Posts By: yuhei

Diary: 2018/05/26

財布を落としたんだけど届けを出したら1日で見つかってしかも中身も全部無事みたいな平和な出来事があったわけですが、それにしたって僕、お会計をして、お店を出た直後にタクシー捕まえて乗ったのに、そのわずか5歩ぐらいの間で落とすとかまったくどうかしてます。

とある研究会で佐藤研吾に福島県大玉村の「歓藍社」について話してもらって、やはり非常に面白いし、近い内に僕も行かねばなという思いを強くした。リーダーが不在で、かかわるそれぞれにある「ひょんな」きっかけで、ゴロゴロと玉を転がしながら、遊ぶようにして色々な物が生まれ、交わっている。村全体に「藍染め」を通じた通年のリズムがあって、そういう、ひとつの型が決まった循環の中に遊びが生まれるというのが、とてもおもしろい。

アマチュアの語源はアモーレ、愛することだという話を聞いて、その瞬間に僕の中でなにか風景が広がったような感触を得た。

ビジネス・パラダイムも、産業構造も、その土地に暮らす人の生活原理も、一人ひとりが信望する物語も、あらゆる局面において、なにか「たったひとつ」のものが過去に取って代わるということはなくって、重曹的に、多層的に存在している。しかし、時代が変化していくに応じてどんな物語が存在感を増してくるのかという違いはあるし、また自分が何に力点を置いて行動するかを選ぶ余地は十分にある。

愛着や楽しさに突き動かされて、軽やかに、遊ぶように越境していくアマチュアたちが、どうやって出会って、どんな波を起こしていくのかが、とても重要になってくるように思う。

「なんにもできない人」「何者でもない人」であるということを、もっとポジティブに捉えられる社会になるといいなと思う。

僕はたぶん、どれだけヘラヘラしていられるか、ということが、とても大事で、それは自分が心地よいという意味だけでなく、周囲に対してなにか良いものをもたらすためにも、という意味でだ。

目標と役割を置くことの意義は否定しない。ただ僕の場合、予定調和的に現実を追いつかせていくための諸々のケアにエネルギーを取られると、あんまりよくないことがもうわかってきているので、そのあたりの塩梅というか、てんでばらばらに放牧してても大丈夫でっせみたいなそういう状態をはやく作りたいなぁと思ってあれやこれやがんばっている気持ち。

Diary: 2018/05/19

最近連戦連敗だったムスメの寝かしつけ(抱っこして寝かせてもベッドに置くと背中スイッチが入って泣き出す)に、久々に成功し、妙な達成感を得てリビングに戻り、この日記を書いている。

「パパになってみてどう?何か変わった?」
「なんというかこう、一気に何かが劇的に変わるってわけじゃないんだよ」

午前、久しぶりに会った友人と本郷三丁目のサンマルクで相談ごとをして、そのまま本郷の山手ラーメンに行き、今日は東大の五月祭だというので限定メニューのみかんラーメンを食べ、帰りの電車で聞かれた。

実際のところ、子どもが生まれたからといって、人生がある日突然何か大きな音を変えてガラガラと形を変えるということはなく、しかし段々と、自然なペースで、というかなるようにしかならない現実のスピードで、子どもがいる生活、というもののリズムが自分の中に組み込まれている感じがする。それは、なるべくお風呂に入れる時間に間に合うように帰るようにすることだったり(とはいえ仕事が忙しかったり誰かと会う予定を入れたときにはツマがワンオペ対応をしてくれている)、ムスメが寝ている間にささっと2人でご飯を食べて、目覚めるタイミングに合わせてお風呂→授乳→寝かしつけオペレーションをやるということであったり、途中で目覚めてグズったときにはおっぱいが出ないかわりにハーフスクワットを繰り返したり、打ち合わせを時にオンラインで行ったり、相手と話題によってはムスメと遊びに来るがてら我が家で実施することにしたり、昼間の仕事でも何かと育児にちなんだ贈り物をもらったり(社内だけでなく商談相手からも!)、そういう日常のあれやこれやである。

体力や時間の天井は下がったなという感覚があるが、特段に活動や交友関係に制限ができたという感覚は今のところはない。「子どもが産まれると人生の主人公は自分から子どもに変わる」みたいな話をよく聞くし、それはもう少しムスメが大きくなると実感するのかもしれないけれど、子どもが常になんでも中心、というわけでもなく、今のところ僕は僕で好きにやらせてもらってはおり、ただ、周囲の人たちはなんとなく程よい距離感でムスメのことや、父親・母親になった僕たちのことを気にかけてくれており、話題の端々にもムスメのことや子育てのことが登るようにはなり、それがまぁ自然な程よい塩梅で、ありがたいなと思う。

もちろん僕が引き続き、割りと自由に動いていられるのは、育休に入っているツマのおかげということも大いに自覚した上で、(本人はムスメとの時間を楽しんでいるとは言うが)、どのように二人と一人で新たな家庭を営んでいくかということは今後も引き続き相談しながら考えていく必要はあるのだけど。

体力と時間の天井と言えば、昨年度秋頃から、会社では3つのグループのマネージャーを兼任することになり(編集部2つと営業)、複業で関わっているNPO等々の方も色々と新しい動きがあり、さすがに20代の頃同じような働き方では立ち行かないなぁという感じで、なかなか難しさもあったのだけど、ここ最近ちょっと様相が変わってきたというか、メンバーそれぞれが責任持ってリードしていく領域がいい感じに立ってきたり、それぞれの基礎筋力がだいぶ上がってきたり…というのが同時多発的に起こっており、見ていて非常に頼もしく、ときおり「あれ?俺やることねーな」の瞬間があったりして、おーなんか風景が変わってきたなぁという手応え。みんなが思いっきり走れる環境やネットワークを作ったり、少し先を考えることに専念しやすくなってきた。

担当する面が広がって自分の手では最早回らなくて必然的にそうなったのもあるけど、最近だいぶマネジメントそのものを楽しめている感がある。それは組織の物語を編集する営みと言っても良いかもしれない。

スタッフとの面談でも、誰かとの対談やインタビューでも、同じ時間を過ごして、言葉を交わすなかで、その人の物語が拓かれていく時間がとても好きだ。少し前は想像もしていなかったけれど、そういう役回りが向いているのかなという感覚もある。

一方で、なかなか自分に立ち戻って文章を書く、というのが難しくなっている。noteじゃなくて、順子さんに作ってもらったこの個人サイトに久しぶりに戻ってきたのもそれをどうにかする必要があるなと思ってのことなんだけど、なかなかこう、商業ベース・事業ベースに乗っている媒体や、その周辺で動く人たちのリズムやスピード感に乗って筆を動かせないというのがあって、かといって自分もその一隅を占めて働いている人間でもあり、そこを離れたリズムでさぁ書こうと夜中にPCを開いてもうまくいかない、ということをここしばらく繰り返してきた。

人が生きていく上で、一人ひとりが抱えている、他人からしたらわからないけれどどうしても大切な襞のようなものに対して、ちゃんと誠実であるためには、やはりけっこうなエネルギーと時間が必要で、同時並行というのは非常に難しい。なかなか片手間にはできない。一方で、片手間でも少量でも、毎日書かなければ、書かないだけ感度も筋力も衰えるのだろうという感もあり、あともう少しだけ余白が必要だなと。

Diary: 2017/08/14

いつだってお金もヒトも時間も、資源は有限なので、やらないことを決めたりとか、明確な目標と指標を持ってそこに向かって資源を投下していくという判断は必要なのだけど、それはそれとして、人とかサービスの非線形な進化は既知の視野と前提の延長からはなかなか生まれないもので、それらはやっぱり聴くことー普段の会議とは別でスタッフと1on1するとか、dailyの数値報告ばっか読んでないで生身のユーザーに会いにいくとか、人が集まる場を観察するとか、そういう機会を意識的に作っておく必要がある。そのためにはやっぱり一定の余裕が必要だ。

関わる一人ひとりが何を望み願っているのか向き合えるだけの感受性と余裕を持っておきたいし、一人ひとりの本気の「やりたい」とか、それが偶然出会ったときのセレンディピティを、「できたらいいね」で終わらせずにちゃんとサービス・コミュニティの進化に結びつくかたちで企画にできるキャパを持ちたいし、そのためにはまぁ直近もうちょっと稼いで余剰を作る必要はやっぱりあるし、そう考えると短期的にはまだまだしゃかりきやらんとなぁというところでもあるけど、まぁでも倒れたり感性パサパサになったら元も子もないので(はじめに戻る)、踏ん張ったり折り合いつけたり短期で目に見える成果を出したりまぁそこら辺はうまいことやりつつ乗り切っていくのだ。

Diary: 2017/08/08

「うまくやろう」という内圧は恐ろしいもので、それは他人に「見られている」ということを意識すればするほどそうだ。

「予定調和は嫌なんだよね」と言いつつ、ちょっと油断したり、慣れたりすると、考えずにこなれた結論や対応に寄せていってしまうもの。

小さなミスやほころびは指摘もしやすいしそれ単独の手当も容易い。

ほころびを許さずスキマのない時間・空間・振る舞いでがんじがらめにすることで、減点はなくせるかもしれない。そこで失われた学びの機会に目を背けて良いのなら。

「守るべきもの」と思っていることが、実は自分で勝手に大きくしてしまった幻想であったり、鎧を脱いだ先に得られるものの大きさを考えると些末なものであったりすることはきっと少なくない。
  
 
 
少し乱暴に書いたきらいはある。

現実はもう少し複雑で、簡単ではなく、多くの善意と頑張りと漸進的改善のなか、しかしどこかで不調和が起こっている、というようなものなのかもしれない。

そうだとしても、そうであるならばなおさら、今、ここにいる当事者である「わたし」が本当にすべきことはなにか、を考えるべきだ。
  
 
留まることより変わり続けることの方がよほど難しく、だけどきっと楽しい
 
 
昨日はひさしぶりにconfort zoneの外側に踏み出すような経験だった

心拍は上がり、終わったあとにどっと疲れた。ただ、少しの心地よさと、いつもとちがう「感触」を手にしている

Diary: 2017/07/25

もう少し好きにやった方がいいんだろうなと、最近。

こないだ管理職研修の一環でストレングスファインダーをやってみたら、周囲の人たちが「戦略性」とか「最上志向」とか出るなかひとり「運命思考」とか出ちゃったもんでお笑いネタだったわけで、そんな自己啓発本に影響されるかよーとか思いながらも、まぁやっぱりそうだよなぁという納得感というか諦めもあり。

頭と言葉と調整力を使うのならば、予定調和なところに寄せにいくんじゃなくて直感を正解に変えていけるだけの環境をつくっていったほうが、結果皆さまのお役に立てるのではないかと思う。

先日、編集者としてもひとつのブレイクスルーだったなという記事が一本ありました。
https://h-navi.jp/column/article/35026458

組織運営上は、コツコツと積み上がってはいるものの、ややプラトー気味というか、チームメンバー一人ひとりにもう1,2段のジャンプが求められるところで、ただ自分の介入のタイミングとして、個々が考えて試す余地をあまり残せていないなとか、そのための時間的余白を作れていないなとか、そこら辺の問題意識と反省もあり。方向性と役回りと期待値と、もう少し思い切って踏み込むのも一つかなと思いもする。

書き手としてはめっぽう筆も重くなり原稿も溜まる一方ですが、今日は久しぶりに、というかこれまでで1,2に入るぐらい、いいインタビューの時間を過ごさせてもらったなという感触があり、これがひとつのきっかけになればと願う。

先週は大阪・仙台・長野となんだかよくわからない頻度と距離で移動をした。
さすがに週末はぐったり疲れたけれど、たくさん動いて人と会って話をして、あぁでもこれが僕の本来担うべき役割や動きだなぁという実感も。

どのみち器用に理詰めで動ききれないところはあって、効率を言い出すときりがないけど、ランダムウォークからのセレンディピティみたいなものの積み重ね、あるいは数珠つなぎでここまできたところはあるので。

何かしら理由をつけて月に一度ぐらいはどこかへフラッと旅に出るぐらいの過ごし方をほんとに確立させていこうかなと。

思考や価値観が滞留しないよう、なるべく風通しよく
だけど、感じたものを咀嚼し言語化するだけの時間は確保できること

あとはそうだね、こぼれた球を拾ってくれたり、〆切逆算でケツ叩いてくれる優秀な編集者さんをだな…

Diary: 2017/07/03

違和感センサーというのは大事だなと思う
それから、違和感を感じたときにそれを表明し、ふんばる勇気というのも大事だなと思う

それからこの両者は相互に連関していて
勇気を出して違和を発するということを、あまりにしないままでいると
違和感をそもそも感知できなくなってくる
センサーが鈍ってくるのだ

異なる利害関係者の間に立って調整する
現実的なプランに落とし込む
いずれも実務家としてやっていくは必須とされるスキルなのだろう

それ自体が無駄だとは言わないけれど
習慣というのは恐ろしいもので
調整役に回ることがあまりに続くと
そもそもの目的としていた出発点からそれていったり
些末なことに気を取られてエネルギーが分散したり
しまいには
本当は「利害関係者」の他ならぬ一人である自分の意思を疎外することになっちゃったりして
たまに浮かび上がる違和感にも自信が持てず、「まぁみんなの言うことも一理あるかぁ」みたいな感じで
知らず知らずのうちにおさえつけちゃったりするもんだから
要注意である

今日はいくつか
全体としては小さいけど
自分としてはけっこうな意味がある意思決定をした

「そもそも」のところにどれだけフォーカスできるか
そのためにどれだけ余分なものを手放せるか

小器用に並走させるにも限度があるので
そろそろ「やめる」「手放す」ことの持つ効果が大きくなってくるフェーズかな

実務をやりながら、その上でどれだけ感性を瑞々しく保っていけるか
ちょっとしたリハビリのような気分だよ

Diary: 2017/03/20

三連休、驚くほどよく寝た。相変わらずこの間にやろうと思っていたことは半分も終わっちゃいないが、それはいつものことだ。休んだことをポジティブに捉えるということをそろそろできるようになる必要がある。

気になったニュース。

こういう、子ども向け教育番組に、ごくごく普通にさまざまな発達特性やセクシュアリティのキャラクターが登場していってくれると嬉しい。ファインディング・ニモのドリーとかもそうだろうけど。「マイノリティの物語」としてヒロインやヒーローに置くような話ばかりじゃなくって、もっとごくごく自然に消費されていくぐらいが良いと思う。

それから、東田直樹さんのドキュメンタリー「自閉症の君との日々」が今週末再放送だという話を聞いた。

正直に言うと、まだ彼を見る自分に揺らぎがあって、難しい。昨年のアメニティフォーラムで彼と彼が登壇した講演を聴いた。文字盤ポインティングを使いながら彼が肉声で喋る、というものだったけど、ほとんど聞き取れないような声で(それが確かに彼の肉声なのだけど)、だけど会場全体は感動の雰囲気というか、「自閉症の青年が自分でしゃべっている」という絵を”応援”するかのような雰囲気で、なんとも言えない気分になったのだ。

彼は作家として、詩を”書く”ことができる。そして大勢の人に作品を届けることができる。それでもああして大勢の前で文字盤を使って”喋る”ことが賞賛されるのは、彼にとって、そして社会・文化にとって、どういうことなのだろう。と。

そのまま悶々しててもどうしようもないので、番組を見てみようかなと思う。本も買ったが積ん読である。ちょうど良い機会か。

自分の身近にもそれに該当する友人はたくさんいるのだけれど、いやそれゆえに、LGBTという括りで語られる社会イシューに対してまだ腹落ちするような自分ごとかというか熱というものが持てていないことを考えた。興味がないとか抵抗があるとかいうことではなく、むしろ「無抵抗」になんでも受け止められることに所在のなさがある(それは受け止めているのではない、ということかもしれない)。カミングアウトを受けても「そうかそうか、へー」、自ら活動をしている人の話を聞いても「なるほどなぁ」って感じで、一定の興味関心、一定の熱量で聞いている感じ。なんだろう。いや別に悪いことしているわけじゃないんだけど、なんだろう。仮に彼らがなんらか世の不公正と闘うとなったときに戦列を共にするには私はあまりに気楽である。たぶん誘われればなんでも手伝うと思うのだけど。

一般と比べると、このイシューにおける社会の側の不公正だとか、本人たちが被る不便や問題、と言ったものに対する知識はそこそこある方だと思う。のだけど、自分の身近の人づきあいとしての、LGBT当事者に該当する彼、彼女らとの結びつきにまだ肉感がない。就職婚姻住居あらゆる場面で差別や不公正があることへの問題意識を持っていたとて、僕が目の前で友人として彼らと接するときに、「LGBT問題の当事者」として接する必要があるかというと必ずしもそうではなく、むしろそういう話題があまり出ない間柄の方が多いこともあると思う。どちらかというと、自己受容が進んでいたり、現行制度や観念にたいして折り合いをうまくつけながら生きている人の方が身近な友人としては多いように思う。たとえば中高生とか大学生とか、もっと若い子たちで、アイデンティティの揺らぎに直面しているような子たちと出会えば少しは感覚は変わるかもしれない。自分から無理やり求めるものでもないけど。そういえば、鬱とか発達障害とか難病とかは、困難のただ中にいたり坂を転がり落ちる過程にいる人と一緒にいたことが多かったから、社会の側に対する問題意識と、友として彼らと接し共に生きることに、ある程度の重なりがあるように思う。

社会を構造として捉える目と、一個人として一個人と相対する姿勢に、なるべく一貫性が持てるといいなと思うし、まぁ無いならないでそれはそういうものか、とも思う。

もうすぐ卒業するインターンの学生が、大学の太鼓部の卒業公演ということで、見に行った。年度替わりには人がまた出入りする。人の流動性が大きいなかで、どこまで工夫してやっていけるかという挑戦もあるけれど、それはそれとして、もう少し中長期を見据えて積み上がっていくような人材や組織というものも考えていきたいところ。悩ましい。

夜は妻と食事。結婚記念日ということで。正確には明日だけど。
あっという間である。

Diary: 2017/01/29

「書こうと思っても書けない!ってときはどうすればいいんですか?」
「いいこと言おうとしてるからなんちゃうの。その日起こったことを書けばええやん」

今月末でうちのライターインターンを終了して関西に帰る子が、締めくくりにと自分でイベントを企画して呼んでくれた。その場にもうひとり別の子で、同じくうちでインターンしてる子から上記の質問をされ、そして応答したわけなのだけど、この回答はそのまま私にもブーメランとして返ってくるわけで、変に技術や欲がついてくると筆も重くなるし大して面白いことも書けなくなるわけだから、この日記ブログは原点に立ち返るというかなんというか、ほんとに日々の日記そのまま、自動筆記よろしく、時間内に手が動いた分だけ書き進めようというあれで書き始めた。書き始めた、というのが牡蠣始めたと変換されて、そういえば最近牡蠣食ってないなと思い出す。

1月も終わりに差し掛かるが、新年から継続的な運動をするぞとはじめた多摩川ランはなんとか続いている。当初、週に3日と目標立てて、それは毎週達成とはいかなかったのだけど少なくとも週末土日の2日間は汗流して河川敷を走る、ということがそれほど苦ではなくなってきた。あ、そうそうラジオ体操もやってるんですyoutubeで。あれは全身200ヶ所だかなんだかの筋肉がまんべんなく使えるように設計された実はすごい体操なんだぞと高校の体育の先生が言っていた。ラジオ体操第二の最初のキン肉マンポーズやっぱり恥ずかしいよねなんか。多摩川ランが続いているのは文明の利器のおかげもあり、NIKE RUNとApple Musicの合わせ技で、音楽聞きながら運動できるというのがなかなかに快感なのである。最近はもっぱら水曜日のカンパネラを聞いており「千利休」とかいいですね、へそで茶ッが沸ッく!的な言葉遊びが楽しくって。そういえば年末年始に読んだ雑誌『考える人』(これはもうほんと言葉とかメディアに携わる人は誰にでもおすすめなのだけど)の中に圏外編集者・都築響一の「足し算の美学」というエッセイがあり、これまで伝統的な「紙」の世界で限られたスペース内での「引き算の美学」をやっていたが、最近はフリースタイルラップに注目しており、空白をただひたすらにトランス状態で埋めていく、埋めていったその先にある思わぬ言葉との出会いが面白いということだった。僕はフリースタイルはやらないけれどもほとんどウェブで書いている人間なので、スペースに際限がないなかでの遊びということは知っている。Delete Allさんの「Everything you’ve ever Dreamed」とか、上田啓太さんの「真顔日記」とか、たしかにフリースタイルに近いものがある。

というわけで、土日ともに朝は早起きして快調な滑り出しなんだけどその後の一日が生産性マックスかというとそうもいかなくて、昨日、友人からの悪魔の囁きで「遊戯王デュエルリンクス」をダウンロードしてしまった私は昨晩から今日一日はほっとんどデュエリストとしてデュエルに勤しんでいたのだ。なにこれこの中毒性。アラサー世代の厨ニ心をくすぐる遊戯王のコンテンツ力。ほとんど作業ゲーなんだけどさくさく進んでどんどんレベル上がるしそこそこにレアカード出るし。気がついたら一日でレベル19、ステージ15までいってしまったわけよ。おかげで土日の間にやるつもりだった仕事がぜんぜん終わっていないAM1時です。そろそろ敵も戦略が巧みになってきて力押しの脳筋プレーでは勝てなくなってきた。やーどうだろうなぁこの辺で飽きてやらなくなるというパターンもあるのだけどこのまま意地で続けるという可能性も濃厚だなぁ。目覚めてもデュエル寝てもデュエル、どうしよう。にゃんこ大戦争にはまった以来だわこれ。ポケモンGOはそんなにはまらずに終わったのだけど、どうだろうねぇこわいこわい。

イベント終わったあとに、会場のオフィススペースを借りてそのままSkypeでsoarの理事会へ。月に一度だけど、普段顔を合わせて作業もやっているメンバー以外の理事の方々も集まってお話するので、毎度視点が洗われて助かる。soarの運営もそうだけど、それぞれ近い領域で別々の団体を運営している人たちなので、自分の日々の仕事にも参考になる。

最近思うのは、執筆・企画・編集の個別技術についてはそれなりに教える場やら本やらがあるのだけど、「マネジメント」としての編集長業務に関しては、とんと情報が少ない。人材採用・育成とかビジネスモデルをどう組むかとか。あまり体系化されてない印象。ただまぁ、組織や人材の話は最小単位の型としては経営書やマネジメント論の古典を参照可能だろうから、それを、ウェブメディアというまだ若い業界のビジネスモデルや人材市場の実情を踏まえてどう応用していくか、ケーススタディ的なものが必要なのだろうな思想哲学やそのメディアのミッション、ヒト・モノ・カネをどうするかのビジネスモデルやマネジメントに話題を絞って、各誌編集長のから寄稿・インタビュー&ケーススタディからなる「編集長事始め」的なマガジンをnoteかmediumでやりたいと思っている。思っているけどまだ着手していない。2月にはやろうな。はい。

先日、アパートメントにも、「『私は発達障害なのか?』問題に直面した生きづらめなオトナ達に贈る長い手紙、あるいはひとりごと」という文章を書いたが、こういった仕事をしていると、身近な知人友人から、自分自身や身近な家族・友人の特性凸凹や疾患、生活で生じる困難・障害について開示や相談を受けることが多くなってくる。そういうときには可能な限り具体的なサポートをできればと思うが、究極的にはその人自身が自分の物語とサバイバル術をどう編み直していくかという話だから、私その他の事例は参考程度にしかならず、やはりこう、救えるというような慢心は持ちたくないし、両手の届く範囲など限られているのだが、自分の時間のなかでできうる限りはなるべくいつでも寄り添い話を聴ける準備はしておきつつ、ともあれ本人の歩みを見守るしかない。

年末に井上先生と「おやじりんく」の金子さんと一緒に行ったイベントを思い出す。障害受容なんてできない、障害は生涯続く、できることはわが子の障害と一生向き合い続けるだけ、という話。あの人は障害の受容ができている・できていないという、ステージ論的な推断、はそもそもできないとおもうし、ましてや障害受容ができていない、ことをまだ”遅れている”段階、とする見方には引っ張られないように気をつけたい。

三歩進んで二歩下がる、または螺旋階段のようにぐるぐるしながらちょーっとずつ登っていく、みたいなものだと思う。たまに転げ落ちることだってあるし。私もそうなるとも限らんよ。

Diary: 2017/01/25

行き帰りの電車で『神谷美恵子日記』をちょっとずつ読む。心の安らぎというには、ちょっと彼女の人生は鮮明でドラマチック過ぎる気がするけど、ともあれ読んでいる時間は心がpurifyされている感覚がある。

今日の帰り道は1942年、神谷28歳の頃。戦時中。私もつい最近29になったばかりだからほとんど同い年の頃。

“私の悲しい浅薄な性質も、何とかしてためること。自分が夢中でやらなかったら、人の役に立つことも絶対に出来ないのだということを銘記せよ!”
(角川文庫, 『神谷美恵子日記』p.31)

「銘記」という語句の選びといい文末のエクスクラメーションマークといい、我が身に言い聞かせて前進駆動させているような印象。この人の日記がこれからどう展開し、どう歳をとり、やがて『生きがいについて』を書くに至るのか知らないで読んでいるけれど、きっとこの時期はこう自ら奮い立たせるような生き方をするしかなかったのだろうし、実際そう生きたのだろう。

「悲しい浅薄な性質」は私にもあって、慌ただしい日々の中でも時おり顔を覗かせる。自覚したとて卑屈になる間もなくそれを全身自己変革ひいては組織変革へとつなげてゆけよと合目的的になれるぐらいには暇が無いのでそれはひとまずありがたいことだと思う。「何とかしてためる」とあるが、それはひとまず腹の底にため置いているものなのか、蓋をしていてもいつかは噴出するものなのか、ため置いている間に消化/昇華できるものなのか、今は問うまい。

年若い学生だったり、自分より長く生きていたり、部下たち。心も身体も頭の中身も究極見えやしないし、私たちは自分自身のことだって知らなかったりもするのだけれど、思う通りに動きはしない日常のなかで、銘々それぞれに本当に踏ん張って生きている。声のかけかた一つ、他人として存在することの影響。せめて私のできることで彼彼女らが気持ちよく歩いて走ってそれぞれに伸びていくことができる道をつくろう。

夕刻、仕事の諸用あって同僚と一緒に目黒まで外出した。乗り換えの駅で「桃太郎電鉄2017」の広告が貼ってあり、そのコピーが「立ち上がれ日本!」だったのだが、それを見て彼、「こういうのも世相を反映してるのかなぁ。みんなしてそんなに立ち上がらなくたっていいよ」と一言。そのことに深く深く同意するとともに、立ち上がるどころか立ち止まったら死ぬみたいな意識で走り続けている自分の矛盾。そういうものなのかもしれないし、勝手に作っている幻想かもしれない。まだ、もっと、という感覚もある。一線超えて転がり落ちないようにだけ気をつけて粛々と営む。

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