつプレゼンして、夏の経験をシェア。まぁ、fun eventだよね。

HPM(Health Policy and Management)の学部単位でみんな同じ日時に開催。朝早くに集まって、朝食を食べてから担当教授のイントロトークを大教室で。その後7,8人の小グループ10,11組ぐらいに分かれて小教室へ。夕方までひとりずつプレゼン&質疑応答30分ずつでどんどん回していく。僕らのグループは、そのPracticumの担当教授が当たった。恰幅の良いアメリカのおじちゃんって感じなんだけど、けっこうバシバシ鋭い質問を浴びせていて、みんな割りとタジタジになってた。

MPHって、実務と学問の重なりあったような大学院だから、ビジネススクールと違って、バリバリ実務って人ばかりでなく、アカデミアよりの人もけっこういる。プレゼンもアメリカ人だからってみんな上手ってわけでなく、字数多すぎの詰め詰めスライドに、抑揚なく速いテンポでひたすら喋るだけって感じの人もいた。あんまりオーディエンスを意識してないんだなぁという感じ。研究発表とかならそれぐら情報量詰めても良いんだろうけど。質疑応答の時に教官に「Executiveに報告するつもりで3つの要点だけ言え」って言われて、まぁあんまりスラスラ答えられなかった人が、”You are not a student now, here you are a professional”って言われてひえーってなってた。

僕は8番目、最後のプレゼンだったのだけど、手前味噌ながら、ウケた。訪問看護の国際比較研究についての報告あったのだけど、ディテールはそぎ落としたからよく伝わったのだと思う。大学院のコースワークでは日本のことはほとんど出てこないし、日本からの留学生は学年で僕一人だったから、最初に「日本のイメージってどんなんですか?」って質問投げかけて、ちょいちょいジョークも飛ばしつつ、日本の高齢社会の現状、高齢者看護の話に持ってった。それから、国際比較の際は単純にデータを集めても何の参考にもならなくて、各国の歴史的・文化的背景と、それに基づく制度設計を全体として理解しなきゃだめっす、みたいな話をした。

終わったあとはまた大教室に集まってwrap up. 各グループの担当教官がグループごとの全体講評をしていった。なんつーか、こっちの先生、みんなキャラ立ってて魅力的だって思うよね。日本の予備校講師ほど濃くはないけど。最後のグループの教授が、”Now I’m standing between you and matini”とか言ってて、気の利いたジョークだなと思った。

木曜の日記でも書いたけど、留学生が現地文化に溶け込んだり、ネイティブのペースで議論するのはなかなか難しい。だけど、プレゼンテーションならしっかり準備して自分のテンポ・リズムで話すことができるし、その時間は否が応でもみんなが注目してくれるから、ある意味逆転のチャンスだったりする。そこでユニークな視点や発想を提示できれば、若かろうと、外国人だろうと、フェアに評価してくれるのが、この国の良いところだなぁと感じる。舞台の上ではみな平等なのだ。僕の場合も、今まで何回か学内外のプレゼンテーションの機会を活かして人と打ち解けたり友達を増やせたところがある。もっとうまくなりたい。

Working abroad, and cultural & ethnic roots / 海外で自分のルーツを活かすこと・男は直線、女は直角、の話・同窓会運営の諸問題 etc.

October 10th, 2013, Thursday

Visited The New York Asian Women’s Center (NYAWC) with a friend and talked with Japanese officer working more than 7 years there. They help women and their children overcome domestic violence and other forms of abuse by empowering them to govern their own lives. NYAWC is the largest organization that focuses on a DV issue for immigrants. Another young officer guided me their office and explained their jobs, 24 hours hotline, shelter services and so on. Their services are multilingual (Japanese, Chinese, Korean, Spanish etc.). Then I talked with them for 1 and a half hour.

DV is an important problem, maybe in every country, every society itself. But in addition to that, when it happens on immigrant couples (both are immigrants or, husband or wife is immigrant), it become more difficult to support because of cultural and linguistic barrier. In general, US people have a stronger “sense of entitlement,” I mean they know their own rights to sue the partner, or depart when it becomes intolerant. But immigrants do not know well domestic laws and legal systems, and what they can do or cannot as immigrants (also immigrant population tend to be marginalized, low SES status). And they do not know much about where is a service or organization that help them in their own language. In addition to that, cultural difference suffers them, especially women marry with domestic men. The young lady officer, who is on hotline counseling service and talk with Japanese in NY frequently, told us that Japanese women tend to bear even if they suffer from DV, and to think they themselves have something wrong, their partners were just in stress at the time of DV, or they should improve their relationships. So Japanese women are not so active to declare and use their own ‘rights’ compared to US women. Thus NYAWC officers tell them “know your rights,” cautiously and cordially consult with them, and provide them with options such as legal actions support, shelter services etc.

What was interesting for me was that the Japanese officer said, their own cultural or ethnic backgrounds are very essential and vital to be competence in such jobs accompanying in person counseling. Just being able to speak English doesn’t mean competent in abroad. However we foreigner make efforts, we cannot be native both in terms of language and cultural ‘codes.’ Thus, leveraging our own background is important to be unreplaceable.

NYAWCのオフィスを訪問してお話を伺った。上に書いた通り、アメリカでのDV被害の実情と対策のこと、immigrants特有、あるいは日本人特有の悩みやトラブルの傾向など、活動自体のお話もさることながら、日本人として海外で働くことについての話も大変興味深かった。

海外で言語・文化的な様々な壁を越えて代替不可能な人材としてネイティブと肩を並べて活躍するには、高度な専門スキル以外だと、自分ルーツとなる出身国・地域の文化・歴史的背景を活かせるかどうかってことになる。特にこういう対面カウンセリングを伴う仕事では、クライアントの文化的バックグラウンド、そこからくる暮らしや考え方を理解できるかどうかというのはかなり大きい。

一緒に訪問した、20代前半からずっとNYにいて現地機関でカウンセラーの仕事をしたこともある友人が「それでも私はこっちでは9歳児並みなの」と言った。「ネイティブ並み」ってのを言葉の流暢さだけじゃなくて、笑いとか歴史とか機微なところまで分かるレベルとしたら、どれだけ勉強してもなかなか…

日本で「グローバル人材」なんて叫ばれて久しいが、「ちょっと英語が喋れる」レベルならそこら辺にいくらでもいるわけで、それだけでは「誰でもできる仕事」しか回ってこない。現地に溶け込む、異文化を理解する努力も大切だけど、自分のルーツ、ローカリティはふんだんに活かしてなんぼだと思う。

僕もまぁ、こっちで色んな繋がりやチャンスが広がったのは、石巻での経験あってこそで、1年deferしてなかったかどうだったか分からない。MPHの授業でも、よく語れるのはCommunityやSocial capitalといったSocial determinants, Marketingなど日常生活に根ざしたもの。それからEthics, Law, Politicsなど学部のmajorと関連するもの。そこそこ慣れたけど、アメリカでお医者さんやってた人がアメリカの医療制度・現場実践を前提にお話する時とか、銃社会であったり連邦制度であったり、社会の成り立ちからして日本と全然違う部分での話題は、なかなか(苦笑)MPHも学部・専攻はかなり多様で、中国やインドやケニアやなどから来てる留学生は、BiostatsとかEpidemiologyなどスキル向上で対応できる要素が大きいところやPopulation & family healthみたいな途上国・開発援助色が強いところに行く人が多い印象。まぁ、なんちゅーか、勉強熱心な優等生であるだけで留学や海外就職してもなかなかアレで、したたかさと粘り強さと創意工夫あってこそなんだろうなぁ。

終わった後、ランチを食べながら一緒に訪問した友達と色々話す。
男女の恋愛観の話。

「男の人はね、真っ直ぐ進みながら色んな人と付き合っては別れるから、振り返ると色んな顔が見えるの。だけど、女の人は別れる度に直角に曲がって生きるから、振り返っても誰もいないの」

な、な、なんちゅー格言や!!


greenzで書いた夜明け市場の記事が公開された。
レトロなスナック街をリノベーション!福島いわき市の飲食店オーナーが、再出発をめざす「夜明け市場」

鶴巻さんに、「すっかりいわき担当だね」なんて言われて、確かにそうだなと思いつつ、来年またいわきに顔を出すことを楽しみにしている。

UDOK.のりけんさんが、こんな投稿をしていた。FBだが一般公開ポストだったのでリンクを貼っておく。下記一部引用。

「復興」と言ってしまうことで、問題の本質が見えなくなったり、何かに取り組む人の真意がぼやけてしまうことがあると思う。そして、ほんとうに復興が必要な問題を見えにくくすることもある。

しかしながら、実際のところは、冒頭のように、福島で行われる何かに対して、復興とか希望とか、そういう言葉でまとめられてしまうケースが多い。まあ、いろいろと都合がいいんだよね。誰も傷つけずにニュースの時間を消化できるし、「被災地の声」を届けたことにもなるし。

簡単に紋切り型の「復興」や「被災地」といった言葉を使わないでいかに届けられるかが、言葉を使う人、ニュースを届ける人の仕事だと思うのだよな。

翌日のPracticum Dayのプレゼン準備で切羽詰まっているときに、海の向こうのこれまた翌日にある同窓会に関する連絡の相談が後輩から。(今年は学年幹事に指名されて海の向こうからせっせと出欠催促のメールを同期に送っていて大変しんどかった…苦笑)

同窓会活動って、要は毎年集まってみんなで懇親会するのと、あと現役がなんか困った時に先輩がサポート(あるいは事前に教育)すること、それができるための体制を作って維持することに尽きると思うんだけど、そのための実作業はとても地味で、要は名簿・連絡先の管理・アップデートと、メンバーへの呼びかけ、会計などなどを卒業して働きながらやっていくことになる。

一般的には
・メーリスやオフィシャル連絡が機能しない問題
というのがありがちで、伴って
・ごく少数のメンバーの幹事業にしわ寄せが行く問題
があり、伴ってその人達も「やってらんねーぜ」となり
・年々出席率が下がっていく問題
があり、それをどう食い止めつつ、省エネモードで無理なく盛り上げていくかが難しい。

同窓会あるいは現役活動へのアラムナイの距離感が様々なのは当たり前のことで、自分の現役活動を終えたら離れていくアラムナイがいても良い、と僕は思う。基本的には加入も脱退も個人の意思なのだから。かといってオフィシャル連絡だけしてあとは知らん、というのもちょっとさみしい。あとは、自分たちも現役時代に色んな人のお世話になってきたわけだから、恩返しというか恩送りというかさ、そういうのは、大事だと思うわけですよ。コミット度合いの高い人達の熱意の押し付けになってはいけないけれど、こう、「連絡不精なだけで別にそのコミュニティを嫌いになったわけでもなく、顔さえ出せば楽しんで満足してくれる層」というのが必ずいて、いやまぁメールの確認・返信ぐらいちゃんとしろよとは思うわけですけど、やはりそういう人たちには是非途切れずに残ってもらって、たまにでも良いから来て欲しいわけです。久しぶりに会えるだけで僕は嬉しい。

自主性や自助努力や自己責任といったものは基本的に信用せず、「性怠惰説」を前提として、少しでも幹事業に負担がかからずなおかつみんなの「面白そう、久しぶりに行ってみようかな」の気持ちを刺激するかって話です。

コミュニティは、作るよりも維持すること、それも変化に応じながら維持していくことが一番むずかしい。

とはいえ、愛ですよ、愛。

日本にいる友達の具合が悪いようで心配だ。少しでもうまく睡眠をとれると良いのだけれど。

Fall deepens

October 9th 2013, Wednesday
It’s a clod day. Fall deepens. 朝晩冷え込んできた。

On Wednesday, I have a Strategic Communication class, by senior lecturer Alan P. Levenstein, who has a brilliant career as a business person and knows much about marketing (and also, every time humorous and wearing dandy suit). This semester we took a case of gun control and developed a communication strategies for Mayors Against Illegal Guns, and at last made a presentation to a officer from the organization.

Whenever I study about U.S. social issues, gun control, Obamacare, soda ban, tobacco etc., I see huge difference of between US and Japanese system and culture. Whenever political debate come to regulation on anything, US public debate (esp. from repub.-oriented persons) shows concern on, or allergy to, governmental regulation on individual freedom. It appears less time in Japan. Also there are huge varieties and autonomies between states under the federalism system. That makes them so difficult to realize nation-wide gun control or national health insurance. Japan tends to prefer equalized standard for everyone. It’s not a good or bad question, just a characteristics of each country, and it’s almost impossible to radically change the culture because of deep-rooted history (e.g. Independent War from Britan, defeat on WW2 and rule by US after), but at least give me interesting lessons.

親知らずを抜いた部分の腫れがちょっとずつひいてきた。ま、それはどうでも良いとして、僕は幸か不幸か、ほとんど大きな怪我や病気をしたことがない。ヘルスケアや病気や障害や災害やなんかについて語るとき、いつもつかみどころのない感覚を抱いている。用語や特徴や統計的分布や対策をどれだけ覚えたところでなかなか変わらない。惹かれるようにしてそこら辺の分野周辺をうろついているのは、結局身近な人の存在、が大きい。今まで出会い関わってきた人―友人や、昔の恋人やお師匠さん、最近ではじいちゃんばあちゃんもだんだん元気なくなってきた、で何かしら心身の大きな痛みや苦しみと闘っている人、そういう人に対する愛おしさとかやるせなさとか羨ましさとか、そういうもの。

NOGANの茂木さんのインタビュー記事がFBのシェアで流れてきたので読んだ。
ET Luv.Lab., 「横浜の創造力の舳先に」茂木 隆宏 – ノガン株式会社 コンサルタント

茂木さんとはじめてお会いしたのは2011年の1月か2月のこと。当時手伝っていた寿町の活動でインタビューに行ったのだった。
ないものを求めるのではなくて、そこにあるものを工夫して、というお話、当時とても印象に残っていたのだけど、そうか、それはその後の僕の石巻での仕事にも、今の暮らしにも、繋がっていたなぁ、と。

今回の記事で印象に残ったのは下記の部分。

【加藤】そう言えば、ノガンって名前の由来とかあるんですか?

【茂木】由来としては、世界で一番重い飛べる鳥の名前です。僕らは鳥を意識していて、始める時から「垣根は超えたいね」という話はしてたんですね。トータルデザインみたいなのが最初のコンセプトだったので。色々なところに飛んでいって、移動できて、ちゃんと中身詰め込んで飛べるギリギリのラインの鳥。

【加藤】なるほど。ギリギリのラインはすごい体力使いそうですけどね。

【茂木】いつも勉強している感じがします。僕、WEBできなかったんですよ。知らない世界でした。一緒にやっている浅野もプロモーションの仕事を今はガシガシやっていますけど、そもそもインテリアの出身なので。

【加藤】じゃあどんどんクライアントからの案件に合わせて新しいことを覚えながら。一緒ですね。僕、3年前くらいまでほとんどプログラミング触ってなかったですから。

【茂木】ええ!そうなんですか。それはそれですごくないですか。

【加藤】でも、結局、それで何とかできる人が、どんどん強くなっていく気がするんですよね。

そうか、そうだよなぁ。

NOGANのお二人、Webデザインからおでん屋さん(!)まで手広く活動されていて、まだおでんは食べたことがないのだ。また横浜に、寿町に行きたい。

Dental clinic at school / 親知らずを抜いたこととか、気になったニュースあれこれ

October 8th 2013, Tuesday

At last I enrolled a student dental plan and went to a dental clinic at Columbia Dental School. Even after taking an antibiotics, swelling of my gum didn’t get better. I knew the cause, wisdom tooth left long time. The lower right wisdom tooth had grown in a bad angle. Early in the morning, I submitted an registration form, made a payment for the insurance, and told a staff my pain is urgent. They treated me as emergency, so soon I was directed to be diagnosed by doctor. Though I had to pass a class in the morning, I could successfully let the tooth pulled out. So now, my under right cheek is a little large. Nothing I could eat today…

By the way, I rarely go to hospital, because I’m generally in a good health. But whenever I go there, I feel a little tragic, or nervous, by seeing someone suffering. While I was waiting on a seat, an old lady groaned frequently. I didn’t what’s wrong with her teeth, but could guess her mental wasn’t in good state. Another lady kept putting her hand on her cheek. It must be painful. Every people coming to hospital have any kind of pain, anxiety, or fear. I know that is a hospital, but I’ve never accustomed with such mood.

In the evening, I attended an meeting of CJR, Consortium for Japan Relief (though friends told me “Why you come today!? Keep in bed!” by seeing my cheek), and discussed our activities this fall. We’re planning to hold some documentary film screening and panel discussion event this and next month. Now we think it is a time to further collaborate with other organizations, not exclusively related to Japanese 3.11 disaster, but more generally, persons and organizations that dedicate themselves with a field of disaster relief or management. Lessons from 3.11 disaster in Japan must be utilized to other countries’ cases, and on the other hand, we can learn something from others.

I came back home at late night. I like the mood of night Brooklyn, with trees along the street dimly illuminated by light.

先週抗生物質を処方してもらったものの、1週間たっても全然腫れがひかない。夏に同じ状況になった時は数日飲んだらおさまったのだけど、これはいよいよ限界か、と、朝イチで大学のDental Schoolに駆け込む。アメリカでは医療保険と歯科保険は別々。入学した時に学生向けの医療保険には入らされたのだけど、ここでStudent Dental Planというものに改めて申し込むことに。Emergencyだと言って、その日の午前中に抜歯手術をしてもらうことができた。保険加入で$180(年間プランのみだけど、12月卒業3月帰国だからちょっともったいない…)、今日の手術はディスカウントされて$108。安いんだか高いんだか。まぁ良心的な値段にはなっているのだろう。

抜いたのは右下奥の親知らず一本だけ。他の3本は割りと真っ直ぐ生えてくれて、今のところ問題が起こっていないのだけど、その一本は、ほとんど真横ってなぐらいな生え方しやがって、歯茎や奥歯をぐいぐい押してくれるんだ。そら腫れるわ。
手術は無事終わったけど、今現在も右のほっぺがぷっくりふくれあがっている。ふぐ。いや、ふぐなんてかわいいもんじゃないな。スーパーマリオのドッスンみたいな人相(右半分だけ)になってる。今日は何も食べるなと言われ、飲み物も冷たい水だけ。切ない。まぁでも断食したことあるし。

先日書いたショートノベルの感想をTwitterのフォロワーさんからDMでいただいた。嬉しい。

先日、東京でNoh×Contemporary Artのワークショップ&コンサートを主催した青木涼子さんが、今日からスペインのマドリッドでオペラに出る。テアトロ・レアル王立劇場の「メキシコの征服」という演目だそうだ。青木さんの役はマリンチェという女性。演目はメキシコの最後の王モンテズマとスペインの将軍のコルテスとの出会いが描かれたもので、マリンチェは、実際に存在していた、二人の通訳を務めていたメキシコ人女性で、コルテスの愛人であったとのこと。青木さんからのご案内のメールでは、”オペラでのマリンチェの役割は、movement(動き)とsilence(沈黙)で、二人の間を行ったり来たりします。モンテズマとコルテスが西洋人のキャストなので、それと全く違う次元からの素材がマリンチェには必要である、またアントナン・アルトーが能に影響を受けていたこともあり、日本の能の役者、そして女性であることから、今回のキャスティングが決まりました。”とのことだった。先日観に行った東京でのコンサートは、まさmovementとsilenceの芸術で、とても感動した。
「共命之鳥」という曲があったのだけど、本当にホール内で鳥が鳴いていて、打楽器奏者の方と青木さん3人のmovementとsilenceに、ドキドキしながら見入り、聴き入っていた。きっと今回の配役にもピッタリなのだろうと思う。観に行けないのが残念だけど、海の向こうから応援しています。

アピタル 内部被爆通信 《83》 診察に来たあるお母さん 坪倉正治 (つぼくら・まさはる)
毎回読んでいる坪倉先生の連載。外来に来たお母さん。色んな感情や考えが頭の中で入り乱れて、精神的に参ってしまっている様子だった、と。

今回ご紹介したような方を、そばにいる人がみんなで、そして地域で守っていく必要があると改めて感じたのです。

そのような方は、外来をしっかり受診したりとか、自分の意見を大にして主張したりとか、インターネットやSNSも含め、大勢の前で誰かを公然と批判したりとかはしません。というか、できないと思います。大多数の方の中に埋もれてしまい、顧みられることも少ないです。

「よく外来を受診してくれた」と伝えました。

自分から声を挙げて、不満を行ったり助けを求めたりできない人もいて。そういう人の存在はメディア、とりわけインターネットだけ観ていても気づくことができない。地域で守っていく。そのためには、気遣いあえる、何かあったときに気づける関係が必要だ。

毎日新聞 生きる物語:「弱さ」の向こう側/6 研修医の大きな壁 2013年10月08日

脳性まひで電動車いすを使っている研修医の方のエピソード。車椅子に乗り、脳性まひであるため、他の研修医と同じような動きを容易にできない。それでも、自分で工夫と訓練を重ね、助けがなくても自分で注射ができる自助装置を使って診療に臨む。しかし…

 患者の親から「担当を代えてほしい」と言われたこともあった。久しぶりに「障害がなければよかった」と思った。「自分が医者をやっていていい」という確信が揺らぐと、周囲に助けを求めることもできなくなった。再び、弱さを1人で抱え込むようになっていた。

記事は今回で完結しておらず、次回に続く。


The Diplomat, “In Japan, Will Hafu Ever Be Considered Whole?” J.T. Quigley
日本で生まれ育った、日本人と外国人「ハーフ」の人びとの話。見た目が日本人ぽくないという理由で、学校で同級生からからかわれたり、温泉で入場拒否されたり。やっぱり、こういうの、あるよなぁ。2020年のオリンピックまでに、どこまで変われるだろうか。
記事でも紹介されている映画監督(彼女自身もハーフ)が、『ハーフ』 というドキュメンタリーを撮った。10/9-10/18に渋谷UPLINKにて上映。くそー行きたいなこれ。

Autumn leaves / 「日常」はどこにある

A little bit busy days with a lot of writing including class assignments (memos, reports), grant application, web-articles. Writing is hard, unproductive and wondering process to make good works. So it needs a courage to get started (I fall in sleep many times before starting), but once I started my mind will be sharpen up, and put myself on endeavor to weave a good story. Enjoying? Yeah, maybe, at the same time suffering, but just cannot stop it. It’s a way of living.

On the way to my home I overslept for one station, so I walked up to my street for about 3 avenues and 3 streets. Alongside pavements, broad-leaf trees standing (it’s so Brooklyn-like), and I found there were already some amount of fallen leaves. It’s autumn! Soon my street will need to clean-up, but I rather look for it cos I can enjoy sounds of leaves swept by my broom.

こちらの朝、向こうの夜に、小名浜UDOK.のみなさんとSkypeで話した。「日常」という言葉がキータームで、色々なことを話した。日常からはみ出していくこと、何気なく通り過ぎていく日常のなかに面白さを見つけること、あるいはその「日常」は実は当たり前ではない危うい存在なのだとときたま自覚すること。そこから生まれる、日常に根ざした表現活動があるということ。

彼らの活動の延長として来週末には小名浜本町通り芸術祭だ。それの紹介も兼ねて記事を書くからSkypeをしたのだけど。行きたいなぁ… 
まぁまた来年以降いつでも行ける。フラッと顔出せば、そこにはみんながいるし。

地域に根ざした表現活動というものは、その土地に暮らす「地元民」だからこそできることであるが、一方で、「日常」からある種の「非日常」を発見する行為は、その「地元民」を一時的に「観る者」≒「ヨソモノ」へと変える行為でもあるだろう。「日常」と「非日常」、「地元民」と「ヨソモノ」は、実はいつでも転倒し得る。それが面白いと僕は感じる。

ところで僕の「日常」や「地元」「ホーム」はどこにあるのだろう。いやもちろん出身地とか長く過ごした土地というのは存在するのだけど、今日話したような色々な機能を果たす時間や空間としての「日常」や「地元」というものを純粋な意味ではどこにも持っていない気がする。いつもふらふらしている。それが悪いこととか悲しいこととは思わないけど、「土地に縛られる」という感覚をついぞ持っていないままここまで来ている。どこに行っても、誰といても「ヨソモノ」である感じはする。
あ、昔のヒト、あるいはそのヒトと関連するモノ・コトに縛られたり取り憑かれていることはちょっとあるかもしれないな。人生そんなもんかな。

お仕事やお手伝いでもって、書くこと、あるいはその前後段階としての物語を編むことでお役に立てる機会が少しずつ増えてきている。それは嬉しいことなのだけど、なかなか自分のことをゆっくり整理して書き落とす時間がとれていないな。

とはいえ、仕事としてやらせてもらうのは、気がシャキッとして、良い。この人のために、もっともっとうまく書きたい、伝えたいって前向きな気持ちでやれる。

これポストしたらちょっと寝てUDOK.の記事書こう。

P.S. 1
日本に帰って何がしたいって、親知らずを抜くことしかない。抜かずに放置していたやつが暴れだして、この夏の東京勤務中にけっこう腫れて痛くなったのだけど、留学中は国保入ってないから、歯を抜くお金はねーなと、とりあえず抗生物質で収めたのだけど、個々数日また再発。こっちの学生保健も歯科はカバーされていないから、同じく実費で抗生物質だけ処方してもらった。うーん、対処療法。早く抜きたい。

P.S. 2
現在の居所(NY)と実家(神戸)と海外転出前最終住所(石巻)と帰国時の主たる勤務地(東京)がバラバラだから色んな書類や荷物の受取・保管とか給与や税金の支払とかややこしい。住民票もないし。夏に税務署で相談したけど担当の方困ってた。帰国が3/15を過ぎるか否かで確定申告の対応も変わるようだ。でも俺そのタイミングがちょっと分からんからなぁ。今日も、日本と遠隔でやってる仕事で、請求書の住所どうしようかという話になった。
ノマドらない、ノマドれない、ノマドりたくない。むしろ定住したい。引きこもりたい。無理か。
いや、ちょっとウソだな。ノマドとかはどうでも良いのだけど、実際のところ、いつの間にか安定願望とか定住願望というのが消えてしまっている。えー、俺こんな性格だったっけ。人生分からんもんだよ。楽しいけど。

Back to Big Apple

2013.09.07 Sat.

I’m back to NY and fall has come! It is a time of “Hello!” to new comers, and “Welcome back!” or “Good bye” to friends (of course I know it happens every time, every season under the Big Apple, but…).

Immediately after being back to NY, I started the Fall semester with jet lag, finding that some of friends of our class are still working abroad (for global internship), some had already graduated in May and no longer there. On Friday, I met a friend from Burma (he graduated another school in May), spent just an hour with a cup of coffee before he’ll go back to his country. He got a job in his home country, with great passion for the future of Burma where a lot of changes are happening towards development and democratization and market is opening to foreign capitals. It won’t be an easy task to handle power games between and within countries and seek for decent society, there must be light and shadow. But anyway, I send my best cheer to him and other Burmese friends, hoping they’ll be fine and seek for their dreams.In turns, new students have come to campus, including my friends from Japan. I was surprised that already one year had passed since I came to NY. It is now a funny memory, but during the first semester I felt pretty nervous and depressed. Now I know rainy days never stay. On Saturday, I met one of my friends from Japan and had lunch. We studied at the same undergraduate college but it may be already about 2 years since we last met, though we had Skype talks. Given her interests and personality, the mood in this city may fit her.

Artists, designers, businessmen, students with ambition and dream come from everywhere and leave here anytime. Hard competition and huge disparity, but still this chaotic, crazy but lovely city welcomes everyone. Nothing normal, nothing special. We are allowed to do anything, and with any luck, can enjoy 15 minutes of fame.

始業の前日に帰ってきて、時差ボケを引きずりながら低空飛行で新学期を開始。来週からようやくブルックリンへ移る。
夏の間に幾人かの友達がクニへ帰ってしまっていたことを知る。代わりに新しい顔ぶれがわんさかやってくる。この街では毎日のように人が吸い込まれては吐き出されているから、そんなことは珍しくもなんともないはずなのだけど、季節や学期の変わり目はやっぱり別れが目立つ。とにかくみんな達者でやっとくれ。僕も、そうだな、あと半年。マンハッタンは相変わらず過剰に狂った街だと思うけど、だからこそ…何やったって良いのだ、ここでは。

雨とワックスのにおい

本を読んでもノートを開いても、文字が頭に入ってこない。
こんな日もあるかと、電車の座席に座って思考を止めた。
丸の内線は実は荻窪まで伸びている。

降りる駅だと思って席を立ったが、あとひと駅先らしい。
空いた車内で一人立っていることの意味を考え続けるほどの力もなく、
さっきの座席の斜め向かいに座り直した。

さっきまで僕と同じ列、2人分ほど空けて座っていた男性は、
落ち着きなく辺りを見回し、僕と目が合うとぼそり「なんだよ」と吐き出す。
そうだな、僕は、なんだろう。

アナウンサーがカメラのレンズの少し上を見るようにして、彼の輪郭をうつろになぞる。
突然課された宿題の答えが出ぬまま目的地に着いたので、
手すりをだらりと持って身体を引き上げ、彼の横を通って車外へよじり出た。

ホームに降り立つと雨のにおいがしたが、階段を登って地上に出てみれば、とっくに上がった後だった。
そしたら今度は、ついさっき美容室でカットの後につけられたワックスのにおいが妙に鼻にさわり出したから、
足早に家に帰ってまとめてシャワーで洗い流した。

SAMSUNG

今日は土曜だと思っていたら、どうやら日曜らしい。
手持ちのケータイは手ブレがひどくって不可ない。

自己責任論のズレ

田中龍作ジャーナル | 「奨学金」という名の学生ローン 1,000万円超す借金抱える若者も
奨学金を自己責任の問題にすると日本が滅ぶ – 技術教師ブログ

奨学金の返済困難や就職難といった、若者の社会・経済的苦境の話題になると必ず出てくるのが自己責任のシバキアゲ論なのだけど、あれがなんでズレてるかって、ああいう言説の適用範囲を想像してないからなんじゃないかなと思う。

自分の人生をどの程度主体的にコントロールできるか、と考えたときに、その度合い(能力面でも意思の面でも)が大きければ大きいほど自己責任論はすんなり受け入れられるのだろうけど、その逆、個人じゃどうしようもないレベルまでトマホークをぶん投げるから不味い。

現在から見て未来を考えて作っていく場合であれば、先のことは分からないわけだし、また意思決定の主体が社会的にも自立した大人であれば「自分の人生は自分で考えてなんとかしろ」と言っちゃえるのかもしれない。
で、そういう言説を好むのは、だいたい社会的にもある程度成功して、「自分の人生は自分で切り拓けるし、切り拓くべきだ」という信念を強固にした方々なのだろうけど、彼らが自分と近しい人・近しい環境―たとえば、激務の外資系コンサル・投資銀行に自分から就活して入ってきた、それなりにタフな学生・若手社会人に対して上司・部下の関係で言うならまぁ分かる。
だけど、その言説のスコープを社会全体に広げるのは無理がある。子どもたちにはコントロールできない生まれ・育ちの時点での社会・経済的格差や、青年たちにはコントロールし切れない景気・就職の動向や卒業後の稼ぎの見通し、教育の質を無視してマッチョになれと言われても、無茶でしょ、と思う。

難しいのは、こうした話題の渦中にある20歳前後の青年期が、保護・教育の客体としての側面(子ども)と自主・自立した主体としての側面(大人)が折り重なった時期であるからだろう。加えて、社会が成熟するにつれてモラトリアム期も長くなっていく傾向にあるから、すでに中年・壮年となった方々の当時の若者感覚とは当然ギャップが生じるのであり、最近の若者は情けない・根気がない・のんびりしている・覇気がない⇒だから就職できない・奨学金を自分で返そうともしない、みたいな発想に陥りやすいのだと思う。

借りたお金は返す、というのは当然のことだし、学生支援機構の奨学金も、名前は「奨学金」だけど実態は貸与ローンであることぐらい、申し込み時にどんな学生だって書類を書きながら普通は自覚・理解する。返す当てがないなら借りるな、それぐらいの金銭的・経済的判断・マネジメントは大人なんだからちゃんとやれ、と言う人もいるかもしれない。
とはいえ、多くの学生は、高校・浪人から上がって大学に入ったばかりタイミングで学生支援機構の奨学金(ローン)を申請するわけだし、その時点に様々な不確定性・リスクを見越して、奨学金を借りるかどうかの判断を下したり人生設計をできる学生なんてほとんどいないと思うんだけど。ましてや、最初から返す気が全くなくて踏み倒してやろうなんて気で借りる人なんかほっとんどいないはず。
入学後も学業や課外活動や就活に追われるうちに、そうしたフィナンシャルプランを立てることは後回しになりがちだ。それぐらい在学中にできるようになりなさいというなら、それを教える・促す人や仕組みや教育機会はもうちょっと必要だろうとも思うし。

高い教育を受けて、ビジネスの世界でも組織を運営したり仕組み・構造を作る側に回っているような優秀な方々が、こういう話題になると急に視野狭窄のマッチョ自己責任論を振りかざすのを見ると、なんだかなぁ、と思う。

P.S.
というわけで、渦中の若者世代からしたら、なんでもかんでも自己責任論にせずに、きっちり構造上の議論や法制度改正をしてくださいよってことなんだろうだけど、「若者」という集団・立場さえもとっぱらって、一度切りの自分の人生を生きる、根源的な当事者たる「わたし」の立場からしたら、結局「今、ここ」から出来る最大限の抗いをするしかないのだ。

一度きりの人生単位で考えたら、「わたし」の生まれたタイミング・環境が不運にして相当程度不利だったり、そうした状況に対する社会的・構造的な是正措置が取られない、あるいは間に合わないこともある。それはもう当たってしまった以上仕方ないことだから、頭使って一番マシな戦略を探して行動し続けるしかない。文句言ってても誰かが助けてくれるとは限らないし、諦めたって状況は好転しない。
1)既存の仕組み・環境のなかで最大限頑張ってマシな待遇を得て、サバイブし続ける。
2)既存の枠組みを変えて新しい仕組みを作る、そのためにできる様々な働きかけをし続ける(記事にあるようなデモもその一つかもしれないけど、必ずしも有効で賢い戦略とは言えない)。
3)今いる環境から逃げ出し、よりマシな、より自分にフィットする環境や社会を見つける。  

できることってだいたいその3つしかない。あるいはその3つを同時進行的に、あるいはこまめにスイッチしながらトライアンドエラーを繰り返すしかない。