Topic: Diary

Not yet in full bloom / 地球のみんながしくじり先生

March 21st 2016, Monday

10392057_10153962541657208_4105005652659917149_n

I went to a branch house of the local government, and passed a marriage notification to an officer, with my partner. Then she, my wife now and I walked around a small valley near the office. A little colder than yesterday. Cherry blossoms are not yet in full bloom. But I knew spring is coming to Tokyo.

3,2,1ドンの日に入籍をした。気づけばもう3月も終わりに近づいている。桜もぼちぼちと色づいているが満開にはまだ至らず、花粉症に苦しむ周囲の人々を横目に春がそろそろ来るんだなぁなんて思う。職場近くの目黒川は、この時期花見で人通りが多くなるのだが、そういえば一昨年も去年も、自分はゆっくり花見をすることもなく通り過ぎていたなと思う。今年ぐらいはどこかでのんびり見ようか。

「実感」なんてものはどこかを境目に突然生まれるものでもなく、いつだって自覚より先に現実が動いていくのである。婚姻関係や家族関係などといったものにいまだしっかりとした立ち位置を見つけられていないが、私がどう足掻いたって時間は過ぎていくもので、家や仕事やあれやこれやと乗り越えているうちに、いつの間にか「夫」になっていたり「父」になっていたり、するんだろうな、たぶん。

それはさておき「しくじり先生」の深夜放送最終回、オリラジあっちゃんの講義は神回すぎる。あと杉村太蔵回。入籍前日深夜になに観てんだという話だが、私は人生だいたいしくじりこじらせ続きで、もっと言えば彼ら講師陣のように別に大きく成功した時期があったでもなく、しくじりどころかくすぶりという形容詞の方が合っているぐらいであるから、しくじりをビビったり後悔している場合じゃないのだ。4月からまた新しい仕事が始まる。中田先生の名言「地球のみんながしくじり先生なんだよっ!!」を胸に刻みつつ、どんな時でも「お任せください!」の精神でいくSHOZON

Extend our hands / 「握手はどっちの手?」

February 7th 2016, Sunday

“Someday, let’s shake hands again, with my new hand.”
He smiled me, shaking my hand with his right arm. The meeting with my new friend, Kunihiro Yamamoto made my day today.


This is “HACKberry,” the newest myoelectric prosthesis developed by “exiii,” Japanese robotics startup.

Kunihiro doesn’t have his right front arm (it’s congenitally physical disability). So he supports “exiii” for development and promotion of HACKberry.

Though HACKberry is still a prototype, I felt its potential to create new future for people without arms. HACKberry is called as an “open source” product. When the “HACKberry” is put to practical use. All the people without hands can design and order his/her own hand. Each hand will be unique and optimized for each person’s physical function.

As you choose your clothes, they can choose their hands. That must change the world positively.

滋賀のアメニティフォーラムへの出張を終えて東京へ帰る。
友人夫婦宅にお邪魔をして、以前から「紹介するよ」と言ってくれていた人と会った。

彼の名は山本邦光くんと言う。
高校卒業後に働き出してまだ1年目なのだが、ずいぶんしっかりしていて、爽やかな人当たりの好青年だった。

彼は、友人、工藤瑞穂さんが運営するメディア「soar」の以下の記事に登場している。

「握手をした瞬間に、相手が笑顔になるんです」ーー筋電義手「handiii」開発者の近藤玄大さんと義手ユーザーの森川章さん

筋電義手を開発するものづくりユニット「exiii(イクシー)」の紹介記事である。

この動画はGOOD DESIGN AWARD 2015で金賞を受賞した最新モデル「HACKberry」

山本くんは先天性で右腕前腕を欠損しており、当事者としてこの「HACKberry」のモニターやプロモーションに参加している。また、上肢障害のある方同士を繋ぐNPO法人「mission arm Japan」という団体の運営にも携わっており、実にアクティブ。

勤め先のLITALICOのことも前から知ってくれていて、とても興味を持ってくれたようで、工藤さんがつないでくれたのだ。取り組みや考え方などに相通じるものが多く、ぜひ何か一緒にやろうよとひとしきり盛り上がった。

義手と一口に言っても色々あり、実際の腕の肌色や質感に近づけることを目指してデザインされた義手もあれば、フック船長とかライダーマンみたいな原始的で無骨なやつもある。一方、「exiii」が開発する筋電義手は、近未来を感じさせるサイバーなデザインで、彼はそれが好きなのだという。

義手や義足をはじめ、身体機能を補う装身具は、その機能の進化ももちろんだが、デザインももっと多様化していくと面白いと思う。男性も女性も老いも病めるもおーんなじ義手しか選べない、じゃあつまらない。僕たちが好みに合わせて服を選ぶように、サイバーな義手、無骨な義手、ナチュラル系の義手、ゆるふわガーリィな義手?などと、自由な選択肢が広がれば良い。

そのためにはもっともっと、障がいのある人もない人も混ざりあう繋がりやコミュニティが必要だ。彼が携わっている。「mission arm Japan」にも、交流会やスポーツイベント、寄付による支援などで関わることができるので、興味がある人はぜひサイトを覗いてみて欲しい。

友人宅を出て、坂道を下ったところで別れの挨拶。

「じゃあ、また今度。握手はどっちの手が好き?」
「どっちでも良いんですけど、僕は右の方が好きですね」
そう言って、右を差し出してくれたので右手で握手をした。

「今度はHACKberryを付けて握手したいですね!」
なんとも爽やかな笑顔でそんな台詞を残して彼は立ち去った。

「うん、楽しみにしてる」

その日はきっとすぐにやってくる。

What makes his/her behavior “problem”? / 「困った人」は「困っている人」

February 5th 2016, Friday

I and my company colleagues are attending “Amenity Forum,” the largest forum of human services in Japan for two days. Lots of professionals dedicated to welfare services gathered to the forum, and made presentations about their services, newest research outcomes, and so on.

Our company named LITALICO runs more than 100 centers to provide people with disabilities with job support and education services so that they can find the way to learn and work that suit for them, and choose their own way to live.

12642901_998931710178241_6918898771426963657_n

I attended a symposium about severe behavioral disorder. in general, it is said that people with severe behavioral disorder makes “problems” such as screaming, self-injury, attacking others etc. But the speakers at the symposium said that, a behavior itself is not a “problem,” but a problem is caused by an interaction between people and surroundings. I agree with that. For example, if a man scream in his own room, that isn’t annoying for others. So it’s not a problem. But if he screams in a classroom, office etc. and that disturbs other people’s life. And, there must be a reason why he screams in the classroom. Something must have made him scream as an antecedent stimulus. So our mission is to replace such stimulus to other stimulus that doesn’t make him scream, or provide other options for him. To achieve the mission, we make detailed assessment on him and his surroundings. It is not easy, but if we never give up, gradually his behavior will change.

Now I’m not working as a field staff. My current job is research and management at office. But today’s session encouraged me so much. Whether field staffs or managers,all of us are working as professionals to improve qualities of lives of people with disabilities and disorders. They themselves of their behaviors are not “problems.” There must be signs they send to us, and we should catch them.

ここ最近はろくすっぽ日記も書けていなかったが、熱気に当てられたのでホテルで久しぶりに。「アメニティフォーラム」という福祉関係の事業者・実践者・研究者が集まるフォーラムに参加している。今年は第20回ということでかなり気合が入っている。会場は滋賀県の大津、琵琶湖の目の前にあるプリンスホテル。全国から1000人ぐらい集まる3日間の大型イベントだ。途中懇親会も入るが、基本的にはシンポジウムやゼミがぶっ通してで、ついさっき、深夜の24時まで続いていた。

プログラムは多岐に渡るが、興味があって多く参加したのは強度行動障害支援のセッション。ハッシュタグ#アメニティフォーラムでツイートしたが、いくつか抜粋してここにもメモしておく。

強度行動障害については、以下のように定義されている。

“強度行動障害児(者)とは、直接的他害(噛みつき、頭突き、など)や、間接的他害(睡眠の乱れ、同一性の保持例えば場所・プログラム・人へのこだわり、多動、うなり、飛び出し、器物損壊など)や自傷行為などが、通常考えられない頻度と形式で出現し、その養育環境では著しく処遇の困難なものをいい、行動的に定義される群” (1988年『強度行動障害児(者)の行動改善および処遇のあり方に関する研究』(財団法人キリン記念財団助成研究)より)

ポイントとしては、強度行動障害は、上記に記されたような「状態」が続くこと、であり、個人だけに帰責されるものではないということだ。そうした行動を起こすには必ず理由があり、奇声や噛み付きは表層に見えている「氷山」の一角に過ぎないと我々支援者は考える。「困ったひと」ではなく「困っているひと」であり、いわゆる「問題行動」の下には、その人がそうしてしまう、本人と環境の相互作用がある。我々は「アセスメント」という技法を使ってその人の日々の生活を記録し、その行動の原因や本人が抱えるニーズを丹念に分析する。その上で、そうした問題行動が起きないための環境構築や、本人への働きかけを行う。つまり、「行動障害」は「二次障害」であり、本人が行動障害を起こさないための予防環境づくりが肝だということだ。

そもそも何をもってその人の行動を「問題行動」とするのかという問いもある。「奇声を上げること」は、それ自体常に「問題」なのか。たとえばある人が、自分の部屋の中で奇声を上げることは、他人に迷惑をかけないかぎりとくに「問題」ではないと言える。それが、学校や職場や公共空間など、集団生活の中で奇声を上げるということになると、周りが迷惑を被るから「問題行動」とみなされるわけだ。その行動が問題とされるには、当人の行動を周りが問題だと受け止めるから、あるいは問題を感じる環境・文化があるから「問題行動」なわけである。

つまり、行動には意味や役割があり、それは固定的ではないということだ。その行動が「問題」だとされるなら、その理由=行動を起こす本人の意図や困り事や願いを見極めること。その困りごとが起こらない環境を整えたり、願いが叶えられる代替行動を習得できるようにすること。たとえば、子どもにとって、「頭をたたく」という自傷行動が「母親を呼ぶ」という役割になってしまっている場合、「ブザーを押す」「声をあげる」など、同じ役割を持つ別の行動に置き換える学習が必要になる。

……と、いうのが支援における基本的な考え方やスタンスなわけだが、言うは易しで、実際の支援現場は毎日が試行錯誤の連続である。テレビが宙を舞う、窓ガラスが割れる、噛みつかれる。それが成人男性の行動だったら、スタッフも当然、怖い。あるいは、家族支援。障害のある子どもの親への支援研究はまだまだ少ない。周りの不理解、子どもの行動に対する悩みで孤立する家族。夫のDVや子どもの暴力で追い詰められた母親が、自分も子を虐待しそうになる、あるいはしてしまう。自分を責める。ひとつひとつの事例報告を聞いていると、本当に壮絶なケースが多々あった。(だからこそ支援を属人化せず、地道に居住環境を整えたり、テキストや研修による支援者養成をしたり、地域や職場でチームを作って対応したり、という組織プレーが重要になるのだが…)

私自身は、今は現場で直接対人支援をやっているわけではなく、企画・編集やマネジメントの仕事がほとんどになった。また、現場支援をやっている時も、今回のような重度の行動障害のある人を担当した経験はない。それでも、今回のお話は自分の心を強く打つものがあった。

支援の現場は野球で言えば「1割バッター」のようなものである。残りの9割、ほとんどは失敗の連続である。だけど支援のプロフェッショナルは、その9割の失敗を決してムダにしない、試行錯誤の積み重ねで1割の成功を生み出す。そんな話をされた方がいた。

失敗して、失敗して、試行錯誤して、ようやくその人の行動が少し変化する。魔法のステッキはない。でも、だからこそ、続けるんだよな。現場だろうとなかろうと関係ない。それぞれの持ち場で、ヒットを打つための試行錯誤を重ねるのだ。

Train music / 帰省

January 3rd, 2016 Sunday

When I’m back from Paris to my family’s home, Kobe, a friend called me to Kyoto. She invited me to an wonderful concert. It was a small music live in the train!

10250065_10153778238842208_1253555564874936578_n

Eizan Dentetsu, a small local train leaving from Demachi-yanagi to Hieizan, a famous Buddhism mountain. Today, on train was chartered for the concert. We, all the participants, organizing staffs and 4 groups of musicians rode on the train, and the first group began playing. All the songs were so matched with the tiny stage, and soon all of us excited together. Two bottles of Heineken, and joggling train and music made me drank enough!

パリから帰ってきて、ほんの1日ばかし実家に顔を出した。
父母姉祖父母叔母ともろもろの話をする。
大いに反省と感謝をしつつ、こういう人生線の我が身のやる方なさを思う。
祖父母はますます老いて、特に祖母のヒステリーは進む。
私もいつか老いる。
と達観理解をしながらその時を恐れている。
借りた金は存命中に返せそうもない。
その前に親も老いる。
その時に私は子としてするべきことをする。
ための蓄えが今から大事だ。

放蕩。

風邪と歯ぎしり

「もう11月だからね。その格好寒いでしょ」
「季節感ないってよく言われるんですよね。衣替えのタイミングがみんなよりいつもワンテンポ遅い」
「それだけ毎日があっという間に過ぎているってことだね」

学生時代からお世話になっている吉祥寺のセレクトショップ。最近移転拡張したお祝いがてら、冬物を買いに行って、着心地が良かったものだから、着てきたものを袋に入れてもらって、そのままほぼ一式着替えてお会計を済ませた時の会話。引き始めだか治りかけだか分からぬ、大した重さでもないくしゃみていどの風邪をこじらせながら、確かにもうこの薄手のジャケットでは寒いなと思った。

遡って昼下がり。先日直したばかりなのにまた落としてバキバキになったiPhoneの画面修復のため、渋谷のアップルストアに行った。待っている間、向かいの紀伊国屋書店で、講談社『過剰な二人』林真理子×見城徹という本を買って読んだ。

林真理子さんの本はまだ一冊も読んだことがない。一時期書店に平積みされていた『野心のすすめ』の帯写真で、「あ、なんかすごい業が深そうな人だなぁ」という印象を抱いていたぐらいだ。見城徹さんのことも、幻冬舎という出版社はさすがに知っているものの、編集者としての彼自身の仕事については詳しく追うこともなかった。最近では『殉愛』や『絶歌』関連の騒動で、その名前を目にすることがあった程度だ。

なのでジャケ買いである。

“二人はいかにして 
コンプレックスと自己顕示欲を
人生のパワーに昇華させてきたのか。”

という帯の文言。

表紙の二人の写真。
自分には及びもつかない修羅場をくぐり抜けたことを想像させるドッシリとした佇まい。
しかしその眼にはなおギラギラした光が宿っている。

これは今読まねばならない本だと知った。

10月は色々なことに翻弄され、イライラと焦りが募った。
それは周りにも伝わる。
日中、気がついたら歯を食いしばっていた。
夜も寝ていて歯ぎしりがあると指摘された。

自己顕示欲と自己嫌悪の振れ幅の大きさが人をつくるという話。
仕事上の運をつかむのは自分の意思であり、圧倒的努力でしかないという話。
幼い頃に卑屈さを溜めた性格の根っこが変わらないとしても、人間関係のコツを掴んで生きやすくなることはできるよいう話。

まだまだやれることはあるなと知った。

Lightness of free-will / 手持ちのカードで

August 23th, 2015 Sunday

I want to protect the right to self-determination on my life, and I do respect other one”s right to that. But sometimes I suspect substantiality of ‘free-will.’ Whenever we make a decision, we consider external factors, resources we can manage, other one’s expects, social norms etc. My life and your life influences each other, and both keep changing. Last week I went back to my home, because of ‘obon’ season, Japanese holiday. Especially in Japan, band of family is strong. Parents’ and grand-parents’ will sometimes put pressures on children on their lives. I do thank and respect my families, of course, but when they ask many questions on my life, especially my career, income, private love affairs, I feel irritated. Well, but it’s also my life and my self-decision on how to communicate with my families. Though their life and their will inevitably influence my life, at least I can choose the way to face them.

午前はだらだらと寝て過ごし、午後から稼働。某所で「合理的配慮」の話をした。障害種別やニーズに応じた個別の手立てに関しては色々な例示が出ているが、じゃあそれを実施するまで誰といつどうやって相談すれば良いの、実施した後はどうなるの、と合意形成やメンテナンスの「プロセス」に関する情報がまだ曖昧であるからみんな困っている、というのが現状。このような法律的文言が出てくる前から、やれている学校はやれていただろうし、法律が施行されてからも、うまくいかないところはうまくいかないだろう。地域ごとに、人材育成や設備投資をはじめ基礎的環境もまちまちだから、与えられたカードでどううまくやっていくのかという、生きた知恵を届けていく必要がある。

基本的には、お互い、持てるものを差し出し合う。その中で出来ることを共に探求し続けることだと思う。これは狭義に「障害」の分野とか「学校・家庭関係」に限った話ではないはずで、どちらの側にも「答え」が見えない時のお作法だ。

配慮を必要とする当事者・保護者はできるだけ具体的に困っていることを表明・相談する。配慮を提供する側は、現状のリソースで出来うることを整理して提案する。曖昧なところがあればそれぞれの状況に対してお互いが聴き合う。当事者対当事者では言語化が難しい状態であれば第三者が翻訳に入る。その繰り返し。しんどいけど、その繰り返しの中にしか見えてこない、と思う。

それにしたって、保護者の方々は本当にお子さんのことを考えて多くの不安や疑問を抱いているのだと思う。こちらからのお話を終えた後に質問が途切れなく続き、そのことを強く感じた。少しでも多くのモデル事例を自分たちで作っていくこと、手立て・制度・組織運営…リサーチの網を絶えず広げていくこと、それらを分かりやすく編集して届けていくこと。自分の役割だ。よりスピードを上げていかないと。

仕事を終えて夜に電話を2件。「やるべきこと」、「頼まれて断らずにやること」、「自分がやりたいこと」があったとして、あなたは前2者の優先順位が高すぎるのだと言われ、それはわたしの人生おおむねずーっとそんな感じだなと認めつつ、ある種主体的に受動的である戦略をとっているというか、前2者をやるなかで学ぶこと、気づくこともあるしなー、みたいな、まぁそれは言い訳なんだろうけど。パンクするのか飽和するのか、うまく比率をスライドしていくのか。そうだねぇ。

先立つものは金である。借金返さにゃならんのだよ。

先日帰省して、例のごとく実家の親族一同とのやり取りを淡々とやり過ごしたのだが、また彼らのことを思い出した。

思うに、「新しい世代」の恋愛観・結婚観・家族観がどれほど変容したって、生まれた家に連なる親・祖父母世代との縁を断ち切らない限りは2世代50〜60年の幅で価値観のギャップと向き合わざるを得ない。テクノロジーと自由主義が生殖と育児すら解体する未来が来るかもしれんがだいぶ先だろう。

父方の祖母はお金にがめつく、また悪気なくどこでも誰に対しても自分の好き嫌い、特に嫌いの部分を脊髄反射で言葉に出す人で、そんな人に「ヨメ」や「稼ぎ」のことを聞かれる度に暗澹たる気持ちになる。「結果、ああなった」戦中戦後育ちの祖母の物語に何も言うつもりは無いが。自分はこの人の孫なのだという厳然たる事実。

まぁ、他人の物語の圧力とどう対応するかも含めて自分の物語だ。向き合うのか逃げるのか、向き合った結果、消化するのか、押し潰されるのか、引きちぎるのか、距離を空けるのか。選ぶ余地がそもそも小さいことも往々にしてあるが、それでもやはり、与えられたカードの中から選択する意思は持てるのだ。

「長く短い祭」 椎名林檎
さいきんずーっと聴いてる。

PLAYBACK NY in TOKYO

August 7th, 2015 Friday

At another Blue Note in Tokyo. Same jazz band, same opening song I listened in New York. What a coincidence, a friend invited me to his live last night. Bitter flavor of lager beer reminded my memory. About 1 and a half year has passed after I came back to Tokyo. Is it long? Still short? Doesn’t matter. I just enjoyed this wonderful night.

11836867_10153466506847208_4987205085360264226_n

His name is Takeshi Ohbayashi, a jazz pianist in NY. He’s originally born and grown up in Hiroshima, Japan. When I was in NY. a friend who was a friend with Takeshi in Hiroshima came to NY for a short travel, introduced him to me. We went to Blue Note NY, and listened his play. He was in TAKUYA KURODA QUINTET, a great NY Jazz band.

This time, another friend reconnected us. She’s working in a company that produces music instruments, and she’s in charge of producing and selling shinthesizer. One day she and Takeshi contacted, cos Takeshi was interested in her shinthesizer. She checked his Facebook and found that he and I were mutual friends. Soon we contacted together, and Takeshi invited us to the concert last night. What a small world!

Last night’s concert was, “JUJU JAZZ LIVE 2015 with TAKUYA KURODA QUITET from NY.” JUJU is a famous Japanese singer song writer, who I like very much. And, yes, TAKUYA KURODA QUINTET was the band Takeshi played and I listened in NY. The concert was really really nice. I forgot the time, and swung my body and heart.

After the concert, three of us met again, enjoyed whiskey for a while, and said good bye, promising to meet again NY, Tokyo, or somewhere in the world. Music must connect us!

友遠方より来る。それも2人。再開の地はBlue Note Tokyo。一人は演奏者として、もう一人はゲストとして。あの日NYで彼の演奏を聴いた時と同じ曲、場所は違えど同じBlue Note。ラガーの苦味が記憶を蘇らせる。

演奏者の友達は、Takeshi Ohbayashiという。広島出身のジャズピアニストで、NYを拠点に演奏しつつ、今回のようにツアーで世界各地を回ることもしばしば。僕がNYに滞在していた頃、偶然こちらに遊びに来た、彼と広島時代からの幼なじみである友人の紹介で出会った。

帰国してから1年半ほど経った今日この頃。これまた別の友人からの連絡が。大学時代の同級生・同居人で、いまは某社でシンセサイザーの企画・販売をしている。たけちゃんと仕事でやり取りすることがあったらしく、Facebookで共通の友人を調べたら僕がいてびっくり、とのこと。そのまま3人で連絡を取って、東京で会おうということに。タイミングが合い、たけちゃんの好意もあって、最終夜のライブへ招待してもらった。

この日のライブは”JUJU JAZZ LIVE 2015 with TAKUYA KURODA QUINTET from NY”。この黒田さんのクインテットが、NYでたけちゃんのピアノをはじめて聴いたバンドである。たけちゃんと黒田さんとJUJUの3人は、NYで出会った縁らしい。

ライブはとても楽しく、あっという間だった。1曲目がNYでのライブの1曲目と同じ曲で。そうだと思い出すのに一瞬時間がかかって、気づいた時の感動と言ったら!2曲目からJUJUが登場、明らかに体験談入ってるだろっていう、濃い〜恋の物語をMCでしゃべりつつの、恋にまつわるJAZZの名曲の数々を披露。なんか乙女とスナックのママを足して2で割ったというか、行ったり来たりしてるようなキャラでかわいらしかったけど(笑)さすがに歌も演奏も素晴らしく、「Take 5」なんか最高にオシャレでした。アンコールはJUJUのオリジナルナンバーである「PLAYBACK」をラテン調アレンジで。Blue Noteなのに会場ほぼ総立ちで手拍子とコーラス。

終わってから終電間際までたけちゃんともう一人の友人と3人で語らう。楽屋プレゼントの赤福を持ってきてくれて、ウイスキーと一緒に食べた。Blue Noteで赤福食べる人なんて僕達がはじめてじゃないだろうか。

今度はNYか浜松か東京だね、なんて言いながら解散。それぞれ住む場所は違うのだけど、プロの演奏者と、楽器を売る人と、ペーペーの素人と、「音楽が好き」というシンプルな1点で結ばれているよ。

レーモン・クノーの『文体練習』より その11 以下の単語を順に用いて文章を作れ

指定語句: 持参金 銃剣 敵 チャペル 空気 バスティーユ広場 手紙

ある夜私は、見合い一度で結婚を決めたという一人娘に渡すための持参金を握りしめ、山手線に乗り込んだ。車内はやや混雑しており、私は反対側の扉の脇までつめて一息をついた。少し一後に組のカップルが乗り込んできて、私のすぐ背後に立ち止まった。男はやせ型でやや背が高かったが、おかしなことに銃剣を持っていない。銃剣を持っていないでどうして傍らの女を守ることが出来るのかと、私は訝しく思った。そんな私の懸念をよそに、二人は車内広告を見ながら「バルタン星人だ」「宇宙忍者なんだって。知ってた?」などと呑気な話を繰り広げている。そんなことではが襲いかかってきたときにどうするというのか。仮にもし今その広告から怪獣が飛び出してきたとしたら、男は銃剣も持たずにを撃退することができるのか。いつかはチャペルで幸福な式を挙げるつもりだろうに、と、そこまで考えたところで私は、自分の娘と例の男の場合は神前式とチャペルでの式と、はてどちらだったかなと思考を巡らせた。ところが考えてみても答えが出るはずもない。なぜなら私は相手の男に会ったこともないのだから。一方、私の逡巡をよそに二人の男女は、額をコツリと当て合いながら、甘くまどろんだ空気を醸し出していた。

10分も経たないうちに電車は新宿駅につき、私は持参金を落とすまいと再び強く握りしめながらホームに降り立った。向かいまで移動して中央線を持っていると、列の前にいる中年の女がスマートフォンで懸命にと戦っている様子が目に入った。その攻防はさながらバスティーユ広場での血戦という趣きである。そうこうしているうちに電車がやって来たので乗り込んだが、私は迂闊にも中野止まりの電車に乗ってしまったことに気がついた。私の行き先は中野よりはるか西である。おまけに娘に渡すはずの手紙も忘れて来ていたことに、気がついた。

文体練習
文体練習 レーモン クノー Raymond Queneau

朝日出版社 1996-11
売り上げランキング : 83450

Amazonで詳しく見る by G-Tools

レーモン・クノーの『文体練習』より その10 虹の七色

人々が家路に着き、若者の街・渋谷が紫色のカーテンに包まれる頃、私は藍色のコートにギュッと身を包んで寒さをしのぎ、青色のイヤホンをして音楽を聞きながら、緑色した電車に乗り込んだ。混雑具合は中程度といったところで、私は迷惑がかからないように反対側の扉まで詰めていった。背後には若いカップルが並んでいて、私の頭上の壁面広告を眺めている。黄色い発泡酒の広告には目もくれず、「バルタン星人だ」、「宇宙忍者だって」と隣の金融屋の広告について話している。その後、橙色のマフラーをした男は、連れ合いの女性に頭をコツンコツンと2回当て、親密そうに身体を寄せ合った。新宿駅で電車を降りてホームの向かいの列に並び、中央線を待っていると、前方の女が一生懸命スマートフォンをいじる様子が目についた。何かのゲームのようで、戦いで体力を消耗したのか画面が赤色に点滅している。激戦の行く末に気を取られるあまり、私は誤って中野止まりの各駅電車に乗り込んでしまった。

文体練習
文体練習 レーモン クノー Raymond Queneau

朝日出版社 1996-11
売り上げランキング : 83450

Amazonで詳しく見る by G-Tools