Monthly Archives: January 2017

Diary: 2017/01/29

「書こうと思っても書けない!ってときはどうすればいいんですか?」
「いいこと言おうとしてるからなんちゃうの。その日起こったことを書けばええやん」

今月末でうちのライターインターンを終了して関西に帰る子が、締めくくりにと自分でイベントを企画して呼んでくれた。その場にもうひとり別の子で、同じくうちでインターンしてる子から上記の質問をされ、そして応答したわけなのだけど、この回答はそのまま私にもブーメランとして返ってくるわけで、変に技術や欲がついてくると筆も重くなるし大して面白いことも書けなくなるわけだから、この日記ブログは原点に立ち返るというかなんというか、ほんとに日々の日記そのまま、自動筆記よろしく、時間内に手が動いた分だけ書き進めようというあれで書き始めた。書き始めた、というのが牡蠣始めたと変換されて、そういえば最近牡蠣食ってないなと思い出す。

1月も終わりに差し掛かるが、新年から継続的な運動をするぞとはじめた多摩川ランはなんとか続いている。当初、週に3日と目標立てて、それは毎週達成とはいかなかったのだけど少なくとも週末土日の2日間は汗流して河川敷を走る、ということがそれほど苦ではなくなってきた。あ、そうそうラジオ体操もやってるんですyoutubeで。あれは全身200ヶ所だかなんだかの筋肉がまんべんなく使えるように設計された実はすごい体操なんだぞと高校の体育の先生が言っていた。ラジオ体操第二の最初のキン肉マンポーズやっぱり恥ずかしいよねなんか。多摩川ランが続いているのは文明の利器のおかげもあり、NIKE RUNとApple Musicの合わせ技で、音楽聞きながら運動できるというのがなかなかに快感なのである。最近はもっぱら水曜日のカンパネラを聞いており「千利休」とかいいですね、へそで茶ッが沸ッく!的な言葉遊びが楽しくって。そういえば年末年始に読んだ雑誌『考える人』(これはもうほんと言葉とかメディアに携わる人は誰にでもおすすめなのだけど)の中に圏外編集者・都築響一の「足し算の美学」というエッセイがあり、これまで伝統的な「紙」の世界で限られたスペース内での「引き算の美学」をやっていたが、最近はフリースタイルラップに注目しており、空白をただひたすらにトランス状態で埋めていく、埋めていったその先にある思わぬ言葉との出会いが面白いということだった。僕はフリースタイルはやらないけれどもほとんどウェブで書いている人間なので、スペースに際限がないなかでの遊びということは知っている。Delete Allさんの「Everything you’ve ever Dreamed」とか、上田啓太さんの「真顔日記」とか、たしかにフリースタイルに近いものがある。

というわけで、土日ともに朝は早起きして快調な滑り出しなんだけどその後の一日が生産性マックスかというとそうもいかなくて、昨日、友人からの悪魔の囁きで「遊戯王デュエルリンクス」をダウンロードしてしまった私は昨晩から今日一日はほっとんどデュエリストとしてデュエルに勤しんでいたのだ。なにこれこの中毒性。アラサー世代の厨ニ心をくすぐる遊戯王のコンテンツ力。ほとんど作業ゲーなんだけどさくさく進んでどんどんレベル上がるしそこそこにレアカード出るし。気がついたら一日でレベル19、ステージ15までいってしまったわけよ。おかげで土日の間にやるつもりだった仕事がぜんぜん終わっていないAM1時です。そろそろ敵も戦略が巧みになってきて力押しの脳筋プレーでは勝てなくなってきた。やーどうだろうなぁこの辺で飽きてやらなくなるというパターンもあるのだけどこのまま意地で続けるという可能性も濃厚だなぁ。目覚めてもデュエル寝てもデュエル、どうしよう。にゃんこ大戦争にはまった以来だわこれ。ポケモンGOはそんなにはまらずに終わったのだけど、どうだろうねぇこわいこわい。

イベント終わったあとに、会場のオフィススペースを借りてそのままSkypeでsoarの理事会へ。月に一度だけど、普段顔を合わせて作業もやっているメンバー以外の理事の方々も集まってお話するので、毎度視点が洗われて助かる。soarの運営もそうだけど、それぞれ近い領域で別々の団体を運営している人たちなので、自分の日々の仕事にも参考になる。

最近思うのは、執筆・企画・編集の個別技術についてはそれなりに教える場やら本やらがあるのだけど、「マネジメント」としての編集長業務に関しては、とんと情報が少ない。人材採用・育成とかビジネスモデルをどう組むかとか。あまり体系化されてない印象。ただまぁ、組織や人材の話は最小単位の型としては経営書やマネジメント論の古典を参照可能だろうから、それを、ウェブメディアというまだ若い業界のビジネスモデルや人材市場の実情を踏まえてどう応用していくか、ケーススタディ的なものが必要なのだろうな思想哲学やそのメディアのミッション、ヒト・モノ・カネをどうするかのビジネスモデルやマネジメントに話題を絞って、各誌編集長のから寄稿・インタビュー&ケーススタディからなる「編集長事始め」的なマガジンをnoteかmediumでやりたいと思っている。思っているけどまだ着手していない。2月にはやろうな。はい。

先日、アパートメントにも、「『私は発達障害なのか?』問題に直面した生きづらめなオトナ達に贈る長い手紙、あるいはひとりごと」という文章を書いたが、こういった仕事をしていると、身近な知人友人から、自分自身や身近な家族・友人の特性凸凹や疾患、生活で生じる困難・障害について開示や相談を受けることが多くなってくる。そういうときには可能な限り具体的なサポートをできればと思うが、究極的にはその人自身が自分の物語とサバイバル術をどう編み直していくかという話だから、私その他の事例は参考程度にしかならず、やはりこう、救えるというような慢心は持ちたくないし、両手の届く範囲など限られているのだが、自分の時間のなかでできうる限りはなるべくいつでも寄り添い話を聴ける準備はしておきつつ、ともあれ本人の歩みを見守るしかない。

年末に井上先生と「おやじりんく」の金子さんと一緒に行ったイベントを思い出す。障害受容なんてできない、障害は生涯続く、できることはわが子の障害と一生向き合い続けるだけ、という話。あの人は障害の受容ができている・できていないという、ステージ論的な推断、はそもそもできないとおもうし、ましてや障害受容ができていない、ことをまだ”遅れている”段階、とする見方には引っ張られないように気をつけたい。

三歩進んで二歩下がる、または螺旋階段のようにぐるぐるしながらちょーっとずつ登っていく、みたいなものだと思う。たまに転げ落ちることだってあるし。私もそうなるとも限らんよ。

Diary: 2017/01/25

行き帰りの電車で『神谷美恵子日記』をちょっとずつ読む。心の安らぎというには、ちょっと彼女の人生は鮮明でドラマチック過ぎる気がするけど、ともあれ読んでいる時間は心がpurifyされている感覚がある。

今日の帰り道は1942年、神谷28歳の頃。戦時中。私もつい最近29になったばかりだからほとんど同い年の頃。

“私の悲しい浅薄な性質も、何とかしてためること。自分が夢中でやらなかったら、人の役に立つことも絶対に出来ないのだということを銘記せよ!”
(角川文庫, 『神谷美恵子日記』p.31)

「銘記」という語句の選びといい文末のエクスクラメーションマークといい、我が身に言い聞かせて前進駆動させているような印象。この人の日記がこれからどう展開し、どう歳をとり、やがて『生きがいについて』を書くに至るのか知らないで読んでいるけれど、きっとこの時期はこう自ら奮い立たせるような生き方をするしかなかったのだろうし、実際そう生きたのだろう。

「悲しい浅薄な性質」は私にもあって、慌ただしい日々の中でも時おり顔を覗かせる。自覚したとて卑屈になる間もなくそれを全身自己変革ひいては組織変革へとつなげてゆけよと合目的的になれるぐらいには暇が無いのでそれはひとまずありがたいことだと思う。「何とかしてためる」とあるが、それはひとまず腹の底にため置いているものなのか、蓋をしていてもいつかは噴出するものなのか、ため置いている間に消化/昇華できるものなのか、今は問うまい。

年若い学生だったり、自分より長く生きていたり、部下たち。心も身体も頭の中身も究極見えやしないし、私たちは自分自身のことだって知らなかったりもするのだけれど、思う通りに動きはしない日常のなかで、銘々それぞれに本当に踏ん張って生きている。声のかけかた一つ、他人として存在することの影響。せめて私のできることで彼彼女らが気持ちよく歩いて走ってそれぞれに伸びていくことができる道をつくろう。

夕刻、仕事の諸用あって同僚と一緒に目黒まで外出した。乗り換えの駅で「桃太郎電鉄2017」の広告が貼ってあり、そのコピーが「立ち上がれ日本!」だったのだが、それを見て彼、「こういうのも世相を反映してるのかなぁ。みんなしてそんなに立ち上がらなくたっていいよ」と一言。そのことに深く深く同意するとともに、立ち上がるどころか立ち止まったら死ぬみたいな意識で走り続けている自分の矛盾。そういうものなのかもしれないし、勝手に作っている幻想かもしれない。まだ、もっと、という感覚もある。一線超えて転がり落ちないようにだけ気をつけて粛々と営む。

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Diary: 2017/01/22

エジプトへ旅立つ友人を見送りに大阪へ。出エジプトならぬ入エジプト。海は割らないけれど。

道中、オバマの退任演説とトランプの就任演説を全文テキストで読んだ。彼と共に過ごしたのはニューヨークでの留学時代で、ちょうどその頃はオバマの再選(ロムニーと競っていた)時期と重なっていた。月日が経つのは早いものだ。トランプ旋風に対して私は特段の意見を発していないが、昨今の一部インテリリベラル勢の口汚い罵りには辟易していて、それらと相まって、二人の演説を読み比べるに「そりゃ勝つよな」と改めて思った。なるほどオバマはやはり美文家ではあるが、今の世相、トランプの簡素にして直接的なスピーチは確かに人々の不安に応える(応えてくれると思わせうる)ものだった。

インテリが彼を「ペテン師」と罵ったり、post-truth時代だと嘆くのは容易いが、それでは勝てないよ、と思う。

少し前に読んだ雑誌『考える人』の特集「言葉の危機、言葉の未来」は良かった。タイトル前段だけ見れば説教臭い話が並ぶのかなと思うかもしれないが、決してそんなことはなく、全編通して言葉への信頼というか「遊び」が感じられる企画だった。

池澤夏樹のロングインタビュー。翻訳から評論、小説と、日本語と外国語を行き来しながら言葉と丁寧に丁寧に向き合ってきているであろうこの人が、しかし言葉はコントロールできないものとの”諦め”も抱き、「保育園落ちた日本死ね」が人々の言葉を打ったことにもそれなりの理由があるのだと語っている。「足し算の美学」と称してヒップホップのフリースタイルの面白さを語った都築響一のエッセイも良かった。横尾忠則が「大事なのは時間ではなく回数なんだ」と語ったこと。言葉から身体へ、軽さを追求していく営み。描く人のことばは、書く私の言葉よりも贅肉が少ない。

間近に実例があって痛感するが、起業家の言葉というのも強い。彼らには共通したリズムと語法がある。シンプルで、明快で、力強く、未来志向だ。経営者は日々膨大な情報の中で意思決定を繰り返す。その習慣ゆえか、嗅覚で本質をつかみとり言語化する。時にシンプル過ぎて危うさを感じることがあっても、やはりそれは人の心を打つ。

私も影響されてか、昼間の間は、端的で強い言葉を使う頻度が増えた気がする。それが良いのか悪いのかは知らない。イライラだけはしないように気をつけたい。

最近は重たい本はめっきり読めていなくて実学指向が過ぎるのだけど、こういうことは普段考えている、と彼と色々語った。

「何者でもない」「他の誰のことも代表しえない」ことを自分の足場としようと思う。前からそうだったけれども。

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大阪から帰って、おもむろに夜の多摩川を走った。向こう岸に見える高層ビル群の明かり、僕が暮らすのは東京だなと思った。

また一週間が始まる。

Diary: 2017/01/16

あまりムカつかずに淡々と生きていたいと思うのだけど、最近憤りや怒り、伴って壁をまだ破れていない自分に対する焦りやいらだちといった感情が湧き出ていることを自覚する。

働く意思も能力もある、あるいは環境や支援次第で大きく変わる潜在能力がある人がいて(たくさんいる)、単に制度上の要件によって、働くことや能力開発の機会が阻まれるのであれば、それはやはり社会の側の障害に他ならない。

仕事柄色んな境遇の人たちと関わるけど、本当に、本当に、制度の側や、働く環境がほんのすこし柔軟になるだけで解消できる悩みや苦しみが冗談にならないぐらいあって、けっこう身近な人だったりもするからもどかしさも募る。

一方で、これはまた身近にいる方なのだけど、少しずつではあるが制度を動かしつつある様子、その戦い方を見させてもらって、ああこうやって動かすのか、と学ぶことも多い。それが出来ていない自分にまた焦りも感じる。

自分が出来るようになったことはもうどんどこ手放していかんとダメなんだと思う。時間や工数の最適化という意味でもそうだし、自分自身の能力開発という意味でもそうだし、関わる人や社会へのインパクトを最大化するという観点でもそうだ。たかだか30年弱の引き出しで、出来る範囲のことで褒められててどうするという話ですよ。少しでも多くのことを手放して自分自身を身軽にしていくこと、脳みそや身体を空けた先から新しいことや場所に飛び込んで吸収していくこと。今年の大きなテーマだと思う。

年末年始にかけて、管下編集部のライター編集者ともに、士気も実力も確実に高まってきていると思う。いいチームだ。いいチームなんだけども、もっといいチームにしたい。一人ひとりが自律的に動けるチームに。方向性や基準を明確にすること、それを伝え続けること、あとは1人でも、一回でも多く、打席に立てるように機会をつくること。

生きている色んな人の色んな人生に出会う。

仕事柄、距離が近くなったことも影響しているけれど、自分より年若い学生たち、色々な事情を抱えていま苦しんでいる彼・彼女らが、一歩でも前に進めるための機会をつくりたい。自分のできる限りにおいて。もちろん休んでもいいんだけど。