Monthly Archives: August 2016

Diary: 2016/08/26

A photo posted by Yuhei Suzuki (@yuhei1203) on


The smallest Japanese pub with the longest history in Shibuya.


新しい組織が出来上がるとき、しかも内外から様々なバックグラウンドの人間が集まる以上は、そうそう簡単に共通認識が取れるはずもない。仕事を進める上での考え方や価値観、人への評価の物差しや関わり方も違って当然で、どちらが偉いとか正しいというものでもない。

だからこそ、一見非効率に見えるが、しつこいぐらいにコミュニケーションを取り続けて、数字や言語に現れない、お互いが言外に発しているメッセージをたくさん浴びせあって、じわじわと身体に染み込ませていくことが必要なのだろう。会議体とか権限とか議事録やメール共有といったもろもろの情報流通経路も、文化と信頼感情勢の補助ツールに過ぎず、そういうものをルールとして整備しているからといって、「もう十分でしょ、分かるでしょ」というわけにはいかない。

「発言してくれないないと分からないよ」とか「オーナーシップを持って自ら行動せよ」とは言うが、適切なタイミングや方法で問いを投げかけて初めてその人らしさや、その人が腹に抱えていた言葉が発露することがある。

出来る限り関係性はフラットでオープンに、という近年の潮流には基本的に賛同するところであるが、それが自然とできるようになるまでの道筋は、人や組織によって様々な傾斜やうねりがあること、ある程度の時間がかかることを忘れてはならない。

メディアをやる以上、多かれ少なかれ私にも野次馬根性とにぎやかしの魂胆が備わっていていることは間違いない。

ダサいものは作りたくないし、多くの人に届かなければ意味がない。同じ分野で、いいコンテンツを別媒体に先に出されると悔しいのは当然である。

とはいえ美学がなければお終いである。

判断のモノサシをどこで持つか、いざというときにすぐブレーキを踏めるかどうか。チームやメディアが育ってきているときこそ、そういうことを自分は考えねばならない。

Diary: 2016/08/20

August 20th 2016, Saturday

A photo posted by Yuhei Suzuki (@yuhei1203) on


A man in the rain, waiting for fireworks display.

4月から、会社の新規ウェブサービスの担当になってしばらく経った。楽しさ半分、焦り半分といったところかな。

コンテンツの制作と、それに紐づく事業上のKPIは今のところ堅調に積み上がっており、チームの士気も高いのだが、まだやりたいことはほとんど実現できていない。

自分自身も1プレイヤーとしてまだまだ研鑽を積まねばならないところだが、今の役割としては、個人で何を表現できるか以上に、チームで勝っていくためにどんな成長環境をつくっていけるかが問われている。

特に期間中言及しなかったが、思想も戦略もなく反体制根性(つまり結局は体制に依存している)で声を上げたかつてのタレント文化人が内部からも市井からも信任を失っていく様子を横目に見ながら、「ペンの力」で本当に世の中を動かそうと思ったなら、お金や人や流通経路を含めて、ペンの力を届けるための組織をちゃんと作っていかないと、それは表現者のエゴでしかないよなと改めて思う。

コンテンツ作って世に出していくということは、それをわざわざ私たちがやることの理由―思想がまず必要なのは言わずもがなだが、それを裏打ちするビジネスモデルや届けるための道筋づくり(UI/UXデザインもマーケティングも)、絵に描いた餅を実現するための人の意識と技術がそろって初めて影響力を持つ。

チームの中もそうだけれど、部内のビジネスサイドやエンジニアサイド含めて、同じ方向を向いて進めるよう、私は私の立場から、方向性を言語化・見える化して共有するための努力をもっともっと取るべきなのだよな。

最近は、仕事の隙間にドタバタと結婚式やらなんやらの準備。それから、少し前にウェディングパーティーをやった友人夫婦と仲間たちの足跡を記事にしようという話があって、そのインタビューやらなんやらも進めており、どうあったって、結婚だの家族だの暮らしだのといった事柄が脳みその一部を占めるわけで。そういう時に上記の岡田育さんのツイート。

父母姉祖父母含め、私は実家家族、ないしは地元というものに対して微妙な距離をおきながらお付き合いをしているわけだが、たぶんそれは上で育さんが書いている感覚に近い。

それは結局私の思いに過ぎないわけで、親は親で、親心というもので私に対してあれやこれやの関わりをする。特に母は心配性で、式や披露宴に援助は必要ないか、向こうのご家庭はどんな感じだetc.心配してくれている

私の場合は、(決して裕福でない)父母祖父母に、経済上の大きな援助―負い目を持ちながら、結局はそのおかげで地元を出て、さまざまな地域や国の人と出会い、今の仕事へとつながっているわけだから、そのことに対して返さねばならぬという義理や責任がある。ただ、産み産まれた血縁関係だからといって、あまりに近い距離感だとしんどいものがある。

「二人で予算も話し合って進めているので、援助は要らないです。前日のお宿や新幹線含めて僕からプレゼントさせてください」と、少し背伸びをして連絡を取る。これも親孝行かな、とか思いつつ。ポジティブでもネガティブでもなく、淡々と、しかしやはりこういう私の世代観家族観なりに、感謝を込めて。