Advent / 4本のろうそく

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December 25th 2014, Thursday

When I visited an exhibition of Venetian glass at a museum, I found an explanatory text which described “Advent,” a religious season and custom of Western Cristian. Advent, the term meaning “coming,” is a four-week period of expectant waiting and preparation for the celebration of the Nativity of Jesus at Christmas. During the four weeks of Advent, Western Christian families fire a candle on each Sunday until Christmas. When I wrote the explanatory, I suddenly saw a vision of a small family firing a candle. Parents and a girl smiling. Though I’m not a Christian, nor am I not belonging to any specific religion, I realized how religion supports people. Religion makes culture. Culture instills customs in people’s life. Customs make rhythms that supports their minds. Prayer as a custom, may purify you. It’s long time I’ve lost a rhythm to pray (for something).

ヴェネチアングラスの展示を見た。作品解説の板に「アドヴェント」というキリスト教の時節・習慣のことが記してあって、それを読んだ。クリスマス・イブまでの4週間、イエス・キリストの降誕を待ち望む期間だということだ。毎週日曜日に、1本ずつろうそくを灯し、その数を増やしていく習慣があるらしい。

読んだ瞬間にビジョンが浮かんで、それは、今か今かと興奮してイブを待つ少女を中心に、一本目のろうそくに火を灯す、どこかの国の小さくつつましく敬虔な家族であったのだけど、あぁ、宗教が人を支えるというのは、こういうものだなと感じた。

身の回りの友人にも、神に仕えることや、祈ることを自身の道とする人も少なからずいる。一方、僕はとんと霊感もなく、特定単一の宗教に帰依しているわけでもなく、ただぼんやりと日本的小市民なりの俗っぽさと信心深さを併せ弄んでいるだけである。だけど、信心や霊感や実在はさておいて、態度としての宗教、または文化や習慣としての祈ること、には人を支える力があると確信している。アドヴェントの間、毎週1本ずつ灯されていくろうそくは、寒い冬、小さき人の心に、ひとひらの希望とひとすじの緊張感をもたらすに違いない。そういう”習慣”が根付いている宗教というものを、美しく思う。

これを書きながら一人の友のことを思い出した。1年半ほど前か、渋谷の沖縄料理屋で食事をしていた時に、「祈る時間がもっと必要だなと、最近思う」と彼が言っていたことを。好きではない女とセックスをした時に涅槃の心境に至ったとも言っていた。元気にしているだろうか。

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