Topic: Diary

Diary: 2017/03/20

三連休、驚くほどよく寝た。相変わらずこの間にやろうと思っていたことは半分も終わっちゃいないが、それはいつものことだ。休んだことをポジティブに捉えるということをそろそろできるようになる必要がある。

気になったニュース。

こういう、子ども向け教育番組に、ごくごく普通にさまざまな発達特性やセクシュアリティのキャラクターが登場していってくれると嬉しい。ファインディング・ニモのドリーとかもそうだろうけど。「マイノリティの物語」としてヒロインやヒーローに置くような話ばかりじゃなくって、もっとごくごく自然に消費されていくぐらいが良いと思う。

それから、東田直樹さんのドキュメンタリー「自閉症の君との日々」が今週末再放送だという話を聞いた。

正直に言うと、まだ彼を見る自分に揺らぎがあって、難しい。昨年のアメニティフォーラムで彼と彼が登壇した講演を聴いた。文字盤ポインティングを使いながら彼が肉声で喋る、というものだったけど、ほとんど聞き取れないような声で(それが確かに彼の肉声なのだけど)、だけど会場全体は感動の雰囲気というか、「自閉症の青年が自分でしゃべっている」という絵を”応援”するかのような雰囲気で、なんとも言えない気分になったのだ。

彼は作家として、詩を”書く”ことができる。そして大勢の人に作品を届けることができる。それでもああして大勢の前で文字盤を使って”喋る”ことが賞賛されるのは、彼にとって、そして社会・文化にとって、どういうことなのだろう。と。

そのまま悶々しててもどうしようもないので、番組を見てみようかなと思う。本も買ったが積ん読である。ちょうど良い機会か。

自分の身近にもそれに該当する友人はたくさんいるのだけれど、いやそれゆえに、LGBTという括りで語られる社会イシューに対してまだ腹落ちするような自分ごとかというか熱というものが持てていないことを考えた。興味がないとか抵抗があるとかいうことではなく、むしろ「無抵抗」になんでも受け止められることに所在のなさがある(それは受け止めているのではない、ということかもしれない)。カミングアウトを受けても「そうかそうか、へー」、自ら活動をしている人の話を聞いても「なるほどなぁ」って感じで、一定の興味関心、一定の熱量で聞いている感じ。なんだろう。いや別に悪いことしているわけじゃないんだけど、なんだろう。仮に彼らがなんらか世の不公正と闘うとなったときに戦列を共にするには私はあまりに気楽である。たぶん誘われればなんでも手伝うと思うのだけど。

一般と比べると、このイシューにおける社会の側の不公正だとか、本人たちが被る不便や問題、と言ったものに対する知識はそこそこある方だと思う。のだけど、自分の身近の人づきあいとしての、LGBT当事者に該当する彼、彼女らとの結びつきにまだ肉感がない。就職婚姻住居あらゆる場面で差別や不公正があることへの問題意識を持っていたとて、僕が目の前で友人として彼らと接するときに、「LGBT問題の当事者」として接する必要があるかというと必ずしもそうではなく、むしろそういう話題があまり出ない間柄の方が多いこともあると思う。どちらかというと、自己受容が進んでいたり、現行制度や観念にたいして折り合いをうまくつけながら生きている人の方が身近な友人としては多いように思う。たとえば中高生とか大学生とか、もっと若い子たちで、アイデンティティの揺らぎに直面しているような子たちと出会えば少しは感覚は変わるかもしれない。自分から無理やり求めるものでもないけど。そういえば、鬱とか発達障害とか難病とかは、困難のただ中にいたり坂を転がり落ちる過程にいる人と一緒にいたことが多かったから、社会の側に対する問題意識と、友として彼らと接し共に生きることに、ある程度の重なりがあるように思う。

社会を構造として捉える目と、一個人として一個人と相対する姿勢に、なるべく一貫性が持てるといいなと思うし、まぁ無いならないでそれはそういうものか、とも思う。

もうすぐ卒業するインターンの学生が、大学の太鼓部の卒業公演ということで、見に行った。年度替わりには人がまた出入りする。人の流動性が大きいなかで、どこまで工夫してやっていけるかという挑戦もあるけれど、それはそれとして、もう少し中長期を見据えて積み上がっていくような人材や組織というものも考えていきたいところ。悩ましい。

夜は妻と食事。結婚記念日ということで。正確には明日だけど。
あっという間である。

Diary: 2017/01/29

「書こうと思っても書けない!ってときはどうすればいいんですか?」
「いいこと言おうとしてるからなんちゃうの。その日起こったことを書けばええやん」

今月末でうちのライターインターンを終了して関西に帰る子が、締めくくりにと自分でイベントを企画して呼んでくれた。その場にもうひとり別の子で、同じくうちでインターンしてる子から上記の質問をされ、そして応答したわけなのだけど、この回答はそのまま私にもブーメランとして返ってくるわけで、変に技術や欲がついてくると筆も重くなるし大して面白いことも書けなくなるわけだから、この日記ブログは原点に立ち返るというかなんというか、ほんとに日々の日記そのまま、自動筆記よろしく、時間内に手が動いた分だけ書き進めようというあれで書き始めた。書き始めた、というのが牡蠣始めたと変換されて、そういえば最近牡蠣食ってないなと思い出す。

1月も終わりに差し掛かるが、新年から継続的な運動をするぞとはじめた多摩川ランはなんとか続いている。当初、週に3日と目標立てて、それは毎週達成とはいかなかったのだけど少なくとも週末土日の2日間は汗流して河川敷を走る、ということがそれほど苦ではなくなってきた。あ、そうそうラジオ体操もやってるんですyoutubeで。あれは全身200ヶ所だかなんだかの筋肉がまんべんなく使えるように設計された実はすごい体操なんだぞと高校の体育の先生が言っていた。ラジオ体操第二の最初のキン肉マンポーズやっぱり恥ずかしいよねなんか。多摩川ランが続いているのは文明の利器のおかげもあり、NIKE RUNとApple Musicの合わせ技で、音楽聞きながら運動できるというのがなかなかに快感なのである。最近はもっぱら水曜日のカンパネラを聞いており「千利休」とかいいですね、へそで茶ッが沸ッく!的な言葉遊びが楽しくって。そういえば年末年始に読んだ雑誌『考える人』(これはもうほんと言葉とかメディアに携わる人は誰にでもおすすめなのだけど)の中に圏外編集者・都築響一の「足し算の美学」というエッセイがあり、これまで伝統的な「紙」の世界で限られたスペース内での「引き算の美学」をやっていたが、最近はフリースタイルラップに注目しており、空白をただひたすらにトランス状態で埋めていく、埋めていったその先にある思わぬ言葉との出会いが面白いということだった。僕はフリースタイルはやらないけれどもほとんどウェブで書いている人間なので、スペースに際限がないなかでの遊びということは知っている。Delete Allさんの「Everything you’ve ever Dreamed」とか、上田啓太さんの「真顔日記」とか、たしかにフリースタイルに近いものがある。

というわけで、土日ともに朝は早起きして快調な滑り出しなんだけどその後の一日が生産性マックスかというとそうもいかなくて、昨日、友人からの悪魔の囁きで「遊戯王デュエルリンクス」をダウンロードしてしまった私は昨晩から今日一日はほっとんどデュエリストとしてデュエルに勤しんでいたのだ。なにこれこの中毒性。アラサー世代の厨ニ心をくすぐる遊戯王のコンテンツ力。ほとんど作業ゲーなんだけどさくさく進んでどんどんレベル上がるしそこそこにレアカード出るし。気がついたら一日でレベル19、ステージ15までいってしまったわけよ。おかげで土日の間にやるつもりだった仕事がぜんぜん終わっていないAM1時です。そろそろ敵も戦略が巧みになってきて力押しの脳筋プレーでは勝てなくなってきた。やーどうだろうなぁこの辺で飽きてやらなくなるというパターンもあるのだけどこのまま意地で続けるという可能性も濃厚だなぁ。目覚めてもデュエル寝てもデュエル、どうしよう。にゃんこ大戦争にはまった以来だわこれ。ポケモンGOはそんなにはまらずに終わったのだけど、どうだろうねぇこわいこわい。

イベント終わったあとに、会場のオフィススペースを借りてそのままSkypeでsoarの理事会へ。月に一度だけど、普段顔を合わせて作業もやっているメンバー以外の理事の方々も集まってお話するので、毎度視点が洗われて助かる。soarの運営もそうだけど、それぞれ近い領域で別々の団体を運営している人たちなので、自分の日々の仕事にも参考になる。

最近思うのは、執筆・企画・編集の個別技術についてはそれなりに教える場やら本やらがあるのだけど、「マネジメント」としての編集長業務に関しては、とんと情報が少ない。人材採用・育成とかビジネスモデルをどう組むかとか。あまり体系化されてない印象。ただまぁ、組織や人材の話は最小単位の型としては経営書やマネジメント論の古典を参照可能だろうから、それを、ウェブメディアというまだ若い業界のビジネスモデルや人材市場の実情を踏まえてどう応用していくか、ケーススタディ的なものが必要なのだろうな思想哲学やそのメディアのミッション、ヒト・モノ・カネをどうするかのビジネスモデルやマネジメントに話題を絞って、各誌編集長のから寄稿・インタビュー&ケーススタディからなる「編集長事始め」的なマガジンをnoteかmediumでやりたいと思っている。思っているけどまだ着手していない。2月にはやろうな。はい。

先日、アパートメントにも、「『私は発達障害なのか?』問題に直面した生きづらめなオトナ達に贈る長い手紙、あるいはひとりごと」という文章を書いたが、こういった仕事をしていると、身近な知人友人から、自分自身や身近な家族・友人の特性凸凹や疾患、生活で生じる困難・障害について開示や相談を受けることが多くなってくる。そういうときには可能な限り具体的なサポートをできればと思うが、究極的にはその人自身が自分の物語とサバイバル術をどう編み直していくかという話だから、私その他の事例は参考程度にしかならず、やはりこう、救えるというような慢心は持ちたくないし、両手の届く範囲など限られているのだが、自分の時間のなかでできうる限りはなるべくいつでも寄り添い話を聴ける準備はしておきつつ、ともあれ本人の歩みを見守るしかない。

年末に井上先生と「おやじりんく」の金子さんと一緒に行ったイベントを思い出す。障害受容なんてできない、障害は生涯続く、できることはわが子の障害と一生向き合い続けるだけ、という話。あの人は障害の受容ができている・できていないという、ステージ論的な推断、はそもそもできないとおもうし、ましてや障害受容ができていない、ことをまだ”遅れている”段階、とする見方には引っ張られないように気をつけたい。

三歩進んで二歩下がる、または螺旋階段のようにぐるぐるしながらちょーっとずつ登っていく、みたいなものだと思う。たまに転げ落ちることだってあるし。私もそうなるとも限らんよ。

Diary: 2017/01/25

行き帰りの電車で『神谷美恵子日記』をちょっとずつ読む。心の安らぎというには、ちょっと彼女の人生は鮮明でドラマチック過ぎる気がするけど、ともあれ読んでいる時間は心がpurifyされている感覚がある。

今日の帰り道は1942年、神谷28歳の頃。戦時中。私もつい最近29になったばかりだからほとんど同い年の頃。

“私の悲しい浅薄な性質も、何とかしてためること。自分が夢中でやらなかったら、人の役に立つことも絶対に出来ないのだということを銘記せよ!”
(角川文庫, 『神谷美恵子日記』p.31)

「銘記」という語句の選びといい文末のエクスクラメーションマークといい、我が身に言い聞かせて前進駆動させているような印象。この人の日記がこれからどう展開し、どう歳をとり、やがて『生きがいについて』を書くに至るのか知らないで読んでいるけれど、きっとこの時期はこう自ら奮い立たせるような生き方をするしかなかったのだろうし、実際そう生きたのだろう。

「悲しい浅薄な性質」は私にもあって、慌ただしい日々の中でも時おり顔を覗かせる。自覚したとて卑屈になる間もなくそれを全身自己変革ひいては組織変革へとつなげてゆけよと合目的的になれるぐらいには暇が無いのでそれはひとまずありがたいことだと思う。「何とかしてためる」とあるが、それはひとまず腹の底にため置いているものなのか、蓋をしていてもいつかは噴出するものなのか、ため置いている間に消化/昇華できるものなのか、今は問うまい。

年若い学生だったり、自分より長く生きていたり、部下たち。心も身体も頭の中身も究極見えやしないし、私たちは自分自身のことだって知らなかったりもするのだけれど、思う通りに動きはしない日常のなかで、銘々それぞれに本当に踏ん張って生きている。声のかけかた一つ、他人として存在することの影響。せめて私のできることで彼彼女らが気持ちよく歩いて走ってそれぞれに伸びていくことができる道をつくろう。

夕刻、仕事の諸用あって同僚と一緒に目黒まで外出した。乗り換えの駅で「桃太郎電鉄2017」の広告が貼ってあり、そのコピーが「立ち上がれ日本!」だったのだが、それを見て彼、「こういうのも世相を反映してるのかなぁ。みんなしてそんなに立ち上がらなくたっていいよ」と一言。そのことに深く深く同意するとともに、立ち上がるどころか立ち止まったら死ぬみたいな意識で走り続けている自分の矛盾。そういうものなのかもしれないし、勝手に作っている幻想かもしれない。まだ、もっと、という感覚もある。一線超えて転がり落ちないようにだけ気をつけて粛々と営む。

IMG_2866 copy

Diary: 2017/01/22

エジプトへ旅立つ友人を見送りに大阪へ。出エジプトならぬ入エジプト。海は割らないけれど。

道中、オバマの退任演説とトランプの就任演説を全文テキストで読んだ。彼と共に過ごしたのはニューヨークでの留学時代で、ちょうどその頃はオバマの再選(ロムニーと競っていた)時期と重なっていた。月日が経つのは早いものだ。トランプ旋風に対して私は特段の意見を発していないが、昨今の一部インテリリベラル勢の口汚い罵りには辟易していて、それらと相まって、二人の演説を読み比べるに「そりゃ勝つよな」と改めて思った。なるほどオバマはやはり美文家ではあるが、今の世相、トランプの簡素にして直接的なスピーチは確かに人々の不安に応える(応えてくれると思わせうる)ものだった。

インテリが彼を「ペテン師」と罵ったり、post-truth時代だと嘆くのは容易いが、それでは勝てないよ、と思う。

少し前に読んだ雑誌『考える人』の特集「言葉の危機、言葉の未来」は良かった。タイトル前段だけ見れば説教臭い話が並ぶのかなと思うかもしれないが、決してそんなことはなく、全編通して言葉への信頼というか「遊び」が感じられる企画だった。

池澤夏樹のロングインタビュー。翻訳から評論、小説と、日本語と外国語を行き来しながら言葉と丁寧に丁寧に向き合ってきているであろうこの人が、しかし言葉はコントロールできないものとの”諦め”も抱き、「保育園落ちた日本死ね」が人々の言葉を打ったことにもそれなりの理由があるのだと語っている。「足し算の美学」と称してヒップホップのフリースタイルの面白さを語った都築響一のエッセイも良かった。横尾忠則が「大事なのは時間ではなく回数なんだ」と語ったこと。言葉から身体へ、軽さを追求していく営み。描く人のことばは、書く私の言葉よりも贅肉が少ない。

間近に実例があって痛感するが、起業家の言葉というのも強い。彼らには共通したリズムと語法がある。シンプルで、明快で、力強く、未来志向だ。経営者は日々膨大な情報の中で意思決定を繰り返す。その習慣ゆえか、嗅覚で本質をつかみとり言語化する。時にシンプル過ぎて危うさを感じることがあっても、やはりそれは人の心を打つ。

私も影響されてか、昼間の間は、端的で強い言葉を使う頻度が増えた気がする。それが良いのか悪いのかは知らない。イライラだけはしないように気をつけたい。

最近は重たい本はめっきり読めていなくて実学指向が過ぎるのだけど、こういうことは普段考えている、と彼と色々語った。

「何者でもない」「他の誰のことも代表しえない」ことを自分の足場としようと思う。前からそうだったけれども。

IMG_2861 (1)

大阪から帰って、おもむろに夜の多摩川を走った。向こう岸に見える高層ビル群の明かり、僕が暮らすのは東京だなと思った。

また一週間が始まる。

Diary: 2017/01/16

あまりムカつかずに淡々と生きていたいと思うのだけど、最近憤りや怒り、伴って壁をまだ破れていない自分に対する焦りやいらだちといった感情が湧き出ていることを自覚する。

働く意思も能力もある、あるいは環境や支援次第で大きく変わる潜在能力がある人がいて(たくさんいる)、単に制度上の要件によって、働くことや能力開発の機会が阻まれるのであれば、それはやはり社会の側の障害に他ならない。

仕事柄色んな境遇の人たちと関わるけど、本当に、本当に、制度の側や、働く環境がほんのすこし柔軟になるだけで解消できる悩みや苦しみが冗談にならないぐらいあって、けっこう身近な人だったりもするからもどかしさも募る。

一方で、これはまた身近にいる方なのだけど、少しずつではあるが制度を動かしつつある様子、その戦い方を見させてもらって、ああこうやって動かすのか、と学ぶことも多い。それが出来ていない自分にまた焦りも感じる。

自分が出来るようになったことはもうどんどこ手放していかんとダメなんだと思う。時間や工数の最適化という意味でもそうだし、自分自身の能力開発という意味でもそうだし、関わる人や社会へのインパクトを最大化するという観点でもそうだ。たかだか30年弱の引き出しで、出来る範囲のことで褒められててどうするという話ですよ。少しでも多くのことを手放して自分自身を身軽にしていくこと、脳みそや身体を空けた先から新しいことや場所に飛び込んで吸収していくこと。今年の大きなテーマだと思う。

年末年始にかけて、管下編集部のライター編集者ともに、士気も実力も確実に高まってきていると思う。いいチームだ。いいチームなんだけども、もっといいチームにしたい。一人ひとりが自律的に動けるチームに。方向性や基準を明確にすること、それを伝え続けること、あとは1人でも、一回でも多く、打席に立てるように機会をつくること。

生きている色んな人の色んな人生に出会う。

仕事柄、距離が近くなったことも影響しているけれど、自分より年若い学生たち、色々な事情を抱えていま苦しんでいる彼・彼女らが、一歩でも前に進めるための機会をつくりたい。自分のできる限りにおいて。もちろん休んでもいいんだけど。

Diary: 2016/10/09 – 9月が終わりまして

img_2271

「結局、あなたは書き手になりたいの?編集者になりたいの?事業リーダーになりたいの?」
という割とクリティカルな問いをいただいたのが今年度上半期の終わり、9月でした。

何日かにいっぺん気まぐれにやってくる夏日と、直撃しそうでしない台風前後の雨風と、よくわからない気候のなかでも朝晩の冷え込みは確実に進捗し、そうこうしているうちに日中の気温もほどよく落ち着くようになり、お家では秋刀魚とひやおろしを美味しくいただたりなんかして、秋ですね。

月末月初は相も変わらずドタバタと過ぎ去っていったわけだが、それでも冒頭の問いは僕にとって大きな意味を持っており、それを常に頭の片隅に置くようになったことで、微細なところで考え方や言動、時間の使い方に変化は起きているように感じる。

もちろん、そもそも立ち上がって一年に満たない新規事業ではそんなに綺麗サッパリ専門分化するのは難しく、一人ひとりが日々自分の職能を広げ開発し成長してはじめて、チーム全体で大きな成果を出せるというフェーズなもんだから、上記の問いに対してもどれか1つ今すぐ選べるという状態でもない。

とはいえ、1月のサービス立ち上げから約9ヶ月が経ち、事業部内の体制も次第に整ってきており、この下期からはチームごとの役割やKPIが明確に分かれて動きやすくなってくると思う。ユーザーに長く使い続けてもらうための仕組みやサービスを設計し実装するチームもおり、それを適切にどう収益化していくかを検討するチームもいる一方、僕のチームは、引き続きメディアとして良いコンテンツを出してユーザーとの接点を最大化していく、というのがミッションになる。

という状況を踏まえて自分は冒頭3つのどれに力点を置いて働いているのか。

実際の自分の役回りとしても脳内シェアで行っても、今は「事業」をつくるというプロセスのなかで、どうコンテンツをつくっていくか、そのための組織を作っていくかという、3つ目の要素の方が強くなっているなと感じる。

今は所属部署の「編集長」という肩書きで、要は事業のなかのコンテンツ部分に責任を持つ役回りなのだけど、そこでは、どんな企画を打ってどうそれを世に届けていくかという編集者的な要素と、一緒に仕事をするライターや編集者が成長して活躍できる環境づくりや、収益化を見越したコンテンツの引き出しづくりといったマネージメント的な要素が両方求められる。

で、今の事業フェーズ的には後者、自分ひとりのプレーよりもチームをどう作って勝っていくかということの方が重要であり、今までピン芸人的にフラフラやってきた自分としても新たな挑戦であるし、やりがいも感じてはいる。

一方で、自分自身もプレーヤーとしてちゃんと育って立てているかというと、まだまだ足りないところが山ほどあるわけで。

編集者としてはどうか。実は、本格的に「編集」をメイン業務として働いた期間はここに来てからが初めてといってもよい。これまでは「ライター」として働いていたので、共通する要素はあれど、やはり違う職能である。特に自分はコピーライティングやエディトリアルデザインに関しては相当弱いというか、からっきしである。

小さいチームなので、自分でもいくつか記事の編集は担当しており、最近だとこれはけっこうヒットした。

「障害者の感動ポルノ」を巡る議論で、私たちが見落としていること

時制に合わせて企画を打つ、みたいなところはそこそこ向いているとは思うが、それでもまだこのメディアで本格的に攻められているかというとそうではないし、自分としてもまだ走りきれていない感はある。

書き手としてはどうか。先週久しぶりに、自分で企画からインタビューからライティングまでやった記事を出して、これもまぁヒットはしたのだけれど、予想の範囲内としては範囲内で、むしろこれでヒットしなければ書き手として情けないレベルである。

モデル・栗原類、「発達障害(ADD)って、隠してたつもりはなかったんですけど笑

慌ただしくはあったが、久しぶりに、自分で聴いて、書いてというのはやはり楽しかったし、もうちょっとこういうのをやっていきたいな。

あと、インタビューはさておき、ブログやらエッセイやら、久しく主語自分で書く、ということを出来ていないので、そこら辺の感受性といういか、内面を掘り下げる力は鈍っているように思う。

…そんなわけで、チームや事業は着実に立ち上がってきているし、自分もそこに一定の寄与はしていると思うのだけど、編集者としても書き手としても、もっともっと走りたいな、攻めなきゃいかんよな、という危機感もあり。もにょもにょ。

結局、仕事というのは一人で出来るものではないので、全くの自由などというものはあり得ない。択一というものでもないし、どのバケツにもまだまだ全然水が入っていないので、ある程度の期間は同時並行で成長する余地があるとは思う。しかし、同時並行だったり、時間や資源に制約があるなかでも、自分にとって一番にょきにょきと食指が伸びる方向はどちらなのか、ということには意識的であるべきだよな。

いずれにしたって社会の小さな歯車の一つとして我が身をどう使うかってことでさぁね。

Diary: 2016/09/17

マメヒコの平和さ

A photo posted by Yuhei Suzuki (@yuhei1203) on

ボサボサで野暮ったくなった髪を切りに行った。スタイリストさんに「最近楽しいことありました?」と聞かれ「えー、なんだろう…」と答えあぐね、「それまずいっすよー遊びに行った方が良いですよー」と言われたわけだが。

別に楽しくないわけではないのだがな、日々の仕事やその他もろもろの社交活動課外活動を含め、概ね好き勝手やらせてもらっているとは思う。ただまぁちょっと、最近はディフェンシブな仕事というか、自分にとって未知の世界や仕事に挑むというより、理想形はある程度見えた上で、そこに向かってじわじわと環境を整えるみたいなところが多く、ワクワクが足りていないのは正直なところかもしれない。

最近の脳内の重要トピック3つ

1. 編集者の社会的責任

一時期「キュレーションメディア」の跋扈とともに、画像や文章の無断転載・改変が問題になったが、その後、引用出典の明記など、業界的には最低限の著作権保護のお作法は一時期よりは整ってきたように思う。

ただ、参照元がゴミ情報だったりトンデモ情報だったりすることは往々にしてあるわけで、裏取りの正確さというか、情報の質に対する責任も、各ウェブメディアは真剣に考えるべきじゃないか。

特に、保健・医療・教育・福祉etc.人の健康や命に関わるヒューマンサービス領域は、色んな人の思いが渦巻くエリアであり、世間の関心も高いゆえに数字を取りやすい。不安を煽るタイプの商法が氾濫するリスクが高いわけだ。

同領域は、「正しさ」についても様々な流派や意見に割れやすく、公正中立というのはほとんど幻想だとも言える。各メディアやその編集部は、自分たちの拠って立つ位置を定め、自らの編集・発信内容に対してどう責任を負うかを考えていく必要がある。

近々論点をまとめた記事を書く予定。

2. ユーザー投稿型サイトにおける安全の確保

こちらも広義の編集といえばそうなのだが、ユーザー投稿型コンテンツのプラットフォームでは、投稿者が不安定な状態にあったり、自傷他害リスクがあると取れるような投稿を発見したときに、どうそのユーザー本人やその近隣者、影響を受ける周囲のユーザーの安全をどう確保するかという問題。

ウェブ上のゲートキーパー活動とも言えるのだが、病院や福祉施設などの事業現場と違うことは、リスクの高い投稿をしているユーザーへのアクセス手段や背景情報の取得にそもそも限界があること、またプラットフォームの性質上直接支援をすることがそもそもかなわないということも多い。

基本的にはリスク判定をした上で、出来る限りの情報提供をし、危険な場合は警察当局等にリファーする、ぐらいしか対策はなさそうなのだが、それを可能にする体制やスタッフ育成など、各種メディアの中で整えるべきだとは思う。

3. 発達障害とその周辺の事象、ステークホルダーの絡み合い

可能な限り早期に疾患を予防・治療する「医療」と、現在・未来の子どもたちの潜在能力を最大化する「教育」と、最低限の生命・生活を公的に保障する「福祉」と、それらの緊張関係の中で、どうあれ一回性の人生を生きる私たち個人の「物語」とに、メディアがいかに向き合うべきか問題。難問。

ここ数日で読んでいる本。

どうあれ「発達障害」というものに対する認知や関心が高まった近年。往々にして診断名やステレオタイプのイメージが先行して普及するが、実態としての発達障害のある人の個々人の症状・特性の多様さ、医師の「診断」が原理的に抱える恣意性やブレをハンドリングしつつ、診断あるなしに関わらず適切な支援にどうつなげるかを考えていく必要がある。

人は言葉なしには世界を理解することは出来ない。しかし、言葉、とりわけ分かりやすい名前を与えることによって見えなくなることもある。

Diary: 2016/08/26

A photo posted by Yuhei Suzuki (@yuhei1203) on


The smallest Japanese pub with the longest history in Shibuya.


新しい組織が出来上がるとき、しかも内外から様々なバックグラウンドの人間が集まる以上は、そうそう簡単に共通認識が取れるはずもない。仕事を進める上での考え方や価値観、人への評価の物差しや関わり方も違って当然で、どちらが偉いとか正しいというものでもない。

だからこそ、一見非効率に見えるが、しつこいぐらいにコミュニケーションを取り続けて、数字や言語に現れない、お互いが言外に発しているメッセージをたくさん浴びせあって、じわじわと身体に染み込ませていくことが必要なのだろう。会議体とか権限とか議事録やメール共有といったもろもろの情報流通経路も、文化と信頼感情勢の補助ツールに過ぎず、そういうものをルールとして整備しているからといって、「もう十分でしょ、分かるでしょ」というわけにはいかない。

「発言してくれないないと分からないよ」とか「オーナーシップを持って自ら行動せよ」とは言うが、適切なタイミングや方法で問いを投げかけて初めてその人らしさや、その人が腹に抱えていた言葉が発露することがある。

出来る限り関係性はフラットでオープンに、という近年の潮流には基本的に賛同するところであるが、それが自然とできるようになるまでの道筋は、人や組織によって様々な傾斜やうねりがあること、ある程度の時間がかかることを忘れてはならない。

メディアをやる以上、多かれ少なかれ私にも野次馬根性とにぎやかしの魂胆が備わっていていることは間違いない。

ダサいものは作りたくないし、多くの人に届かなければ意味がない。同じ分野で、いいコンテンツを別媒体に先に出されると悔しいのは当然である。

とはいえ美学がなければお終いである。

判断のモノサシをどこで持つか、いざというときにすぐブレーキを踏めるかどうか。チームやメディアが育ってきているときこそ、そういうことを自分は考えねばならない。

Diary: 2016/08/20

August 20th 2016, Saturday

A photo posted by Yuhei Suzuki (@yuhei1203) on


A man in the rain, waiting for fireworks display.

4月から、会社の新規ウェブサービスの担当になってしばらく経った。楽しさ半分、焦り半分といったところかな。

コンテンツの制作と、それに紐づく事業上のKPIは今のところ堅調に積み上がっており、チームの士気も高いのだが、まだやりたいことはほとんど実現できていない。

自分自身も1プレイヤーとしてまだまだ研鑽を積まねばならないところだが、今の役割としては、個人で何を表現できるか以上に、チームで勝っていくためにどんな成長環境をつくっていけるかが問われている。

特に期間中言及しなかったが、思想も戦略もなく反体制根性(つまり結局は体制に依存している)で声を上げたかつてのタレント文化人が内部からも市井からも信任を失っていく様子を横目に見ながら、「ペンの力」で本当に世の中を動かそうと思ったなら、お金や人や流通経路を含めて、ペンの力を届けるための組織をちゃんと作っていかないと、それは表現者のエゴでしかないよなと改めて思う。

コンテンツ作って世に出していくということは、それをわざわざ私たちがやることの理由―思想がまず必要なのは言わずもがなだが、それを裏打ちするビジネスモデルや届けるための道筋づくり(UI/UXデザインもマーケティングも)、絵に描いた餅を実現するための人の意識と技術がそろって初めて影響力を持つ。

チームの中もそうだけれど、部内のビジネスサイドやエンジニアサイド含めて、同じ方向を向いて進めるよう、私は私の立場から、方向性を言語化・見える化して共有するための努力をもっともっと取るべきなのだよな。

最近は、仕事の隙間にドタバタと結婚式やらなんやらの準備。それから、少し前にウェディングパーティーをやった友人夫婦と仲間たちの足跡を記事にしようという話があって、そのインタビューやらなんやらも進めており、どうあったって、結婚だの家族だの暮らしだのといった事柄が脳みその一部を占めるわけで。そういう時に上記の岡田育さんのツイート。

父母姉祖父母含め、私は実家家族、ないしは地元というものに対して微妙な距離をおきながらお付き合いをしているわけだが、たぶんそれは上で育さんが書いている感覚に近い。

それは結局私の思いに過ぎないわけで、親は親で、親心というもので私に対してあれやこれやの関わりをする。特に母は心配性で、式や披露宴に援助は必要ないか、向こうのご家庭はどんな感じだetc.心配してくれている

私の場合は、(決して裕福でない)父母祖父母に、経済上の大きな援助―負い目を持ちながら、結局はそのおかげで地元を出て、さまざまな地域や国の人と出会い、今の仕事へとつながっているわけだから、そのことに対して返さねばならぬという義理や責任がある。ただ、産み産まれた血縁関係だからといって、あまりに近い距離感だとしんどいものがある。

「二人で予算も話し合って進めているので、援助は要らないです。前日のお宿や新幹線含めて僕からプレゼントさせてください」と、少し背伸びをして連絡を取る。これも親孝行かな、とか思いつつ。ポジティブでもネガティブでもなく、淡々と、しかしやはりこういう私の世代観家族観なりに、感謝を込めて。