Monthly Archives: December 2013

Snow allows me breathe / 心のヒマ

雪降りて 閑のとまりし メトロかな
Train easily stops or delays in this town, especially a day with such a weather. Today NY had the third snow this winter. These days I’m packed with many final papers, presentations and exams for the semester end (and for graduation), and my research and writing works, and I’m gradually losing a room to breathe. It was also the case for today’s morning. I rushed out my home in Brooklyn, and got on the train. But, as expected, train never starts, because of snow. I and other passengers waited for more than 10 minutes, and finally changed a train from R to F line. First I felt worried to be late to the class (it takes more than an hour from Park Slope in Brooklyn to my campus at Washington Heights in Upper West Manhattan), but soon I found my mind changed. Who in the world has to be in hurry in so much in life? What is so much important? I decided, to just enjoy this train trouble, and let it go slowly. I open a book of a my favorite writer’s novel and poem and enjoyed it for a while, and when a dance performance on the train by a group of boys suddenly started, I closed the book, without feeling irritated, and just enjoyed their dance (it was good than I expected).

さすがに学期末となると試験やらレポートやらで慌ただしくなる。ましてや今学期が最終学期、もうすぐ卒業となればなおさらだ。1年前と比べるとずいぶんと慣れたものだが、いただいているお仕事やら文章やらも今月がけっこう佳境であり、日々の雑事と冬の眠気も手伝ってか思うようには進まない。平静さを失っているわけでもないし、まぁなんとかできるレベルではあるが、あまり方方を待たせたくないし、「まずいなぁ」とどうにも焦る気持ちは出てくる。畢竟、呼吸も思考も浅くなる。サボっているわけでもないし、やることやっちゃあいるし、そういう時期なのだと捉えれば良いし、世俗的な意味で「充実」していることを良しとする向きもあろうが、どうしたって感性がパサツイている自覚は拭えない。こういう状態では会えないなぁという幾人かの顔が浮かぶ。「なにを瑣末なことにかかずらっているのですか」「いやそうは言ったって仕方がないのですよ」などと言い訳はすまい。

そんな折の雪である。案の定家から出るメトロは停まり、立ち往生?座り往生を食らうことになった。東京の鉄道網と比べればMTAの悪天候に対する脆弱性はその比ではない(東京は人身事故やらなんやら別の悲しい理由でよく停まるのだが、それでも本数が全然違う)。いったい我々現代都会人の生活というのはどれだけ電車に支配されていることだろう。電車が止まるだけで身動きが取れない。田舎へ行けば行ったで車社会なのだが、そうはいっても線路と道路では自由度が違う。ブルックリンの自宅からマンハッタンの北端のキャンパスまでは1時間以上かかるものだから、午後の授業のプレゼンテーションに遅れやしないかとやきもきする。しかしここで『寄生獣』という漫画のラストシーンを思い出した。人間は「心にヒマがある」から素晴らしいのだとミギーが新一に語りかける。そういうわけで、「ま、いいか」と思い直し、宮沢賢治を開き、のんびりと読み始めた。銀河鉄道とは行かないが、鈍行メトロも悪くはない。ヒマを作るのがヘタな現代人にとっては、これぐらいよくダイヤが乱れるのがちょうど良いのかもしれない。

雪降りて 閑のとまりし メトロかな

お粗末。先日久しぶりに開いた「思い出すことなど」の中で、病床の漱石が句や詩を詠んでいたことに影響されていることは勿論認める。心にヒマができたときは詠じてみようかと思う。

Close to the year end / 思い出す間もなく

8th December, Sunday, 2013

As early as November, NYC had already been filled with Christmas illumination, but now December, after Thanksgiving holidays, it is the season at last. M&Ms chocolate sold with a christmas package, L’Occitane and Sabon feature christmas special gift sets (soap, oil, perfume etc.) Performers at train, platform, and street play seasonal set lists. In the afternoon today, I met a group of four middle aged guys on a Manhattan bound R train. They sang a christmas song, which I must have heard before but don’t know the name of. They had a paper bag colored with red and green, I mean christmas color, to gather tips. I felt happy to know such a tiny, but seasonal work. Every time what impress me is such train performers clearly know the time from station to station. So they start singing a song at some point between the two stations so they can timely end the one when we get to the next station. Today was also the case, and ah, genius! they got off the train and immediately rode on the next car of the same train!
海を隔てた母国では竹内まりやと山下達郎が街を席巻している頃であろうか。こちらでも聞いたことがあるようなないようなクリスマスソングが街に鳴り響いている。大学の後輩が出張で来たというのでマンハッタンまで出て行った。テレビドラマやミュージカルの影響か日本の女性にはNYに憧れがある人が多い印象があり、彼女もセックス・アンド・ザ・シティが大好きだというので今回の出張を楽しみにしていたらしい。なにかニューヨーク的なものを、というのでロックフェラーセンター前のスケートリンクに行くことにした。そうしたtypicalな観光スポットなどは、ひとたび住んでしまうと「まぁいつでも行けるだろう」と億劫になるので、こうして来客があるときに自分もその恩恵に預かって「観光」する次第である。東京やNYにかぎらず、定住してしまえば誰でもどこでもそんなものだろう。ニューヨークのクリスマスシーズンに華やかなイメージを持たれている人にはすまないが実際問題とにかく寒いのでこの時節出歩く際はみなもっさり着込んで防寒ばっちりなのでオシャレやファッションなどどこへやらである。「オシャレは我慢!」(詠み人知らず)という日出づる国の格言に従って女子高生よろしく生足など出してしまえば奇異の目で見られるであろう。
While I’m lining for the skating rink at the Rockefeller Plaza with her, suddenly people cheered out. I looked the rink and found a man gave an engage ring to his girlfriend, and made the marriage proposal. Everyone and I cheered and crapped hands loudly, and the chilly ring was filled with a full of joy. こういう公開プロポーズの類は、日本でもyou tubeの動画などで話題になり、また実際実行に移す人もちらほらいるのだろうが、どうなのだろう、公開プロポーズをその場に居合わせた人々が即座にかつ自然に受け入れ賞賛するだけの文化的素地というか、空気がこの街にはあり、実際周りの我々もハッピーな気分になるのだが、日本で実行に移すとなると少しズレがあるように思う。居酒屋でのサプライズ暗転&バースデーソング&ケーキのコンボはもはや定番となっており店員のテンションとアルコールも手伝って別に抵抗はないのだが、プロポーズとなると我々大和民族が実施するにはどこか気恥ずかしさやぎこちなさが伴うのではなかろうか。リップダブプロポーズなどは一時期ソーシャルメディアでも話題になっていて、どちらかというと男性が「こういうのやりたい!」とポジティブな反応をしていたのに対し、女性の反応は半々であった印象がある。「私もこういうプロポーズしてもらいたい…!」と感動している子もいれば「まじそういう男の自己満みたいなプロポーズ無理…」みたいなこと言ってる子もいた。男性諸氏は要注意であろう。
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When I was waiting for an F train back to my home, I looked a different train car from usual one the other side of the platform. A man standing next to me said to his friend, “that is an original train, only this time every year running.” When I’m back home, I googled “MTA special train” and found it here. The Vintage train runs on the M line, every Sunday, November 25 to December 30. The classic style train matched well with dim lights and dirty railways of MTA.
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どうにもやることが多く慌ただしい日が続くので、どうしたものかなと思って、今日は出かけるときに久しぶりに漱石を持ちだして電車に乗った。「思い出すことなど」という、危篤状態に陥ってから回復した漱石が病床での日々を回想した書き物である。意図せずしてでが、この話を初めて読んだのはちょうど1年前頃だったと思う。11月か12月か1月か分からないが、だいたいそのぐらいだ。当時はとにかく大変弱っておりおろおろ生きていたものだからいたく染み入ったものだった。作中では漱石が俳句や漢詩を披露している。健康で忙しく働いているときはとても俳句や漢詩をつくる心持ちになれなかったのが、身体が衰弱してはじめてそれをできるだけの平和な時間が訪れたというようなことを告白している。今、自分は1年前とくらべてずいぶんと安定した心持ちで日々を過ごしている。それは幸いなことなのだろうが、どうにも心中ぱさついてはいないかと危惧するところもある。電車から降りる頃には雪が勢いを増し、路駐の車の窓にははやくも積もり始めていた。立ち止まるほどの感慨よりも寒さと用事に終われる心中が勝り、小走りで家に駆け込んだ。今朝方の停電はまだ直っていない。