Monthly Archives: August 2017

Diary: 2017/08/14

いつだってお金もヒトも時間も、資源は有限なので、やらないことを決めたりとか、明確な目標と指標を持ってそこに向かって資源を投下していくという判断は必要なのだけど、それはそれとして、人とかサービスの非線形な進化は既知の視野と前提の延長からはなかなか生まれないもので、それらはやっぱり聴くことー普段の会議とは別でスタッフと1on1するとか、dailyの数値報告ばっか読んでないで生身のユーザーに会いにいくとか、人が集まる場を観察するとか、そういう機会を意識的に作っておく必要がある。そのためにはやっぱり一定の余裕が必要だ。

関わる一人ひとりが何を望み願っているのか向き合えるだけの感受性と余裕を持っておきたいし、一人ひとりの本気の「やりたい」とか、それが偶然出会ったときのセレンディピティを、「できたらいいね」で終わらせずにちゃんとサービス・コミュニティの進化に結びつくかたちで企画にできるキャパを持ちたいし、そのためにはまぁ直近もうちょっと稼いで余剰を作る必要はやっぱりあるし、そう考えると短期的にはまだまだしゃかりきやらんとなぁというところでもあるけど、まぁでも倒れたり感性パサパサになったら元も子もないので(はじめに戻る)、踏ん張ったり折り合いつけたり短期で目に見える成果を出したりまぁそこら辺はうまいことやりつつ乗り切っていくのだ。

Diary: 2017/08/08

「うまくやろう」という内圧は恐ろしいもので、それは他人に「見られている」ということを意識すればするほどそうだ。

「予定調和は嫌なんだよね」と言いつつ、ちょっと油断したり、慣れたりすると、考えずにこなれた結論や対応に寄せていってしまうもの。

小さなミスやほころびは指摘もしやすいしそれ単独の手当も容易い。

ほころびを許さずスキマのない時間・空間・振る舞いでがんじがらめにすることで、減点はなくせるかもしれない。そこで失われた学びの機会に目を背けて良いのなら。

「守るべきもの」と思っていることが、実は自分で勝手に大きくしてしまった幻想であったり、鎧を脱いだ先に得られるものの大きさを考えると些末なものであったりすることはきっと少なくない。
  
 
 
少し乱暴に書いたきらいはある。

現実はもう少し複雑で、簡単ではなく、多くの善意と頑張りと漸進的改善のなか、しかしどこかで不調和が起こっている、というようなものなのかもしれない。

そうだとしても、そうであるならばなおさら、今、ここにいる当事者である「わたし」が本当にすべきことはなにか、を考えるべきだ。
  
 
留まることより変わり続けることの方がよほど難しく、だけどきっと楽しい
 
 
昨日はひさしぶりにconfort zoneの外側に踏み出すような経験だった

心拍は上がり、終わったあとにどっと疲れた。ただ、少しの心地よさと、いつもとちがう「感触」を手にしている